日本語に訳せば特記事項かな?!


過去ログ2004〜1999

<ベネデットギター>2011.11.3
<風が強く吹いている>2009.11.23
<大切なひとへ>2009.11.5
<食を大切にしよう>2009.11.2
<努力を続けるということ>2009.10.13
<酒は大関>2009.10.6
<スピーチ>2009.8.28
<「出版人マグナ・カルタ九章」>2009.2.25
<爪>2007.2.26
<良心>2007.2.17
<ありがとうの甲斐さん>2006.9.22
<ipod shuffle & run>2005.4.10
<花は愛惜に散り・・>2005.2.15
<心の震え>2005.1.23


ベネデットギター  2011年11月3日(木)
Benedetto guitarです。
これははっきり言って一生モンです。
いいギターに巡り会えたと思っています。恋しています。








「風が強く吹いている」  2009年11月23日(月)
「風が強く吹いている」を見た。
とても感激しました。オススメです。是非見て下さい。大分のシーンがたくさん出てきます。僕の後ろ頭もぼけて出ました。
冗談じゃなく泣けました。小説も良かったけど、映画も素晴らしい出来上がりです。
もちろん映画だからドラマチックではあるのですが、そういったストーリー性の感激とは違って、大いなる「共感」が胸を打ちました。
朝早く起きて毎日のように10Kmを走ったり、クロスカントリーで自然の中を自由に走り回ったり、記録会で泣きたいくらいにきつくても頑張ったり。
でも、みんな好きなことだから、走ることが大好きだから、その中に身を置き続けたい。
その気持ちが痛いほど身に沁みて分かる映画を作ってくれた。それがとても嬉しかった。
山だってそうです。好きだから、登る。理屈はない。


「大切なひとへ」  2009年11月5日(木)
先日、ある所で僕たち家族にとって、とても大切なひとに会った。
その人が生んだ赤ちゃんが生後すぐに亡くなったことを知り、どんな言葉をかけていいか、どう接すればいいか。
双子の赤ちゃんで、5日目に男の子が亡くなり、お葬式を済ませて、その6日後に女の子が亡くなった。
あとで聞いた時に、これからどう接していいか皆目見当が付かなかった。悲惨だった。
どうしたら悲しみから開放できるか言葉を掛けられなかったこと、娘たちがとても心配していたことなどを、その人に話した。
その人の目からは涙がとめどなく流れ出ていた。
知らないふりをした方が良かったのかとも思ったけど、その悲しみを我がことのように共有し、少しでも励ますことが出来ればと思っていた。
その人は、上司が以前自分に言ってくれたことを思い出したそうだ。
「どこの家庭にも、他の人にはわからない苦しみや大変なことがあるんや。それを抱えながら、それでも、その中で毎日を楽しく生きて、幸せになろうとしてるんや」
屈託のない笑顔の中にも、大きな悲しみが潜んでいることだってある。
でもそのことを共有できる人がいて、人との繋がりの中で暖かな心を感じた時に、半歩でも前に進むことが出来ればと願わずにいられなかった。


「食を大切にしよう」  2009年11月2日(月)
近頃、健康であり続けることの困難さを考える時がある。
人はそれぞれの命や健康が永遠に続くのではないか、もっと先のことだから考えまいとするように思える。
だから身近に起きた不幸ごとでしか命を捉えることは出来ないし、しかもその場限りのことであったりする。
検診でデータが異常になっても、悪くなれば医者に罹ればいいやくらいにしか考えていない人もいる。
僕はずっと検診機関に勤務していて、1年に1回の検診で数値の上下動に一喜一憂するだけの人が多いのが残念でならなかった。
ただそれだけのイベントでしかない人があまりにも多くて、国からの補助金を充分に活かしきっていないというのが実情だった。
よくよく考えれば自分の健康のことなのに、自分自身の健康に向き合おうともせずに、そっぽを向いて再び悪癖の習慣に戻ってしまう。
僕もそうだから声高に言えないのだが、病気になってからでは遅く、健康を取り戻すには大きな苦労と費用が必要となる。
最大の悪の一つは肥満なのだろうが、仕事を持っているから、よほどの覚悟がない限り肥満を解消するのは困難だろう。
そして肥満の大きな要因が、過食にあることは言うまでもない。さらに言えば糖分の過剰摂取は、異常と言わざるをえない。
ケーキ類、さまざまな工夫の菓子類、果物(果糖)、甘い野菜類等々。国民は美食を求めて常に食べ続けている。
僕もサラリーマン時代は、激しい運動をしていたが、似たり寄ったりの食生活だった。
しかし、退職をして時間の余裕が出来るに連れて、より人間回帰の生活に憧れ、戻っていけるような気がしてきたのだ。
僕が言いたいことはシンプルです。(これは自分へのメッセージでもあるのです)
「食を大切にしよう」ということです。
細かなことはどうでもいい。病気になる前に、自分自身を大切にしよう。
甘いお菓子は少しに控えよう。果物は少しでいい。アルコールも控えよう。カロリーは穀物から摂取しよう。揚げ物は食べないでいい。
肉は大いに控えよう。魚を食べよう。等々。これだけで肥満は解消できます。


