三重東クリニック


last up date
2018/11/16
   

since Sep.2010


診療受付
月〜土曜
(水・土は午前)

午前
内科・小児科
8:30〜12:00

午後
内科
13:30〜17:00
小児科
15:00〜18:30

休診日 日曜・祝日・年末年始

→小児科自動順番予約システムへ

→三重東クリニックの携帯のホームページへ

■社会医療法人
 関愛会

■関愛会 清川診療所


<検査情報>
下記の検査が出来ます。
血液検査など、当日に検査結果をご説明できる検査が多いので、スタッフにご相談ください。

  • MRI検査
  • ヘリカルCT検査
  • 骨密度検査
  • エコー検査
  • 睡眠時無呼吸症候群検査(SAS)
  • 胃内視鏡検査
  • 大腸内視鏡検査
  • ホルター検査(24時間心電図)
  • 頸動脈エコー、血圧脈波検査
  • 各種血液検査
  • その他
     各種予防接種、禁煙外来、もの忘れ外来、肺機能検査、心電図検査、便潜血検査

    〒879-7104
    豊後大野市三重町小坂4109-61
    TEL 0974-22-6333
    FAX 0974-22-6341

    統括管理者・院長
    内科
    宇都宮 健志
    副院長
    内科
    飯尾 文昭
    副院長
    小児科
    別府 幹庸

    清川診療所
    院長
    内科
    坪山明寛
    (火曜午後・水曜午前)

    関連施設
    清川診療所
    きよかわリハビリテーションセンター もみの木
    きよかわ介護サポートセンター 三つ葉

  •  



     → 医師のプロフィールです Click!


    スタッフからひと言

    「レオナルド・ダ・ヴィンチの傑作は斜視のおかげ?③」
    米国小児眼科・斜視学会議によると、ダ・ヴィンチの眼の症状は眼の動きを調節する脳機能を低下させる神経筋異常を主な原因とする眼位異常によるものと考えられるという。米国では斜視の有病率は約4%と推定されており、その主な種類として内斜視や外斜視、上斜視がある。
    Tyler氏らによると、レンブラントやピカソ、ドガ、デューラーなどの斜視があった芸術家は少なくない。今回、同氏らがダ・ヴィンチの作品とされる彫刻や油絵、デッサン計6点を対象に瞳孔の位置を調べたところ、ダ・ヴィンチにも左眼に間欠性の外斜視があったと判断されたという。
     〜飯尾副院長提供:HealthDay News より〜


    お知らせ

  • きよかわリハビリテーションセンターもみの木の介護スタッフを募集しています。(パート)
    詳細はハローワークのパートタイムから検索してください。

  • 三重東クリニックの増改築工事をいたします
    建物を拡張します。2019年6月末まで行いますので、ご迷惑をおかけいたしますがどうぞよろしくお願いいたします。



  • 「風疹の抗体検査が受けられます」
    昨今、風疹ワクチン未接種による妊娠中の罹患・胎児奇形の危険性について報道がなされています。
    同ワクチン未接種の方で、挙児希望の方・またそのパートナーの方は是非接種されるようお勧めします。
    なお、当医院では風疹に対する免疫(抗体)の有無についても検査を行っています。
    保険診療には該当しませんので、診察料・検査料併せて 3,160円の料金が発生します。
    結果は数日後にご報告出来ます。ワクチン未接種または抗体の有無がご不明の方は、ご確認されるよう併せてお勧め致します。

  • ものわすれ外来は、内科で対応していますので、どうぞご相談ください。

  • インフルエンザ予防接種を始めました。(平成31年2月28日まで)
     1回目 3,500円。2回目 2,500円(小児)です。
  • 小児科での受診はWEB予約をお願いいたします。
     予防接種の際は必ず「母子手帳」をご持参ください。

  • 各種検査のお問い合わせが多いので、下記に検査情報を掲載いたしました。スタッフにお気軽にお尋ねください。
  • 火曜の午後は、清川診療所の坪山明寛医師が三重東クリニックで診療いたします。専門は血液学です。

  • 禁煙外来の治療を行っています。
     予約制で、月曜・木曜・金曜の午後受診可能です。
     詳細は電話でご連絡ください。


  • 健康講座を開催いたしました
    「一生懸命認知症を診ています」
    三重町三重原公民館で、飯尾副院長が認知症に関する健康講座を開催いたしました。生憎の雨の中を、36人の住民の方のご参加がありました。
    認知症の治療には4つあります。①薬物療法、②栄養療法、③社会参加、④運動療法。この4つに関してご説明をし、特に栄養療法について詳細な食べ物のお話をいたしました。
    質問コーナーでは、たくさんのご質問があり、飯尾先生はもちろん、一緒に聴講していた宇都宮先生もご質問に答えていました。緑黄色野菜の食べ方・食べ分け、魚の勧め、赤身肉の食べ方、卵やアルコールのこと、そして運動療法の頻度など。医療側からの情報提供には、参加された方から驚きや感嘆の声が上がり、熱心に聞かれていました。
    これからも年に何度かこういったお話の会を催させていただき、密度の濃い医療を続けてまいります。




    ご案内
  • 清川診療所は坪山明寛医師が月曜日から金曜日まで診療いたしますが、火曜の午後は三重東クリニックで診療いたします。また、水曜日の午前中も三重東クリニックで診療(完全予約)いたします。

  • 三重東クリニック、清川診療所では、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の検査を実施しております。
  • 三重東クリニック、清川診療所では、健康診断を実施しています。事前にご相談ください。
  • 小児科 予約システムを導入しました。携帯電話やパソコンから診察の順番取りができます。
    「小児科の待ち時間について(お知らせ)」 (pdf) です。ご一読ください。
    ここからお入りください。→小児科自動順番予約システムへ

  • 予防接種は予約制です。必ず電話をしてください。

  • 特定健診が受診できます。予約制です。受診券と保険証を必ずご持参ください。
  • 予防接種等自費料金(接種名称・料金・ワクチン名)

    接種名称 料金ワクチン名
    🍒インフルエンザ 1回目 3,500円インフルエンザワクチン
    🍒 2回目 2,500円(小児)
    🌿おたふくかぜワクチン 5,500円
    🌱水痘ワクチン 7,100円
    🍒麻疹風疹混合ワクチン 9,800円MRワクチン
    🌴子宮頸がんワクチン(二価)16,200円サーバリックス
    🌵子宮頸がんワクチン(四価)16,200円ガーダシル
    🍓肺炎球菌ワクチン(十三価)10,300円プレベナー
    🍏ヒブワクチン7,800円アクトヒブ
    🍑肺炎球菌ワクチン(二十三価)8,300円ニューモバックス
    🌷二種混合ワクチン4,700円DTビック
    🌸日本脳炎ワクチン6,800円
    🌼BCGワクチン6,500円
    🌺ロタウィルスワクチン(1価)13,400円ロタリックス
    🌈ロタウィルスワクチン(5価)8,500円ロタテック
    🌿B型肝炎ワクチン(0.25ml)5,000円ビームゲン
    🌱B型肝炎ワクチン(0.5ml)5,000円ヘプタバックス
    🍒A型肝炎ワクチン7,000円エームゲン
    🌴不活化ポリオワクチン8,300円
    🍓四種混合ワクチン10,300円
    🍏血液型検査(自費)2,160円


