三重東クリニック


last up date
2020/8/12
   

since Sep.2010


標榜診療科目
内科、循環器内科、小児科

診療受付
月〜土曜
(水・土は午前)

午前
内科・循環器内科・小児科
8:30〜12:00

午後
内科・循環器内科
13:30〜17:00
小児科
15:00〜18:30

休診日 日曜・祝日・年末年始

→小児科自動順番予約システムへ


■社会医療法人
 関愛会

■関愛会 清川診療所


<検査情報>
下記の検査が出来ます。
血液検査など、当日に検査結果をご説明できる検査が多いので、スタッフにご相談ください。

  • MRI検査
  • ヘリカルCT検査
  • 骨密度検査
  • エコー検査
  • 睡眠時無呼吸症候群検査(SAS)
  • 胃内視鏡検査
  • 大腸内視鏡検査
  • ホルター検査(24時間心電図)
  • 頸動脈エコー、血圧脈波検査
  • 各種血液検査
  • その他
     各種予防接種、訪問診療、禁煙外来、もの忘れ外来、肺機能検査、心電図検査、便潜血検査

    〒879-7104
    豊後大野市三重町小坂4109-61
    TEL 0974-22-6333
    FAX 0974-22-6341

    ■統括管理者・院長
    内科
    宇都宮 健志
    ■副院長
    内科
    飯尾 文昭
    ■内科医長
    循環器内科
    木﨑 佑介
    ■副院長
    小児科
    別府 幹庸

    ■清川診療所
    院長
    内科
    坪山明寛
    (水曜午前)

    関連施設
  • 清川診療所
  • きよかわリハビリテーションセンター もみの木
  • 三重東介護サポートセンター 三つ葉(三重東クリニック内)

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    お知らせ

    〜小児科の風邪症状診察時の対応について〜
    小児科の患者さまで、発熱や風邪症状の方は、カーポートを設置いたしましたので、そこで順に診察いたします。
    スタッフがご案内いたしますので、安心しておこしください。


    〜新型コロナウイルス感染症について〜 ※重要
    患者さまへのお願いです。
    発熱や咳などの症状のある方は、車で待機していただくようになりました。
    看護師が問診にお伺いいたしますので、お名前、車のナンバー、携帯電話の番号を受付までお伝えください。
    ご協力のほど、どうぞよろしくお願いいたします。
      三重東クリニック TEL 0974-22-6333



  • 循環器専門医師が着任いたしました。
    木﨑佑介(きざきゆうすけ)医師が着任いたしましたのでお知らせいたします。
    循環器専門医です。
    内科の宇都宮医師と飯尾医師におかかりの方で、木﨑医師の診療ご希望の方は、ご遠慮なく両名の医師にお申し付けください。

    <木﨑佑介医師 プロフィール>
    日本内科学会認定医・日本内科学会総合内科専門医
    日本循環器学会専門医
    日本プライマリ・ケア連合学会認定医・指導医
    日本医師会認定産業医
    日本DMAT隊員






  • 宇都宮医師は8月14日(金)を休診いたします。

  • 木﨑医師は9月12日(土)、14日(月)を休診いたします。


  • <検査情報>
     血液検査など、当日に検査結果をご説明できる検査が多いので、スタッフにご相談ください。
     MRI検査、ヘリカルCT検査、骨密度検査、エコー検査、睡眠時無呼吸症候群検査(SAS)、胃内視鏡検査、大腸内視鏡検査、
     ホルター検査(24時間心電図)、頸動脈エコー、血圧脈波検査、各種血液検査、その他、
     各種予防接種、禁煙外来、もの忘れ外来、肺機能検査、心電図検査、便潜血検査

  • 小児科での受診はWEB予約をお願いいたします。
     予防接種の際は必ず「母子手帳」をご持参ください。


  • 清川診療所は坪山明寛医師が月曜日から金曜日まで診療いたしますが、水曜日の午前は三重東クリニックで診療(完全予約)いたします。

  • 小児科 予約システムで、携帯電話やパソコンから診察の順番取りができます。
    「小児科の待ち時間について(お知らせ)」 (pdf) です。ご一読ください。
    ここからお入りください。→小児科自動順番予約システムへ