「努力を続けるということ」  2009年10月13日(火)
1987年にアカデミーのアーヴィング・タールバーグ賞を受賞したビリー・ワイルダー監督のスピーチ。
川本三郎著「アカデミー賞」(中公新書)から引用。
ジャック・レモンからタールバーグ賞のトロフィーを受け取ったこの老名監督は、何百万人ものファンに感謝すると言ったあと、
「とりわけウィル・ロジャースに似た名前もわからないアメリカ人の紳士に感謝したい。彼がいなかったらいまの私はない」とこんなエピソードを語った。
ビリー・ワイルダーは1943年にナチス・ドイツを逃れてアメリカに亡命しようとした。
しかしメキシコでアメリカへの正式入国許可証がないことがわかった。彼はメキシコのアメリカ領事館へ出頭した。
ここでヴィザが降りなかったら彼はドイツに送り返される。それは死を意味する(彼の母親はアウシュヴィッツで死んでいる)。
不安な気持で彼は一人のアメリカ人の役人の前に立った。役人は職業は何かと聞いた。
ビリー・ワイルダーは「ライト・ムービーズ(映画の脚本を書く)」と答えた。すると役人は「いいのを書くんだ」といって入国許可証をくれた。
「それ以来、私はいい作品を書くように努力してきた。あの名前もわからないアメリカ人のおかげでいまの私がいる。彼に感謝したい」。
授賞式の会場じゅうが大きな感動の拍手に包まれた。


「酒は大関」  2009年10月6日(火)
近頃、「酒は大関」のCMをよく見ます。昔、田宮二郎がやっていたもので、この歌が好きでした。
きれいな女性ですね。なんとなくこういう風情に憧れます。いいなあ。
僕は大関酒造の回し者ではありません。それどころか7月に神戸に行った際に、街のど真ん中にあったのでがっかりしました。
作詞・作曲は小林亜星さんです。原曲はGですが、低いのでCにしています。


酒は大関

白い花なら 百合の花

人は情けと 男だて

恋をするなら 命がけ

酒は大関 こころいき


赤い花なら はまなすの

友と語らん ふるさとを

生まれたからには どんとやれ

酒は大関 こころいき


夢はひとには 見せぬもの

勝負するときゃ 馬鹿になれ

それでいいのさ 男なら

酒は大関 こころいき


花と咲くのも この世なら

踏まれて生きる 草だって

歌をうたって 今日もまた

酒は大関 こころいき


女泣かせる やつよりも

好きだと言わない その背に

女心は 燃えるもの

酒は大関 こころいき

C Em F C
C Em F C
C Em Am
F Em G7 C


「スピーチ」  2009年8月28日(金)
感動のスピーチと言われるものがあり、以前何人もの人に是非聞いてと紹介したものです。
有名なものでご存知かもしれませんが、唐突に思い出したのでご紹介させて下さい。
僕のマシンはずっとMacなので、スティーブ・ジョブズは神様に等しい存在です。
appleを一緒に創業したスティーブ・ウォズニアックと共に、彼らの創造力は愛情に溢れています。
(1)と(2)で完結ですので、時間があれば是非聴いて下さい。
もう1つは、ホントに素晴らしいスピーチです。
地球のために何かが出来る筈です。このスピーチを聴くだけでも変われると思います。