  • 健康診断、特定健診を実施しています。
     法定健康診断 Aコース 7,000円(消費税込) 35歳、および40歳以上の方が対象となります。
     法定健康診断 Bコース 4,000円(消費税込) 34歳以下、および36歳〜39歳の方が対象となります。
     予約が必要ですので、ご連絡ください。


    <更新情報>
  • ほぼ毎日更新しています。

    ■スタッフからひと言(過去の記事です)


    ■スタッフのエッセイ集です
    過去記事: /2017年(17篇) /2016年(18篇) /2015年(17篇) /2014年(19篇) /2013年(17篇) /2010年〜2012年(41篇)

    ■「樹木希林さんに思う」清川診療所 所長 坪山明寛 2018.10.25
    ■「大切にしたいこと」清川診療所 所長 坪山明寛 2018.9.27
    ■「地域行事の手伝いをして」清川診療所 所長 坪山明寛 2018.8.27
    ■「災害と伝統の躓き」清川診療所 所長 坪山明寛 2018.7.23
    ■「生きよ!生きぬけ!」清川診療所 所長 坪山明寛 2018.6.25
    ■「心を寄せる媼」清川診療所 所長 坪山明寛 2018.5.28
    ■「燕の振る舞い」清川診療所 所長 坪山明寛 2018.4.26
    ■「春の夜の色談義」清川診療所 所長 坪山明寛 2018.3.26
    ■「なんにもできない・・・」清川診療所 所長 坪山明寛 2018.2.26
    ■「戊戌の幕開け、あれこれ」清川診療所 所長 坪山明寛 2018.1.26
    ■「地域包括ケアに必要なネットワーク」三重東クリニック 事務長 甲斐敏幸 2018.1.19







    2018年10月25日(木)
    「樹木希林さんに思う」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     通勤途上の百枝の辺りの田は、稲刈りも終わり稲株が整然と並んでいた。稲穂の垂れた風景も良いが、広々とした刈田にも趣がある。
      稲株を擦る(さする)がごとく刈田風 明寛
      そぼろ雨刈田の隣刈田かな 明寛

     実りの秋、生きる豊かさの象徴である稲穂を、根こそぎに切り取られた刈田には、物悲しさを感じる。それは人として生きることを、根こそぎ断ち切られた人の深い慟哭(どうこく)にも通じる。医師としては、特に忘れてはならない人々の悲しみだ。この人々のことを忘れていたわけではないが、改めて強く思い出した。そのきっかけは、亡き女優樹木希林さんだ。
     最近希林さんの映画を3本鑑賞した。「万引き家族」「日日是好日」そして「あん」だ。希林さんといえば、富士フイルムの広告「美しい方はより美しく、そうでない方はそれなりに写ります」が印象深い。自然体の芸達者な方で、最近は乳癌の全身転移状態で、「自然に朽ちたい」と飄々と生きている方だった。
     鑑賞した3本の映画も、「そうだ!」と頷くような自然体で老婆役を表現されていた。「万引き家族」では年金受給者の老婆役を空気のように、「日日是好日」ではお茶の師匠役を、茶道の決まり事の如く日々を生きる喜びを端正に演じていた。
     私が忘れかけていた人々を思い出させた映画が「あん」だった。主題はハンセン病患者の生き様と差別だ。旧ハンセン病の徳江さん(希林)が、どら焼き屋の「あん<餡>」を作り、それが美味しくて繁盛するが、ハンセン病の噂が流れて売れなくなり、再び徳江さんは療養所だけでの生活を強いられ、そして亡くなるというのが大筋であった。
     印象深い場面が3か所あった。1つは小豆を煮る場面だ。徳江さんは鍋に顔を近づけ、にこにこして音を聞き、蓋を開け小豆が踊っているのをみているのだ。徳江さんは「小豆がどんなところで育ち、どんな旅をしてどうしてここに来たのかを聞いているのだ」と答えていた。
     2つ目は、店主がいない時に徳江さんが、ハンセン病で歪んだ手で生地を焼き、餡を練りこみ、笑顔で売っている場面だ。数十年間療養所に隔離され、普通の人として生きられなかった徳江さんが、一般社会で一般の人と交流できた奇跡の喜びだったのだ。
     北条民雄の「いのちの初夜」に、こんな言葉があった。『誰でも癩になった刹那にその人の人間は滅びるのです。死ぬのです。社会的人間として亡びるだけではありません。そんな浅はかな亡び方では決してありません。僕らは不死鳥です。新しい思想、新しい眼を持つとき、癩者の生活を獲得するとき、再び人間として生き返るのです。びくびくと生きている生命が肉体を獲得するのです。新しい人間生活はそれからはじまるのです』
    ハンセン病と診断された時に、ハンセン病患者として「いのちの初夜」を迎え生きていくという意味だ。徳江さんは、生まれてきた社会で病名のない人間として、餡を作りどら焼きを売り会話し生きる喜びを初めて味わったのだ。
     3つ目は、亡くなる前に桜の下で呟いた言葉だ。「花を見る、月を見る。そうか、そうやって生きていくんだね。私たちはこの世を見るために、聞くために生まれてきた。だとすれば、何かになれなくとも、私たちは、生きる意味があるのよ」 これこそがこの映画の訴えたい主張だろう。
     ハンセン病者が収容生活を強いられたのには、らい予防法に基づく無癩県運動、隔離政策と医師の独善があったのだ。若い頃医療人類学の視点から、医療はハンセン病・結核・癌・エイズ等差別に加担してきたことを学び、病む人を差別しない姿勢で医師として生きていくと覚悟した。今回希林さんの映画を鑑賞して、改めてこのことを肝に銘じた。素敵な役者、樹木希林さんの生き様も胸に刻み、微力ながら病む人のために明日も汗を流したいと思う。