  • 予防接種等自費料金(接種名称・料金・ワクチン名)。予約制です。

    接種名称 料金ワクチン名
    🍒インフルエンザ 1回目 3,600円インフルエンザワクチン
    🍒 2回目 2,600円(小児)
    🌿おたふくかぜワクチン 5,500円
    🌱水痘ワクチン 7,100円
    🍒麻疹風疹混合ワクチン 9,800円MRワクチン
    🌴子宮頸がんワクチン(二価)16,200円サーバリックス
    🌵子宮頸がんワクチン(四価)16,200円ガーダシル
    🍓肺炎球菌ワクチン(十三価)10,300円プレベナー
    🍏ヒブワクチン7,800円アクトヒブ
    🍑肺炎球菌ワクチン(二十三価)8,300円ニューモバックス
    🌷二種混合ワクチン4,700円DTビック
    🌸日本脳炎ワクチン6,800円
    🌼BCGワクチン6,500円
    🌺ロタウィルスワクチン(1価)13,400円ロタリックス
    🌈ロタウィルスワクチン(5価)8,500円ロタテック
    🌿B型肝炎ワクチン(0.25ml)5,000円ビームゲン
    🌱B型肝炎ワクチン(0.5ml)5,000円ヘプタバックス
    🍒A型肝炎ワクチン7,000円エームゲン
    🌴不活化ポリオワクチン8,300円
    🍓四種混合ワクチン10,300円
    🍏血液型検査(自費)2,200円


  • 健康診断、特定健診を実施しています。
     法定健康診断 Aコース 7,000円(消費税込) 35歳、および40歳以上の方が対象となります。
     法定健康診断 Bコース 4,000円(消費税込) 34歳以下、および36歳〜39歳の方が対象となります。
     予約が必要ですので、ご連絡ください。


    ■スタッフからひと言(過去の記事です)
    2020年/


    ■甲斐ジムチョーの読書日記  

    ■甲斐ジムチョーのInstagram  


    ■患者さまからの声


    ■スタッフのエッセイ集です
    過去記事: /2019年(12篇) /2018年(13篇) /2017年(17篇) /2016年(18篇) /2015年(17篇) /2014年(19篇) /2013年(17篇) /2010年〜2012年(41篇)

    ■「翁のひとこと」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.7.20
    ■「尊敬すべき市井の民」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.6.23
    ■「ハムレットの教え」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.5.18
    ■「コデマリの頷(うなず)き」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.4.20
    ■「空箱の文字」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.3.26
    ■「じっと爪を見る」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.2.25
    ■「『も』の後は・・・」清川診療所 所長 坪山明寛 2020.1.27







