別府市年表

別府年表

(参考書籍)
■別府商工会議所創立70周年記念誌『別府のあるべき姿  21世紀への提言』 ■別府市誌(昭和40年)

712(和同5)
(注)奈良時代は710年から、712年1月28日には元明天皇の命で太安万侶が稗田阿礼の説話を「古事記」(Kojiki,Records of Ancient Matter)を完成させた。
*豊後風土記に別府の記述あり。
867(貞観8)
(注)平安時代は794年から1192年まで。
*鶴見岳が噴火。3日間続く。振動・鳴動・太陽を隠す雲・火柱・山崩れ。急増した温泉が川に流れ、生物を殺したとされる。
1603(慶長8)
(注)1603年から江戸時代始まる
*江戸時代の別府。浜脇・別府地区を中心にした100戸程度の農漁村。このころから各地に自然湧出していた源泉が本格的に共同浴場(竹で屋根を葺いて風雨をしのぐだけの粗末なもの)として利用されはじめる。民家の屋内や庭に湯があり、余った湯は海へと流れていた。浜脇〜的ヶ浜海岸線には砂湯が続く。地蔵泉など現在も名をとどめる共同浴場も多数できており、湯治用の宿もあったようである。明礬地区では湯の花と明礬の採取が始まっている。
1671(寛文11)
(注)1671年は第4代将軍の家綱の頃
*湯の花と明礬の製造始まる
1692(元禄5)
(注)1692年は第5代将軍の綱吉の頃
*別府温泉の記録。民家100戸余り、屋内や庭に湯があり、余った湯は海に注ぐ
1694(元禄7)
(注)1694年は第5代将軍の綱吉の頃
*貝原益軒「豊国紀行」に別府温泉の記述。家々に湯があるため、宿の湯には地元民は入らない。海中にも温泉が湧き、干潮時に入浴する
1868(明治元年)
*明治中期頃の別府。明治初期に産業港としてつくられた別府港が、外客を集め始め、海岸近くの共同温泉は人気に対応して次々と本格的な建物に改築される。大型の船は沖に停泊し、ハシケなどを使って初期は浜脇へ、次第に別府へと人や積み荷を渡した。人力車に次いで1885(明18)年頃に客馬車が登場し、山手の各温泉地への湯治客も増加。舟で寝起きしながら海岸の砂湯などで湯治をする湯治舟は100艘余り。明治中期には海岸部の宿も大型化。このころ湯治場から温泉町へと発展した。
1871(明治4)
*廃藩置県、別府は日田県に属す。
*別府築港落成。流川に別府港(産業港として)建設。はじめは産業港として開港したが、次第に外客を集めるようになった。
1872(明治5)
*豊後一円を大分県と定める
*浜脇温泉・紙屋温泉などを改築。それまでは竹の屋根の粗末なもの。周辺には宿屋街ができてゆく
1873(明治6)
*大阪開商社汽船益丸別府定期航路をはじめる。
1884(明治17)
*大阪商船株式会社(後の関西汽船株式会社)設立。別府−大阪間に航路(阪神航路)を開く。
1887(明治20)
*この頃、別府−豊岡間に乗合馬車通う。
1893(明治26)
*別府、浜脇の両村が町に昇格。
1896(明治29)
*豊洲電気鉄道株式会社(後の大分交通株式会社)設立
1899(明治32)
*東京帝国大学ベルツ博士温泉調査のため来別
1900(明治33)
*別府−大分間電車開通(6哩にて乗車賃は上等20銭、下等12銭)。日本で6番目、西日本初(以前から客馬車がこのルートを走っていた)。中浜に電源の火力発電所
1902(明治35)
*竹瓦温泉を2階建てに改築
1904(明治37)
*電灯が各戸に初めて灯る
1906(明治39)