    2018年9月27日(木)
    「大切にしたいこと」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     9月15日夕刻、私は宮崎のホテルのホールにいた。「久しぶりだね、45年ぶりか~、いや~あの時はお世話になった」医学部時代の同窓会で、懐しい顔ぶれと挨拶を交わした。
     古希を過ぎ、それなりに齢を重ねていたが、全員現役医師として頑張っていた。がしかし、鬼籍に入った友の名が呼ばれ、近況報告では癌との闘病中が3人ほどいた。それを聞きながら、改めて朱新仲の「人生の五計」の、老計<いかに年をとるべきか>に加え死計<いかに死すべきか>、今流行りで言えば終活の二字が頭をよぎった。飲める量は少ないが、同窓生の物語を肴に美味しく酔えた夜だった。
       同窓の蘊蓄耳に古酒を酌む 明寛
     翌日は「神話ツワ―」だったので、女房と参加した。ガイドの豊富な知識を聞きながら、鵜戸神宮<山幸彦・豊玉姫神話>、青島神社<山幸彦海幸彦神話>、江田神社<イザナギノミコト禊ぎ神話>、西都原古墳<ニニギノミコト・コノハナサクヤヒメ出会い神話>を訪れ、古事記神話の世界に身を委ねていた。
     古事記は物語内容も愉快だが、神々の振舞いには、おおらかさ、おもしろさ、奇抜さがあり魅力的だ。序幕のイザナギ・イザナミ兄妹2神による日本国創生の描写は、現代小説と比較すると微笑ましい。こう書いてある「わが身は、成り成りて成り余っているところがひとところある。そこで、このわが身の成り余っているところを、おまえの成りあわないところに刺しふさいで国土を生み成そうと思う」と。現代の倫理規範からは許されない兄妹神が契りを結び、淡路島、四国、隠岐島、九州、壱岐、対馬、佐渡島、本州の我が日本国土が産まれたのだ。週刊誌を賑わす不倫騒動の根源は、日本神話から脈々とあるのではとさえ思えて、ちょっとおぞましい。火の神を産み亡くなったイザナミを、黄泉の国にまで追いかけるイザナギは、愛情深いと称えるか未練がましいと説諭するか、はたまたストーカー行為と断罪するか、神を人に置き換えると「愛とは何?」という今の時代にも通じる命題だ。イザナギが穢れを洗い落とした江田神社の御池には、畏怖を覚えるほど清らかな白い睡蓮の花が咲いていた。
     畏怖の念と言えば、膝足首手首が痛いと来た80代の媼(おうな)を思い出した。診察や検査の結果、典型的な慢性関節リウマチだったので投薬を初め痛みも腫れも改善した。 そんな経過のある日、小声でこの方が呟いたのだ。「痛みがひどい頃の夜、手首が重たく目が覚めた。よく見ると団子のようなものが乗っていた。手で追い払ったらすぐに消えた。神主さんに相談したら“わらしこ”だと教えてくれた。きっと早く病院へ行きなさいと教えてくれたんだと言われた。実は樹齢300年のタブノキを切ってしまったので、手首の病気は、その祟りではないかと心配していた」そう話しながらずっと手首を触っていた。そう話す表情は、タブノキの霊への畏怖が漂っているようだった。
     私は話を聞いて、畏怖の心を持っていることに驚きと羨ましさを覚えた。今や医療でも科学的知識や技術が謳歌し、病気は治るのが当たり前という幻影が大きな顔をしている。しかし医療は今尚多くの不確実性に満ちている。この方の症状も改善したが、タブノキを切ってしまった祖先への申し訳なさやタブノキの霊への畏怖に対して投薬は無力だ。それ故神主さんへの相談を笑止と片づけられない。
     畏怖とは、物事に怖れたじろぐこと、偉大なものに対して畏まり敬うことだ。人は性根の奥深いところに、畏怖する何かを持っていることで、尊大にならず人は勿論、動物や花、道具など身の回りの全てに対して優しく、大切にすることができるのではと思う。
     私はこの媼の畏怖する姿に出会い、生命の神秘さ崇高さにあらためて畏怖の念を抱きながら診療する大切さを学んだ。








    2018年8月27日(月)
    「地域行事の手伝いをして」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     やきもきした。8月21日、地区恒例の供養盆踊りの日だった。台風19号は奄美大島付近だったが、雨雲は佐伯まで伸びていた。私は、今年もボランテイアとして写真撮影係を仰せつかっていた。やきもきしたのは、天候悪化のために盆踊りが開催されるのか、はっきりしなかったからだ。
    帰宅後カメラ2台の電池と空き容量確認、フラッシュと雨が降り始めた時のカメラ保護のビニールキャップの準備をして、会場である金剛山寶戒寺境内に行った。18時半開始、まず地区の初盆の方々の供養が、住職の読経で始まった。供養終了間際、住職から般若心経を一緒に唱えましょうと誘いがあった。私も手を合わせ「観自在菩薩,行深般若波羅蜜多時・・・」と唱和し、やきもきした心を落ち着かせた。空を見ると黒雲が真上にきていてパラパラ雨粒が落ちてきた・・・でも般若心経が終わる頃には止んだ。
     「盆踊りを始めます。すぐに輪を作ってください」とアナウンスがあった。雨を心配して進行を早めたのだ。私は慌ててバッグからカメラを取り出し、1台を首にかけ,もう1台を手に持って撮影を開始した。
     盆踊りは鶴崎踊りで、曲目は「猿丸太夫」だ。故郷鹿児島の踊りは、“花は霧島 煙草は国分 燃えて上がるは おはらは~桜島”の「おはら節」で手足を盛んに動かしていたが、「猿丸太夫」は、手首を丸めたり伸ばしたりして、運びも緩やかで優美な踊りなので、焦点が合わせやすかった。次第に普段着姿や浴衣姿の子が増えてきて、大人の振り付けを見ながら踊り始めると、賑やかさに可愛さが輪に漂い始め、レンズは子供たちに向けることが多くなった。
     少し疲れて空を仰ぐと、朧な月があったので奇跡かと思った。その後も輪の中に入ったり出たり、脚立に登ったり、境内より一段高い場所からと、アングルや踊り手の表情を考えながらフラッシュを焚いた。
     フィナーレはくじ引きだ。本部前に老若男女およそ180人が、番号を書いた団扇を持って集まった。番号が読み上げられる度に溜息が漏れる中、当たった人は団扇をかざし景品を取りに来た。レンズ越しに本部の机に団扇を3本並べ、番号が読み上げられる度に、机を叩き口惜しがっている子がいた。思わず笑ってしまい写真はブレてしまった。
     約2時間の盆踊りは終了したが、私のボランテイア活動は、撮影した写真整理と地区公民館に展示する写真のプリントが残っていた。8月25日開催された実行役員による反省会に誘われ参加した。プリントした写真は好評だった。そこでやっと私のボランテイア活動は終了した。反省会ではビールや食べ物が振舞われたので私もいただき談笑し愉快だった。
     酔いが回る中にふと聞こえてきた声があった。「ボランテイアは物を貰ったりしちゃいけない」「自己責任、自己完結」「美味しいものは食べない」と。そうです、声の主は2歳の行方不明児を救出した尾畠春夫さんだ。救出した後、お風呂勧められても「風呂とか食事とか一切受けません」ときっぱり断っていた。まさにボランテイア精神満載。悪い所は、の質問に「3か所あります。顔が悪いんです。色が黒すぎます。足が短かすぎます」と応対するユーモア心たっぷり。ドヨ~ンとしていた日本中を爽やかにしてくれた尾畠さんから、「ボランテイアというが、ビールを飲んだお前のやったことは、ボランテイアじゃな~い」と叱られること間違いない。ああ恥ずかしい!尾畠さん、お許しを。ボランテイアとは言わず、ちょとしたお手伝いとします。お手伝いでも、地域のことに関わりを持ち、地域の人と交流したことで、心地よい気持ちを味わった今夏だった。でも猛暑の今夏を、爽やかに心地よくしてくれたのは、尾畠春夫氏の存在、生きざまを知ったことだった。








