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大蛇伝説と御神木カゴノキを考える

 緒方三郎惟栄を語る時に必ず登場するのが「姥嶽(うばだけ)伝説」すなわち緒方三郎惟栄大蛇伝説である。
 この伝説は,『平家物語』巻八(緒環おだまき)や,『源平盛衰記』怙巻第33(附緒方三郎平家を攻むる事)などが有名である。

 話の概略は大蛇伝説のページを参照してほしい。

 姥嶽大明神の化身の大蛇が男に身を変えて夜な夜な姫のところに通い続け姫を身ごもらせる。そして生まれた子どもが大神氏の祖であり,その5代の孫が緒方三郎惟栄であると平家物語には記されている。





緒方町尾平の登山口付近から祖母山を見上げる
      数多い大蛇伝説

 大蛇伝説はこの「姥嶽(うばだけ)伝説」だけでなく,日本各地,いや,アジア各地に存在している。
 『古事記・崇神天皇の条』には次のような伝説が書かれている。
 活玉依毘売(陶津耳命の子)のもとに、正体不明の麗しい男が夜ごとに訪れ、やがて娘は懐妊する。
 怪しんだ両親は「赤い土を床に散らし、へそ(麻の糸巻)の紡麻(つむいだ麻の糸)を男の衣の裾に刺しなさい」と教える。
 夜が明けてみると、糸は戸の鍵穴を通って三輪山の社の所で終わっていた。そこで初めて、娘は男が大物主神であることを知る。
 その時、戸の内には麻糸が3巻残っていた。そこで、その付近を「三輪」と呼ぶようになった。

 姥嶽伝説というのは,蛇体の神と人間の娘が交わり子を産むという「神婚説話」を借用して,姥嶽大明神の化身である大蛇と人間の娘が交わり子を産み,その子惟基が大神氏を名乗り,さらに緒方氏の祖となるという筋書きである。この奇異な話は豊後中南部に勢力を張った豊後大神氏の独自性と神秘性を示すための最高の伝説であったことは間違いない。
 そして,この伝説を裏付けるような洞窟や御神木がきちんと存在するところがこの姥嶽伝説のすごいところである。

 そこで,これからこの伝説と物証?を検証していきたい。



健男社のすぐ近くにある上畑地区の棚田と民家



上畑の健男霜凝日子神社入り口




健男社の御神木カゴノキ










遠目には蛇の抜け殻のように見える










剥げ落ちたカゴノキの樹皮


剥げ落ちたカゴノキの樹皮と500円硬貨


樹皮はザラザラとした突起がある
白く見えるのは裏側















    2つの健男霜凝日子たけおしもごりひこ神社

 祖母山は神武天皇の祖母(豊玉姫命)を祀ることから祖母山といわれているが,この祖母山の神を姥嶽大明神という。
 
 祖母山頂には上宮(比口羊神社)があり,ふもとの神原(竹田市)には下宮(健男霜凝日子たけおしもごりひこ神社)があることは広く知られているが,緒方町上畑にも健男霜凝日子たけおしもごりひこ神社があることはあまり知られていない。姥嶽伝説と関わりが深い穴森神社がすぐ近くにある神原の健男霜凝日子神社が有名になるのは無理もない。2つの健男社があるのはおそらく入山の基点となる竹田側と緒方側の両地区に遥拝所をつくる必要があったからであろう。緒方町にある神社を健男霜凝日子麓(たけおしもこりひこふもと)社という。
  健男霜凝日子麓がある上畑地区は大分県緒方町と宮崎県高千穂町との県境に近い深い山里にある。大野川の支流である奥嶽川が絶壁を作って渓谷をなしている。人々は山肌に石を積み上げた棚田で米を作りながら林業を主な生業として暮らしてきた。


 さて,ここではこの上畑の健男社の御神木カゴノキと大蛇伝説,緒方三郎惟栄のかかわりを考えてみたい。

 この健男社の御神木は直径1mほどのカゴノキの巨木で,御神木の周りにはしめ縄が張られている。このカゴノキという木はただ大きいというだけでなく,なにかゾクッとする神秘性を持った木だ。このカゴノキにはいくつかの特徴がある。