    2020年7月20日(月)
    「翁のひとこと」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     鳴き声はなかった、でもいたのだ、1,2,3、みっつのカオが見えた。燕が孵化したのだ。リニューアルした巣を見つけた6月8日から約1ヶ月が経っている。写真を撮っていると電線に2匹の親燕が首を傾げていた。「よくやったね」と声をかけた。
               巣にならぶ口まだ開かぬ燕の子 明寛
     雛燕の並んだ顔を見たら、コロナと豪雨災害にいささか沈鬱であった心に、癒しの灯が点った。いや~命の誕生は嬉しいが、今年の燕の誕生はひと際嬉しかった。多分この親燕は、昨年蛇に雛を奪われた親燕だと思うと、祝福したい気持ちが一段と強くなった。これから毎日餌運びだ。傍にしばらく佇み眺め、カラスや蛇に人が見守っていることを見せつけておこうと思った。
     いい心持ちで午前中の診療を終え、昼食をとりながら見たTVはコロナ一色だ。夜の街、クラスター、PCR、3密、濃厚接触者と今年の流行語大賞候補の言葉が飛び交っていた。この日東京の新規感染者数が286名と過去最高を記録、司会者やいわゆる専門家が「どうするのか、都も国も明確な基準を示さない」「分かりにくい」「今なのかGO TOは」「重点は経済と感染拡大防止のどっちだ」など、確かな答えのない問だけが時を刻んでいた。画面の会話を聞くうちに、この国は一体どうなったのかと不安になった。
     この国は、75年前に国家の強制を拒み、一人一人が責任を伴う自由のもと、考え生きる道を選択し歩み始めたはずだった。それ故4月7日発出された「緊急事態宣言」内容は、自粛・要請・指示であり、禁止と罰則がない。自粛とは“自分から進んで言動を慎む(大辞林)”とあるように、感染症拡大防止のためには一人一人の責任ある行動が求められている。
     国から示されているマスク着用・消毒・3密を避けることを基本とした生活を、個人個人が自覚をもって遵守することが、新薬やワクチン登場までの感染防止策だ。国の仕事は、医療体制整備・経済活動への支援という社会崩壊防止網がほつれないようにすることだ。
     絶対的コロナ撲滅策のない現下では、経済活性化か感染防止かという二律背反の命題解決法は、当面試行錯誤だろう。
     現時点では感染をゼロにできないことを弁えて、国や自治体の指示を漫然と待つのではなく、一人一人がコロナ感染症への学びを深め、自分を守り他人に感染させない思いやりを持って、守るべきことを守り、旅や飲食、観戦、仕事を含めた日常生活を粛々と進めていけばよいと思う。民主主義国家の市民に求められる非常時の生活規範は、主体的に考え主体的に行動することだと思う。
     昼食後診療が始まると同時に、一人の翁(おきな)が訪ねてきた。診療ではなかった。他病院で貰った薬で便が出ないと、2日前に相談に来た方だった。薬を調べ飲み方だけを変えてみるように指示した。今日は、便が出て楽になったお礼を言いに来たのだ。嬉しそうに言った「ありがとう」を聞いた時、私は“えっこんなことで・・?”と面映ゆかったが、喜ぶと同時にこの方の生き方を尊敬した。
     何故か?この方は排便の喜びと感謝を伝えるのが、人として自然だと思い、そのことを誰かに指示されたのではなく、自分で考え、間を置かず伝えに来たのだ。私は、実にシンプルなことではあるが、この方の主体的に考え、迷うことなく主体的に行動する生きる姿勢に新鮮な感動を覚えた。
     人類に自然とどうバランスをとって生きるかの公案を、コロナウイルスに突き付けられた今、ただ怖れるのではなく静かに落ち着いて主体的に考え、「自分を守る」「他人を思いやる」心をもって、普通に生きていきたい。「ありがとう」の翁の言葉には、誠実さしかなかった。私に尊い一期一会を授けてくれた燕たちに黙礼し帰宅の途についた一日だった。



    2020年6月23日(火)
    「尊敬すべき市井の民」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     6月初めの月曜日だった。車を降り歩き出した途端、何かが目の前を動いた。一瞬だった。何だったんだろう?怪訝に思いつつ、歩みを進めた。幼稚園から「○○ちゃん、おはよう!」の弾んだ先生の声がした。そしていつものように診療所軒下を見あげた。なんと壊れていた燕の巣がリニューアルされていた。黒々と瑞々しく、中華料理のツバメの巣には程遠いが、私には美しく思えた。昨年は残酷にも蛇?にやられた。目を凝らすと燕の尾、きりっと尖った尾が動いた。抱卵だ!そうか、さっき目の前を動いたのは、引っ越し蕎麦はなかったけど、燕の挨拶だったと合点できた。いや~嬉しかった。コロナで塞ぎ気味の心に涼風が吹き込んだ。「頑張れよ、蛇を見たら啼け、助けに駆けつけるから」と呟いた。
      新築の巣に抱卵の燕尾かな 坪山
     いい気分での診療始まりだ。何かある予感がした。やっぱり現れた、94歳の媼(おうな)、健康診断だ。話声にも顔にも「元気」があった。診察を終え“素晴らしいですね、94歳で溌溂されて・・”と話しかけた。昔は先生で、白山から山を2つ越え木浦小学まで歩いて通った。3時間以上かかった。追いはぎが出るとの噂があり怖かった。幸いに出会わなかった。この方の話を聞きながら、この山越えは、きっと梅津越えだと思った。この峠のことは、旗返し峠とともに西南戦争で西郷軍が政府軍と攻防を繰り広げた場所なので知っていた。自分は車で二宮金次郎像のある木浦小学校まで走ったことがあった。約15Kmの山道で、途中で不安になったので、媼の体力精神力に脱帽した。媼は話を続けた。
     いつだったか教え子達の同窓会に誘われて行ったら、みんな私よりおっさんになっていたと話した。教え子達が94歳の恩師に翻弄された姿を思い浮かべ可笑しくなった。主人は20年前に肺癌で亡くなった、タバコを吸っていたと話したので、そうですか残念ですね、と言ったら「煙草に毒と書いてあるのに止めなかった、よたれだった」と一気に話した。“よたれ”ってなんだ?意味不明語が出た。“よたれ”って、確かいろは歌にあったなあと思い呟いた。“いろはに・・ちりぬるをわか、よたれそつねならむうゐの・・”、いや違った、これは“わかよたれそ(わが世誰そ)“だった。仕方ないので「よたれって何ですか?」と尋ねた。う~んと頭を傾げ・・“どうしようもない”ということかなの返事。そこには、嫌味ではなく、好きな煙草を吸って亡くなったんだから良いという慈愛さえ感じた。今は独居生活しながら耕運機で畑を耕していると話して終わった。
     私はこの媼の、気負いも抗いも後悔もなく孤愁もなく、淡々と生きて来られ、生きておられる姿に気高く生きる姿勢を感じた。
     今世の中はコロナ騒動の中にいて、どうなるのだろうという不安のなかにある。こういう時に、普段あった社会の回復が確かに来るという希望が持てるのは、名誉と地位を金で買うような議員の存在ではなく、まさにこの媼のような名もなき市井の民が、どっしりと足を地につけ日々を生きているからだと思う。
     ギリシア文化隆盛のリーダー、ペリクレスの言葉に「市民の多数が参加する吾らの国の政体は民主政(デモクラツィア)と呼ばれる。・・試練にわれわれの一人一人が持つ能力を基とした決断力で対する・・、われわれは美を愛する。われわれは知を尊ぶ。貧しいことは恥ではない。だが貧しさから脱出しようと努めないことは恥とされる」がある。(塩野七生著「ローマは一日にして成らず」)
     私は診療所8年目だが、清川の方々は、ペリクレスの述べている市民としての資格を持った方々だと感じながら、多くを学ばせてもらったと感謝している。コロナの不安は一気には消えませんが、必ず人類は勝利します。今少し油断せずに日々を生きぬきましょう。