    2018年7月23日(月)
    「災害と伝統の躓き」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     先ず西日本7月豪雨で亡くなられた方々のご冥福と被災者の復興を心からお祈りする。
     さて猛暑、炎暑、酷暑と、いくら言葉を並べても、身体の受けている嫌さを言い尽すことはできない毎日だ。涼しい部屋に逃げ込むと、TVには豪雨災害の跡片付けに汗を流す人達が・・・「暑い」は禁句!口を噤む。
      写真帖泥と掻き捨て汗みどろ 明寛
     毎年の豪雨災害、自然災害といえばそうだが、気象学の視点からは人災だ。どこかの大統領は否定するが、石炭など化石燃料使用による地球温暖化が要因だから。災害は戦争、虐待、通り魔殺人などと同じように説明のつかない、理解できない不条理なことだ。人類史上不条理な事は、ギリシャ神話のシーシュポスの懲罰のように繰り返されてきた。シーシュポス神話を要約すれば「ゼウスの怒りに触れたシーシュポスが懲罰を受けた。その懲罰内容は、大きな岩を高い山の頂上まで運ぶのだが、運び終えると岩は山を転げ落ちる。シーシュポスは麓まで降りて、また岩を持ち上げる。持ち上げ終わると岩はまた転がり落ちる。シーシュポスはまた麓まで降りて、岩を持ちあげる。これを繰り返すという懲罰だ」。この懲罰は未来永劫続く、まさに絶望と孤独しか見いだせない時間の流れだ。シーシュポスは神だからひたすら耐えられるのだろう。しかし人は弱い存在、耐えるのは無理だ。
     不条理をどう乗り越えるのか?とても難しい課題だけど、今の地球環境、今の社会情勢を冷静にみると、このような問いかけが、不意に突き付けられるかもしれない。
     対応として考えられるのは、諦めてこの境遇から逃げる(自死することなど)、神仏にすがる(信仰を持つなど)ことも選択のひとつだ。自死は命の尊厳さを考えると否定すべき選択だ。信仰は、心の不安定さを緩和する力を持っているが、現実に災害を乗り切るには少し力強さに欠ける感じがする。
     ではどうするか?ここで不条理という哲学的課題を、文学形式で思索したカミュに登場してもらおう。カミュはノーベル賞作家で、「異邦人」「ペスト」「シーシュポスの神話」で不条理を主題にしている。詳細を述べる紙幅はないので、かいつまんで印象深い文章を記載する。

     「彼は死刑に処せられ人々から憎悪の叫びで迎えられることを望む(異邦人)」
     「この地上には天災と犠牲者がある、できるかぎり天災に同意することを拒否しなければならない(ペスト)」
     「この事件は我々みんなに関係のあること(ペスト)」「頂上を目がける闘争ただそれだけで、人間の心をみたすのにたりるのだ(シーシュポスの神話)」

     カミュから学ぶ不条理への対応は、不条理に目を背けることなく、不条理な事柄は、自分達に関わりのあることとして見つめ見極め、皆で連帯して不条理に抗い続けていくことだと理解した。そこで今回の災害で困難な生活を強いられている方々が、一歩一歩少しずつでも苦難を乗り超えられるように、自分達も連帯していることを示す意味で、診療所に募金箱を設置した。天災には挫けないというささやかな反抗と連帯の証だ。皆様にもご理解いただき、ご協力をお願いします。
     最近2,3人の媼(おうな)から同じような愚痴を聞いた。「若い人たちが農業や行事のしきたりを忘れてきている。折角芽吹いた茗荷の茎を間違って切られた。庭の花を草と間違えてビーバーで切られた。お祭りも簡素化でなく乱れた」と。目を伏せ皺を寄せた表情は、暗く心底嘆いていた。伝統の躓きは、忘れられることに起因する。この躓きは、災害等の不条理への対応にも障害となる。東日本大震災で話題になった「津波てんでんこ」という教えも、災害を忘れてはならないという戒めだ。災害、戦争、虐待、病気など不条理を忘れることなく連帯して抗いましょう。







    2018年6月25日(月)
    「生きよ!生きぬけ!」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     道端に紫陽花が咲き、水田に早苗が揺れる季節だ。1時間余の通勤が心楽しくなるこの季節が好きだ。もうひとつ好きなのが真竹だ。中九州横断道にも真竹の群落があり、今年生まれ命を紡ぎ始めた今年竹がある。
      不揃いも皆まっすぐに今年竹 明寛
     まっすぐに生きて欲しい、と願うのは子ども達のことだ。親はもちろん大人たちの一番の願いだ。
     先日の土曜日、子ども達に話をする機会が与えられた。私の住んでいる校区で、子どもやみんなの居場所として,ボランテイアの皆さんが開催している「こどもとみんな広場」がある。そこで私もボランテイア活動をしたかったので、手を挙げていたのだ。何を話そうかなと思案した。私が医師を生業としている強みを活かし、子ども達に「命」のことを考えて欲しいとの思いで、「心臓を学ぼう」をテーマに選んだ。
     4歳から11歳の15,6名の子供達に、心臓関係のクイズと聴診器で心臓の音を聞いてもらい、そして自分の脈を触れてもらう内容にし、「命と生きる」を考えるきっかけになればと願った。心臓が一日約10万回動くのには驚いていた。私が感動したのは、子ども達が聴診器で自分の心音を聴いた時だ。一瞬目を見開き口が開いた。初めて自分の心臓の音を聞いた驚きと感動があった。更に私の胸にぐっときたのは、全員が真剣に脈を触れ数えている姿だ。ひと言もしゃべらず、右の指で左手首の動脈を触れていた。自分の知らないところで、心臓が一生懸命働いていることを指に感じ、自分の命を確実に直に感じとった姿だった。部屋全体に命の気高さが醸しだされ、今日は来て良かったと思った。
     最後に子ども達にエールの詩を贈り、私の話を終えた。その詩を披露します。


