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奥豊後のかくれた名所,大野郡清川村宇田枝の宝生寺。
その宝生寺で11月5日から7日まで「きよかわ彩・宝生寺の秋」と銘打ったイベントが行われています。
その様子を紹介します。


お寺を囲むように池がありその水面にライトアップされたお寺と紅葉の木々が映える。
その美しさにしばし時間を忘れて見入ってしまう。

 宝生寺は源為朝が建立,大友親隆が再建したと伝えられている。
 現在は,村指定史跡になっている。
 本堂の周りには樹齢数百年の楓(かえで)の大木がうっそうと生い茂っている。紅葉が始まった楓を神秘的に照らし出している。

  このイベントは単にライトアップだけではなく,尺八や歌謡などの演奏,日本料理研究家の中川藤義さんによる「宇田姫御膳」の催しがある。
 宇田姫御膳は村に千年以上前から伝わる宇田姫伝説をもとに作られているという。
 まさに色と音と食のあでやかさ,「彩」にふさわしい。
 苔むした石塔と楓の大木が歴史を感じさせる。

  池を渡る本堂への道の両脇には竹を切って作られた灯篭が並ぶ。これがまた幻想的で優雅さをかもしだしている。
 豊後の国岡藩宗旨奉行の「踏絵紀行」(天保12年[1841]2月8日)に書かれている。
 夕方,宝生寺に参詣。寺内に堤ありて,能き景地なり。

 書院に通り,床には三幅対の掛物,長崎の人の画と云うなれども唐人が印口あれどもわかり難く名はなし, (中略)
酒は鳥渡出,蕎麦ごめと云うものを馳走あり。皮蕎麦をゆで干し,搗(つ)いて皮を去りたるを醤油下地にて,ゆるき雑炊の如くに煮,椎茸,蓮根,牛房,みつ葉,山芋を入れ,なんば蕎麦の如くにして,かやくはおろし大根,わけぎ,ちんぴなり。命あれば,このごときものを始めて給わる珍しきことなり。





 本堂の前のかえでが美しい。

 この本堂は,弘化2年(1845)に焼失し,文久2年に上棟落慶された。

 5日の午後7時から尺八の演奏があった。お堂の賽銭箱の横で「坊がづる賛歌」や「北紀行」など現代的な曲をたくさん披露してくれた。奏者のお名前は存じ上げません。ごめんなさい。
 お堂の前には20名ほどの方が長いすに腰を下ろし,尺八の音にあわせて静かに口ずさんでいる。
 秋の夜のピーンと張りつめた冷たい空気の中で尺八の音色が妙に暖かかった。

 本堂のそばにはお寺の門徒の方々による出店が出ていた。
 田舎の餅や炊き込み御飯などなつかしいものばかり。
 その中で一番奥のテントで出していた蕎麦(そば)雑炊はすばらしかった。
 おばちゃんたちは朝5時から準備をしたそうです。お疲れ様。
 「踏絵紀行」の文中に出ていたとおりに作られた?蕎麦雑炊。
 お盆の左に見える小さな器に入っているのが蕎麦の実。その蕎麦の実をついて皮をとり,しいたけやレンコン,サトイモをまぜて雑炊のように煮ている。そのうえにおろし大根とネギ,柚子をかやくとしておいている。味よし。香りよし。おいしかたあ!これで300円は安すぎる。
 もう一杯注文したらおかわりで一杯目より多くついでくれた。それもタダ!ほんと清川の人はいい人ばっかりです。


 このイベントを企画しているのは「宇田枝地域活性化事業実行委員会」なんですね。
 ご婦人方が本当によく働いていました。
男性は駐車場係りや道案内などやられていました。本当にお疲れ様です。
 本堂正面から見たところ。
 宝生寺へのアクセスは,清川村砂田の交差点を左折し伊崎キャンプ場の入り口を通って清川中学校の手前を左に曲がり奥嶽川をわたる。突き当りを右折すれば正面にお寺が見える。案内板も立っています。






 宝生寺の和尚さん。

 お忙しいところ写真をとらせていただきありがとうございました。


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