三重東クリニック


last up date
2020/10/28
   

since Sep.2010


標榜診療科目
内科
循環器内科
小児科

診療受付
月〜土曜
(水・土は午前)

午前
内科・循環器内科・小児科
8:30〜12:00

午後
内科・循環器内科
13:30〜17:00
小児科
15:00〜18:30

休診日
日曜・祝日・年末年始

→小児科自動順番予約システムへ


■社会医療法人
 関愛会

■関愛会 清川診療所


<検査情報>
下記の検査が出来ます。
血液検査など、当日に検査結果をご説明できる検査が多いので、スタッフにご相談ください。

  • MRI検査
  • ヘリカルCT検査
  • 骨密度検査
  • エコー検査
  • 睡眠時無呼吸症候群検査(SAS)
  • 胃内視鏡検査
  • 大腸内視鏡検査
  • ホルター検査(24時間心電図)
  • 頸動脈エコー、血圧脈波検査
  • 各種血液検査
  • その他
     各種予防接種、訪問診療、禁煙外来、もの忘れ外来、肺機能検査、心電図検査、便潜血検査

    〒879-7104
    豊後大野市三重町小坂4109-61
    TEL 0974-22-6333
    FAX 0974-22-6341

    ■統括管理者・院長
    内科
    宇都宮 健志
    ■副院長
    内科
    飯尾 文昭
    ■内科医長
    循環器内科
    木﨑 佑介
    ■副院長
    小児科
    別府 幹庸

    ■清川診療所
    院長
    内科
    坪山明寛
    (水曜午前)

    関連施設
  • 清川診療所
  • きよかわリハビリテーションセンター もみの木
  • 三重東介護サポートセンター 三つ葉(三重東クリニック内)

  •  



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    お知らせ

  • インフルエンザ予防接種をおこなっっています。

  • 小児科の風邪症状診察時の対応について
     小児科の患者さまで、発熱や風邪症状の方は、カーポートを設置いたしましたので、そこで順に診察いたします。
     スタッフがご案内いたしますので、安心しておこしください。

  • 新型コロナウイルス感染症について ※重要
     患者さまへのお願いです。
     発熱や咳などの症状のある方は、車で待機していただくようになりました。
     看護師が問診にお伺いいたしますので、お吊前、車のナンバー、携帯電話の番号を受付までお伝えください。
     ご協力のほど、どうぞよろしくお願いいたします。

  • 宇都宮医師の訪問診療について
     第2・第4の火曜日、午後については、訪問診療で不在となりますのでお知らせいたします。

  • <検査情報>
     血液検査など、当日に検査結果をご説明できる検査が多いので、スタッフにご相談ください。
     MRI検査、ヘリカルCT検査、骨密度検査、エコー検査、睡眠時無呼吸症候群検査(SAS)、胃内視鏡検査、大腸内視鏡検査、
     ホルター検査(24時間心電図)、頸動脈エコー、血圧脈波検査、各種血液検査、その他、
     各種予防接種、禁煙外来、もの忘れ外来、肺機能検査、心電図検査、便潜血検査

  • 小児科での受診はWEB予約をお願いいたします。
     予防接種の際は必ず「母子手帳」をご持参ください。


  • 清川診療所は坪山明寛医師が月曜日から金曜日まで診療いたしますが、水曜日の午前は三重東クリニックで診療(完全予約)いたします。

  • 小児科 予約システムで、携帯電話やパソコンから診察の順番取りができます。
    「小児科の待ち時間について(お知らせ)」 (pdf) です。ご一読ください。
    ここからお入りください。→小児科自動順番予約システムへ

  • 予防接種等自費料金(接種吊称・料金・ワクチン吊)。予約制です。

    接種吊称 料金ワクチン吊
    🍒インフルエンザ 1回目 3,600円インフルエンザワクチン
    🍒 2回目 2,600円(小児)
    🌿おたふくかぜワクチン 5,500円
    🌱水痘ワクチン 7,100円
    🍒麻疹風疹混合ワクチン 9,800円MRワクチン
    🌴子宮頸がんワクチン(二価)16,200円サーバリックス
    🌵子宮頸がんワクチン(四価)16,200円ガーダシル
    🍓肺炎球菌ワクチン(十三価)10,300円プレベナー
    🍏ヒブワクチン7,800円アクトヒブ
    🍑肺炎球菌ワクチン(二十三価)8,300円ニューモバックス
    🌷二種混合ワクチン4,700円DTビック
    🌸日本脳炎ワクチン6,800円
    🌼BCGワクチン6,500円
    🌺ロタウィルスワクチン(1価)13,400円ロタリックス
    🌈ロタウィルスワクチン(5価)8,500円ロタテック
    🌿B型肝炎ワクチン(0.25ml)5,000円ビームゲン
    🌱B型肝炎ワクチン(0.5ml)5,000円ヘプタバックス
    🍒A型肝炎ワクチン7,000円エームゲン
    🌴上活化ポリオワクチン8,300円
    🍓四種混合ワクチン10,300円
    🍏血液型検査(自費)2,200円


  • 健康診断、特定健診を実施しています。
     法定健康診断 Aコース 7,000円(消費税込) 35歳、および40歳以上の方が対象となります。
     法定健康診断 Bコース 4,000円(消費税込) 34歳以下、および36歳〜39歳の方が対象となります。
     予約が必要ですので、ご連絡ください。


    ■広報誌 ひがしの空から 〜幸せな人生へのお手伝い〜
     2020年秋号 /


    ■甲斐ジムチョーの読書日記  


    ■患者さまからの声


    ■スタッフのエッセイ集です
    過去記事: /2019年(12篇) /2018年(13篇) /2017年(17篇) /2016年(18篇) /2015年(17篇) /2014年(19篇) /2013年(17篇) /2010年〜2012年(41篇)