    2020年5月18日(月)
    「ハムレットの教え」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     中九州道路千歳インターを降り川辺までの運転は、ウキウキする。麦秋の真っただ中に、身一つ放り出したい感じになるのだ。コロナの憂さも、コロナに感染する恐れも、熟した麦の穂の黄に溶け去るのだ。でも小学生のランドセルの揺れや語りあいじゃれ合い通学する姿が見られないのは、やはり寂しい。
        感染のリスクも忘れ麦の秋 明寛
     4月16日発令の「緊急事態宣言」が5月14日大分県も解除された。発令から約1ヶ月、大分県の最後の感染者が出た4月21日(60例目)からも約1ヶ月であり、他国と比較して短いなと思った。感染予防策を守った実直な県民性の賜物だと喜びを感じた。
     しかし油断は、ゆめゆめするべからずだ。この新型コロナウイルスは、狡猾かつ智慧者なのだ。まるで忍者みたいに忍び足で人体に侵入し、弱者は瞬く間に徹底的に苛め、強者にはゴマすって仲良くしているという、厄介さを備えている。ワクチン接種体制充実やインフルエンザ治療薬のタミフル程度の薬が使用可能になるまで解放感は味わえないのだ。
     国は「新しい生活様式」の実践を提示した。感染防止では①身体的距離確保②マスク着用③手洗い、日常生活では①三密回避②体温測定など健康管理だ。他に買い物、交通機関利用、働き方など結構細かく生活様式が示された。是非一度は「新しい生活様式」に目を通しておくことを望みたい。
     「新しい生活様式」には、今までとは異なった語句が使用されていた。それは「身体的距離の確保」だ。これまでは「ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)の確保」という語句だった。これはとても良い変更だと思う。世界保健機構(WHO)もフィジカル・ディスタンス(身体的距離)を使っている。社会的距離をとることは、人と人の繋がりを断ち、社会的分断を思わせる。コロナ感染症拡大防止で大事なことは、人と人の身体的距離(約2m)を取ることであり、むしろ人と人の心の繋がり(思いやり、寄り添う、支えあう)、人と社会との関係性という社会的距離は、近くまた強くあるべきなのだ。新型コロナ感染症拡大防止策は、身体的距離は遠くとり、社会的距離は近づけなければならない。
     孤独感に襲われ憂うつになりがちな今、社会的距離を近くするには、電話(テレビ電話)やメール、手紙、目礼、手で合図、マスクつけての会話などで支え合うことが肝要だ。  さて「新しい生活様式」には、これまでの日常でも実践していたこともあるが、やってこなかったこともある。これからは「新しい生活様式」を、日常の生活習慣にしなければならないが、大多数の人にとってこれは難儀なことだろう。
    「習慣」と言えば、シェイクスピアの戯曲「ハムレット」の一節を思い出す。シェイクスピアが母の態度を改めるように説諭する場面で、ハムレットはこう言っている。
    「かの怪物であるところの習慣というものは、全ての感覚を食い尽くし、悪魔のようにふるまう。しかし、習慣は使いようによっては天使である。すなわち、良い行いを続ければ、この怪物(習慣)というやつは、同じようにそれにふさわしい衣服を与えてくれる。・・・続けていれば、その次はもっと楽になる。・・・習慣とは、素晴らしく有効なのだよ」(ハムレット第3幕第4場)
     つまり習慣は続けていれば、た易く身につくという意味だろう。私達も新型コロナウイルス感染症を機会に、再び襲ってくる感染症に慄(おのの)くことのないように、新生活様式が日常習慣になるように努めましょう。
     診療所も新型コロナ感染症疑い患者診察用の隔離診察室を、医師宿舎に設けました。心配な方は、事前に電話で相談して受診してください。最後に「身体的距離は遠く、社会的距離は近く」で、この困難を克服しましょう。



