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シェパード・ロビン:アメリカ 97/1/16

親愛なる友人の皆様

私はアメリカ人の一人として寺尾さんの広島での悪夢の体験を恐怖感なしには読めませんでした。私の母国アメリカが1945年のその日に行った極めて恐ろしい行為は国家の犯罪であり、私もアメリカ国民の一員としてこれに加担していることになります。

私は幼い頃、昭和32年から35年まで日本に住んでいたことがありますがそのことをとても誇りに思っております。おぼろげではありますがその頃のことを今でも憶えております。当時の幸せな日々のことや日本の人々が外国から来た小さな男の子にとても親切にしてくれたことなどを楽しく想い出しております。

富士山にも登りました。私はその神聖な山の山小屋で一泊し、翌朝頂上に立ちました。

今までに世界中で数多くの戦争が繰り返されてきましたが、これからはそのようなことは決して、決してあってはなりません。私は私の兄弟姉妹である日本の皆さんが先頭に立ち、私達と共にこの忌むべき核兵器をこの地球上から永久に葬り去ることを強く訴えたいと考えます。

敬具

シェパード・ロビン(Mr.)
アメリカ・カリフォルニア州 ナパ

編集者より返信 97/01/20

ロビン・シェパード 様

メッセージありがとうございました。Robin Sheppardさんの日本を愛してくださっているその思い、そして母国を思うその思い、平和を祈念する心、とても感動しました。

Robin Sheppardさんが「アメリカ人の一人として」とはじめられたメッセージ、私の心に深く突き刺さりました。私も「日本人の一人として」と考えたならば、過去、そして現在と続く多くの過ちを考えずにはおれません。

人間社会がこれほど文化が成熟し、科学が進歩しても、人と人が殺し合うという戦争というものが依然として人間社会から無くならないという矛盾。私は「一つの国の国民」としてというよりも「一人の人間として」 考えていかなければならないと、寺尾先生の心の叫びを読むにつれ感じるようになりました。

>今、また寺尾先生の文章を読み返すと、気づいたことに、その中に「アメリカ」という言葉も、「日本」という言葉も一言も出てきません。淡々と御自分の体験された葬り去りたかった悪夢の記憶を語っていらっしゃるだけなのです。

そして、最後に結ばれた「再び叫びます。こんなことが二度とあってはなりません」というお言葉、「核兵器」とか「戦争」と言わず、「こんなこと」とおっしゃっています。御自分が経験され、心深く傷つかれたことだからこそ「こんなことが」というお言葉になったのではないかと思います。

寺尾先生のこの文章は、国家に向けられたものでも社会に向けられたものでも無く、私達人間一人一人の心の中に向けられたものなのでしょう。寺尾先生は、御自分の辛い体験の告白の中、真の平和は一人一人の心の奥底より生まれ育って来るべきものだということを訴えたかったのではないかと思います。

原爆を体験し、生きた地獄を見、その心の傷と放射能による自分のそして子孫への不安を50年間抱え続けてきた一人の老人の告白からはじまったほんの小さなムーブメント。その心の叫びが全人類の心の中に届きますようにこのサイトを私達は作りました。

<ヌうぞこれからもこのサイトをよろしくお願いします。

     「原子爆弾による被爆の話」編集者 松村亮司



小野伸一 福岡県 福岡市  97/01/24

戦争を知らない世代の私には、全てを理解するのは無理かもしれません。
でも、少しでもその悲惨さに触れ、起こしてはならない事・あっては ならない事だと強く心に刻みこまなければいけませんね。
犠牲になられた方々の苦しみや無念な気持ちを私達が知り、 少しでもその御霊を慰める事ができればと思います。

戦争中は敵国を憎む事、自国が正義である事を教え込まれ、 戦わなくてはならない状況にあったのだろうと推測しています。 誰がその責任者だったのか?昔から疑問に思っていました。

最前線で戦った人々も、内地で武器製造に携わった人々も、 きっと当時の状況下ではそうするしかなかったのでしょう。 最高指導者であった人も、特異な精神状態にあったのでは ないでしょうか。 誰かを憎むというより、戦争そのものを憎むしかないのかもしれませんね。

