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立花 道雪

 大分県大野郡大野町。
 大分県のほぼ中央に存在する大野町は,標高100〜800m,北部の山岳地帯を除いては丘陵状の台地が広がり,タバコや野菜が栽培されている。北の山岳地帯に源を発する河川が南に注ぎ,その流域には水田が開けている。



公園への入り口 公園は深い森に囲まれている
 4月20日。しっとりと雨が降る早朝に大野町北部にある烏帽子岳の中腹にあるえぼし公園を訪れてみた。公園までの道路には「ぼたん桜まつり」の旗がいくつも立ち訪れる人の道案内をしてくれる。
 えぼし公園のすぐ下の駐車場に車を止めて歩いて公園に上る。公園の入り口には,お年寄りのための?杖が置かれている。公園の周りは昨夜からの雨でしっとりとした木々の新緑で覆われている。



公園一面に植えられた木々 雨滴に花を垂れる
 鳥帽子(えぼし)岳では春にぼたん桜まつりが開催され,大分百景のひとつとなっているだけあり,公園には数百本のぼたん桜が植えられている。
 ソメイヨシノはとうに散り,チューリップも盛りを過ぎたこの時期,ここのぼたん桜は本当に輝いている。
 この地は古代末期には,大神氏の本流たる大野氏の活躍の舞台として,また中世には大野荘の展開する地域として,豊後の国の政治経済の面で大きな役割を果たしたところ。近年では,県下でも最も遣跡が集中するところとして,先史考古学研究のメッカとなっている。


   烏帽子嶽浄水寺

 ここには小さなお寺がある。由緒書きを見て驚いた。以下に紹介する。

   烏帽子嶽浄水寺
 本寺の発祥については尋ぬるに故なきも,口碑によれば,鎌倉時代,鎧嶽城主戸次重秀神角寺の末寺として尊信厚き聖観音を本尊とし,牛馬を守護し家内安全の御沸として明神岳山麓の権現屋敷に創祀(し)せられたが,後年現在地に移転されたという。その時期は不詳であるが,勝光寺保存の額に,表面「霊鷲(しゅう)山」裏面に「小雲水而到書於寿永山房,開基山岸尊,木原村荘官志賀政重懸之,霊鷲山円通院浄水寺 天宝七丙申四月瑞日」とある。
 昭和52年旧正月本堂本尊を焼失したが同年中に再建し本尊を安置した。
 祭日は旧正月18日。往時は近郷はもとより,遠くは直入郡,長谷川,緒方,白山,三重各方面より牛馬を牽きて参詣長蛇をなしたが,近時は時代の推移と共に昔日の面影空しく,参道は頻りに行き交う車の往来を見るに至る。
                                              昭和54年4月


立花道雪
 大野町で戸次と言えばあの「戸次鑑連(べっき あきつら)後の立花道雪」を取り上げないわけにはいかない。戦国時代,大友宗麟を支えた戸次鑑連は大野町の人の誇りと言えるものだが雪舟の陰に隠れて戸次鑑連のことを知る人は多くないようだ。
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