Film lover



「台詞」・・・映画の中の会話というものに、限りない魅力を感じている。


  • 「アミスタッド」 2005.4.10
  • 「歌え!フィッシャーマン」 2004.2.11
  • 「フィールド・オブ・ドリームス」 2003.6.1
  • 「リバー・ランズ・スルー・イット」 2003.4.14
  • 「ストレート・ストーリー」 2003.3.16
  • 「きっと忘れない」 2002.8.17
  • 「遠い空の向こうに」 2002.8.10
  • 「ナチュラル」 2002.4.7
  • 「ショーシャンクの空に」 2002.2.2


  • 「アミスタッド」 @1998年 アメリカ (2005.4.10)

    1839年、南北戦争直前のアメリカが舞台で、奴隷船の上で反乱を起こし、逮捕されたアフリカ人たちが、乗組員殺害の罪で裁判にかけられるという映画です。
    Steven Spielberg監督のrealityが最初から描かれている。
    Amistad号(スペイン語で友情)の奴隷たちの反乱シーン。
    のっけから圧倒的な迫力で映画のダイナミズムを堪能させてくれる。
    そして、奴隷たちの裁判が始まる。
    州裁には勝利したが、内乱への抑止、南北の対立を考慮して、現大統領は、最高裁までの判断を求めるようにした。
    Baldwin 弁護士は、窮地に陥り、元大統領 John Quincy Adams(Anthony Hopkins)に助けを求めた。
    そして、John Quincy Adamsは最高裁の法廷に立った。

    「判事諸子!
    私が勇気づけられるのは、同僚のボールドウィン氏が、実に見事な、また完璧な弁護を展開したことです。
    付け加えることがないほどです。しかし、なぜです?
    なぜ単純な所有権争いの事件が、これほどの意味を持ち、最高裁で裁かれることに?
    下級裁判所が誤った裁定を下したから?
    それとも内戦というものに我々が抱く恐怖心が、単純な事件に抽象的な重みを積み上げたのか。
    そのために明白な事実が、見えなくなってしまったのか。
    真実、この事件の真実はそれ自体が奴隷のように引きずり回され、鞭打たれてる。
    しかも、それはすべて、法に長けた検事ではなく、大統領の権力ある長い腕が行っていることなのだ。
    単純に見えても、これは最高裁が裁く最も重要な事件だ。
    本件が問いかけてる本質は、人間とは何か。