    2020年4月20日(月)
    「コデマリの頷(うなず)き」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     「ただいま」と声をかけ玄関にはいると、3歳と5歳の孫が迎えてくれるが、「コロナは大丈夫?」の問いかけがある。
    テレビも“新型コロナによる感染者数はこれまで最高・・・”。新聞の見出しは“緊急事態宣言・・・”。診察室でも“コロナはどうなるのでしょうね・・”。桜並木も人通りが少なく、桜吹雪にも物悲しさが漂っている。
     目にする世界、耳にする世界から、つい先頃まであった普通の日常が消えてしまった。
       足早に遠のく肩に散る桜 明寛
     ウイルスは人類の天敵、以前よりそう言われてはきたが、まさか目の前にその現実を見るとは。ホモ・サピエンスの現代人は30万年前にアフリカに出現、しかしウイルスは、40億年前にはすでに生まれ地球に居座っていた。ウイルスは毒液という意味をもっているように、人類を幾度も懲らしめてきた。人類はその度に打ち勝ってきたので、もう大丈夫かなと思っていたが、ウイルスは一筋縄ではいかない相手だ。
     人類を襲った感染症といえば、ハンセン病・天然痘・結核などが浮かぶが、これらは細菌感染症で抗生剤によりほぼ制圧できている。一方ウイルス感染症には、麻疹・水痘、エイズ、B/C型肝炎、インフルエンザなどがある。ウイルス感染症に対する治療薬は、C型肝炎、インフルエンザなど数少なく、ワクチンによる予防と自分の免疫力に頼るしかなく、人類にとって天敵と言われる所以だ。
     エボラ出血熱のエボラは川の名前、アデノウイルスのアデノは扁桃腺を意味するが、今私たちに戦いを挑んでいるコロナウイルスのコロナは、王冠を意味する。暴力的最強ウイルスはエボラウイルスだが、戦略を立て人類を利用し生き残る(共生)工夫ができる賢さという点では、まさにコロナウイルスは“王”に相応しいウイルスだ。どんな点が賢いかと言えば、新型コロナウイルスはSARS等と異なり、無症状な人でも感染力を持つ特性を獲得し、生き延びようと工作しているのだ。
     この特性を理解していないと、新型コロナウイルスから身を守ることはできない。日本で今予防策として勧められている3密(密室・密集・密接)を避けることは、確かにクラスター発生防止にはなるが、無症状の個人と健康な個人間での感染、いわゆる感染経路不明の感染防止策にはならない。
     では感染しないためにはどうするか?
     非常に辛いことだが、自分が感染者だと思い、人との接触を断つ(家にいる)ことが最善だ、譲って唾液等の飛沫が届かない距離(2m)を取ることだろう。失礼なように思うが、コロナウイルス感染予防策としては、人と接触しないことこそが、感染させない、苦しめないことになり相手を思いやることになる。 
     コロナ、コロナで心が荒み陰鬱になると、感染した時に強く働いて欲しい免疫力がグッと低下する。免疫力を高めるには、よく眠り、しっかり食べて、電話での会話を楽しみ、ラジオやテレビ鑑賞などで笑ったり、心をウキウキさせることが肝要だ。免疫というシステムこそ、人類の天敵であるウイルスに立ち向かうための最善の武器なのだ。
     ある日出勤すると、診察室にコデマリの花が届いていた。私の大好きな花だ。小さな風にも多くの花が仲良く一斉に頷く。その優しい姿に心が和む。また頷く姿は連帯の美しさ、力強さを表している。カミュは「ペスト」の中で、“ペストと戦う唯一の方法は誠実さである”と書いている。誠実さとは自分の役割を果たすことだ。今この状況下で、人はホモ・サピエンス(賢い人)として、不条理なコロナ感染症に希望をもって役割を成し、連帯すべきとコデマリの頷きは教えているようだ。 
     診察の合間にコデマリに語りかけた「人はコロナとの戦いに負けないよな」と。コデマリの花達は「勿論」と一斉に頷いてくれた。