平和な世界に生まれた私達は、時に戦争をかっこいいものと とらえる事があります。 戦闘シミュレーションゲームや、戦争映画、私も喜んで これらのものに接する事があります。 本当の戦争の悲惨さを知らない為かもしれませんが、 戦争で犠牲になった方々は嘆かわしく思っているに違いありません。

寺尾先生のように、勇気を持ってお話をしてくださった方の力をお借りして、 けして過ちを繰り返す事のないように心に刻み、 私達からも後世に語り継がねばならないと、決意いたしました。

天国にいる寺尾先生、どうぞ見守っていてください。

小野 伸一



木村由美 大分県 大分市  97/01/25

私は、国やその国に住む人を憎みたくはないです。
「原爆投下」「戦争」という行為を憎みます。 (「憎む」という表現は、適切では、ないような気もしますが)

「原爆」や「戦争」に「NO」という意志を表示するのは、 私が日本人だからではなく、人間だからだと思います。
自分の属する国から離れたところで物を考えたら、 境界線を国で仕切るのではなく、もっと大きな規模で考えたら、 もう少し「まし」な世の中になるような気がします。

でも、だからと言って私の国、「日本」のしてきた事に 目を背けることはいけないと思います。
戦争で他の国から「されたこと」は、教科書で習いましたが、 日本が他の国に「したこと」を習った記憶はありません。 それらの数々は、大人になって自然と耳に入ってきました。

「歴史」を学ぶのは、未来のため。同じ過ちを繰り返さないため。

平和な世界を私たち一人一人が築いていく。
それが、寺尾先生に、そして、被爆された方々、 戦争で亡くなった方々に対する私たちからの返答だと思います。



ダン・プリム:アメリカ 97/02/03

松村さんの編集者雑感を読みました.

日本の人々は歴史上に何があったかを完璧に理解しようと努め、日本が帝国主義時代 にどんな戦争犯罪行為をしたかを学ぶことができました。その結果、自分たちの祖父 や親の世代が犯した過ちについて強い罪の意識を感じることが往々にしてあります。 当時の日本人が残虐行為や犯行に関与したことについて現在の日本人がそれを恥ずべ きこと、残念なことと感ずるのは当然ですが、祖先の行った行為に対して戦後の日本 人が個人的責任を感ずることはないのではないかと思います。

アジア、特に中国および朝鮮の人々がいまだに日本政府のいろいろな公式見解や政策 に怒りを抱いているのは事実でしょう。彼等の怒りのなかにはもっともなものもあり ましょうがだからといってその怒りの感情を平和を愛し、彼等に同情を寄せる日本人 に向けるのはこれもまた悲しむべき誤りです。

私は世界中の人々を代弁することは出来ませんがただ、大部分のアメリカ人は日本が 過去に過ちを犯したからといって現在の日本人に対して悪意を抱いてはいないと考え ています。どの民族であっても暴力行為や判断の過ちはして来ているのです。大切な ことはその事実を認め、今後そのようなことは繰り返さないことです。

今なお生きている日本の旧軍人・軍属の人々に対しても私達は理解を示し許しを与え るべきです。彼等の大部分は罪の意識に苛まれ、その行為を恥じ、懺悔していると思 います。もう十分なのです、いや、十分過ぎるかも知れません。私達はもし私達自身 が当時の彼等と同じ立場であったら何をしていたであろうかを考えなければなりませ ん。もし彼等の家族の一員として生まれ当時の政府の下にあったら、それでも彼等と は全く異なった行動ができたでしょうか。同じ事は原爆を広島と長崎に投下する道を 選んだアメリカ政府についても言えます。当時のアメリカ政府の見方は(多分間違っ ていたのでしょうが)、より多くの人命を失わせないためにそれを選んだのです。こ れについては今後より多くの事が解明されることが望ましいのです。