*別府町と浜脇町が合併して別府町となる(初代町長・日名子太郎、助役・高橋欽哉)。戦争による傷病兵の療養地として、また中国や満州からの亡命者たちが落ち着くにも最適の地であった別府町は、多くの観光・療養客を収容するようになる。初代町長の日名子太郎は進歩的な人柄で、小説家や新聞記者に別府および県下一円の温泉地帯、名所旧跡を視察させ、新聞紙上に別府紀行文を連載するように画策する。
1907(明治40)
*中浜筋に日本初の街路灯。全国の衆目を集める。
1909(明治42)
*電話開通。別府郵便局に特設電話690台(電報は1877年開通)
*別府に油屋熊八(後に「観光の父」と呼ばれる)がふらりとやってくる。熊八は愛媛県宇和島の生まれで、大阪で米の相場師となり油屋将軍と異名をとるほどの巨万の富を得たが、日清戦争終結とともに富を失った。その後、米国を4年にわたって見聞。日本に観光地というもの作る構想を抱いて別府に現われた。
*(09.01)旅館数763軒
1910(明治43)
*山田耕平ら先覚者は時運を察知して別府商業会を設立(初代会長・山田耕平)、大売出しなどの商業振興活動を続けるが、任意の会員組織による商工業者団体が時流に順応できないことを痛感。別府商業会は1926年(大正15)、定時総会で商業会議所の設立を決議した。
1911(明治44)
*日豊本線別府駅開業。(1897年には行橋−柳ヶ浦まで開通)柳ヶ浦から客馬車に乗り換えていた西日本方面からの交通が改善。初年から外客が劇的に増える。
*別府−大分間鉄道開通し、浜脇駅(現、東別府駅)開業
*この年、別府出入汽船3716隻となる
1912(明治45/大正1)
*大阪商船は700トン級の商船「紅丸」(くれないまる)を別府−大阪間に就航。関西・東海からの客が増える。まだ沖合停泊、ハシケで上陸。風雨時は客と積み荷はびしょぬれになった。天候により日出に上陸させられる場合もあった。 1914(大正3)
(注)第1次世界大戦勃発
1916年(大正5)
*大阪商船が別府港に専用桟橋。汽船が接岸できるようになる。
1917年(大正6)
(注)ロシア革命
*上水道・朝見浄水場完成。工事に3年・25000人(当時の人口)分の水道水の供給能力を持つ
1920年(大正9)
*大阪商船は別府−尾道間に航路(広島航路)を開く(翌年、呉まで延航)
*地獄巡り循環道整備。後の昭和天皇の来訪に備えて建設
*(05.27)旧和田豊治邸(後の中山別荘が竣工)
1921年(大正10)
*地獄循環道路(県道)完成
1922年(大正11)
*日豊本線、鹿児島まで開通
1923年(大正12)
*電車軌道を浜脇から別府桟橋まで延長
*(05.22)久邇宮良子(くにのみや・ながこ)女王陛下(現皇太后様)が別府を訪れ中山別荘に宿泊。
1924年(大正13)
*京都大学地球物理学研究所設立
*市制施行(初代市長・神沢又市郎、市会議長・山田耕平)
1926年(大正15/昭和1)
*任意の会員組織による商工業者団体が時流に順応できないことを痛感。別府商業会は1926年(大正15)、定時総会で商業会議所の設立を決議した。
*世界一周の観光船が来別
1927年(昭和2)
*商工会議所法が施行される。前別府市助役・笠置雪治は直ちに別府商工会議所設立準備に入る。
*地の池地獄大爆発
*別府大分電鉄株式会社設立
1928年(昭和3)
*亀の井自動車株式会社を油屋熊八が設立。流川から発着の地獄巡り遊覧バス運行。当時日本最大の25人乗りバス4台・バスガイドが七五調ガイド。ハイヤーも12台。
*大仏完成
*ケーブルカー開通
*別府市公会堂完成
1929年(昭和4)
*別大電車別府へ延伸
*(10.04)別府商工会議所設立許可が下りる。(創立日)