    2020年3月26日(木)
    「空箱の文字」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     3月14日霙(みぞれ)の降る中、コロナウイルスどこ吹く風とばかりに、これまでで最速の桜開花宣言が東京であった。最速、いい響きだが、この開花の最速はちょっと複雑な心境だ。春の便りという意味では嬉しいが、異常気象ゆえの事象と考えると憂えるべき心境になる。でも自宅庭の福寿草が花弁を広げ、陽の光に黄色をひと際輝かせている姿を見ると、ほっこりした気分になった。春の妖精は背伸びして目覚めたようだ。
        小走りし腰落し見る福寿草 明寛
     いつまでも心地よくありたいが、そうは問屋が卸さないのが世の常。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」が人の世。
     最初の患者さんを呼んだ。この方に先ず尋ねるのは「ご主人は?」だ。最近は「食事がとれていない・・」「痩せた」「痛みがある」などが多く心配していた。今日も「ご主人は?」と尋ねた。「ダメでした」の言葉が、顔の陰りのなかに紡がれた。鉛のように私の胸の奥底に悲しみが落ちた。
     私はご主人に会ったことはない。奥さんを通して、椎茸作りに励み、工作が得意で、人生を楽しむ心豊かな方と思っていた。ある日猪がラグビボールをかかえているユーモラスな手掘りの木彫像の写真を見せてもらい、この方のユーモア心に魅了された。病が重篤な事態になっていることは察していたが、この日の報せは辛かった。
     この日に奥さんから聞いた話は、ご主人の真摯な生きざまを見たようで、私の記憶に残すことにした。
    亡くなる数日前、爪楊枝を容器から取ろうとした時、容器が胸に落ちて数百本の爪楊枝がこぼれ、首元から入り込み肌をチクチク刺して痛かったので看護師を呼んだ。しかしあろうことか、看護師は見ただけで「後で来ます」と出て行ったとのこと。
    ご主人は師長さんを呼び、この看護師を病室出入り禁止にした。そんなことがあった後奥さんが行くと、広げたテイッシュの空き箱に「優しい看護師になれ」の文字が、サインペンで書いてあったとのこと。この話を聞いて、私よりナイチンゲールが悲しんでいると思う。しかしこの方の姿勢には敬服した。どうでしょう、こんな時に人は往々にして、「お前なんか地獄に落ちろ!」等と恨みごとを叫び書くのでは・・。
    この方は「優しくなれ」の文字を選んでいる。「優しい」の漢字「優」は、人と憂の組み合わせだ。憂は思い悩む人がフラフラ歩く姿を表している。つまり「優しい」は、憂える人に人が寄りそうの意味だ。
    「優しくあれ」は、まさに医療従事者の基本的資質を表現している。ご主人は、医療従事者たるその看護師の行為を憂い、病に苦しむ人の傍に寄り添い、耳を傾け、手を差し伸べてくれよという願いを、「優しくなれ」と書いたのだ。
    「ビタミンの父」と呼ばれる医師高木兼寛は、「病気を診ずして病人を診よ」の言葉を残した。これは、医療従事者は病人の痛みの分かる心、優しい心を持てとの教えだろう。 ご主人がテイッシュの空箱に書いた心情を思うと、胸が痛み赦しを乞うしかない。
    ご主人は、息子さんに自分の葬儀のことを指示し、亡くなる数日前には一時帰宅し、息子さん達を指導して、立派な椎茸乾燥室を作り上げたそうだ。今その乾燥室で、奥さんは椎茸乾燥をしているとのこと。夜通しの辛い仕事だが、しっかりと造作されているので寒さもしのげ、ご主人の優しい気持ちに浸り、思い出を紡ぎながら過ごせる、温もりの空間になっているようだ。
    ご主人に会うことはなかったが、強く実直に生き、家族愛の強い人の生きざまを通して、大切なことを学び、寂しさの中にも充実感に満ちた診察日であった。