私達が過ちを犯す原因は人間の無知と弱さにあります。取るべき正しい行動を知らず 、何が正しいのかを知ろうとしない内面的弱さが原因なのです。過ちが戦争につなが るのです。これを避けようとするなら私達は私達の子供たち、そして究極的には全世 界の人々を正しく教育し訓練しなければなりません。松村さんが言われたように、私 達は重大な決定を下す際には可能な限りいろいろな見方を取り入れるべきでありどう したらそう出来るかを学ばなければなりません。そうすれば私達は力を得ることが出 来、最も適した行動を取るにはどうすればよいかを追求することができます。真に文 明化された世界では戦争する理由はありません。そのような文明世界を築いて行くの が我々の責任なのです。

ダン・プリム (Arizona, USA)



谷岡 英明  岡山県 岡山市 1997/02/12

 原爆についての手記を読んで、今はなんとも言えない気分です。僕は小学生の頃、 図書室にあった「裸足のゲン」を読んで原爆に興味を持ちました。同じく小学生の頃 、家族旅行で広島を訪れ、原爆資料館の様々な写真・資料を見て心の底から恐怖を感 じました。寺尾先生をはじめ、たくさんの方がおっしゃるように「こんなことは2度 とあってはならない」と思います。
 いまどき、かなり精巧なゲームがあるじゃないですか。バーチャなんとか、ってい うタイプの。馬鹿げた話かもしれないですが、戦争したいヤツはコンピュータ上のバ ーチャルな世界でやってくれ、と言いたいです。それで決着つけてくれ、と。本当は それ以前に「戦争なんかすな」と言いたいところですが。



ポール・モンゴメリー:アメリカ 97/02/16

たった今、寺尾メモを読みました。本当に感動しました。私は当時がどんなに恐ろし い時代であったか想像することさえ出来ません。当時の人々が抱いていた感情や不安 感といったものは私にはこれからも到底理解できないでしょう。私は今の時代に生き る人々が憎しみや偏見を捨て去り、これに代わって同情の念を持って日々の生活を過 ごすようになることを願うばかりです。

私達市民は誰でもこの世界に責任を持っています。ですから私達の子供たちが当時の 人々が舐めた苦しみのたとえ半分でさえも経験しなくて済むようにすることが私達の 努めなのです。
松村さん、この寺尾メモを世界の人々と分かち合って読む機会を与えて下さってあり がとうございます。もう寝る時間となりましたが、大切な事を考えさせられ今夜は眠 れそうにありません。

1997年2月16日



ダーレン・ソラノ:アメリカ 97/04/06

私はアメリカ・カリフォルニア州フレスノの高校生で、ダーレン・ソラノと申します。私の両親はフィリピン人です。以前、両親から貴方の国で昔起こった悲劇について少し聞いたことがあります。いま、その全容を知りました。どうしてこんなことが起こったのでしょうか、このショックをどう表現してよいのか分かりません。松村さん、あなたはこのサイトを通じて全人類に再び原爆を使用してはならないと決心させたのです。

 ダーレン・ソラノ

 97/04/07

どうぞ私のメッセージをアップして下さい。
改めてあなたがこのサイトを開設し、全世界の人々にこの悲劇的な大量虐殺の事実を知らせて下さっていることに感謝いたします。私は個人的にはアメリカはたとえそれが戦争中であったとはいえ、このような破壊は行うべきではなかったと考えています。これからもあなたのこの素晴らしいサイトをお続け下さい。私もあなたのサイトを多くの人々に伝えるべくベストを尽くします。