     「ありがとう 心臓さん」

       心臓さんは
       みんなの命をまもっている
       寝ないで頑張っている
       ありがとう!と言ってあげよう
       心臓さんに感謝することは
       生きることです
       あなたが困っているときは
       心臓さんは元気をくれる
       あなたが前に歩き始めるように
       あなたが嬉しいときは
       心臓さんも喜んでいる
       あなたといっしょに
       あなたが寂しいときは
       心臓さんも悲しんでいる
       あなたの友達だから
       あなたが生きているかぎり
       心臓さんはあなたを助ける
       決してひとりぼっちにはしない
       だから生きよう
       安心して
       いっしょうけんめい生きていこう
       あなたの
       きみの
       夢をかなえるために
       そして
       ともだちやみんなを
       助けるために
       心臓さんといっしょに
       生きてゆこう
       どっくん
       どっくんと

     この話をしながら、 “もうおねがい ゆるして ゆるしてくださいおねがいします”を書き残し亡くなった5歳の結愛ちゃんを考えていた。子ども達に不条理な出来事が訪れることなく、あの若竹のようにまっすぐに夢を叶えるまで生きぬいて欲しいと願い、そして私自身、戦争はもちろん虐待という不条理を許さない信念を持ち、身近な子ども達を見守ろうと心に誓った一日だった。


      竹の花




    2018年5月28日(月)
    「心を寄せる媼」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     帰っていた、親燕が。先月号で綴ったあの「燕」だ。古巣で抱卵している親燕2羽を確認した時は、欣喜雀躍だった。5月12日黄色い嘴(くちばし)を4個確認。5月24日巣から今にも飛び出しそうな勢い。巣立ち率は50%と低いので、無事な巣立ちを祈る一方、この癒される風景が見られなくなるのは、寂しいなあと思う。でも今は診療開始前に巣を眺め、頑張れと声をかけるのが楽しみだ。
        大口の嘴四羽麦の秋 明寛
    この心地よさにヒビをいれているのが、「日大アメフト部の危険タックル」だ。タックルをした選手は、会見で反省していたように、悪い。どんな事情でも、自分で正しくないと判断した事はやってはいけない。しかし人は弱い存在だ。以前綴ったように、私も自分の弱さ故に、小学5年の時、担任から痛い鉄拳をもらった苦い思い出がある。 この事件で腹立たしいのは、監督コーチの姿勢だ。事の真相はさて置いて、会見時の二人の発言、コーチのおどおどした態度、定まらない眼、監督の無感情な顔つき、ふてぶてしさに加え,信じてもらえないと思いますが、正直言って、本当のところ等と枕詞の多いこと、その不誠実さに腹だたしさが募った。育てる義務のある学生、スポーツをする愛弟子を慈しみ守り、過ちに苛まれている子に寄り添う誠が微塵もなかった。憔悴した学生を突き放し、保身に徹していた会見の姿だった。
     私はこの会見を聞きながら、ふっと法隆寺の玉虫の厨子が浮かんできた。国宝にもなっているあの厨子だ。壁面の一枚には、釈迦が崖から飛び降りて、飢えた虎に自分の肉体を捧げたという「捨身飼虎」の絵が、美しい玉虫の羽で描かれている。中学時代に釈迦の全ての命を救うという思いの広さ、深さ、強さに身が震えたのを覚えている。
     なぜ監督コーチの会見を観ていて、この絵を思い出したのか?釈迦の肉体は、現世の権力・名声・営利を表している。捨身飼虎の絵は、釈迦が現世の価値を投げ捨て、全ての民を救う道を歩みだしたことを意味している。この監督コーチは、弱き生徒を救う道より、今持っている権力・名声をしゃにむに守る道を選択したのだ。誰も釈迦の悟りの境地を求めているのではない。弱き学生、愛弟子に心を寄せ、真実に真向かう誠を示す境地に立ち、苦しくともその立ち位置に居て欲しかった。
     こんなモヤモヤした、明鏡止水という心境からほど遠い状態で、診察をしていた。そこに登場したのが87歳の媼(おうな)だった。菜園いじりし天童よしみが大好きで、お嫁さんを褒める小柄な方だ。その方が診察後に「嬉しかった~。おいしかった~」と話し始めた。めい御さんに宮崎県のグルメ処に連れて行ってもらい、ご馳走して貰ったのだ。この方が、めい御さんの母親を、よく見舞って励ましてあげたお礼だった。何にもしてあげられず、見舞に行き声をかけただけだったと謙遜されたが、これぞまさしく「心を寄せる」行いなのだ。この方は、死にたいという人を励まし、隣人の不幸を心から悲しみ、困った人を放っておけないと日頃から話していた。何かを求めて行っているのではない。唯心の赴くまま、弱き人、困った人、寂しい人を突き放せずに心を寄せているのだ。この方の顔は、優しい柔和な微笑みを湛えており、私もその顔を見るだけで癒されている。
    件の監督コーチに、釈迦の捨身飼虎の境地は無理だが、この媼のような「心を寄せる」心根は備えておいて欲しかった。
     心配なのは、あの学生だ。心の傷をゆっくり癒し、今般の事で学んだ事をじっくり熟成させ、臆することなく人生の王道を歩んで欲しいと願い、遠くから心を寄せていきたい。
     親燕は今日も餌を運び、子燕は大口を開け巣から身を乗り出している。「育てる」という時間は、本来美しく輝いているものだ。