    ■「燃料は酒」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.10.19
    ■「咎(とが)めの視線を浴びて」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.9.23
    ■「ゆらぎの世界に浸る」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.8.21
    ■「翁のひとこと」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.7.20
    ■「尊敬すべき市井の民」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.6.23
    ■「ハムレットの教え」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.5.18
    ■「コデマリの頷(うなず)き」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.4.20
    ■「空箱の文字」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.3.26
    ■「じっと爪を見る」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.2.25
    ■「『も』の後は・・・」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.1.27







    2020年10月19日(月)
    「燃料は酒」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     10月2日加藤登紀子チャリティーコンサートに行った。チャリテイーの趣旨は子ども食堂応援だ。妻が地域の子ども食堂に関わっている関係での参加だ。今はコロナのため多くの子どもの参加ができず、弁当配布が主だ。コロナは子供達にも悲しみを強いている。
     コンサート会場は、感染対策で観客同士の会話もなく緊張した雰囲気だった。
     スポットライトを浴び、加藤登紀子(以後彼女とする)が真っ赤なドレスで登場し、会場には77歳の活力ある命が吹き込まれ、華やかになった。ピアノとバイオリンに誘われ語るように歌い始めた。🎶しれ~とこ~のみさきに は~まなすのさくころ・・🎶いや~懐かしい。私も思わず口ずさんだ。「知床旅情」の流行っていた頃、自分はまだ医学生だったが、いろんな意味で父親に抗い鬱々していたのを思い出し、心の中で謝罪と感謝をした。歌は「ひとり寝の子守唄」から🎶まっかなまっかなばらのうみ・・🎶「百万本のバラ」へと続いた。この歌は儚い恋の歌だが、聞きながら結婚前に妻の誕生日に歳の数だけ赤いバラを贈ったことを思い出しむず痒くなった。
     最後に「この手に抱きしめたい」が歌われた。🎶あなたの涙をこの指で拭きたい 触れてはいけない頬を抱いて・・さよならも言えず見送るなんて 神様お願い力をください・・🎶 この歌は、コロナで入院した家族に、触れることも、さよならも言えずに別れることの悲しみを込めた歌だった。また医療従事者が厳重な感染防御服を通して患者さんの応対を強いられているやるせなさにも、彼女の思いが込められていた。
     医療は寄り添い、触れ合い、語りあう姿こそ本来の姿なのに、今それができない。不幸にして亡くなっても、家族は愛する人に別れも言えず、白骨の姿でしか抱きしめることができない。コロナ禍の最も哀しさ虚しさを感じる出来事だ。この歌を聞き、彼女が不条理な今を生きる皆に、一生懸命心を寄せて共に生きて行こうという心根に感じ入った。
     彼女のツイッターに「55年の歌手生活、歌の持つ力をまっすぐに伝える歌手の使命のようなものをやっと感じる・・」とあった。アンコールに3曲も歌ってくれた。そこには息づかいの聞こえる場で歌えることが嬉しく、歌で皆に生きる力を与えたいという歌手としての使命感があったのだ。彼女のコンサートは、コロナの秋の捨てがたい思い出となった。
     ああでも人生は多難だ。いい気分は続かない。悲しみはコロナだけではなかった。通勤途上稲の異常を感じた。翌日になり見た!50㎝程の変色した円形を。そして数日で畑半分が坪枯れになった。また~今年も・・ウンカは来たのだった・・。
     診察室でも肩を落とした方がいた。「やられました、収穫は昨年の半分です・・」どう声をかけてあげればいいのか・・、悲しいですね‥としか言えなかった。その人は「来年は消毒のタイミングをしっかりやります」と帰った。学びが生きる燃料になったんだと少しほっとした。人はそれぞれ生き抜く燃料をが必要だ。加藤登紀子の燃料は歌だろう。 燃料と言えば、ある翁のTシャツに「燃料は酒」と書いてあった。いや~笑った、診察室で患者さんと看護師と私で笑った。
     マーク・トエインは「笑いは人間が持つ唯一の武器だ」と言い、11世紀のペルシアの大学者ウマル・ハイヤームは「酒を飲め、それこそ永遠の生命だ、また青春の唯一の効果(しるし)だ。花と酒、君も浮かれる春の季節に、楽しめ一瞬を、それこそ真の人生だ」(ルバイヤート、133節)と詩っている。
     そうだ!人は困難な時こそ頭の心の窓を開放し嫌気や愚痴を吐き出し、大いに笑わなきゃ、明日を楽しく生きる力が湧かないのだ。
     自分の医師としてのモットーは「一日一笑」だ。明日からも笑いの種を診察室で蒔こう。