*(12.05)別府商工会議所初総会が別府市議事堂で開催され、初代会頭・高橋欽哉[期間:1929.11〜1936.05]、副会頭・和田喜七、西尾只次郎)を選出した。
1931年(昭和6)
*大阪商船は別府−八幡浜−宇和島間に航路(豊予航路)を開く
*別府商工会議所は「当市は温泉を以って市制を施行するようになった全国でも稀な町である。温泉なかりせば今日の別府市はありえない。温泉に対する報恩報酬の念を表現しても不思議ではない、...」として、従来の温泉市と切り離す感謝祭として、「温泉祭り」の開催を提唱、強く市当局に働きかけ実現。原動力は後の会頭、河村友吉氏。(温泉祭りは戦時中の昭和19年〜22年まで一時中止、昭和23年に復活)
1932年(昭和7)
*九州大学温泉治療学研究所(現在の九州大学生体防御医学研究所)治療開始
1934年(昭和9)
*【城島高原】鐘淵紡績(カネボウ)が綿羊牧場開設
1935年(昭和10)
*亀川、朝日村、石垣村が別府市と合併(別府市の人口が6万2346人に)
*納涼煙火大会を商工会議所主催で挙行
1936年(昭和11)
*(11)別府商工会議所の第2代会頭・西原 佐太郎就任[1936.05〜1941.12]
1937年(昭和12)
*(03.25)別府国際温泉観光大博覧会開催[1937.03.25〜1937.05.13]、50日間で50万人の観客。
*(08)市内浜町に新庁舎新築
1939年(昭和14)
*第2次世界大戦勃発
1940年(昭和15)
*(01)佐藤慶太郎は晩年を別府で過ごし、昭和15年1月73歳の生涯を当市で閉じましたが、彼は2つのものを別府に残しました。野口病院と別府市美術館です。
1941年(昭和16)
*日本が太平洋戦争に突入
*(12)別府商工会議所の第3代会頭・藤原 勝 就任[1941.12〜1943.09]
1943年(昭和18)
*商工会議所は県単位に統合され、別府市部となる
1945年(昭和20)
*阪神航路休航
*終戦
*(10.04)米第5海兵隊戦車大隊の軍政部先遣隊としてホーマー・L・ベーカー大尉ら4名が完全武装で佐世保から大分駅に着任
*(10.10)清風荘が連合軍の接収ホテル第1号として接収される
1946年(昭和21)
*阪神航路再開
*占領軍キャンプ建設。平時2000人が駐留。市内のホテル、住宅も接収。現在の別府公園・ビーコン〜野口原運動場までの敷地、兵舎20棟、教会、学校、体育館など、24時間体制で5ヶ月で完成
*(09)社団法人「別府商工会議所」して再出発
*(10)別府商工会議所の第4代会頭・藤沢 徳太郎就任[1946.10〜1948.09]
1947年(昭和22)
*阪神航路一日1便制確立
*商工会議所を中心に別府国際観光港設置期成会発足
1948年(昭和23)
*(10)別府商工会議所の第5代会頭・八阪 真兵衛 就任[1948.10〜1952.06]
1950年(昭和25)
*温泉グランド・フェアー開催
*別府国際観光温泉文化都市建設法制定
*【城島高原】亀の井ホテルが一部施設を買収ホテル開業
1951年(昭和26)
*全九州商工会議所大会を別府で開催
*(10)別府国際観光港3000トン・バース起工式
*【城島高原】関西汽船が残りを買収観光開発を開始
1952年(昭和27)
*(02)第1回別府毎日マラソン大会(昭和59年に別府大分毎日マラソン大会に改称)
*海岸国道(元国道3号線)を国道10号線と改める
*(07)別府商工会議所の第6代会頭・西田 熊太郎 就任[1952.07〜1963.06]
1955年(昭和30)