    2018年4月26日(木)
    「燕の振る舞い」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     雨上がりの朝、診療所に到着し空を見上げると、電線に一羽の燕を見た。燕の初見だ。燕は首を傾げて診療所の方を見ていた。そこには去年の巣が残っていた。ひょっとしたら、この燕は昨年来ていた燕かもと思った。そう考えると、燕がとても愛おしく思えた。でも燕は巣に戻ることもなく飛び去っていった。
     首かしげ古巣見てをりつばくらめ  明寛
     燕が首傾げたのは、私への再会の挨拶、会釈だったのでは、きっとそうだ。あの首の傾げかたには親しみが漂っていた。そう思うと、今日も一日楽しく仕事ができるようで、スキップしそうになった・・が止めた。72歳という主が、ドスのきいた声で「やめとけ!」と自制を促したから。隣の幼稚園から、園児の弾んだ挨拶が聞こえてきた。「せんせい おはようございます!」すると「は~い、おはよう。〇〇ちゃん!」と返事があった。挨拶の交換だ。
     あいさつ、そう挨拶っていいもんだなあとしみじみ思った。挨拶しあっている空間には、邪気が入り込む隙は皆無だ。挨拶は人を近しくする、素晴らしい術、素敵な方便だ。  そういえばいつだったか、診察の合間にとても良い話を聞いた。
     ある媼(おうな)が、「私は子供のいる都会に遊びに行った時でも散歩します。そして散歩道で出会った人みんなに、『おはようございます』と挨拶するんです」と言われた。私が「知らない方にもですか」と尋ねると、「はい、みんなにです。返事する人もいるけど、返事を貰わなくてもいいんです。返事貰わなくても損することもないんで・・」と淡々と言われた。知らない人同士がすれ違いながら挨拶する経験を、私もしたことがある。数年前に誘われて傾山に登った。狭い登山道で、すれ違う人同士声を掛け合った。「こんにちは!」と。一言の挨拶が、お遍路の「同行二人」の空海ように励ましとなり、喘ぎながらも登頂の喜びを味わえたのだ。
     媼は続けて言った「朝起きたら、お嫁さんに先ず挨拶するんです」と。私の好奇心は俄然燃え上がり、聞き耳を立てると「『おはようございます。今日もよろしくお願いします』と挨拶し、孫達にも『おはよう』と挨拶します。嫁はとても面倒見が良いし、孫たちは知らない人にもよく挨拶するいい子だと聞かされます」と続けられたのだ。
     その話を聞いて、挨拶には力がある、人と人を近づける、仲良くする力があると思った。
     挨拶は人と人を近しくする、そうだ!挨拶にはそういう意味があったことを思い出し、雑記帳をめくった。こう書き記していた。
    “挨拶。一挨一拶(いちあいいっさつ)が語源。出典「碧巌録」23則。「・・衲僧門下に至っては、一言一句、一機一境、一出一入、一挨一拶、深浅を見んことを要し、向背を見んことを要す」意味:禅僧の悟りの深さを見るには、ひと言、心の動き、やり取り、一つ一つの切り込み(一挨一拶)で分かる。「挨」は迫る意味、「拶」も迫る意味。「挨拶」はお互いに身をすり寄せること”
     つまり挨拶は、人と人が近しくなり相手を知るということなのだ。
     媼は更に素敵なことを言った。「挨拶は、自分のためにしているのです。誰も見ていなくても天が見てくれていますから」と。何のために生きているのか、何のために仕事しているのか?人は疑問に思い悩むことが多い。何故か?何か見返りを求める魂胆が潜んでいるから。この媼は「自分のため、天が見ている。それで十分」と知覚している。私はこの方の生き方を心から敬服し、多くを学んだ。
     帰宅時に燕の古巣には、リニューアルの気配はなかった。でも待ち続けよう!朝の燕の雰囲気、首を傾げた振る舞いは、「帰って来ました、今年もよろしく」の挨拶だったと思いたいから、いや確信するから。







    2018年3月26日(月)
    「春の夜の色談義」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     暖かい!春をしっかり感じる日、3・11の日だった。日本中が悲しみを分かち合った。15,895人の亡き人を慰霊し、2,539人の行方を海に海岸に探す人の映像がテレビに流れていた。ふと庭を見ると咲いていた、福寿草が。
     地震(なゐ)ありし日に咲き初めし福寿草 明寛
     腕伸ばし亡き子掴め(つか)と春の海   明寛
     3・11の日は、今日ここに生きている命に感謝し、大切に生きて行こうと確認する日となり7年目を迎えた。
     さて診察室に80歳過ぎの媼(おうな)が入って来た。赤と茶を背景に緑がいい模様の上着を着ていた。「わ~いい服ですね」と声をかけたら、恥ずかしそうに肩をすぼめた。そして照れ笑いしながら「いや~派手ですよね。変な目で見られるから着たくなかったのですが・・・娘が送って来たので、着なきゃ悪いと思って・・」と言った。私は「いい!似合う。気持ちが明るくなるでしょう」と言った。「そうかな、ちょっと若過ぎますよね、この色は」と言ったので「外国の老人は真っ赤な服を着ているよ。日本人は、老いたらグレーやこげ茶色、黒と地味な色を選ぶのが相応しいという考えがあるけど、黒は男らしい、赤は女らしいという価値観が、歴史のなかで刷り込まれてきたからだけど、考え方は変わるんですよ。どうです今の若者は、男でも真っ赤を着ているじゃないですか。その服を着ると、気持ちが前向きになるんじゃないですか」といった。媼は「・・そうですね、出かけようかなという気持ちが湧いてきますね」そう答えた。「いいじゃないですか、そんなに元気づける薬なんか世の中にないですよ。自信をもって明るい服を着てください」と声をかけて診察を終えた。
     媼のうしろ姿は、いつもと違って背筋が伸びて歩き方もシャンと見えた。
    さて色の話と言えば、ある春の夜、美術教育賞受賞者と談笑した。受賞理由は、姫島村の小中学生が、自分達で収集した島の植物や鉱物から取り出した色で、好きな絵を描くことで島の魅力に気づき、成績も各段に上がったという事だった。 この研究はテーマが広がり、盲目の子供達が色を学び触れ合う中で、子供達がいきいきし感性も豊かになったという成果を聞き衝撃を覚えた。
     目を閉じてみた。目の奥には黒と明るさの白がうごめいていた。青をイメージすると、海と空が見えた、が感動はなかった。何故か?晴眼者にとって色は当たり前のものだから、盲目者ほど心を動かさないのだろう。
     話は盲目の子供達が、どのようにして色を見ることができるのかというテーマになった。
     色には表現力がある。赤には、活力や情熱、怒りを感じる。緑には安らぎ、平和を感じる。確か盲目のピアニスト辻井伸行氏は、現実の色は見たことがないのに、音には色があると語っていた。確かに音楽を聴いていると、いろんな色彩のある情景が浮かぶ。ここにこのテーマを理解する鍵があるように思えた。
     それは五感だ!視覚・触覚・聴覚・味覚・嗅覚の五感だ。この感覚達は仲が良い。だから助け合うのだ。盲目者の視覚能力は弱いけど他の感覚は冴えているのだ。聴覚・触覚・味覚・嗅覚が視覚を補い、「色」を作り上げるのだろう。
     明恵上人に“あかあかやあかあかあかやあかあかや あかあかあかやあかあかや月”という歌がある。この歌を目で見ても目を閉じて読んで音を聞いても、スーパームーンが浮かんでくる。文字や音にも色がある証だ。
     春の夜の談笑は、いろいろと色の世界を巡り愉快だった。でも色事の世界には踏み入らなかった。
    3・11には、津波のどす黒さと火の海の真っ赤がへばりついているが、いつの日にかは、3・11の日の皆の心に、福寿草の黄色が満ち溢れることを願ってやまない。