    これは書簡の写しです。(書簡を頭上に上げる)
    交わしたのはフォーサイス国務長官とスペインのイザベラ女王。
    今一度、参考のためにご熟読を。(書簡を裁判長に渡す)
    どうも。
    興味深い繰り返しがあるので、その部分だけ取り上げます。
    女王は何度も書いておられる。”アメリカの無能な司法”と。
    女王のお気に召す司法とは?
    アフリカ人に厳しい司法?
    そうではない。率直に言おう。
    女王が望むのは彼女の国のような司法。
    つまり、11歳の娘が魔法の王国で自由にもてあそべる司法です。
    人形のように、彼女のオモチャになる司法。
    我々のヴァン・ビューレン大統領が望んでおられるのも、そういう司法のようです。
    大統領府が出版してる「行政評論」です。ご購読を?大統領はそれを喜ばれる。
    最近の号にこういう文章が載ってます。
    寄稿者の名は”洞察力に富む、ある南部人”
    もしかして私の副大統領だったジョン・カルフーンかな?
    ”地球上の文明社会では、常に労働を提供する立場の人間が存在した。
    歴史を聖書の時代までさかのぼっても、これは事実である。
    人間が2人しか創られていなかったエデンの園でも、従属関係が存在した。
    奴隷はいつの世にもあり、罪悪でも非人道的でもない。
    戦争と敵意が人間の本性から生まれるように、奴隷制度は自然でまた避けられないものである。”
    私は”洞察力に富む南部人”、また大統領と意見を異にします。
    論争を招くかもしれんが、私が思うに人間が自然に求めるものは自由です。
    ・・・自由です。
    それを奪われた人間は取り戻すために闘います。
    身体の自由を奪う鎖を切り、敵を倒し、力尽きても立ち上がり、あらゆる困難や偏見と闘い、家に戻る。
    シンケ、ちょっと立ってくれ。皆に君を見せろ。
    ご覧のとおり黒人です。彼を見てもう1つ分かることが?
    この法廷で彼こそが真の英雄です。
    彼が白人なら生死の裁きなど受けてはいない。
    彼が白人奴隷でイギリスの鎖を断ち切ったのなら、勲章の重みで歩けぬだろう。
    彼の賛歌が歌われ、有名作家が彼のことを書き、彼の物語が学校の教室で教え継がれる。
    子供たちは生涯彼の名を忘れない。パトリック・ヘンリーの名のように。
    南部の主張が正しいなら、あの宣言はどうなる?我々の独立宣言だ。
    何という空言だ。
    ”すべての人間は平等である””生得権””自由”などの言葉。これはどうなる?
    そこでささやかな提案を。
    先日、友人のシンケが訪ねてきて、温室でいろいろ話をしました。
    その時聞いたのですが、彼の部族メンデ族は、絶望的な状況に見舞われると、祖先の魂を呼び起こすそうです。
    伝統なのです。”魂は去っておらず、だから呼び起こせるのだ”と。
    そして祖先の知恵と力が助けてくれると信じているのです。
    ジェームズ・マディソン、アレクサンダー・ハミルトン、ベンジャミン・フランクリン、トーマス・ジェファーソン、ジョージ・ワシントン、ジョン・アダムズ。
    我々は彼らの導きを求めなかった。むしろそれを恐れた。
    今あるこの国を創ったのが彼らであることを認めることになるから、助けを求めるのは弱さの証拠だと考えたから。
    それが間違いであることを我々はやっと悟った。
    この事件を通し、我々は理解し受け入れるのです、先達者のおかげで今の我々があることを。
    恐れと偏見を克服し自分自身に勝つために、我々の上に彼らの知恵と力を、我々に正義を行う勇気を。
    そのための内乱なら起こるがよい、それがアメリカ独立戦争の最後の戦いとなるのです。
    ・・・以上です」

    素晴らしい演説です。
    心憎いばかりの言葉、正義の引き出し。
    人間は、寛容で、善である。そういう時もあり得る。




  • 「歌え!フィッシャーマン」 @2001年 ノルウェー (2004.2.11)

    1917年に創立されたベルレヴォーグ男性合唱団。
    ベルレヴォーグってどこにあるかご存知ですか?
    Berlevagと綴りますが、スカンジナビア半島の最北端に位置して、ロシアのバレンツ海に面した、人口約1200人のとても小さな港町です。

    メンバーは96歳と87歳の兄弟を中心とした30人で、平均年齢はなんと60歳。
    しかし、朗々と歌うその歌声はいぶし銀の味で、聴く人の胸を打ちます。
    映画の形式はドキュメンタリーなんですが、団員の語り、家庭の紹介、団員同士の会話、公演旅行などを区切りとして、一つ一つの歌を聴かせます。
    ポピュラー、賛美歌、民謡など。

    予告編の映画の紹介は派手過ぎると思います。
    先ず題名からして、感動の映画ですよっていう感じ。
    日々の生活を淡々と繰り返していくさまを、映画にしているに過ぎません。
    何か特別な感動を求めて見ようとする人は、「えっ?」て言う感じでしょう。

    映画になったきっかけは、監督のクヌート・エーリク・イェンセンが、ベルレヴォーグで撮影をしていて、彼らの歌を聴いたことから始まる。
    コンサート会場で最初の曲を聴いた瞬間から、感動で涙を流したという。
    時には勇敢に、力強く、情熱的に、そして優しく、海への畏敬を感じながら。

    映画の大ヒットによって、2002年アメリカ公演も行った。
    これも映画になるという。

    僕は合唱を聴くのが大好きで、なぜか心が落ち着きます。
    ゆっくりとした生活と映像。
    単純な日々の繰り返し。
    心が静かであるというのは、時にお互いを深く認識出来る。
    いいドキュメンタリーだと思いました。
    今回は台詞を紹介していませんが、全編漁師たちの台詞ですから。

    作品の中で流れた曲を2つ紹介しておきます。
    出来ればお聴かせしたいのですが、詞の内容で雰囲気を味わってください。

    「身近なこと」Norway popular

    自分の家をよく見回してごらん
    心の宝物がきっと見つかるはず
    ないものを探してもムダなこと
    自分の家に戻ろう
    かけがえのない我が家へ