*大分県温泉熱利用農業研究所設立
1956年(昭和31)
*駐留米軍1次引き上げ
*日出町の一部などを合併
1957年(昭和32)
*別府温泉産業大博覧会開催
*別府−北浜間電車軌道撤去
*別府タワー完成
*別府市に自衛隊駐屯
1958年(昭和33)
*別府国際観光港に3000トン級バース完成
*売春防止法の刑罰適用が実施(浜脇、別府、松原、北別府などの貸席が一斉に廃業届を提出、別府から赤線地帯が姿を消す)
1960年(昭和35)
*原子爆弾被爆者別府温泉利用研究所(現・原子爆弾被爆者別府温泉療養研究所)開設
1961年(昭和36)
*近鉄百貨店開店
*修学旅行専用船「わかば丸」就航
*仏ア電車埋没事故発生(乗客31人死亡、36人負傷)
*別府商工会議所婦人会誕生(会長・横山キク[杉乃井ホテル]、副会長・甲斐コウメ[雅叙園]、野口久恵[有田陶器店])
1962年(昭和37)
*別府ロープウェイ開通
1963年(昭和38)
*別府観光会館完成
*【城島後楽園ゆうえんち】1周200メートルのゴーカートがオープン。ここに、城島の遊園地の歴史が始まる。
*(06)別府商工会議所の第7代会頭・首藤 克人 就任[1963.06〜1969.05]
1964年(昭和39)
*全国初の”市ぐるみ組織”「別府市暴力追放協議会」が発足。初代会長に首藤克人 別府商工会議所会頭が就任。「無暴力安全都市宣言」を決議。首藤会長は暴力団との縁を断ち切るために、元締めである神戸山口組に田岡一夫組長を訪ね会談する。
*(10)九州横断道路(やまなみハイウェイ)全面開通
1965年(昭和40)
*亀川に「太陽の家」開所
*別府民衆駅高架開通
1966年(昭和41)
*北浜海岸埋立完成(最後の海岸砂湯廃業)
*第21回国民体育大会開催(〜10月)
1967年(昭和42)
*関西汽船が別府国際観光港に移転(別府−大阪航路、普通便を合わせて1日4便とする)
*餅ヶ浜海岸埋立完成
*日豊本線電化開通
*【城島後楽園ゆうえんち】1周2千メートルの新しいゴーカートをはじめ、エンジンで走るティーカップや園内を回る象さん列車等の導入に伴い名前を「キジマモートピアランド」と名付けた。
1968年(昭和43)
*別府市民憲章制定
*弓ヶ浜海岸埋立完成
*別府市内の国鉄高架完成
1969年(昭和44)
*(06)別府商工会議所の第8代会頭・河村 友吉 就任[1969.06〜1976.04]
1970年(昭和45)
*【城島高原】伊藤忠商事が両施設を買収
1971年(昭和46)
*大分空港が安岐・武蔵地区埋立地に移転
*【城島後楽園ゆうえんち】ボーリング場、屋外プールをオープン。
1972年(昭和47)
*別大電車の運行廃止
1973年(昭和48)
*身体障害者福祉モデル都市指定(厚生省)
1975年(昭和50)
*第1回フェスピック(極東太平洋身体障害者スポーツ大会)開催
*身体障害者福祉センター完成
*環境保全条例施行
*全国都市緑化推進モデル都市指定(建設省)
1976年(昭和51)
*(07)別府商工会議所の第9代会頭・友永文月 就任[1976.07〜1997.11]
1977年(昭和52)
*別府ハワイ訪問観光使節団を派遣
*第1回全国育樹祭開催(志高湖畔)
1978年(昭和53)
*別府国際観光港に5000トン級バース完成
*別府観光シンボルマーク決まる
*別府市総合基本計画策定
*大分心身障害者職業センター完成(野口原)
1979年(昭和54)
*ハングライダー日本選手権大会開催
1980年(昭和55)
*ハングライダー国際大会開催
1981年(昭和56)