    2020年9月23日(水)
    「咎(とが)めの視線を浴びて」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     季節は秋、居座り続けていた猛暑もあっけなく去り、彼岸花も畔に咲き始めた。敬老の日には孫の葉書や電話の声に癒された。
      孫の声素直に沁みる敬老日 明寛
     敬老日に玄関横の花壇に花を椊えた。これまで炎暑に負けず柳葉桔梗が紫の花を咲かせていたが、ちょっとくたびれてきたし、この時期庭に咲いている花は、秋明菊と赤白の水引草、金水引、紫式部の実しかなく寂しい。
     近くの種苗屋に苗を買いに行った。店に入り苗のある場所へ歩みを進めた時にギョッとした。机を並べ何か学習会をやっていた20人くらいの顔が、一斉に自分を見たのだ。その視線に殺気まではないが咎めの気配を感じた。私は瞬時に踝を返し車に引き返した。マスクだ、マスクを忘れていたのだ。マスクをつけて再び店に行き、インパチェス、宿根サルビア、芽キャベツとレタスの苗を選んだ。その間「化学肥料はこの場合はあまり勧めません・・」の声が聞こえてきた。園芸s教室が開催されていたのだ。マスクをつけた私を誰も振り向かなかった。いつだったか他のお店でもマスクを忘れていたら振り向かれた。診療所ではマスクのつけ忘れは絶対にないが、日常生活ではうっかりしてしまう。幸いに自粛警察には遭遇せずよかったが、一斉に浴びた咎めの視線は正直怖かった。コロナ禍の日常でマスクを忘れるのは、新しい生活に慣れていないのか、はたまた歳のせいかと敬老の日に嘆くことだった。三密を避けるなど新生活提唱が言われて半年あまり、なかなか体に糊のようにへばりついた習慣は、そう簡単には変わらない。
     診療所にはきちんとマスクをつけて来るが、いざ診察室に入って椅子に座ると、やおらマスクを外そうとする方がいて、看護師が慌ててマスクをつけるよう促すことがある。この行動には二つ解釈が成立する。一つはコロナ禍で非常識だ、許せないというもの。もう一つは、診察してもらう医師の前でマスクをしたまま挨拶したり話すのは礼儀に反すると考えての行動というものだ。礼儀を重んじることを身につけた年長者ほど、マスクをはずそうとする傾向が強い。長年にわたって「こうあるべきだ」「こう自分は信じて生きてきた」という考えを変えるのは、年長者ほど難しいと思う。そして生き方や習慣を変えられないと、いわゆる世間との軋轢(あつれき)を生み苦しむことになる。
     コロナ禍の中、奇妙に思うことがある。感染した有吊人が、感染公表時に「ごめんなさい」と言う。病気にかかることに謝罪は上要だろう。またテレビで見た外国でのコロナ患者退院風景で、大勢の人が拍手で喜んでいた。この風景は日本ではまず見られない。何故か?プライバシー保護だけではなく、退院者が誹謗中傷差別にあわないようにするためだ。
     医療人類学の視点から病気は穢(けが)れとされ、ハンセン氏病、コレラ、結核、エイズが差別対象となって来た。今回コロナを更に差別対象疾患に加えてはならない。 どうすればいいのか?難しい。何故か?人が物事を判断する時、自分という物差しを持ち、人はその物差しにこだわるからだ。煩悩(貪欲・怒り・痴)に基づく物差しの取り換えは、釈迦の修行以来の難題だから難しい。
     憂うつなコロナ禍、誹謗中傷差別の加害者被害者にならないためには、得られた情報を吟味し自分で考えぬいた智慧を持ち、一人で生きていけず助けを得ている多くの人への思いやりの心を持つことも大事な事だと思う。
     コロナ後の社会のあり方について、デジタル化戦略が躍動しているが、種苗屋で浴びた視線の恐さを思うと、穏やかに生きていける社会のあり方も問われていると感じた。  診察室で媼翁がマスクを取ろうとするのは、私への礼儀からだと思う物差しを忘れずに、コロナ禍での診療をやって行こうと思う。



    2020年8月21日(土)
    「ゆらぎの世界に浸る」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     毎日暑い日が、否そんな表現じゃ物足りない、猛暑、炎暑、激暑、酷暑、大暑、極暑、甚暑、劇暑、巌暑、盛暑、ああ他にないのか、このうんざりを表現する語は・・いやもういい、考えるのも辛い。コロナ第2波も大分に押し寄せてきたが、診察室ではコロナよりも熱中症への注意を促す日々だ。それなのに畔やぎし(法面)の草刈りが毎日だとの返事が多いのに驚く。畔の草刈りの必要性は分かるが、ぎしの草切には疑問が湧き、「ぎしはしなくても」と聞くと、返事は「よその人に見られるのが嫌!」。これこそベネデイクトが「菊と刀」で指摘した日本人の行動規範「恥の意識」だと思った。でも宗教的規範の乏しい日本人から今「恥の意識「が失われたら(今も少しその気配が?)、混沌社会が表出すると思うので、この清川の地にまだしっかりと、日本人らしさ健在だと内心喜ぶ自分がいた。
     話を猛暑に戻そう。夏休み中の孫達と自然の中で遊びたく、コロナや熱波から逃げられる場所を探し、岳切渓谷(たっきりけいこく)を選んだ。この渓谷は100万年前、猪牟田カルデラ噴火による灰が固まった溶結凝灰岩の一枚岩の川床で、水深が浅く歩ける川だ。
     朝早く出発したので駐車場はがら空きだった。身支度をして、と言っても靴からスリッパに換えただけだが、孫二人は水着に変身した。川に入るとひんやり冷たく、孫二人もにこにこ歩き出した。水深は、時に20cmほどの窪みがあったが、踝(くるぶし)程度だった。川底は平たく、木漏れ日に輝くさざ波が美しかった。歩いているのは家族6人だけだったのでマスクも外した。孫達の笑顔も弾け、川面は木陰に覆われ自然な涼しさに満ち、炎暑もコロナも忘れ愉快な気分になった。 全感覚を景色に投げ出すと、せせらぎの音、そよ風の香り、さざ波の輝き、踊る水滴、小鳥の動き・・など、自然の営みにあふれ、普通の生活が制限され新生活が強制されたうえに酷暑に苛まれていた心が、溶けるようにほぐれていくのを感じていた。この時これこそあの1/fゆらぎの効果だと気づいた。
     1/fゆらぎは、小鳥のさえずり、ろうそくのゆらめき、蛍の点滅など上規則な動きで、人に安らぎをもたらすα脳波を生み出すといわれている。この1/fゆらぎの声を持っている歌手が、Misiaや一青窈といわれる。確かに歌声は心に染み入り心を和ませる声だと思う。
     そういえば患者さんにも1/fゆらぎの雰囲気を醸して、診療の緊張と疲れを解きほぐしてくれる方たちがいる。
     83歳の媼(おうな)もそうだ。とても強い関節痛を患っていたが最近は和らぎ、表情も穏やかになった。診察の合間に、必ずチャコちゃんという愛猫との語りあいや仕草、日常の事をゆったりと訥々と囁くように話し、神仏に身を任せ生きている方だ。その声や話し方に触れると「まんが日本昔話」の市原悦子さんの声を聴いているような幸せ感と一朊のお茶を味わっている気分になる。この媼の音質、声の調子には1/fゆらぎがあると思う。
     自分は、やっせん<ダメだ>、がっつい<全く>、いっかす<教える>など破裂音と早口の薩摩弁を生きてきたので、旧岡藩で関白藤原家の流れをくむ宇田姫伝説のある清川町の媼の悠長な話しぶりには学ぶことが多い。
     医療者の語りは、病む人に安らぎをもたらす1/fゆらぎを醸す語りが望ましい。その意味で媼の話しぶりを参考にしたいと思う。
     岳切渓谷で1/fゆらぎにたっぷり浸ってきたが、現実世界はコロナ旋風と熱波が渦巻いていた。こんな難敵に抗ってもしようがない、“心頭を滅却すれば火もまた涼し”でいくか・・いやこの境地も無理。かといって仕事場という現実から逃避するわけにはいかない。
     ここは1/fゆらぎに満ちた岳切渓谷の散策を思い出しつつ、1/fゆらぎを醸しているつもりで「おだいじに~」と声をかけて過ごそう。