スティーブ・ジョブズの伝説のスピーチ(1)


スティーブ・ジョブズの伝説のスピーチ(2)


セヴァン・カリス・スズキ - 環境サミット1992





「出版人マグナ・カルタ九章」 開高 健  2009年2月25日(水)
①読め。
②耳を立てろ。
③両眼をあけたままで眠れ。
④右足で一歩一歩歩きつつ、左足で跳べ。
⑤トラブルを歓迎しろ。
⑥遊べ。
⑦飲め。
⑧抱け。抱かれろ。
⑨森羅万象に多情多恨たれ。

右の諸則を毎日三度、食前か食後に暗誦、服用なさるべし。
御名御璽



「爪」  2007年2月26日(月
右手の爪が伸びている。
井上陽水の「氷の世界」というアルバムの中に「退屈」という曲があり、歌詞の冒頭は「爪が伸びている 親指の爪ががとくに・・・」で始まる。
何故に「爪」を持ち出したかというと、僕の爪はしたたかに伸びてきているのだ。
もちろん手を美しく見せようとか、そんな儚い夢は持ち合わせてはいない。
マーチンのギターを弾くため、そして美しい音色を演出したいために爪を伸ばしたわけである。
美しい音色を奏でるのは、ただ伸ばすだけでは駄目だ。
楽器店に行くと「ネイルシェイプキット」なるものが売られている。
これはサンドペーパーのセットで、600番、800番、1500番、6000番など、番号順に爪の表面や内側を整えていく。
そして、最後に革を使用して爪の内側を滑らかに仕上げていく。
この滑らかな爪を使用して、澄んだ音を求め続けているわけだが、そうこうしている内に武器になるような爪になってきた。
そして右手に大いなる違和感を感じ始めた。
プロゴルファーの青木功がテレビで語っていたが、試合の前日に爪を切ることはないらしい。
なぜなら、パットの微妙な感覚が失われていくという。
そういえば、彼の爪の手入れセットは、セカンドバッグの大きさに多種多様な道具がはいっていた。
開高健も「白いページ」で爪のことに触れていた。
男が、土曜日の朝爪を切っている光景は、何とも意味が深く、開高は大きな想像を巡らしたそうだ。
爪を切る男は色男で、それは女性への思いやりだというのだ。
昔、平岡精二という人の唄で、「爪」という曲もある。
シャンソンで、語りながら歌う、あれである。
自分の長くなった爪を見ながら、錯綜する想いを楽しみながら、さていつカットしようかなどと考えている。
せっかく伸ばした爪だから、明日にしよう。
文字が書きにくくなったので、やっぱり昼休みにしようか、そんな他愛のない逡巡も楽しいものだ。



「良心」  2007年2月17日(土)
Tさんは60歳を過ぎているが、筋骨隆々で走るスピードもかなり早い。
家族は、妻とダウン症の長男、結婚している次男、今秋結婚する娘さんという構成である。
一度娘さんにお会いしたのだが、綺麗な上に清楚な感じがする魅力的な女性だった。
家庭ではダウン症の息子がいるので、生まれた時からかなり精神的にも苦労をしたようだ。
その長男と娘さんの話。
娘さんが附属小学校の6年生の時に、学校の近くなら自由に昼食を食べて良いという日があったらしい。
彼女は何人かの友だちを誘って自宅に招き、お兄ちゃんと一緒に食べたかったからと言って、友だちみんなと弁当を食べたそうだ。
普通の子供であれば、肉親に知的障害者がいるということを隠そうとするだろうし、まして友達に紹介するのは稀なのではないか。
立派なお父さんとお母さんに育まれた娘さん。
Tさんにとっては、平凡な生活はなかなか訪れることがなかったかもしれないが、辛い生活の中に子供を通して人間の最善の良心を教えられたという事実は、10年以上経た今でも心の中に鮮明な感動を憶えているらしい。
娘からその日あった出来事を聞いた時、Tさんは「そうか、そうか」という言葉しか発することが出来なかった。
それはTさんと奥さんたちにとって、無上の誇りであるに違いない。



