サクラソウの遺伝的多様性の保持に必要な保護地の面積

― 大分県九重町の自生地における異型花柱花の調査 ―

(著者要約)

佐々木章・八田準一・長岡壽和

(大分短期大学)

はじめに

 サクラソウ(Primula sieboldii)は,日本各地のやや湿った草原地帯に自生していたが,生育環境が変化したため自生地は縮小し,絶滅が危惧され、保護が検討されている。有名な浦和市田島ヶ原は,特別天然記念物に指定されている。大分県でも,九重山麓の草原地帯など広範囲にわたって大群落が分布していたが草地改良・野焼の中止,各種の開発行為によってわずかな自生地を残すにすぎなくなった。九重町飯田高原では4個所の自生地を確認しているが,これらの自生地は互いに離れており訪花昆虫による花粉の交流は困難と考えられる。数十年前までは,調査地区以上の面積の自生地が各所にそれぞれ近接して存在したといわれている。その距離からすると,自生地どうしの花粉の交流があって,多様な形質を保持しながら全体としては一つの遺伝子群を形成していたと推定される。現在残されている自生地が十分に広く自生地内での花粉の交流が頻繁であれば,当時の遺伝子群が保たれ,従って異型花柱花(異型花)の割合も保たれていると期待できる。

 この小論では,大分県玖珠郡九重町内にあるサクラソウ自生地で花型を観察調査した結果をもとに,栄養繁殖に頼らず花粉の交換によって十分な変異を持ったままサクラソウを保護するために必要な面積について考察した。

調査方法

 九重町飯田高原内にある自生地のうち,4個所を選んだ。それぞれAD地区と呼ぶ。いずれも腐植質の火山灰土が覆うなだらかな斜面に形成された小谷である。自生地と呼びうる地区はこの4個所にすぎない。

 サクラソウには,花柱頭が葯の位置に達しないで開花する短花柱花(短柱花)と,葯の上部まで伸長して開花する長花柱花(長柱花)があり,異型花どうしの交配のほうが結実しやすいことが知られている。

異型花は,複数の遺伝子が互いに近い距離に遺伝子座を持つスーパージーンによって決定される。そのため,自然におこる遺伝子組み換えの結果,中間型(同長花)が生じる。鳥居1)は,通常の長柱花の他に、僅かに長い僅長柱花と,花柱頭が花冠から突出する突出長柱花(突出花)を認めて,栽培品種を5型に分類した。

 開花最盛期に,すべての開花株ごとに1花を観察計測し,個体を代表させた。花柱長,花底部から葯の上端および下端までの距離(葯上・下端位置),花冠合弁部長(花筒長)(図1)を測定した。

 花柱長が葯下端位置に達しないのを短柱花,葯下端から上端までを同長花,それ以上を長柱花に分類した。長柱花のうち,鳥居のいう「僅か」の定義が明確でなかったので僅長柱花は採用しなかったが,花冠から突出する突出花は内訳で区分した。

結果および考察

 葯上端位置と花柱長との関係を図2に示す。図には,長柱花と同長花の境目になる,長柱・同長判別線も記入した。

図から,自然分類でも大きく3グループにわかれていることがわかる。

葯上端位置が高く花柱長が小さいグループは,短柱花で構成される。

葯上端位置が低く花柱長が大きいグループは,長柱花(突出花を含む)で構成される。

また,花柱長も葯上端位置も比較的に小さいグループには,同長花のほかに,ごく一部の長柱花と短柱花が含まれる。

なお、花柱長も葯上端位置も大きい個体が存在し,同長花に分類されている。今後,同長花の区分方法を再検討する必要があるかもしれない。

 

 各地区ごとの開花株数と異型花の出現割合を図3に示す。

 調査した全ての開花個体のうち,短柱花は35%,同長花は15%,長柱花は51%であった。長柱花には全体の16%を占める突出花が含まれる。

地区別に見ると,幅30〜50m,長さ150mにわたってサクラソウの群生が見られるA地区には,合計771株があった。短柱花の出現割合は30%,同長花は18%,長柱花は52%で,全体の傾向に近いが,長中花のうち突出花は26%と多かった。

また,幅10〜30m,長さ200mの間に散在するB地区には550株があった。短柱花は34%,同長花は14%,長柱花は52%と,全体と同じであったが,突出花は7%と少ない。

比較的に面積の広いA・B両地区の結果では,突出花を除くと全体の傾向に一致する。しかし,突出花の割合は大きく異なっていた。この面積でも,多様な遺伝子群を保護するにはやや狭いのではないかと考えられる。

 一方,C地区では,川幅1.5mの流れが蛇行する内側,10×30mほどの小面積に115株が群生する。ここでは,同長花が2%と極端に少ない。

またD地区では,小さな流れに沿って400mほどの距離に68株が点在している。ここでは,短柱花が75%と非常に多く,同長花は検出されなかった。

自生地が狭く訪花昆虫が少ないと,自家受粉の可能な同長花の勢力が増すといわれるが,ここでは逆に同長花が少ないかあるいは検出されていない。この群落では,少数残された個体からの出芽繁殖によって維持されているものと考えられる。

 A地区B地区ともに,比較的に多くの株が残っていたが,すでに偏りが見い出せた。すでに最小限の面積を下回っているかも知れない。両地区は直線距離で4.5kmあり,訪花昆虫の飛行範囲を越えている。今後,両地区とも保護して花粉の交流を図ることが肝要だろう。両地区の間にはかなりの在来植生が残されており,訪花昆虫の吸蜜植物も多いと思われる。そこで,途中に数箇所の新たな生育地を作れば,花粉の交流は可能であると思う。

C地区では,残った個体の遺伝的偏りが甚だしい。A地区から1.2km離れているが,途中の生育地を作れば花粉の交流は可能になろう。

一方,D地区のサクラソウも偏りが激しい。この場所は,B地区から2.3km隔たっている。車の交通量は多いが,吸蜜植物も見られるので,この場合も途中の生育地を作れば,花粉の交流は可能になると考えられる。

 このように,これらの地区をつなぐビオトープを適切に作ると共に,自生地区で野焼を復活させるなどの努力をすれば,全体としてサクラソウを含む生態系を保護できると期待できる。

 近年,ようやく保護や保全,あるいは復元の重要性がひろく認識され始めてきた。ビオトープ事業にも注目が集まっている。しかし,どのような生態系を残し,あるいは新たに作り上げれば良いかの基礎的な調査が不十分なままで事業に着手すれば,新たな自然破壊につながりかねない。たとえばサクラソウは,梅雨によって流されてきた土が薄く被さる条件が生育に適するといわれている。このことは花後の増し土2)として栽培家の間では常識となっているが,土が運送される時期や量によっては,結実や発芽,あるいは幼苗の成長に多大な影響を与える。適量の土が流されて,サクラソウ自生地に堆積する環境を維持することは容易でない。

 ここではサクラソウに焦点をあてて調査したが,他にも失われつつある動植物は多い。これらが総体として保護されるような,広い視野に立った計画が早急に実行されるように願いたい。

引用文献

1)  鳥居恒夫,1983Primula,最新園芸大辞典,第9巻,誠文堂

2)  鳥居恒夫,1984,サクラソウの芽分け・植え方・育て方−よい花を咲かすための一年間の管理,ガーデンライフ194

 

 

日本造園学会九州支部

平成10(1998)年度大分大会

研究・事例報告部門講演要旨集

(著者要約)

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