手島  恵子さんの報告
 新別府病院勤務府

はじめに         
昨年11月、別府八湯ONSEN文化国際交流ミ−ティングを聴講したかったが勤務の都合で出来なかったのが後悔として残った。この思いが今回の研修旅行へ参加の動機である。
研修内容が@温泉医療、A癒し、ヒ−リング、B景観、というのも私の意と通ずるものであった。このレポ−トもそれにそったものにする。

温泉体験
バ−デン・バ−デン

フリ−ドリッヒ浴場(ロ−マン・アイリッシュ浴場)に入ってみた。外国の温泉は水着着用という常識を翻してここは全裸で入浴する。「躊躇していても始まらない」とずらりと並んだロッカ−ル−ムで覚悟する。
この浴場は@〜Oまでのコ−スがあってそれぞれに入浴時間が指定されている。
@のシャワ−から始まり温気、熱気、ソ−プマッサ−ジ(全身)、第一、第二温泉浴、温泉噴出浴、冷水浴(浸るだけ)、その間にシャワ−を使い最後に毛布に包まって30分の休養、所用時間2時間である。
A、Bの温、熱気はサウナの経験のない私には少し時間が長く感じられた。
Dマッサ−ジ、施術者は二人。順番待ちの人がかなりいる。その間F、Gの蒸気浴に入って待機する。ハ−ブの香りが蒸気と共に降りてきて心地よく穏やかな気分になる。順番が来て番号で呼ばれマッサ−ジに進む。液体石鹸と硬めのスポンジ様のもので全身を洗い、次にマッサ−ジだが、肩凝り性の私にはこれでは軽すぎる。「もっとつよく−」と言いたかった。時間も短く感じられた。
次にH〜Lの全身浴になるが浴槽は全てプ−ルである。H36度、I32度、J28度、K18度である。H〜Iは楽しんだ。J水は苦手である。水の冷たさがいやで十何年水泳もしていない。それがここにきて裸でプ−ルである。踝、膝と入って思い切って肩までつかる。
これで平気になって縦に横に泳いで回った。気持ちが良かった。Lの冷水浴は足を一寸つけただけで失礼した。Mで暖かいタオルで体を拭いてしばし休憩。
Nでクリ−ムサ−ビスを受ける。Oで毛布に包まって30分の休養。薄暗い大きな部屋にベッドが70床ほど並んでいた。ここまで二時間のコ−スである。こんなに長時間お風呂に入ったことはない。メニュ−の多さもさる事ながらその施設の豪華さには目を見張る。その上料金は38マルク(約2700円)。安い。

 ドイツ政府観光局が発行している「ドイツの温泉利用法」によるとこのフリ−ドリッヒ浴場の料金は38マルクでは赤字だそうで『いずれそのお客さまが「ク−ア(温泉治療)」をするときに「ああ、かって入ったフリ−ドリッヒ浴場はよかったな。おなじク−アに行くならバ−デン・バ−デンにしよう」と考えてもらう為のものだそうで、その息の長さには日独の温泉事情の違いを読み取れるのではないでしょうか。』との説明がある。見事なリピ−タ−対策である。

この日の入浴客に日本人は私一人。現地の入浴客の若い人はスリムだが中年女性の肥満は驚きである。ほとんどの人が肥満であった。この身体では膝を痛める人が多いのもうなずけるし予防医学が盛んなことも納得できる。

アバノ ファンゴ体験
 事前の勉強会でその利用法は聞いていたが、実際にホテルに見学にいって初めて仕組みが分かった。各ホテルが自前の治療施設を持っているとも聞いていたが、そのあまりにも整った設備とシステムには驚嘆した。そのファンゴ治療を体験した。

朝6時電話での呼び出しで治療室に行く。中年のやさしそうな女性が担当であった。ストレッチャ−程の幅のベッドに厚手の布をかけファンゴが塗られていた。ベッドに仰臥すると首から肩にたっぷりとファンゴをくっつけ、それから全身に塗っていく。ファンゴを塗るのは背面と膝である。胸〜腹部にはない。ファンゴを塗った体を厚手の布で覆って30分ほど休む。じわじわと汗が出てくる。ファンゴの温度は40度〜42度ということだがもっと熱い気がする。10分程すると様子を見に来て顔の汗を丁寧に拭いてくれた。#痺Aこで「踝にもファンゴを」と言いたいのだが、言葉が出来ず、身動きが取れず、やっと足を使ってのボディランゲ−ジで伝わった。

このファンゴはアバノ郊外の湖から採取した泥を87度の温泉の中に4ヶ月間入れて温泉の成分を吸収、熟成させて作る。泥と聞いてべたべた、どろどろしたものを想像していたが、現物はさらっとした土のかたまりであった。実際治療が終わってファンゴを取るのはいとも簡単、体に残った泥も少量であった。泥を落とした後はぶくぶくと泡立つぬるめの湯に浸かる。浴槽から出たときは身体がすっきりしていた。

