傾いた山 傾山と言われるようになったのは鬼のせい(短い)
吉作(きっさく)落とし 上畑地区に伝わる傾山の絶壁から飛び降りた男の悲しい話(長い)

傾いた山

むかし,嫗岳(うばだけ)のあたりにニひきの鬼が住んでいた。 ある日,ニひきの鬼は,祖母山と傾山はどちらが高いかで口論になった。1ぴきの鬼は,「祖母山が高い。」といい,もう1ぴきは,「傾山が高い。」と言いはった。 傾いた傾山





傾山

祖母山
そこでニひきの鬼は,山に登ってみることにした。しかし,祖母山に登ってみると,傾山が高く見え,傾山に登ってみると祖母山が高く見えた。
ついにニひきの鬼は腹を立てて,傾山の頂上で足を鳴らしてくやしがった。
おかげで,傾山の頂上は今でも傾いていると言われている。
※ちなみに祖母山の高さは標高1756m,傾山は標高1602m。





吉作(きっさく)落とし(緒方町)

 昔,そそ立つ岩と原生林で有名な傾山のふもと,上畑の里にたくましい一人の若者がいた。名を吉作(きっさく)といった。一人息子の吉作は,幼い時,猟やきこりをしていた父に死に別れ,母の手一つで育てられた。が,その母もやがてこの世を去った。
 吉作はひとりぼっちになったが,身も心も強くたくましい山の男に育っていった。
 吉作の仕事は,イワタケ取りである。イワタケを取るのはむずかしく,シュロ綱をたよりに絶壁にへばりついて,岩肌からかき取らなくてはならない。そのために,特に丈夫な体と勇気が必要であった。

上畑から傾山頂をのぞむ

 ある秋の日,吉作はいつものように傾山に登った。北尾根は前傾と呼ばれ,二つ坊主,三つ坊主などのそそり立つ岩が連なっている。坊主というのは,岩がちょうど坊主頭をふりたてているように見えるからだ。
 二つ坊主,三つ坊主のあたりは,吉作の仕事場である。小さな岩の割れ目,一つのひださえ知り尽くしている。その吉作がまだ行ったことがないのは,二つ坊主,三つ坊主の主尾根から少し外れてそびえ立つ,ひときわきびしい岩の峰だった。
 すばらしく天気のいい日だった。祖母山が西のほうに手に取るように見え,はるかかなたには,久重や由布の山々が美しく見えた。
 早めに昼食をすませた吉作は,今日の仕事の場にその岩を選んだ。岩の割れ目や木の根を伝ってよじ登り,ようやく,岩の頂上に立った。岩かどの五葉の松(ヒメコマツ)の根っこにシュロの綱のはしをしっかりとくくりつけ,それを伝って絶壁を少しずつおりる。予想した通りイワタケはたくさんあった。腰のかごは,みるみるいっぱいになった。吉作はかごいっぱい取れたので,うきうきしていた。綱のいちばんはしまで降りてみたが,岩壁はまだまだ高く,秋の日に赤く染まる林ははるか下の方である。 
 ふと見ると,足のすぐ下に小さな岩の棚があった。ようやく立てるぐらいであったが,ちょうどよい休憩場所である。吉作は綱のはしの結びこぶしをにぎり,いっぱいに背を伸ばして岩の棚におりた。片手で綱を握って仕事をするという,苦しい姿勢から自由になった吉作は,疲れがとれるまでそこで十分に休んだ。

初冬の傾山


 「では帰るとしよう。」
今度は綱を伝って,岩壁の頂上まで登るのである。手を伸ばしてみて吉作ははっとした。綱がない。あるにはあるが,綱のはしに手が届かない。吉作の体重をささえて伸びきっていた綱は,吉作が岩の棚におりて手を放したため,手の届かない上の方にはねあがってしまったのだ。イワタケ取りの名人の吉作も大変慌てた。岩壁には手がかりがない。手にしている道具といえば,イワタケをかきとるためのヘラだけである。これでは,岩壁に傷をつけることさえできない。かごを踏み台にしても手は届かない。自分の力だけでは,もはや登ることもおりることもできない。吉作は,岩壁の途中に取り残されてしまったのだ。
 助けを呼ぶ以外に,もはやどうすることもできない。吉作は叫んだ。
「おーい,おーい。助けてくれえー。」声をかぎりに何度も何度も叫んだ。声ははるか下の林にすいこまれていく。上畑の里は遠い。もし,自分の声を聞いてくれる人があるとすれば,上畑,九折(つづら)方面から,九折越の峠道をたどり,日向(宮崎県)の見立に向かう旅人である。

 だが,返事は何一つなかった。秋の日暮れは早く,岩壁を照らしていた日はすでにかげり,夕闇とともに厳しい寒さの夜がやってきた。寒さと怖さと空腹に震えながら,岩を伝う水のしずくにのどをしめした。
 次の日も,朝早くから叫びつづけた。大きな声で何度も何度も叫んだ。声は岩壁にこだまして,山の谷間に消えていった。
 二日たち,三日たった。声は次第に小さくなった。それでも,吉作の声は人の耳には届いてはいたのだ。九折の里人が,あるいは峠の旅人がそれを聞いた。しかし,吉作の声が人の耳に達したときは,岩壁にこだまして,すでに人の声ではなく,ばけものの叫び声のように聞こえた。
 「傾山からばけもんの声がするぞ。」
 「天狗がよんじょるんじゃ。」
うわさが広がった。
 「人をとっち食うそうじゃ。」
うわさがうわさを生み,峠道を通る人もなくなった。上畑の里にもうわさは届いた。だが,ひとりぼっちの吉作がいなくなったことと,このうわさを結びつけて考える人はいなかった。

 何日たっただろうか。岩の棚の吉作は,飢えと寒さのために,ほとんど意識を失いかけていた。声ももう出なくなっていた。岩の棚から落ちないのが不思議なくらいだった。それというのも,日ごろ,岩壁での仕事を体が覚えこんでいたからであろう。
 そそり立つ岩の上を,鳥が悠々と輪をかいて飛んでいる。はるか下の林では,木々が鮮やかに紅葉している。
 「鳥のように飛べないものだろうか。」と,おぼろげな意識の中で吉作は考えた。わずかに身動きしたところ,岩の棚から小さな石のかけらが落ちた。上から見ると,実にゆっくりと,まるで木の葉が舞い降りていくようだった。
 吉作は,石のかけらと飛ぶ鳥に自分自身のまぼろしを見た。
 「ここから飛んだら,おれもふんわりと林に舞い,静かに谷間に降りられるのではあるまいか。」
 吉作はついに身をおどらせた。谷間の岩は,林の紅葉より赤く染まって美しく見えた。生まれてはじめて見る美しさだった。その美しさの中に吉作は消えていった。

 九折越えの峠道に再び人が行き交うようになったのは,その年の秋も終わるころであったという。


                   『大分の伝説』大分県小学校教育研究国語部会編 日本標準発行 より

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