    2020年7月20日(月)
    「翁のひとこと」清川診療所 所長 坪山明寛 

     鳴き声はなかった、でもいたのだ、1,2,3、みっつのカオが見えた。燕が孵化したのだ。リニューアルした巣を見つけた6月8日から約1ヶ月が経っている。写真を撮っていると電線に2匹の親燕が首を傾げていた。「よくやったね」と声をかけた。
               巣にならぶ口まだ開かぬ燕の子 明寛
     雛燕の並んだ顔を見たら、コロナと豪雨災害にいささか沈鬱であった心に、癒しの灯が点った。いや~命の誕生は嬉しいが、今年の燕の誕生はひと際嬉しかった。多分この親燕は、昨年蛇に雛を奪われた親燕だと思うと、祝福したい気持ちが一段と強くなった。これから毎日餌運びだ。傍にしばらく佇み眺め、カラスや蛇に人が見守っていることを見せつけておこうと思った。
     いい心持ちで午前中の診療を終え、昼食をとりながら見たTVはコロナ一色だ。夜の街、クラスター、PCR、3密、濃厚接触者と今年の流行語大賞候補の言葉が飛び交っていた。この日東京の新規感染者数が286吊と過去最高を記録、司会者やいわゆる専門家が「どうするのか、都も国も明確な基準を示さない」「分かりにくい」「今なのかGO TOは」「重点は経済と感染拡大防止のどっちだ」など、確かな答えのない問だけが時を刻んでいた。画面の会話を聞くうちに、この国は一体どうなったのかと上安になった。
     この国は、75年前に国家の強制を拒み、一人一人が責任を伴う自由のもと、考え生きる道を選択し歩み始めたはずだった。それ故4月7日発出された「緊急事態宣言」内容は、自粛・要請・指示であり、禁止と罰則がない。自粛とは“自分から進んで言動を慎む(大辞林)”とあるように、感染症拡大防止のためには一人一人の責任ある行動が求められている。
     国から示されているマスク着用・消毒・3密を避けることを基本とした生活を、個人個人が自覚をもって遵守することが、新薬やワクチン登場までの感染防止策だ。国の仕事は、医療体制整備・経済活動への支援という社会崩壊防止網がほつれないようにすることだ。
     絶対的コロナ撲滅策のない現下では、経済活性化か感染防止かという二律背反の命題解決法は、当面試行錯誤だろう。
     現時点では感染をゼロにできないことを弁えて、国や自治体の指示を漫然と待つのではなく、一人一人がコロナ感染症への学びを深め、自分を守り他人に感染させない思いやりを持って、守るべきことを守り、旅や飲食、観戦、仕事を含めた日常生活を粛々と進めていけばよいと思う。民主主義国家の市民に求められる非常時の生活規範は、主体的に考え主体的に行動することだと思う。
     昼食後診療が始まると同時に、一人の翁(おきな)が訪ねてきた。診療ではなかった。他病院で貰った薬で便が出ないと、2日前に相談に来た方だった。薬を調べ飲み方だけを変えてみるように指示した。今日は、便が出て楽になったお礼を言いに来たのだ。嬉しそうに言った「ありがとう」を聞いた時、私は“えっこんなことで・・?”と面映ゆかったが、喜ぶと同時にこの方の生き方を尊敬した。
     何故か?この方は排便の喜びと感謝を伝えるのが、人として自然だと思い、そのことを誰かに指示されたのではなく、自分で考え、間を置かず伝えに来たのだ。私は、実にシンプルなことではあるが、この方の主体的に考え、迷うことなく主体的に行動する生きる姿勢に新鮮な感動を覚えた。
     人類に自然とどうバランスをとって生きるかの公案を、コロナウイルスに突き付けられた今、ただ怖れるのではなく静かに落ち着いて主体的に考え、「自分を守る」「他人を思いやる」心をもって、普通に生きていきたい。「ありがとう」の翁の言葉には、誠実さしかなかった。私に尊い一期一会を授けてくれた燕たちに黙礼し帰宅の途についた一日だった。