*ハングライダー世界選手権大会開催
1982年(昭和57)
*別府国際ジャズフェスティバル開催
*ハワイで初めて別府物産観光展開催
1983年(昭和58)
*第2回アジアヨット選手権大会開催(別府湾)
*別府市公設地方卸売市場完成
1984年(昭和59)
*亀川バイパス完成
*的ヶ浜の人工海浜SPAビーチがオープン
*全日本ウィンドサーファークラス選手権大会開催
*【城島後楽園ゆうえんち】アイススケート場をオープン。
1985年(昭和60)
*市役所が上野口へ移転、新庁舎開庁
*(05.16)COARA発足
1986年(昭和61)
*「別府・やまなみ」地区が国際観光モデル地区に指定
*鉄輪・明礬・柴石温泉「国民保健保養地」に指定
1987年(昭和62)
*南部振興開発ビル完成(南部出張所、図書館等)
*オリアナ号オープン
*【城島高原】東京ドーム(当時後楽園スタヂアム)が後を受け継いで現在に至る
1988年(昭和63)
*ショッピングプラザ「コスモピア」オープン
1989年(平成1)
*大分自動車 別府−湯布院間開通
1991年(平成3)
*浜脇再開発事業竣工
1992年(平成4)
*大分−ソウル線国際航空便就航
*大分−札幌間定期便就航
+大分自動車道 別府−大分間開通
*【城島後楽園ゆうえんち】遊園地全体をリニューアルし、日本で初めての木製コースター他絶叫マシンの導入に伴い名前を「城島後楽園ゆうえんち」に変更した。現在は観覧車、音楽と光の噴水など、ソフトな施設の導入を進めている。
1994年(平成6)
*竹細工伝統産業会館完成
*近鉄百貨店閉店
1995年(平成7)
*市民ホール(ビーコンプラザ)完成
*駅前通りシンボルロード完成
*別府市国際交流会館完成(上人ヶ浜町)
*オリアナ号撤退
1996年(平成8)
*九州横断道路 大分−長崎間開通
*第6回世界地熱会議の開催誘致決定
*(08)平成8年8月8日8時8分8秒に別府八湯独立宣言イベント(於・朝見神社)・主催産研
*(10)ハウステンボス神近社長講演会・主催産研
1997年(平成9)
*日韓首脳会談開催
*国際特別都市建設連盟首長会議開催
*立命館アジア太平洋大学起工式
*第1回 夢・泉・郷 BEPPUドリーム・バル開催
*(05.15)別府八湯ML発足
*(05.27)別府八湯ML配信開始
*(11)別府商工会議所の第10代会頭・津末武久 就任[1997.11〜]
1998年(平成10)
*国民文化祭開催
*大型温泉施設(テルマス)オープン(完成は平成7年)
*別府アルゲリッチ音楽祭開催
*「コスモピア」譲渡契約締結(株式会社トキハ)
*(08)別府八湯レトロ絵はがき発売・主催産研など多数
*(10)筑紫哲也講演会「竹瓦を中心とした街づくり」(於・ヒットパレード)・主催産研
*(11)竹瓦倶楽部設立
1999年(平成11)
*広別汽船が別府−広島間航路廃止
*別府商工会議所が創立70周年を迎える
*(01)竹瓦倶楽部ホームページ開設
*(07)旧別府温泉(竹瓦)ウォーキング始まる
*(11.28 17:00)第1回グレート・バリアフリー探検
*(12)クリスマスHANABIファンタジアにて竹瓦前広場で初めて交通規制取り付け
2000年(平成12)
*(01)平野資料館開設(元町)
*(02.03)竹瓦デザイン会議設立
*(03.19)鉄輪ウォーキング始まる
*(03.22)別府八湯ポスター完成・披露
*(04.09)観海寺ウォーキング始まる
*(05.14 14:00)第2回グレート・バリアフリー探検
*(夏以降)山の手地区ウォーキング開始準備中