    2018年2月26日(月)
    「なんにもできない・・・」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     通勤途中の庭先に、黄色い線状の花びらが青空に弾けていた。マンサク(金縷梅)の花だ。数年前にこの花を初めて知ったが、「マンサク」の語源は、春に先ず咲くの意味で、東北弁の「まんず咲く」からとか。好きな花だ。眺めていると、春を待ちわびていた気持ちを愉快にしてくれる。孫も身軽になったのか、急に這ってくるスピードが増してきた。
     まんさくや這い来る手足速さ増す 明寛
     春到来、木々の芽吹きも始まり、さあ元気に歩もうという、今、“ああ それなのにそれなのに ねえ おこるのはおこるのはあたりまえでしょう”というフレーズの歌があったが、まさにこの歌詞のように、怒りたくなるような呟きを診察室で聞くことが多い。
    「足腰も痛く、目も薄くなり、なんにも出来なくなった。死んだほうがましじゃ」という類の呟きだ。気持ちは分かる。でもそう言いながら、毎月受診されるところを見ると、死にたいんじゃなくて生きたいのだと確信し、真剣に診察している。
    確かに人は何のために生きるか?難しい問いかけである。古今東西の思想家や小説家、がこのテーマで多くを書き残している。聖書には「人はパンだけで生きるものではない。神の口からでる一つ一つの言葉で生きる」(マタイによる福音書4-4)とある。私はキリスト教者ではないので、信者の方がどう解釈されているのか分からない。私は、ただ食べるために生きるのではなく、生きるために食べるという方向性の考えであるが、では「何のために生きているか?どう生きるか」という問いは、今のところ考え続けるしかない。
     最近新聞で読んだ詩がある。とても胸に響いた詩なので紹介する。
     親孝行って  佐藤瑞華(中1年)
      親孝行ってお父さんやお母さんの
      お手伝いをすることなのかな
      一番何をすれば喜ぶだろう
      そっと聞いてみた
      一番いい親孝行は
      私たちが生きている事なんだって
     この詩を読んだ時に、生きていることの素晴らしさ、大切さを子供にしっかり教えた両親に拍手した。この子は、親が生きている間は勿論、親が亡くなった後でも、困難に出会い心が折れそうな時には、この教えを思い出し、間違っても「死にたい」とは呟かないだろうと確信した。
     ある日「何にもできなくなった、死んだほうがましだ」と呟いた媼に、この詩を読んであげた。反応は苦笑いだった。その笑いがいい意味であることを願って診療を終えた。
    今年の読売文学賞を受賞された保苅瑞穂氏の紹介記事で、フランスの哲学者モンテーニュの「エセー」の一文が紹介されていた。
    『人は「私は、今日は何もしなかった」とか言うのである。「何をいうのだ、きみは生きたではないか。それがきみの仕事の中で根本の仕事であるばかりか、一番輝かしい仕事なのだ・・」』と書かれていた。
     この文を読んだ時に、あの3.11の東日本大震災を思い出した。あの時に「生きている」「帰る家がある」ということの有難さをしみじみと感じた。「普通の生活」を毎日味わえる喜びを心底有難いと思った。これは私だけでなく、ほとんどの日本人が感じた真実だと確信する。
     今みてきたように「生きている」という価値は、歴史的哲学者モンテーニュと市井の民である中学生の親の考えは、同じだった。人の価値は、何かができる(能力)かでも、何かを持っている(財産)でもなく、生きている(存在)で十分なのだ。 
     季節の歩みは速く、マンサクから蝋梅、白梅紅梅へと春の足音が高くなっている。なんにもできないと嘆くより、今を生きていることを喜び、春の足音をゆっくり楽しもう。







    2018年1月26日(金)
    「戊戌の幕開け、あれこれ」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     明けまして おめでとうございます
    皆様には馥郁とした香りの中で、新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。元日の朝、ごそごそ起きだしベランダに立った。日の出を拝むためである。しかし高尾山稜線には雲がたなびいていた。残念!と思った時、雲の切れ間から初々しく光が射してきた、元旦だ。もろもろを込めて合掌した。
     元旦をもろ手に包み年男 明寛
     今年の3社参りは、地域の氏神である松阪神社、八坂神社そして大国社にした。初めて参った大国社は印鑰(いんにゃく)様と言われ、祭神は大國主命だ。小さな鄙びた神社だ。印鑰の印は国司の使う印章、鑰(にゃく)は租税を収納した倉の鍵である。つまり、豊後風土記記載の大分群の印と鑰を祀る神社らしい。しかしこの神社参拝では、正月早々驚かされた。お賽銭箱に近づき、お賽銭を入れようと手を伸ばしたら、リリリ~ンとけたたましく警報が鳴ったのだ。びっくりして後ずさりして辺りを見回した。どうやら賽銭泥棒防止と思われた。その後絵馬に願い事を書いている間にも、参拝者が賽銭を入れる度に鳴る警報音に、なんだか今の世のせつなさを、ひひしと感じた今年の初詣だった。
     4日は仕事始め、職員朝礼では人の幸せと言われる「長寿、富貴、康寧、好徳、善終」の五福の話をした。すなわち「長命であること」「裕福であること」「丈夫で安らかであること」「道徳を好むこと」「天寿を全うすること」だ。自分たちの仕事は、この中の三つ「長寿・康寧・善終」に関わっている仕事だから、誇りをもって頑張ろうと訓示した。 昼頃、私共法人理事長から届いた年頭所感に、組織として「レジリエンス(柔軟性・適応力)」を持とうとあった。レジリエンスが脳裏にへばりついた。この診療所を、厳しい環境に適応させ、どう運営していくかという課題が突き付けられた言葉が、「レジリエンス」だった。ちょっと心が折れそうになった。
     そんな心地で83歳の媼の診察をした。「正月は元気でしたか」と尋ねた。「年越しは一人だった。子供から”大丈夫か“と電話が来た。 ”大丈夫”とこたえたが、本当の所は、寂しさが募っていた。心配させてはいけないと必死に堪えて声がふるえた」と話してくれた。正月に折れそうな心の媼に、かける言葉を必死に探した。帰り際にふと出てきた言葉があった。薩摩生まれの歌手、長淵剛の「きばいやんせ」の歌詞に、それはある。「きば~れ、きば~れ きばいやんせ(頑張れ頑張れ 頑張って)」 媼の後姿に薩摩弁で呟いた。心折れそうな病み人を支えるのに、医療者までが、心折れたらだめだと深呼吸した。
     ああでも世の中には必ず救いの神がいる。「先生始まったな“西郷(せご)どん”が」と翁が言った。大河ドラマ「西郷どん」のこととすぐ分かった。明るい声で「私は西郷さんが大好きだ。西郷どんを、毎日放送してくれたらいいんだが。NHKに頼もうかな。それくらい好きなんです」と続いた。西郷隆盛、わが故郷の英雄だ。西郷南洲翁遺訓〈二十一条〉に、己に克つ極意は、私欲をむさぼる心を持たない事、自分を必ず通そうとしないこと、こだわりの心を持たない事、独りよがりにならない事、これが「敬天愛人」に繋がると書かれている。足元にも及ばないが、西郷の教えを良しとする私に「西郷さんが好き」と言う人が、清川町にいてくれたことが嬉しくなり、今年も心折れることなく我が道を歩んでいこうと思える元気を貰った。
    s  今年の干支の戊戌には、茂った草木を伐採し、新しい芽吹きを待つという意味がある。新年は、いろんな人や出来事、言葉等との出会いから始まった。これらが年男である私を涵養してくれることを期待し、日々を歩んでいこう。今年も、清川診療所・もみの木・三つ葉を、よろしくお願い申しあげます。