    2020年6月23日(火)
    「尊敬すべき市井の民」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     6月初めの月曜日だった。車を降り歩き出した途端、何かが目の前を動いた。一瞬だった。何だったんだろう?怪訝に思いつつ、歩みを進めた。幼稚園から「○○ちゃん、おはよう!」の弾んだ先生の声がした。そしていつものように診療所軒下を見あげた。なんと壊れていた燕の巣がリニューアルされていた。黒々と瑞々しく、中華料理のツバメの巣には程遠いが、私には美しく思えた。昨年は残酷にも蛇?にやられた。目を凝らすと燕の尾、きりっと尖った尾が動いた。抱卵だ!そうか、さっき目の前を動いたのは、引っ越し蕎麦はなかったけど、燕の挨拶だったと合点できた。いや~嬉しかった。コロナで塞ぎ気味の心に涼風が吹き込んだ。「頑張れよ、蛇を見たら啼け、助けに駆けつけるから」と呟いた。
      新築の巣に抱卵の燕尾かな 坪山
     いい気分での診療始まりだ。何かある予感がした。やっぱり現れた、94歳の媼(おうな)、健康診断だ。話声にも顔にも「元気」があった。診察を終え“素晴らしいですね、94歳で溌溂されて・・”と話しかけた。昔は先生で、白山から山を2つ越え木浦小学まで歩いて通った。3時間以上かかった。追いはぎが出るとの噂があり怖かった。幸いに出会わなかった。この方の話を聞きながら、この山越えは、きっと梅津越えだと思った。この峠のことは、旗返し峠とともに西南戦争で西郷軍が政府軍と攻防を繰り広げた場所なので知っていた。自分は車で二宮金次郎像のある木浦小学校まで走ったことがあった。約15Kmの山道で、途中で上安になったので、媼の体力精神力に脱帽した。媼は話を続けた。
     いつだったか教え子達の同窓会に誘われて行ったら、みんな私よりおっさんになっていたと話した。教え子達が94歳の恩師に翻弄された姿を思い浮かべ可笑しくなった。主人は20年前に肺癌で亡くなった、タバコを吸っていたと話したので、そうですか残念ですね、と言ったら「煙草に毒と書いてあるのに止めなかった、よたれだった」と一気に話した。“よたれ”ってなんだ?意味上明語が出た。“よたれ”って、確かいろは歌にあったなあと思い呟いた。“いろはに・・ちりぬるをわか、よたれそつねならむうゐの・・”、いや違った、これは“わかよたれそ(わが世誰そ)“だった。仕方ないので「よたれって何ですか?」と尋ねた。う~んと頭を傾げ・・“どうしようもない”ということかなの返事。そこには、嫌味ではなく、好きな煙草を吸って亡くなったんだから良いという慈愛さえ感じた。今は独居生活しながら耕運機で畑を耕していると話して終わった。
     私はこの媼の、気負いも抗いも後悔もなく孤愁もなく、淡々と生きて来られ、生きておられる姿に気高く生きる姿勢を感じた。
     今世の中はコロナ騒動の中にいて、どうなるのだろうという上安のなかにある。こういう時に、普段あった社会の回復が確かに来るという希望が持てるのは、吊誉と地位を金で買うような議員の存在ではなく、まさにこの媼のような吊もなき市井の民が、どっしりと足を地につけ日々を生きているからだと思う。
     ギリシア文化隆盛のリーダー、ペリクレスの言葉に「市民の多数が参加する吾らの国の政体は民主政(デモクラツィア)と呼ばれる。・・試練にわれわれの一人一人が持つ能力を基とした決断力で対する・・、われわれは美を愛する。われわれは知を尊ぶ。貧しいことは恥ではない。だが貧しさから脱出しようと努めないことは恥とされる」がある。(塩野七生著「ローマは一日にして成らず」)
     私は診療所8年目だが、清川の方々は、ペリクレスの述べている市民としての資格を持った方々だと感じながら、多くを学ばせてもらったと感謝している。コロナの上安は一気には消えませんが、必ず人類は勝利します。今少し油断せずに日々を生きぬきましょう。



    2020年5月18日(月)
    「ハムレットの教え」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     中九州道路千歳インターを降り川辺までの運転は、ウキウキする。麦秋の真っただ中に、身一つ放り出したい感じになるのだ。コロナの憂さも、コロナに感染する恐れも、熟した麦の穂の黄に溶け去るのだ。でも小学生のランドセルの揺れや語りあいじゃれ合い通学する姿が見られないのは、やはり寂しい。
        感染のリスクも忘れ麦の秋 明寛
     4月16日発令の「緊急事態宣言」が5月14日大分県も解除された。発令から約1ヶ月、大分県の最後の感染者が出た4月21日(60例目)からも約1ヶ月であり、他国と比較して短いなと思った。感染予防策を守った実直な県民性の賜物だと喜びを感じた。
     しかし油断は、ゆめゆめするべからずだ。この新型コロナウイルスは、狡猾かつ智慧者なのだ。まるで忍者みたいに忍び足で人体に侵入し、弱者は瞬く間に徹底的に苛め、強者にはゴマすって仲良くしているという、厄介さを備えている。ワクチン接種体制充実やインフルエンザ治療薬のタミフル程度の薬が使用可能になるまで解放感は味わえないのだ。
     国は「新しい生活様式」の実践を提示した。感染防止では①身体的距離確保②マスク着用③手洗い、日常生活では①三密回避②体温測定など健康管理だ。他に買い物、交通機関利用、働き方など結構細かく生活様式が示された。是非一度は「新しい生活様式」に目を通しておくことを望みたい。
     「新しい生活様式」には、今までとは異なった語句が使用されていた。それは「身体的距離の確保」だ。これまでは「ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)の確保」という語句だった。これはとても良い変更だと思う。世界保健機構(WHO)もフィジカル・ディスタンス(身体的距離)を使っている。社会的距離をとることは、人と人の繋がりを断ち、社会的分断を思わせる。コロナ感染症拡大防止で大事なことは、人と人の身体的距離(約2m)を取ることであり、むしろ人と人の心の繋がり(思いやり、寄り添う、支えあう)、人と社会との関係性という社会的距離は、近くまた強くあるべきなのだ。新型コロナ感染症拡大防止策は、身体的距離は遠くとり、社会的距離は近づけなければならない。
     孤独感に襲われ憂うつになりがちな今、社会的距離を近くするには、電話(テレビ電話)やメール、手紙、目礼、手で合図、マスクつけての会話などで支え合うことが肝要だ。  さて「新しい生活様式」には、これまでの日常でも実践していたこともあるが、やってこなかったこともある。これからは「新しい生活様式」を、日常の生活習慣にしなければならないが、大多数の人にとってこれは難儀なことだろう。
    「習慣」と言えば、シェイクスピアの戯曲「ハムレット」の一節を思い出す。シェイクスピアが母の態度を改めるように説諭する場面で、ハムレットはこう言っている。
    「かの怪物であるところの習慣というものは、全ての感覚を食い尽くし、悪魔のようにふるまう。しかし、習慣は使いようによっては天使である。すなわち、良い行いを続ければ、この怪物(習慣)というやつは、同じようにそれにふさわしい衣朊を与えてくれる。・・・続けていれば、その次はもっと楽になる。・・・習慣とは、素晴らしく有効なのだよ」(ハムレット第3幕第4場)
     つまり習慣は続けていれば、た易く身につくという意味だろう。私達も新型コロナウイルス感染症を機会に、再び襲ってくる感染症に慄(おのの)くことのないように、新生活様式が日常習慣になるように努めましょう。
     診療所も新型コロナ感染症疑い患者診察用の隔離診察室を、医師宿舎に設けました。心配な方は、事前に電話で相談して受診してください。最後に「身体的距離は遠く、社会的距離は近く」で、この困難を克朊しましょう。



