森林に火をつけよ オーストラリア・アボリジニの炎のコントロール

(小山修三,2000,季刊民族学より要約)

 

1967年、大きな森林火災が発生し、ホバートの町は死者62名、焼失家屋1400戸、延焼面積120000haという大変な被害を受けた。このときタスマニアを調査していた考古学者のR・ジョーンズは、植民地化のはじまった1788年以前のオーストラリアの植生は、アボリジニの放火によって作られたものであり、彼らは放火によって環境をコントロールし、生活に必要な動物や植物資源を確保していたと主張した。東部の湿潤硬葉樹林と海岸部の湿地性草原は、火によってコントロールされていたころは開けた草原で、アボリジニがいなくなって原生林にかえってしまった。このような林床に堆積した大量のリター(落葉、枯枝、樹皮)に火がつくと大きな火になる。

 

大陸の北部海岸地帯はユーカリが卓越する疎開林と草原、荒野になっている。東海岸山脈の多雨地帯には、イヌマキ属、シダ、ナンヨウスギ、モクワオウなどがあるが火に弱いので痕跡程度に残っているにすぎない。一方、中央部の乾燥地帯はユーカリやアカシア、イネ科やキク科の植生が見られる。

 <火に強い植物>

ユーカリなどは極めて火に強く、むしろ火によって活動を促進させる傾向がある。

@樹皮が厚く火をとおしにくい。

A火をうけた樹幹から芽を出す性質がある。

Bリグノチューバと呼ばれる特別な組織を地下に形成し、火にかかったあと活発に萌芽する。

C地下茎が盛んに分岐し火を受けるたびに地上部を出す。

 

他の植物の場合でも、たとえばブラックボーイと呼ばれるザントロイア属の植物は枯れ落ちた葉の基部が幹に残り本体は損傷をうけない。ラン科、カヤツリグサ科、ヤマモガシ科、ヤドリギ科の植物は山火事のあと盛んに花をつける。ヤマモガシ科のバンクシアをはじめモクマオウ科、フトモモ科の植物には、まつぼっくり状の実が炎をうけてはじめて種子を外に出す性質がある。ほかにも山火事のあと種子を散らすネズモドキ類、加熱されて発芽をはじめるハネガヤの一種など、動物の活動とも密接に関連しながら繁殖地を広げる植物がある。

 

<計画的な火付け>

植物生態学者のヘインズが行なった調査によると、火付けはきわめて計画的に順序よく行なわれている。

草原の火付けは雨期のおわりから乾期のおわりまで続く。疎開林はやや遅れて、乾期のはじまりから雨期のはじまりまで焼かれる。特に6月中旬から8月の中旬までの涼しい乾期にはさかんに火付けがおこなわれる。大がかりな火付けは多数の村が協力して十分な準備ののちおこなわれ、ファイア・ドライブと呼ばれる。これは、多量の獲物を得てポトラッチ的な饗宴をおこなう儀礼の中心となる狩猟である。

 

また彼らには、火付け場所に対するきびしい規制がある。モンスーンの雨緑樹林には絶対に火を付けない。また、ユーカリ林のなかに設定されている聖地にも火を付けない。彼らにはそれぞれの部族ごとの言い伝えがあり、一般にドリーミングと呼ばれるが、これに基づいて火付けがおこなわれる。「静かな火で掃除する」感覚のようである。

<ドリーミングを描いた木皮画には次のようないい伝えがある>

むかし、グマジ族の領土でおこなわれていた儀式ではじめて火を使った。カレドン湾に火をもたらしたのは氏祖のワニであった。ワニの放った火は北へ広がって儀式の場を焼き払った。さらに燃え広がった火によって巣を焼かれたフクロネズミは身を護るために木の洞(=棺)に隠れた。(そのためフクロネズミは葬礼に関係する。)カンガルーも驚いて逃げ出したが、熱い灰で脚を焦がしてしまった。ウズラは燃える小枝をくわえて、ペーパーバークの木がある沼地に落とした。背の高い草に燃え移ったので、ここに住んでいたミツバチはグバビング族の領土に飛んでいった。ピーヴィー(蜜食い鳥)は、高い木の上に巣を作ったので安全であった。そのため火が消えたあとの朝にはその歌が聞こえてくる。クモは不死身で、すぐにやってきて巣を張った。クモは朝の川霧、聖なるもの、先祖の霊と関係が深い。デザインのダイアモンドの形は火、赤い炎、白い煙と白い灰、黒い灰などを表している。

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