    日々は急ぎ足で過ぎてゆく
    何を失い何を得てきたろう
    もし立ち止まり収穫を味わわねば
    すべては価値なく流れゆくだけ

    賢いつもりで遠い虹を追い求める
    だが求めるものは目の前にある
    幻の翼を広げすぎないで
    素朴な物事にこそ真実はあるから



    「主にある子どもは」(賛美歌)

    神の腕に抱かれし子ほど
    安らかなるものはない
    飛ぶことを覚えた鳥よりも
    夜空でまたたく星よりも
    飛ぶことを覚えた鳥よりも
    夜空でまたたく星よりも

    天にまします我らが父は
    子らに恵みを与えたまう
    我らを苦しみから救う
    その慈悲の深きこと
    我らを苦しみから救う
    その慈悲の深きこと

    子らよ喜びたまえ
    ヤコブの神は我らの礎
    邪悪なものを退けて
    全能の神が世を治めん
    邪悪なものを退けて
    全能の神が世を治めん




  • 「フィールド・オブ・ドリームス」 @1989年 アメリカ (2003.6.1)

    アイオワ州の農夫レイ・キンセラは、ある日トウモロコシ畑で不思議な”声”を聞く。
    「それを作れば、彼はやってくる」
    その声に導かれるように、レイは独力で畑を潰して、野球場を完成させる。
    一年後レイの目の前に現れたのは、今は亡き父のヒーローで、伝説の大リーガー ”シューレス・ジョー・ジャクソン”だった。
    レイは第2、第3の声を聞き、小さな奇跡はやがて人々の心に温かい波紋を広げていく。
    そしてレイは気づく。
    声の主が、ジョン・キンセラ、自分の父親であることを・・・
    DVD video (sony pictures entertainment)より

    文句なく泣かせる映画で、僕のオンリー・ワンです。
    題材、ファンタジー、ヒューマン、そのどれもが素晴らしい。
    男は誰でも少年時代に父とキャッチボールをした経験があるだろう。
    そういう遠い日を懐かしむような、そんなささやかな幸せが極上の幸せで あることに気づいているだろう。
    饒舌な言葉はいらない。
    相手のことをそっと、ただ考える。察してあげる。
    人に感謝すること、人を尊敬すること。
    「始めに言葉ありき」
    言葉は言霊といって、一番大切なものだが、心のかよった一言を あたたかく伝える。
    でも、親子の間に会話はいらなかった。
    キャッチボールだけで充分だった。

    作家テレンス・マン(原作 J.D.サリンジャー)が、殆ど破産状態のレイに野球場を 手放さないように話しかける。

    「レイ、皆やって来るよ
    何かに引かれてアイオワへ来る
    なぜか分からず君の家を目指し・・・
    無心な子供に立ち返って過去を懐かしむ
    君は言う”遠慮せず、どうぞごゆっくり”
    1人20ドル、皆当たり前のように払うよ
    金はあるが、心の平和がないのだ
    彼らはここに座る
    素晴らしい天気の午後、シャツ姿で
    そして、ベースラインの近くに席があることを思い出す
    子供の頃、自分たちの英雄を応援した
    そして試合を見る
    魔法の水に身を浸してる気分でね
    手で払いのけるほど濃い思い出が甦る
    皆やって来るよ
    長い年月、変わらなかったのは野球だけだ
    アメリカは驀進するスチーム・ローラー
    すべてが崩れ、再建されまた崩れる
    だが、野球はその中で踏みこたえた
    野球のグラウンドとゲームは・・・
    失われた善が、再び甦る可能性を示してくれてる
    皆やって来るよ
    間違いなくやって来る」

    ラストシーンは何度見ても涙が出る。
    夕暮れの中で、シューレス・ジョー・ジャクソンが畑に帰って行く。
    残った1人はキャッチャーで、やがてマスクを取り、レイに近づいて来る。
    レイの父親の若き日の顔がそこにあった。
    家族3人とジョンは対面し、妻の計らいで親子2人だけでグランドに佇む。