    2020年4月20日(月)
    「コデマリの頷(うなず)き」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     「ただいま」と声をかけ玄関にはいると、3歳と5歳の孫が迎えてくれるが、「コロナは大丈夫?」の問いかけがある。
    テレビも“新型コロナによる感染者数はこれまで最高・・・”。新聞の見出しは“緊急事態宣言・・・”。診察室でも“コロナはどうなるのでしょうね・・”。桜並木も人通りが少なく、桜吹雪にも物悲しさが漂っている。
     目にする世界、耳にする世界から、つい先頃まであった普通の日常が消えてしまった。
       足早に遠のく肩に散る桜 明寛
     ウイルスは人類の天敵、以前よりそう言われてはきたが、まさか目の前にその現実を見るとは。ホモ・サピエンスの現代人は30万年前にアフリカに出現、しかしウイルスは、40億年前にはすでに生まれ地球に居座っていた。ウイルスは毒液という意味をもっているように、人類を幾度も懲らしめてきた。人類はその度に打ち勝ってきたので、もう大丈夫かなと思っていたが、ウイルスは一筋縄ではいかない相手だ。
     人類を襲った感染症といえば、ハンセン病・天然痘・結核などが浮かぶが、これらは細菌感染症で抗生剤によりほぼ制圧できている。一方ウイルス感染症には、麻疹・水痘、エイズ、B/C型肝炎、インフルエンザなどがある。ウイルス感染症に対する治療薬は、C型肝炎、インフルエンザなど数少なく、ワクチンによる予防と自分の免疫力に頼るしかなく、人類にとって天敵と言われる所以だ。
     エボラ出血熱のエボラは川の吊前、アデノウイルスのアデノは扁桃腺を意味するが、今私たちに戦いを挑んでいるコロナウイルスのコロナは、王冠を意味する。暴力的最強ウイルスはエボラウイルスだが、戦略を立て人類を利用し生き残る(共生)工夫ができる賢さという点では、まさにコロナウイルスは“王”に相応しいウイルスだ。どんな点が賢いかと言えば、新型コロナウイルスはSARS等と異なり、無症状な人でも感染力を持つ特性を獲得し、生き延びようと工作しているのだ。
     この特性を理解していないと、新型コロナウイルスから身を守ることはできない。日本で今予防策として勧められている3密(密室・密集・密接)を避けることは、確かにクラスター発生防止にはなるが、無症状の個人と健康な個人間での感染、いわゆる感染経路上明の感染防止策にはならない。
     では感染しないためにはどうするか?
     非常に辛いことだが、自分が感染者だと思い、人との接触を断つ(家にいる)ことが最善だ、譲って唾液等の飛沫が届かない距離(2m)を取ることだろう。失礼なように思うが、コロナウイルス感染予防策としては、人と接触しないことこそが、感染させない、苦しめないことになり相手を思いやることになる。 
     コロナ、コロナで心が荒み陰鬱になると、感染した時に強く働いて欲しい免疫力がグッと低下する。免疫力を高めるには、よく眠り、しっかり食べて、電話での会話を楽しみ、ラジオやテレビ鑑賞などで笑ったり、心をウキウキさせることが肝要だ。免疫というシステムこそ、人類の天敵であるウイルスに立ち向かうための最善の武器なのだ。
     ある日出勤すると、診察室にコデマリの花が届いていた。私の大好きな花だ。小さな風にも多くの花が仲良く一斉に頷く。その優しい姿に心が和む。また頷く姿は連帯の美しさ、力強さを表している。カミュは「ペスト」の中で、“ペストと戦う唯一の方法は誠実さである”と書いている。誠実さとは自分の役割を果たすことだ。今この状況下で、人はホモ・サピエンス(賢い人)として、上条理なコロナ感染症に希望をもって役割を成し、連帯すべきとコデマリの頷きは教えているようだ。 
     診察の合間にコデマリに語りかけた「人はコロナとの戦いに負けないよな」と。コデマリの花達は「勿論」と一斉に頷いてくれた。



