セント・ルカの卒業生から!

今はもう、セント・ルカを卒業されましたが、ひとりの患者さんに、通院中、新聞を作って

いただいていました。「るんるんルカ新聞」といいます。

その1号から11号までを随時載せていこうと考えていますので、どうぞごらんください。


1994年11月第9号より抜粋

Mのさようならセント・ルカ号

長かったセント・ルカへの通院生活でしたが、妊娠していろいろあったけど、なんとか出産までこぎつけられて、
やっと卒業することが
できました。卒業するにあたって、Mの通院生活をふり返りながら、
これから治療を始めようと思っている人やがんばって治療を
続けている人へエールを送ります。
夫婦で自分たちの治療について考える時に、こんな患者もいたんだなと、参考にしてもらえれば、

うれしいです。


なんでこんなに続けられたか

プラスが出たときの先生の第一声は「長い間、ご苦労さま。」だったと思います。マイナスがでても、
マイナスが出ても
くじけずにがんばってゴールまでたどりつけたのはどうしてか、ふり返ってみました。

1. 家族の理解

私だけが、一人で突っ走っていたようにも見えますけど、プレッシャーをかけず見守っていてくれたのは、
大きな支えだったと思います。

2. 看護婦さんがやさしかった

患者の気持ちになっていろいろ心使いをしてくれたのが、うれしかったです。看護婦さんとお話しするのが
楽しかったので遠距離通院も
苦になりませんでした。

3. はげましあえる友達ができた

何回もの入院の時の会食で友達ができ、電話ではげましあったりできたことで、自分一人で落ち込まずに
すんだと思います。
気持ちが分かってもらえる友達ができたので幸せでした。

4. 先生が見捨てんでくれた

他の病院だったらとっくの昔にさじをなげられるところを意地でもつくろうなと治療を続けてくれたから、
マイナスが出ても
「くそ〜っ」という気持ちがわいてきて、次もがんばろうという気になれたと思います。

5. 卵をおまかせしていた安東さんを信頼していた

安東さんとは直接いろいろなお話ができたことで、自分も勉強できたのがよかったと思います。

6. 暗くならんようにした

友達や看護婦さんと話をしたり、ルカ新聞を書くことで、気持ちをリラックスさせて治療にのぞむことが
できたのも
よかったんじゃないかなと思いたい。

反省することは、先生から不妊の原因を調べるために腹腔鏡検査をするようにすすめられていたのに、
こわがって
ずっとのばしていたから、もっと早くしとけばよかったなということです。


Mの不妊治療と妊娠、出産までの経過(県病)

1990. 8 ホルモン検査
1990. 9 卵管造影(とっても痛くて、あと一分長かったらS先生をけとばしていたかも・・・)
      ↑でもセント・ルカでするとあんまり痛くないそうです。

1990.10 ヒューナーテスト
1990.11 通水、パーロデルを飲みはじめる
1990.12 クロミド飲用とHCG注射
1991. 1〜12 この間は県病でS先生に治療してもらっていました。
         パーロデルを飲み続けて排卵誘発剤の注射と内服薬の治療が続きました。
         県病で4〜5回はAIH(人工授精)をしたと思います。
         (このあたりは、まだ仕事優先で、治療を受けたり、受けなかったりという程度のもの
         でした。)

1992. 1 クロミドとヒューナーテスト
      ↑これ以後、S先生が突然やめてしまって宇津宮先生にかわる。
      私がこわがっていたら看護婦さんが「大丈夫。かみついたりせんから・・・」と言って、
      治療を続けるよう励ましてくれた。

1992. 2 注射7日間とHCG、ヒューナーテスト
1992. 3 クロミドとHCG
1992. 4
1992. 5  HCGとAIH

Mの不妊治療と妊娠、出産までの経過2(セント・ルカ産婦人科)

1992. 6 セロフェン飲用とHCG、AIH
1992. 7 セロフェン、HCG、通水、AIH
1992. 8 腹腔鏡検査(ラパロ)
      ↑子宮内膜症と子宮筋腫が見つかった。
        このときついでに卵巣に穴をあける手術をした。

1992. 9 通水、セロフェン、HCG、AIH2回
1992.10 卵巣がはれて約一ヵ月間入院
      ↑妊娠しているかもしれないからと、ずっと入院して、尿検査を4回ぐらいしたけど

      ぜ〜んぶマイナスで結局生理がきてしまってがっかり、先生のうそつき!
1992.11 体外受精1回目(1個もどせた)
1992.12
1993. 1 体外受精2回目(もどせない)
1993. 2 体外受精3回目(もどせない)
1993. 3 体外受精4回目(1個もどせた)
1993. 4 体外受精5回目(1個もどせた)
1993. 5 体外受精6回目(1個もどせた)
1993. 6 体外受精7回目(1個もどせた)
1993. 7 子宮筋腫の手術
1993. 8〜9 子宮が回復するまでちょっとお休み
       ↑この間、暇だったのと病院や先生になれたので、ルカ新聞を作ってしまった。
1993.10 体外受精8回目(顕微授精で1個もどす)
1993.11 体外受精9回目(顕微授精で8個もどす)
1993.12  体外受精10回目(顕微授精で11個もどす)
1994. 1 体外受精11回目(顕微授精で8個もどす)
1994. 2 体外受精12回目(もどせない)
1994. 3 体外受精13回目(顕微授精で6個もどす)
1994. 4 尿検査でプラス
      ↑やったぁ。やっと妊娠。待合室でポロポロなみだをこぼしてしまった。

1994. 5〜7 切迫流産と前置胎盤でず〜っと安静入院。前置胎盤は、
        いつのまにか直っていたけど、このせいで一ヵ月間位出血が続いた。

1994. 8 県病に転院して子宮頚管縫縮術を受けてずっと点滴と安静
1994. 9 出産
     ↑3カ月も早く陣痛がきてしまったぁ
1994.10 産後 貧血がひどくてなかなか退院できなかった
1994.11 実家で体と頭のリハビリをつづけ、ようやくもとにもどる

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