    2018年1月19日(金)
    「地域包括ケアに必要なネットワーク 〜うすき石仏ねっとの挑戦〜」 三重東クリニック 事務長 甲斐敏幸 

    1月18日の夜、豊後大野市医師会主催の木曜セミナーの講演を宇都宮院長と一緒にお聞きしました。院長は以前より素晴らしいシステムだと認識されており、私も名称や考え方は知っていましたが、ここまで進んでいることに大きな驚きを覚えました。地域包括ケア充実の一つの手段、というよりも基礎となるべきものですが、これがなければ効率的な連携は不可欠です。健康であり続けるためのライフラインであると言っても過言ではないでしょう。一つ一つ順を追って説明していきましょう。講演をしていただいたのは、臼杵市医師会立コスモス病院副院長の枡友一洋先生です。

    [臼杵市]
    大分県臼杵市は、九州の東に位置し、リアス式海岸に面した静かな城下町です。小説家の野上弥生子、文学者の吉丸一昌を生んだ町です。隣の津久見市出身の伊勢正三さんが作った「なごり雪」は映画にもなりましたが、ロケ地はほぼ臼杵市でした。住みたい田舎ベストランキングでは、総合部門第3位です。人口は平成29年12月1日現在で、37,644人(男性17,719人、女性19,925人)です。枡友先生が勤務されているコスモス病院は、昭和41年に開院し、市内唯一の急性期病院として、現在202床を有する災害拠点病院となっています。ただ、高齢化の波は避けられず、現在38%で、人口減少・高齢化率の上昇の対処を模索しています。隣接の大分市に近く、高度医療は大分市の病院にお任せし、患者さんが地域に戻ってからしっかりと診ていこうという趣旨に徹しています。

    [石仏ネット]
    臼杵市には平安朝後期の作と言われる国宝のホキ石仏群があり、名称はそこから由来しています。目的は、「患者様のプライバシー保護を厳重に図りながら、診療情報、介護情報の一部を、参加機関間を結ぶネットワークで共有し、診療・検査などから得られた多くのデータを元に治療法を検討し、わかりやすく説明を行い、質の高い安全な医療サービス、介護サービスの提供を可能にすることを目的としています」。

    [遠隔]
    平成15年、医師会の地域医療ネットワーク実験で、検査データの閲覧から始まり、情報化協議会の設立、画像データの閲覧、医師会プロジェクトチームの発足、調剤薬局連携、歯科医院連携、消防署通信指令室連携、介護事業所連携、市役所端末設置、健診データ共有、と拡張しています。併せて平成23年には、厚生労働省が在宅医療連携拠点事業を開始しました。

    [システムと機能]
    いわゆるデータ集約統合型データベースというもので、双方向で同意者による閲覧許可(共有期限は60日)となります。登録者は、「石仏カード」を持ちます。インターネットではなく、臼杵ケーブルネット網でつながっており、連携の質を向上させるために、メールは顔写真が添付されています。顔写真を見せることで相手を覚え、コミュニケーションが向上します。また、先生宛のメールではなく、診療所宛になることから、事業所の誰でも閲覧可能となります。レセコンとネットサーバーがつながり、薬歴情報や診療情報が閲覧できます。糖尿病手帳を持っている方は、記載されたデータを電子化され、糖尿病連携画面で即座に情報摂取が可能です。もちろん連携パス画面も用意されています。消防暑通信指令室は閲覧画面を見て、薬歴情報などを救急車に伝えることが可能です。歯科における連携はもちろんですが、東日本大震災で使用されたデンタルファインダーに対応しており、遺体検案にも有用です。このように、情報を共有することにより、多くの恩恵を登録者は受けることになります。診療、検査、介護、歯科、健康診断、学童検診、災害時、救命救急、そして事業所間のコミュニケーション手段となり、良好な連携を築くことになります。2012年の同意者数は484人でしたが、2017年12月では17,430人で、人口の46.3%になっています。参加施設数は、医療機関26、調剤薬局15、歯科医院18、福祉施設6、訪問看護2、介護事業所2で、総数98の参加事業所のうち、同意数94、稼働は87で88.8%です。公的機関からは、市役所、保健所、消防署、地域包括、健康管理センターが参加しています。

    [組織]
    うすき石仏ねっと運営協議会は、行政から3人、医師会から3人、歯科医師会から1人、薬剤師会から1人、介護施設から1人で、合計9人の理事で構成されています。

    [国からの交付]
    クラウド型のネットワーク構築については、以前より総務省が進めていますが、施設の参加等を含め利用率向上につながらないというのが現状です。日本医師会も大規模専用ネットワーク構築を考えていますし、内閣府、厚労省なども進めています。石仏ネットは平成29年度の総務省のクラウド型HER高度化補助事業において、全国で16の交付先の一つとなりました。大分県の医療情報ネットワーク構築を目指しており、既に中部医療圏の大分大学病院、アルメイダ病院、大分医療センター、天心堂へつぎ病院、津久見中央病院、北部医療圏では豊後高田市薬剤師会、宇佐高田医師会病院と連携しています。ポータルサイト構築による電子カルテ等の情報共有、情報基盤整備、地域における医療情報共有化の推進、これが3本柱となります。また、データ蓄積により出生から介護までの生涯データが記録化されることになり、これらの恩恵も計り知れないものになります。連携から調整・協調へ、そして統合され、住まいや生活支援、医療、介護、予防などに戦略をもって臨む規範を持つことになります。

    [検討課題]
    市の協力で母子手帳の電子化(ワクチン接種記録)を進めており、スマホのアプリ「ルナルナ」をインストールすることで、次の接種日をメールでお知らせ可能にしたり、データを記録化するように取り組んでいます。また電子署名などの機能も取り込めるようになります。

    以上は私がお聞きしたことや資料からの転載・記述であり、誤りがあるかもしれませんし、必ずしも事務局の確認を経て掲載したものではありません。例えば、個人情報、データ変換、入力、誤入力などの詳細な情報は現在のところ不明です。お伝えしたいことは、冒頭にも記したように、地域包括ケア確立の一助になり得ると考えるからに他なりません。また、そう希望しています。










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