    2020年2月25日(月)
    「じっと爪を見る」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     蝋梅が終わり、白梅紅梅が通勤路に咲き、春の訪れを伝え始めている。いつもならウキウキ気分なのに、今年は新型コロナウイルス拡散に気もそぞろの昨今だ。
       新型菌くしゃみこらえて春散歩 明寛
     今世紀「ウイルスの逆襲」があると警鐘が鳴らされていた。エボラ出血熱、エイズ、SARS等があり、今度は新型コロナウイルスだ。人が自然界に深く侵入し破壊していることと関係している。新型コロナもコウモリの食用が疑われている。それにしても武漢の惨状は、カミュの小説「ペスト」のようで胸が痛む。個人的防御策としては、うがい、手洗い(アルコール、石鹸)、マスク、不要不急の外出を避ける等を遵守することだ。 
     治療法のない疾病には、不安と恐怖がつきまとう。かっては「国民病」と言われた結核がそうであり、癌も同じ立ち位置であったが、最近は治療法の開発により治癒率も向上して、10数年前ほどの不安はない。だが依然として難治疾患であることは否めない。しかし診療所で癌の病名を告げると、「仕方ないわ」とか「もう年だから・・」との発言があり、以前と比し動転されない方が多いのに、私は少しの驚きと大いなる敬服をしている。
     癌患者さんの平均年齢は、80歳を過ぎていることもあるのだろうが、死に対して淡々と向き合われているのだ。どこからこの達観した態度が生まれるのか考えると、答は唯ひとつのようだ。診察時の多くの語りを通じて見えてきた「がむしゃらに生きてきたので悔いはない」という自分の人生への自負と納得だと思う。でも高齢者が皆そういう境地かと言えば、そうではない面も見えてくる。 「もう年だから、いつ死んでも良い」という言葉の後に「役に立たなくなったし、迷惑をかけるから」と呟かれると、私は寂しい。
     「役に立つか立たないか」が、命や生きる価値基準であれば、「津久井やまゆり園」での植松被告の「役立たずは死んだ方が良い」の犯行を認知することになる。人の「命」は温もりにある。触れて温もりを感じられれば、人はそこに生を感じ存在を確認でき喜びを感じるのだ。だから遺族は「返してくれ、私の大切な子を」と叫ぶのだ。家族は大切な人の温もりの続くのを求め続けるのだ。
     ある日女性患者さんが来て、闘病中のご主人が危なくなり、ご主人も「今度はだめだ」と言ったと呟いた。こんな状況では「何をそんな馬鹿な事を言ってるの!」と叱咤激励するのが通常だ。でもこの方は「もう少しで梅が咲くよ」と言い、ご主人は「そうか‥梅は見たいな」と応じ、「梅の後には桜も来るし、孫の入学式もあるよ」と語りかけたら、ご主人は「そうか、桜も孫の入学式もみたいな」と応じたそうだ。この会話には、ご主人に生きて欲しいという家族の切なる思いと祈り、ご主人のもう少し生きていたいという願いが共鳴しあった素敵な会話で、役に立つかどうかは入り込む隙は無く、心に染みた。役に立たなくなったから死にたいと思ったら、爪を見つめて欲しい。爪がないと物をつかんだり細かい作業したり、躓(つまず)かずに歩くことができない。爪は目立たないが、大きな役割を健気にこなしているのだ。人もそう、役に立たないと思っていても、誰もが爪のようになくてはならない存在なのだ。
     啄木の歌に「はたらけど はたらけど猶わが生活楽にならざり ぢっと手を見る」<一握の砂>があるが、その歌をもじって「老いなれど 老いなれど尚わが命尽きざり ぢっと爪を見る」としたい。爪を見ていると、目立たずとも自分の役目を果たそうと、毎日0.1mmずつ成長しているその健気さに、心が動き、生きていることが愛おしくなるはずだ。
     命は温もり、生きていることに意味と意義があると信じて、一日一日を歩み続けたい。  

