紫こむる山のなみ




今年、私が二十数年前に卒業した小学校に一人息子が入学した。

入学式があり、久しぶりに小学校に行ってみると、二十数年前とは校舎も体育館もプールもすっかり変わってしまっていた。でも、嬉しかったことは校歌が変わっていなかったこと。

小・中・高校をとおして、最も好きな校歌だった。しかし、その歌詞の意味がまったく解らず、まるで、お経か呪文のように歌っていた校歌。なぜか今でも、3番までの歌詞をほとんど覚えている。いつか正式な歌詞を書いたものを手に入れて解読しようと思っていた。そして、息子の担任の先生に頼んで漢字仮名交じりの歌詞を手に入れた。
紫こむる 山のなみ
ふむうぶ土に こだまする
我らむとせの 歌声を
 のぞみにのせる まなびやは
 栄光はゆる 大道校


短い詩の中で、断片的に情景が心に浮かぶ映像的な表現・・・
「もや」か「かすみ」の季節。遠くの山がブルーグレーに見える。それが夕方には紫に・・。
「ふむうぶ土」の意味は・・・・?「ふむ」は「踏む」。
「うぶ土」は「産土」。つまり産まれた土地の意味と思う。
「我らむとせの」は「我ら六年の」という意味かな?
「のぞみにのせる」という表現の仕方もよく理解できないけど・・・・・
でも、感じはつたわってくるよね。

やなぎ芽をふく いくとせか
はがいにそだつ 若たかは
ちからの限り ためすとき
 とばせ緑の もゆる海
 えいきはみちる 大道校


二番
「はがいにそだつ」は「羽交に育つ」
「羽交い締め」の「羽交」。羽を寄り添い、切磋琢磨して育つ若鷹。
二番の詩は、けっこう解りやすい。

こがね色なす 風たてば
五こくはみのる いにしえに
つなぐはちしお はらからの
 かいなは強く 意志かたき
 伝統輝く 大道校


「こがね色なす 風たてば」
金色の茄子?とずっと思っていた。「金色の風がふけば」っていうことだね。
次の「五こくはみのる」は「五穀は実る」。つまり「五穀豊穣」の意味。「五穀」は、五つの穀物、つまり、米、麦、稗、粟、それと豆だったか?「国が豊かな樣」という意味。
米とか麦が実って刈り取りの時、田んぼや麦畑が一面、夕日を浴びてその穂が金色に輝く。そこをさわやかな風がふくと、穂が波立つ。その樣なんでしょうね。
「つなぐはちしお はらからの」は「継ぐは血潮、同胞の」でしょうね。
「かいなは強く」の「かいな」は腕の意味。相撲の極まり手で「かいな・・・」ていうのがあった気がする。

この三番の歌詞が好き。とても小学校時代には理解できてなかった詩の内要だけど、小学校時代から三番が好きだった。


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小学校の校歌でありながら、小学校時代、その歌詞の意味はまったく教えてもらった記憶がないし、意味が解らなかった。しかし、全部歌詞を覚えていて歌えた。
大人になって、いつか歌詞を書いたものを手に入れて意味を調べたいと思っていた。

一年生の私の息子も、今、三番までほぼ正確に歌える。当然、意味など解るはずもない。

「児童が意味が解らない校歌は意味はない」なんて野暮なことは思わない。
いいじゃない、こうして大人になって郷愁に浸れるんだから・・・・

想像だけど、この校歌、戦前からあったんだろうな。とても戦後の歌には思えない。
そして、1930年以降の暗黒時代の歌でもなさそうだ。民族主義的色合いもあるけど、詩人の視覚的、色彩的な感性が豊かに表現されている。
今度は、この校歌がいつできたものか調べてみたい。
そして、その時代から引き継がれているものはなにか?そして、消えていったものは何か?違った世代で、同じ歌の感じ方が違うのか?

歴史や世代の大きな波を乗り越えた母校の校歌。
「変わらないもの」の存在が、なぜか心を落ち着かせる。

詩 加藤真一郎


 後日、この校歌のできた時がわかった。
 戦後に制定されたものだ。
戦前にできたという私の読みが完全に外れてしまった。
 そして、全くの偶然だけど、校歌の制定日は私の誕生日なのだ。なにか因縁めいたものを感じずにはいられない。偶然と言うことは間違いないのだが・・・・



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