    ジョン:聞かせてくれ、ここは天国かい?
    レイ:アイオワさ
    ジョン:アイオワ?天国のようだ
    レイ:天国は存在するのかい?
    ジョン:するとも。夢の叶う場所だ
    レイ:ここは天国だ
    ジョン:おやすみ、レイ
    レイ:おやすみ、ジョン

    レイ:ねえ、父さん。キャッチボールを?
    ジョン:いいとも


    日常の中に飛び交う何気ない言葉の数々、その言葉の一瞬一瞬を大切に扱う。
    その瞬間にこそ、一生がある。




  • 「リバー・ランズ・スルー・イット」 @1992年 アメリカ (2003.4.15)

    "A river runs through it."
    カタカナでは雰囲気が出ない。
    Robert Redford の映画はやっぱりいい。
    モンタナの美しい叙景詩とでも表現しようか。
    静かな映画でもあるし、心がとても落ち着く。
    やがて年老いた兄はフライを投げながら、語りかける。

    あの頃、理解しあえず
    でも愛した者たちは・・・
    妻を含め世を去った
    今は心で語りかける

    この歳で釣りもおぼつかない
    友達は止めるが一人で流れに
    糸を投げ入れる

    谷間にたそがれが忍び寄ると・・
    すべては消え、あるのは私の魂と
    思い出だけ
    そして川のせせらぎと四拍子のリズム
    魚が川面をよぎる期待

    やがてすべては一つに溶け合い・・
    その中を川が流れる
    (A river runs through it.)

    いつか、こんな場面に自分も遭遇すると思うと、やはり悲しい。
    ノーマン・マクリーン原作「マクリーンの川」




  • 「ストレート・ストーリー」 @1999年 アメリカ (2003.3.16)


    老人が小さなトラクターで兄に会いに行く。
    その兄とは些細なことで10年間仲違いしていたが、倒れたという知らせが 届いたのだ。
    長い道すがら、いろんな人に会う。
    家出した少女と焚き火を囲んで、身の上話をする。
    私は家族から嫌われていて、身重の体を家族に見つかると、どんな目にあうか 分からない。
    老人は控えめに話す。

    「息子や娘が小さい頃ゲームをした。
    1本ずつ枝を渡してね。
    さあ折ってみろ、と言うんだ。
    むろんすぐ折れる。
    そこで、束にしてもう一度折ってみろと。
    今度は折れない。
    その束こそが・・・
    ・・・
    家族だ」

    翌朝、少女の姿は既に無かった。
    焚き火の残り火の近くに、束になった枝が置かれていた。



  • 「きっと忘れない」@1994年 アメリカ (2002.8.17)

    素晴らしい映画を見た。
    その中でもとてもスカッとする場面があったので記述する。
    また、ホイットマンの詩も見直してしまった。
    浮浪者のサイモンと4人のハーバードの学生の交流を描きながら、人生において何が大切なのかに気づいて行く。
    アメリカ人のホイットマンへの位置づけも少しずつ分かりかけてきた。

    ハーバードの教室のシーン
    (100人くらいの学生の前で教授が講義している・・サイモンとモンティもいる)

    教授:建国の父たちは女性も尊重して、建国の父と母たちは憲法を制定した。
    選挙で選ばれた王様が、専制君主となるのを防ぐためだ。
    これは成功したかな?
    ミスムーア、答えて。
    ムーア:大統領は王ではありません。
    教授:そうかね。合衆国大統領は、自分の一存で世界を破滅させられるかな。
    ムーア:できます。
    教授:できる?シーザーやナポレオンやヒトラーはできたか?
    ムーア:その質問自体が間違ってるのでは?
    教授:今日は厄日だ。学生に質問したら逆襲された。
    政府の回し者かな。座って。
    この質問に答えられる者はいないか?