      “死は一切を打ち切る重大事件なり 如何なる官権威力と雖此に反抗する事を得すと信す 余は石見人森林太郎として死せんと欲す 宮内省陸軍皆縁故あれども生死の別るる瞬間あらゆる外形的取扱ひを辞す 森林太郎として死せんとす 墓は森林太郎墓の外一字もほる可らす”
     ―森鴎外の遺言状―

    「慎終如始則無敗事」(終わり良ければすべて良し)―老子 第64章―



    2020年1月27日(月)
    「『も』の後は・・・」 清川診療所 所長 坪山明寛 

     皆様あけましておめでとうございます。今年も診療所、もみの木をよろしくお願い致します。職員一同、誠意をもって皆様の健康保持および増進のために努めて参ります。
     さて今年は子の年、干支で言えば庚子(かのえね)です。この干支の歳は波乱多き年のようです。それでなのか国際的にはイランとアメリカの対立があり、中国武漢での新型コロナウイルス肺炎勃発と物騒なことが続発です。子といえばネズミ、子供の頃に屋根裏をネズミが走り回り、猫を飼い始めたらネズミがいなくなった記憶があります。
    そういえば、12支に猫はないですね。だからでしょうか、庚子の年が荒れるというのは・・。でもいまさら12支に猫を追加もできないし、なんとか平安であることを祈るしかありませんかね。
     初空に鈴の音飛ばし歩みだす 明寛
     年明けの診察室は明るい。挨拶も“おめでとうございます“からだし、話題も久しぶりに会った孫や三社参りなど寿ぐ話題が多い。正月に孫と言えばお年玉だ。最近はお盆玉もあるらしい。額は年齢によるが、いずれにしても孫の数が多いと額も相当になり大変です。
    私も孫だけでなく姪や甥など総勢15人にあげていたが、最近話し合って姪や甥については辞めて孫6人だけにしました。
     しかし正月でも楽しいことばかりではなく、難しい問いかけもある。私は考えるような問いかけは、大好きで大歓迎だ。
     70代後半の方が、診察後の話題のなかで問いかけてきた。
    「先生、寿命が延びるのも考えものですね。最近は“人生百年時代”と言われているし、私は後20年も生きていかなきゃならない。大変じゃなあ・・」と呟かれた。
     私は即座に言葉を返した。「○○さん、どうでしょうね、20年も生きていかなきゃじゃなくて、20年も生きていけるんだと考えたらどうでしょう」と。
    その方は、私の顔を見てちょっと怪訝そうな表情をした。「長寿を嫌がる昨今ですが、江戸の頃は平均寿命40歳でした。その頃であれば、74の私は多分生きていないでしょう。でも今こうして生きていて、孫も見られたし、医師としての仕事に喜びを味わえているし、長生きを喜んでいます。私は若い頃に両親も生存を諦めた病に罹ったけど、何とか回復してからは『一日一生』をモットーに生きてきた。後何年生きられるかは誰も分からないんです。折角頂いた命、その時までは生きていきましょう」と語りかけた。
     この方は「そうですね、20年も生きられるんだから、毎日を大切にして生きることにしましょう」と笑って帰られたのでほっとした。
     ひと呼吸おいて考えてみると、”も“という日本語の助詞は、おもしろいなあと思った。何気なく使っている助詞だが、もしこの方が”20年“は”生きなきゃならない“と言われたら、私は「そうですね」と応えて終わったかもしれない、いや終わったと思う。
     でも「20年“も”生きなきゃならない」と言われたので、ううん?と反応してしまったのだ。「20年は生きなきゃならない」と「20年も生きなきゃならない」では随分ニュアンスが異なると思う。
     ”は“の場合にはちょっと肯定的な意志が感じられるが、 ”も“の場合には消極的あるいは嫌悪的な考え方が強調されて聞こえる。
     助詞の使い方は、外国人が日本語を難しく思う理由の一つと言われるが、私達日本人でも使い方が難しく、誤解される場合が往々にしてあるので、診察室の会話でも気をつけようと学んだ一日となった。
     さて今年も診察に加えて、ちょっとした話題を契機に、生きるとは?幸せとは?健康とは?などの世界を探求する旅をしていきたい。







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