病院見学
今回の研修のテ−マの一つが温泉医療である。私は病院に勤務している。それも温泉を利用して脳卒中や整形外科の患者のリハビリテ−ション治療を早期に取り入れて成功してきた病院である。温泉医療については一番関心のある処である。今回訪問したのはフランツ・デングラ−クリニック。市街地を歩いて15分くらいの所、なだらかな丘陵地にあり周囲は公園のように整備された緑に囲まれた美しいクリニックだ。 
入り口のドアを開けるとそこはホテルのロビ−のような雰囲気で、患者さんは私服を着て新聞や雑誌を読んだり、談笑していたりで、まずここで病院という概念を壊された。
広報係の女性の話しでは@ベッド数は250、A整形外科と内科の治療をしている。Bそれも回復可能な患者のみ受け入れる。ということだ。院内の見学では個室(家族も一緒に生活で出来る)、広いテラスに続いたコミニュケ−ションフロア、治療棟、キャフェテリア等を回ったが、いづれの施設もため息無しには見られない程の素晴らしさ、美しさであった。
白とブル−に統一された温泉治療室には大小四面のプ−ルがあり、そこではインストラクタ−の指導で大きな輪を使った運動をしていた。皆楽しそうな顔であった。キャフェテリアは食事は三種類のメニュ−の中から好みのものを選べられるシステムで四名の調理師が担当しているそうだ。この時は丁度イタリアンウィ−クということで、各手−ブルには小さなイタリア国旗が飾られていた。赤白のチェックのテ−ブルクロスも室内を明るくしている。患者さんの席は決まっていて、単身で入院している人たちを同席にしたりと孤独にならないような配慮も行っているそうだ。このような設備を整えた病院が、別府で、日本で出来るだろうか。まず浮かんできた疑問である。
温泉治療がはっきりと国で認められ、保険適用され、人々も温泉とは病気治療をするところという認識が根づいているドイツだからこそ経営できる病院ではないだろうか。
ここの温泉治療はリハビリ治療のうちの20%をしめるそうだ。私たちは温泉治療に対して温泉の成分に随分こだわって、数値や、成分の分析等について質問をしたが、彼らのそれはロ−マ時代からの歴史に裏打された治療法であり、私たちの質問の真意は一寸理解が出来なかったようだ。私たちは十種類もの泉質を持つ別府温泉を最大限に生かして成果を出したいという思いが前面に出た質問である。ここが質問の一番のやまであった。
現在別府で行っている温泉治療は保険でいうところの水治療である。温泉を使っている意味は、温泉の方が暖かくてきもちがいい、湯冷めしにくて保温効果がありその間痛みがやわらぐ、といった程度のもので私たちが目指した温泉の成分利用という観点からはだいぶ距離がある。これからの大きな課題となるだろう。

景観
今回の研修で訪問した都市は@黒い森北部のバ−デン・バ−デン、Aポ−平原の中のアバノ、B海の都ヴェニス、C商業の中心地ミラノと全く立地条件の異なる都市であった。各都市は地形を見事に取り込んで自然と共に発展してきた都市である。

@ バ−デン・バ−デン
黒い森の濃い緑中にロ−マ時代から温泉地として開け、下ってはヨ−ロッパ貴族の社交場として栄えた歴史は現在もしっかりと受け継がれている。ク−アハウスを始め1000件以上の建築物が文化財として保存されている。美しい街、街全体が公園のようだ。華やかだが落着いた街である。

A アバノ 
ポ−平原の東部、ユ−ガニアン丘陵の麓にあるアバノは平野の中にある温泉都市。街は広く全てが穏やかに動いている感じがする。ここもロ−マ時代からの温泉地である。
ヴェニスを見た後ではやはり田舎であるが、保養目的で訪れるのであればこの広々とした街並みは魅力である。刺激的なものは見当たらない。ホテルはもちろん個人の屋敷には、泰山木(マグノリア)や、合歓の木等の大木が庭木として植えてあり土地の広さを見せ付けられる。泰山木は南国を実感する巨木だ。ヴェニスとセット
にして再訪したくなる地である。

B ヴェニス
街全体が観光資源である小野町は存在するだけで人々を吸い寄せる。飛行機の窓から見る広大な湿地からすでにヴェニスの観光は始まっている。ここ#痺iもう胸は期待に膨らむのである。水上と都市の交通手段は全て船。船のバス、タクシ−等とても楽しい。海の中から突き出ている無数の杭にヴェニスの建築の基礎を見る。海の中
に都市を作る。人間の英知のすごさを思わずにはいられない。ここで観光客は先人が作り上げた夢の世界を体験する。

C ミラノ
イタリアモ−ドの発信地、商業の中心地のミラノは又歴史の街である。スフォルツェスコ城、サンタ・マリア・デッレグラツィエ教会、スカラ座、ドォ−モ等美術、音楽、全て本物に出会える街だ。「最後の晩餐」、ミケランジェロの最後の作品「ピエタ」もここにある。スカラ座とドォ−モの一帯は素晴らしい。歴史的建物と新しいガレリアの組み合わせがとてもうまくいっている。ガレリアの商店街の黒と金色で統一した店舗表示はすっきりとしていて気持ちがいい。高級感のあふれるア−ケ−ドであった。
ミラノは景観には特別配慮はしていないような気がする。大きい街だし、見るべき施設も散らばっている。気になったことが一点、落書きが非常に多かったことだ。建物はもちろん手の届くところは全て落書きされていた。木や表示板にも。新しい壁にもある落書きを見るとこれはいいたちごっこの様だ。これも芸術かと思おうとしたが、やはり見苦しいものだ。

おわりに
 国が違い、気候風土が違い、そしてそこで暮らす人々の文化も違う。今回訪問した両国は古くロ−マの時代から温泉を神の恵みとして享受してきた歴史を持つ。それは又彼ら独自の温泉の利用法を創り出してきた。温泉医療である。ここ日本では温泉は歓楽、食事(宴会)、癒し(とうじ)とセットになって利用されてきた。ここらで新しい利用方法温泉医療を視野に入れてみてはどうだろうか。保険制度という高い壁はあるが挑戦する価値は十分にあると思う。
別府は恵まれた気候と美しい景観、豊富な温泉を持つ。それに人力が加わって動き出せば新しい風道は通るのではないか。
今回私たちはバ−デン・バ−デン、アバノ両市で行政と民間の協力体制(私には共同体制のように思えた)のきづなの強さを思い知らされたが、別府再発展にはこの協力こそが重要だと考える。

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