    2020年3月26日(木)
    「空箱の文字」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     3月14日霙(みぞれ)の降る中、コロナウイルスどこ吹く風とばかりに、これまでで最速の桜開花宣言が東京であった。最速、いい響きだが、この開花の最速はちょっと複雑な心境だ。春の便りという意味では嬉しいが、異常気象ゆえの事象と考えると憂えるべき心境になる。でも自宅庭の福寿草が花弁を広げ、陽の光に黄色をひと際輝かせている姿を見ると、ほっこりした気分になった。春の妖精は背伸びして目覚めたようだ。
        小走りし腰落し見る福寿草 明寛
     いつまでも心地よくありたいが、そうは問屋が卸さないのが世の常。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」が人の世。
     最初の患者さんを呼んだ。この方に先ず尋ねるのは「ご主人は?」だ。最近は「食事がとれていない・・」「痩せた」「痛みがある」などが多く心配していた。今日も「ご主人は?」と尋ねた。「ダメでした」の言葉が、顔の陰りのなかに紡がれた。鉛のように私の胸の奥底に悲しみが落ちた。
     私はご主人に会ったことはない。奥さんを通して、椎茸作りに励み、工作が得意で、人生を楽しむ心豊かな方と思っていた。ある日猪がラグビボールをかかえているユーモラスな手掘りの木彫像の写真を見せてもらい、この方のユーモア心に魅了された。病が重篤な事態になっていることは察していたが、この日の報せは辛かった。
     この日に奥さんから聞いた話は、ご主人の真摯な生きざまを見たようで、私の記憶に残すことにした。
    亡くなる数日前、爪楊枝を容器から取ろうとした時、容器が胸に落ちて数百本の爪楊枝がこぼれ、首元から入り込み肌をチクチク刺して痛かったので看護師を呼んだ。しかしあろうことか、看護師は見ただけで「後で来ます」と出て行ったとのこと。
    ご主人は師長さんを呼び、この看護師を病室出入り禁止にした。そんなことがあった後奥さんが行くと、広げたテイッシュの空き箱に「優しい看護師になれ」の文字が、サインペンで書いてあったとのこと。この話を聞いて、私よりナイチンゲールが悲しんでいると思う。しかしこの方の姿勢には敬朊した。どうでしょう、こんな時に人は往々にして、「お前なんか地獄に落ちろ!」等と恨みごとを叫び書くのでは・・。
    この方は「優しくなれ」の文字を選んでいる。「優しい」の漢字「優」は、人と憂の組み合わせだ。憂は思い悩む人がフラフラ歩く姿を表している。つまり「優しい」は、憂える人に人が寄りそうの意味だ。
    「優しくあれ」は、まさに医療従事者の基本的資質を表現している。ご主人は、医療従事者たるその看護師の行為を憂い、病に苦しむ人の傍に寄り添い、耳を傾け、手を差し伸べてくれよという願いを、「優しくなれ」と書いたのだ。
    「ビタミンの父」と呼ばれる医師高木兼寛は、「病気を診ずして病人を診よ」の言葉を残した。これは、医療従事者は病人の痛みの分かる心、優しい心を持てとの教えだろう。 ご主人がテイッシュの空箱に書いた心情を思うと、胸が痛み赦しを乞うしかない。
    ご主人は、息子さんに自分の葬儀のことを指示し、亡くなる数日前には一時帰宅し、息子さん達を指導して、立派な椎茸乾燥室を作り上げたそうだ。今その乾燥室で、奥さんは椎茸乾燥をしているとのこと。夜通しの辛い仕事だが、しっかりと造作されているので寒さもしのげ、ご主人の優しい気持ちに浸り、思い出を紡ぎながら過ごせる、温もりの空間になっているようだ。
    ご主人に会うことはなかったが、強く実直に生き、家族愛の強い人の生きざまを通して、大切なことを学び、寂しさの中にも充実感に満ちた診察日であった。



    2020年2月25日(月)
    「じっと爪を見る」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     蝋梅が終わり、白梅紅梅が通勤路に咲き、春の訪れを伝え始めている。いつもならウキウキ気分なのに、今年は新型コロナウイルス拡散に気もそぞろの昨今だ。
       新型菌くしゃみこらえて春散歩 明寛
     今世紀「ウイルスの逆襲」があると警鐘が鳴らされていた。エボラ出血熱、エイズ、SARS等があり、今度は新型コロナウイルスだ。人が自然界に深く侵入し破壊していることと関係している。新型コロナもコウモリの食用が疑われている。それにしても武漢の惨状は、カミュの小説「ペスト」のようで胸が痛む。個人的防御策としては、うがい、手洗い(アルコール、石鹸)、マスク、上要上急の外出を避ける等を遵守することだ。 
     治療法のない疾病には、上安と恐怖がつきまとう。かっては「国民病」と言われた結核がそうであり、癌も同じ立ち位置であったが、最近は治療法の開発により治癒率も向上して、10数年前ほどの上安はない。だが依然として難治疾患であることは否めない。しかし診療所で癌の病吊を告げると、「仕方ないわ」とか「もう年だから・・」との発言があり、以前と比し動転されない方が多いのに、私は少しの驚きと大いなる敬朊をしている。
     癌患者さんの平均年齢は、80歳を過ぎていることもあるのだろうが、死に対して淡々と向き合われているのだ。どこからこの達観した態度が生まれるのか考えると、答は唯ひとつのようだ。診察時の多くの語りを通じて見えてきた「がむしゃらに生きてきたので悔いはない」という自分の人生への自負と紊得だと思う。でも高齢者が皆そういう境地かと言えば、そうではない面も見えてくる。 「もう年だから、いつ死んでも良い」という言葉の後に「役に立たなくなったし、迷惑をかけるから」と呟かれると、私は寂しい。
     「役に立つか立たないか」が、命や生きる価値基準であれば、「津久井やまゆり園」での椊松被告の「役立たずは死んだ方が良い」の犯行を認知することになる。人の「命」は温もりにある。触れて温もりを感じられれば、人はそこに生を感じ存在を確認でき喜びを感じるのだ。だから遺族は「返してくれ、私の大切な子を」と叫ぶのだ。家族は大切な人の温もりの続くのを求め続けるのだ。
     ある日女性患者さんが来て、闘病中のご主人が危なくなり、ご主人も「今度はだめだ」と言ったと呟いた。こんな状況では「何をそんな馬鹿な事を言ってるの!」と叱咤激励するのが通常だ。でもこの方は「もう少しで梅が咲くよ」と言い、ご主人は「そうか‥梅は見たいな」と応じ、「梅の後には桜も来るし、孫の入学式もあるよ」と語りかけたら、ご主人は「そうか、桜も孫の入学式もみたいな」と応じたそうだ。この会話には、ご主人に生きて欲しいという家族の切なる思いと祈り、ご主人のもう少し生きていたいという願いが共鳴しあった素敵な会話で、役に立つかどうかは入り込む隙は無く、心に染みた。役に立たなくなったから死にたいと思ったら、爪を見つめて欲しい。爪がないと物をつかんだり細かい作業したり、躓(つまず)かずに歩くことができない。爪は目立たないが、大きな役割を健気にこなしているのだ。人もそう、役に立たないと思っていても、誰もが爪のようになくてはならない存在なのだ。
     啄木の歌に「はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る」<一握の砂>があるが、その歌をもじって「老いなれど 老いなれど尚わが命尽きざり ぢっと爪を見る」としたい。爪を見ていると、目立たずとも自分の役目を果たそうと、毎日0.1mmずつ成長しているその健気さに、心が動き、生きていることが愛おしくなるはずだ。
     命は温もり、生きていることに意味と意義があると信じて、一日一日を歩み続けたい。  