    ・・・モンティとのやり取り(省略)・・・

    教授:他に答えられる者はいないか?
    合衆国憲法の神髄は?
    君!君の意見は?
    サイモン:ボク?
    教授:クラスの学生かね?ゲスト?
    サイモン:ルンペンです。
    教授:いや正式には貧困に挑戦するものだ。
    サイモン:浮浪者さ。ハーバード専属。
    教授:推薦入学がもたらした輝かしい結果だ。
    サイモン:先生、俺がいるのは残飯あさりの結果だ。
    教授:残飯あさりに?
    サイモン:大学は人間のクズだ。残飯の山だ。特にハーバードは。
    教授:ウィットがある。ワイルドターキーを飲んだせいかな。
    ホームレスは声を大に慈善と援助を求めるが、君たちが本当に 望んでいるのは、酒に酔うことだ。
    サイモン:へぼ講義を聞くより安酒を飲むほうがましだ。
    教授:憲法修正21条で飲酒の権利が認められてる。
    ・・・(階段を降りて席を外そうとする)・・・
    サイモン:出口は?
    教授:ハーバードでは教授に敬語を使う。
    サイモン:どのドアから退場しますか、くされ教授。
    教授:民主主義的修辞法だ。
    サイモン:さっきの質問に答える。
    憲法の神髄は修正出来ることだ。
    固定されたルールではなく、国民の意志を自由に反映できる。
    教授:人間の意志にたよると、憲法が不完全で欠陥だらけなものになる。
    サイモン:欠陥?そうじゃない。
    建国の父母たちは農民だが偉大な人々だった。
    自分たちが無知であることをよく知っていた。
    間違いを犯しても改める術を知ってた。
    指導者のおごりを持たず、王ではなく市民の政府を作った。
    教授たちの政府でもない。政府は変化するものだ。
    大統領は爆弾を投下できても、選ばれた王じゃない。
    だから信じるな、彼は国民のしもべに過ぎない。
    ルンペンと同じさ。浮浪者だ。
    だがその使命は重い。
    自由と正義だ。
    (教授・・沈黙。学生たちの拍手の中、サイモンは教室を退出する)

    死の床のサイモンに学生4人が朗読するシーン
    ホイットマンの詩集を朗読する

    わたしは老人であり若者 賢者であり愚者である
    他人に関心を持ち 無頓着
    父親であり 母親 大人であり 子供である
    粗末な材質と 良質の材質で できてる
    数多い国家の中で 最も小さく 最も大きい国
    わたしは太陽に向かって 白い髪を揺さぶる
    肉体を流れに変えて 押し流す
    発芽するように 自分を土に寄贈する
    わたしに用があれば 長靴の底で捜せ
    わたしが何者か 分かるまい
    だがそれは どうでもいい
    わたしは君の血を 清める
    わたしが不在でも 失望するな
    ほかの場所を捜せ そこで君を待ってる





  • 「遠い空の向こうに」October sky @1999年 アメリカ (2002.8.10)

    外国人の洒落た会話には脱帽させられる。
    人を褒めるにも直接的ではなく、比喩や対比を用いて間接的に相手に気づきを 与える。
    ホーマーがコンテストで優勝して帰郷した時に、父に言う。
    「ブラウン博士は優秀かもしれないが、ヒーローではない。」
    ホーマーとはあらゆる面で対立してきた父だったが、斜陽産業の石炭採掘会社の リーダーである父を誇りに思っていたのだ。
    文句なしに泣かされる映画。
    最後のロケット打ち上げに初めて見に来た父は、無言で感動を表現する。
    そして頑固な父は、そっと息子の肩に手を置いた。
    感動の実話である。



  • 「ナチュラル」@1984年 アメリカ (2002.4.7)

    ロバート・レッドフォードの映画は、とても知的でスマートで、だから 憧れてしまう。惹きつけるものがある。
    静かで、自然を題材にしたものも多い。
    「リバー・ランズ・スルー・イッツ」「モンタナの風に吹かれて」などは、 映像としての美しさはたまらない魅力である。
    彼の映画は切ない気持ちになることが多いが、この映画はハッピーエンドだから 良かった。
    若き日のふとした過ちから野球への夢を絶たれ、16年後に中年バッターとして 登場する。
    剛腕で4連続ホームランを打ち、チームは少しずつ勝利していくようになる。
    そしてとうとうリーグ優勝してしまう。
    ところがやはり女とギャンブルで人生は狂ってしまう。
    「人生は二つあるのよ。学ぶ人生と、その後を生きる人生。」





  • 「ショーシャンクの空に」@1994年 アメリカ (2002.2.2)

    原作はスティーブン・キングの非ホラー小説「刑務所のリタ・ヘイワース」。
    「人の心には誰にも奪えないものがある。希望だ」。
    「必死に生きるか、必死に死ぬか。どちらかだ」
    映画っていいな。








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