「ありがとうの甲斐さん」  2006年9月22日(金)
ちょっとノロケ話をひとつ。
もう10年くらい前のことであるが、妻が10日間ほど入院した。
ベッドの隣は大分銀行の女性行員の方で、妻と仲良くしていただいた。
僕と子供達は毎日のように見舞いに行き、その方ともお話をしていた。
ちょうど妻が席を外している時に、その方が「甲斐さんはネ、この部屋ではネ、ありがとうの甲斐さんて呼ばれているのヨ」。
仰有る意味は、僕にはよく分かったが、子供たちには皆目分からずのようだった。
妻は、ほんのちょっとした気配りや行動、言葉に、必ず「ありがとう」を告げるのだ。
結婚前から、この言動は好ましいと感じていたが、あえて深くは考えていなかった。
女性行員の方から、改めてそう言われてみて、自分自身の言動を考えてみた。
他人の好意に対して、「すみません」と言うことはあっても、「ありがとう」という言葉は少なくなかったか。
もっと「ありがとう」という言葉を素直に表現できたら・・
その時から、僕も「ありがとう」をたくさん言えるようになった。
今は子供達も大きく育って、「すみません」ではなく、いっぱいの「ありがとう」を周囲に告げている。
他人への感謝の気持ちがあれば、不平、不満の入る余地はない。
「ありがとうの甲斐さん」、ありがとう。




「ipod shuffle & run」  2005年4月10日(日)

開眼しました。
というと大袈裟かもしれませんが、それだけのcultural revolutionです。
ipod 40Gを持って何度かランニングをしましたが、すぐにフリーズしてしまい、走りながらリセットするけど、うまくいかない。
しかも、40Gは重たい。
そういう訳で、走る時は携帯音楽プレーヤーから遠ざかっていた。
勿論、走りに徹するという観点から、不謹慎だ、或いは精神的束縛があったのかもしれない。
「西洋のパンに餡を入れるのは邪道だ」と言っていたパン屋がいたそうだ。
でも、美味いのは美味いし、理屈ではない。
ちょっと意味が違うか?
諸々の抵抗を抑えて、左上腕にarm bandを巻き、そこにipod shuffleを差し込み、SONYのネックバンド式ヘッドホン MDR-G64SLを後頭部から耳に掛けた。
音質、フィット感、コードの長さ、そのどれもが素晴らしい。
先ず、音質がいい。耳を完璧に塞ぐのではなく、数ミリ離して音を伝達する。
周囲の音もよく聞こえる。
後頭部にしっかりと固定されて、ストレッチも充分に出来るし、何にも増してスピード練習の時も、フィットしているので、全く外れない。
コードの長さは、計ったように丁度よく、全くムダがない。
軽いし、フリーズしないし、好きな曲を聴きながらダラダラと長く走ることも出来るようになった。
素晴らしい効果を生んでいる。

クラシックが駄原グランドの緑に映える。
走りながら土と緑の映像が流れて、ピアノの美しい旋律が後を追う。
shuffleは、曲と映像による偶然の結晶をもたらしてくれる。



「花は愛惜に散り・・」  2005年2月15日(火)
「花は愛惜(あいじゃく)に散り、草は棄嫌(きけん)に生(お)うるのみなり」
道元禅師の言葉です。
愛されようと無視されようと、人にどう思われ見られようと、あなたはあなた、私は私だという意味です。

左の花は、オオイヌノフグリです。


「心の震え」  2005年1月23日(日)
心が打ち震えるということが無くなって久しい。
常に刺激のある楽曲を求めているが、そうざらにあるものでは無い。
最近、そんな音質に出会った。
BOSEの
「Quiet Comfort2」
静けさを手に入れることが出来る Noise Canceling Headphone。
城山三郎は「静けさは心の緑」と書いたが、これで緑の世界に足を踏み入れることが出来る。
iPodでチェロ組曲を聴いたが、心の中に素直な感動をいただいた。





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