      “死は一切を打ち切る重大事件なり 如何なる官権威力と雖此に反抗する事を得すと信す 余は石見人森林太郎として死せんと欲す 宮内省陸軍皆縁故あれども生死の別るる瞬間あらゆる外形的取扱ひを辞す 森林太郎として死せんとす 墓は森林太郎墓の外一字もほる可らす”
     ―森鴎外の遺言状―

    「慎終如始則無敗事」(終わり良ければすべて良し)―老子 第64章―



    2020年1月27日(月)
    「『も』の後は・・・」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     皆様あけましておめでとうございます。今年も診療所、もみの木をよろしくお願い致します。職員一同、誠意をもって皆様の健康保持および増進のために努めて参ります。
     さて今年は子の年、干支で言えば庚子(かのえね)です。この干支の歳は波乱多き年のようです。それでなのか国際的にはイランとアメリカの対立があり、中国武漢での新型コロナウイルス肺炎勃発と物騒なことが続発です。子といえばネズミ、子供の頃に屋根裏をネズミが走り回り、猫を飼い始めたらネズミがいなくなった記憶があります。
    そういえば、12支に猫はないですね。だからでしょうか、庚子の年が荒れるというのは・・。でもいまさら12支に猫を追加もできないし、なんとか平安であることを祈るしかありませんかね。
     初空に鈴の音飛ばし歩みだす 明寛
     年明けの診察室は明るい。挨拶も“おめでとうございます“からだし、話題も久しぶりに会った孫や三社参りなど寿ぐ話題が多い。正月に孫と言えばお年玉だ。最近はお盆玉もあるらしい。額は年齢によるが、いずれにしても孫の数が多いと額も相当になり大変です。
    私も孫だけでなく姪や甥など総勢15人にあげていたが、最近話し合って姪や甥については辞めて孫6人だけにしました。
     しかし正月でも楽しいことばかりではなく、難しい問いかけもある。私は考えるような問いかけは、大好きで大歓迎だ。
     70代後半の方が、診察後の話題のなかで問いかけてきた。
    「先生、寿命が延びるのも考えものですね。最近は“人生百年時代”と言われているし、私は後20年も生きていかなきゃならない。大変じゃなあ・・」と呟かれた。
     私は即座に言葉を返した。「○○さん、どうでしょうね、20年も生きていかなきゃじゃなくて、20年も生きていけるんだと考えたらどうでしょう」と。
    その方は、私の顔を見てちょっと怪訝そうな表情をした。「長寿を嫌がる昨今ですが、江戸の頃は平均寿命40歳でした。その頃であれば、74の私は多分生きていないでしょう。でも今こうして生きていて、孫も見られたし、医師としての仕事に喜びを味わえているし、長生きを喜んでいます。私は若い頃に両親も生存を諦めた病に罹ったけど、何とか回復してからは『一日一生』をモットーに生きてきた。後何年生きられるかは誰も分からないんです。折角頂いた命、その時までは生きていきましょう」と語りかけた。
     この方は「そうですね、20年も生きられるんだから、毎日を大切にして生きることにしましょう」と笑って帰られたのでほっとした。
     ひと呼吸おいて考えてみると、”も“という日本語の助詞は、おもしろいなあと思った。何気なく使っている助詞だが、もしこの方が”20年“は”生きなきゃならない“と言われたら、私は「そうですね」と応えて終わったかもしれない、いや終わったと思う。
     でも「20年“も”生きなきゃならない」と言われたので、ううん?と反応してしまったのだ。「20年は生きなきゃならない」と「20年も生きなきゃならない」では随分ニュアンスが異なると思う。
     ”は“の場合にはちょっと肯定的な意志が感じられるが、 ”も“の場合には消極的あるいは嫌悪的な考え方が強調されて聞こえる。
     助詞の使い方は、外国人が日本語を難しく思う理由の一つと言われるが、私達日本人でも使い方が難しく、誤解される場合が往々にしてあるので、診察室の会話でも気をつけようと学んだ一日となった。
     さて今年も診察に加えて、ちょっとした話題を契機に、生きるとは?幸せとは?健康とは?などの世界を探求する旅をしていきたい。







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