カゴノキの樹皮
クスノキの樹皮
  カゴノキの花
 カゴノキ(鹿子の木)樹皮が鹿の子模様になるのでこの名がある。
 常緑高木。 雌雄異株。 樹高は10〜15m。 樹皮は鹿の子まだらに剥げ落ちる。葉は単葉で互生し、枝先に集中する。 葉身は倒卵状披針形または倒卵状長楕円形で、長さ5〜10cm、幅は2〜4cm。 葉の表面は暗緑色で光沢があり、無毛。裏面は灰白緑色。 葉縁は全縁で大きな波状となる。 葉先は鈍頭。 側脈は7〜10対,花は葉の付け根に数個がまとまってつく。果実は液果。 直径約7mmの球形。 赤く熟す。 花や果実を見る機会は少ない。分布は本州(関東、福井県以西)、四国、九州の丘陵帯。六甲山系では照葉樹林でよく見られる。
(説明はホームページ「六甲山系の樹木図鑑」より)
 

 このカゴノキ,樹皮のまだら模様が話題になることが多いのだが,剥げ落ちた樹皮について話されているものは少ない。剥げ落ちた樹皮は左の写真を見ればその大きさがわかるが,だいたい3センチから10センチほどの大きさで形もさまざまで,蛇の鱗のような形にも見える。なによりも表面の硬くてザラザラとした感触はぬくもりのある木の皮とは思えない。
 形もヘビの抜け殻についているウロコとよく似ている。 
        
 カゴノキの樹皮といい,剥げ落ちた樹皮のかけらといい,大蛇をイメージさせるには十分な気持ち悪さを持っている。「これが大蛇のウロコです」と差し出されたら黙って納得してしまいそうである。
 
 このカゴノキが祖母山のふもとにある健男霜凝日子神社の御神木であり,祖母嶽大明神の化身が緒方三郎惟栄のご先祖様の大蛇であったというのは本当にうまくできた話だ。その上,緒方三郎惟栄にはヘビのうろこのようなアザがあったという話もある。

 人類の祖部族・氏族の祖がいかに世に現れたかを語る伝承は世界の諸民族が有する。日本の伝承もアジア諸域に存在する伝承と似ているものが多い。
 その伝承はいくつかのタイプに分類される。
 『日本書紀』神代の一書に記されるニニギノミコトの真床追衾(まとこおうふすま)に包まれての天降,また『古事記』上巻や『日本書紀』神代ほかに記されるホオリノミコトの無目籠(まなしかたま)による海神宮降下はともに卵生降下型に属するものであろうし,スクナビコナノカミ・ウガヤフキアエズノミコト・ヒルコなどの神話はそれぞれに箱舟漂流型の一型と見倣すことができる。
 昔話の「桃太郎」や「一寸法師」の漂流のモティーフもこの中に入れることができよう。
 三輪山の神婚伝説はミミズ神婚伝説との類縁関係が考えられるが,それはまた『日本霊異記』中巻の蛇娘相姦の説話や,昔話の「蛇聟入」にも系譜を連ねてゆくものであろう。

〔参考文献〕三品彰英『神話と文化境域』1948,大八州出版,著作集3,平凡社



穴森神社(竹田市神原)







穴森神社の洞窟につながっているとされる
宇田姫神社の洞穴

 緒方川の上流竹田市神原の山奥深くに穴森神社はある。
 花御本に通じた嫗嶽大明神の化身である大蛇が住んでいたという巨大な岩窟を祀っていて,この岩窟が本殿とされている不思議な神社だ。穴森神社の岩窟は大人が何人も入れる巨大なもので,中に入ると何かスーッと涼しい風が……。
穴森神社の本殿は大きな洞穴

 宇田姫神社は,大神惟基の母,花御本の住んでいたところを神社としたものと言われている。この神社の裏にも洞窟がある。この洞窟が穴森神社の岩窟に通じているというのだ。思わず信じてしまいたくなるリアリティーがある。
 しかし,今ではこの神社は安産の神として信仰されている。

健男社

 それにしても,『平家物語』が書かれたのが鎌倉時代初期と考えられているから,緒方三郎惟栄の生きていた時代とあまり隔たりがないのは間違いない。『平家物語』や『源平盛衰記』に大々的にこの姥嶽伝説という大神一族に関する伝説が記されているということは,この源平合戦の時代に緒方一族の名声が高かったことがうかがえる。



 左の写真は,長谷川の奥嶽窯の嶋津さんが健男社600年祭に際して製作し来場者に配ったお守りである。(右はカゴノキの樹皮)
 このお守りは健男社の御神木である「ホシコガ(カゴノキ)」の木の樹皮(右)が鱗のようになり,自然に剥がれ落ちたものを焼いて,その灰を釉薬として使用し色を出したという。

 大蛇を祖先に持つ大神一族の隆盛は平安時代末期を頂点にして,源平合戦を境に,緒方一族は緒方の地を去り,大神一族は大友一族の配下となり,その後も長く豊後の地に根づき,現代もなおすばらしい人材を輩出している。


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