平野 浩美 愛知県 稲沢市 97/07/08

 私の名前は平野浩美と申します。愛知県稲沢市の中学校で国語を教えています。
 寺尾先生の原爆体験と,それに寄せられたたくさんの善意の人々のメッセージを読ませていただき,本当に感動しました。
 私自身も,父母から戦争体験を聞かされて育ちました。高校の時に修学旅行で行った原爆資料館のことも,強く心に残っています。「はだしのゲン」「原爆の子」なども読みました。
 教師になってから,毎年7月になると,「平和」をテーマにした話を扱います。今年も,広島テレビが制作された「碑」を,1年の生徒にテープで聞かせました。
 何度聞いても,涙なしには聞くことができません。子供たちも,みんな真剣に聞いていました。「近頃の若者は…。」ということがよく言われますが,今年の生徒もきちんと受け止めてくれました。
 世間では,神戸の殺人事件で話題はもちきりです。よく教育問題が取り沙汰されますが,昔も今も,子供たちの心は純粋です。こうした戦争体験も,きちんと子供たちに伝えていけば,豊かな心が育っていくのではないでしょうか。
 まだインターネットを始めて間もない私ですが,やっていてよかったなあと思いました。明日からの授業で,寺尾先生の体験やいろいろな方のメッセージを紹介させていただいてもよろしいでしょうか。また,何か良い資料がありましたら,是非教えていただきたいと思います。

愛知県稲沢市立大里中学校教諭 平野 浩美

平野 浩美 愛知県 稲沢市 97/07/22

 先だってEメールを送った平野です。もう少し早くお便りをさしあげようと思ったのですが…。学期末の事務処理に追われて遅くなってしまいました。早速授業の様子をお知らせします。

 中学1年生154人、4クラスで授業を行いました。1時間目に「碑(いしぶみ)」という原子爆弾に関するドキュメンタリーをテープで聞きます。2時間目に簡単に感想を発表した後、一人一人が自由に学習の課題を設定します。3・4時間目に資料を使って調べたり、まとめたりします。5・6時間目に発表をし、最後に感想をまとめます。
   学習課題には、いろいろなものが出てきました。
 (1) 「碑」の登場人物に手紙を書く。
 (2) 「平和」に関する感想文を書く。
 (3) 「碑」を工夫して朗読する。
 (4) 「碑」の背景を調べる。
 (5) その他…原子爆弾・太平洋戦争・戦時下の暮らしなど

 みんな一生懸命調べたり、まとめたりしていました。学校の図書室の資料を使ったり、家の本を持ってきたり、お家の方に戦争体験を聞いてきたり。中にはインターネットで広島市のホームページにアクセスした生徒もありました。調べたことは模造紙にまとめたり、印刷したりして発表しました。全員が発表した後、私が「寺尾先生の体験談」を発表しました。

 発表後の生徒の感想を載せます。

 原爆によって死んだ人も生き残った人も、とてもつらいことがわかった。この爆弾はなんて恐ろしいものなのだろう。たった一つで広島をいっぺんに破壊するなんて…。水爆はその700倍だとすると、一体どれだけすごい破壊力なのか見当もつかない。なんでこんな恐ろしいものを人は作るのだろう。実験という名目で爆発させているというが、それが何になるのだろう。人は地球を破壊するなと言って、自分自身の手で破壊しているのだ。どうしてなのだろう。  (S・S男)

 私はみんなの発表や先生のお話を聞いてこう思いました。
 まず、原爆はとても悲惨で恐ろしいものだと思いました。先生から「寺尾」さんの話を聞いて、とても怖かったです。数秒のうちに外の風景が変わり、しかも家がだんだん倒れて自分の方に(爆風が)近づいてくるのが見えるなんて…。一瞬にして死んでしまった人。生き残っても心に深い傷を負った人。どちらもとてもつらいと思います。

 寺尾さんはなぜ何十年も被爆の話をしなかったのでしょうか。それは本人にしか分からない悲惨な光景を思い出したくなかったからだと思います。
 もう二度とこんな悲惨な戦争がおきないようにしたい。核兵器などをなくして平和な世界になってほしいと思いました。 (M・N女)

 どの感想も平和について真剣に考えているものばかりでした。今後も、こうした平和教育をどんどん実践していきたいと思います。



ホ・イン・ファン:アメリカ 97/07/24

私はいままで学校で原子爆弾についての討論があったとき、アメリカ政府の決定は正しかったと主張してきました。私の祖父は大戦中には中国に住んでいました。祖父は当時の日本軍兵士による残虐行為や、アメリカがいかに偉大であるかについて繰り返し私に話してくれました。非常に感受性の強い年頃だった私は日本人に対する祖父の憎しみをそのまま受け入れていました。

大きくなってから私は物事というものは単純に善悪に割り切れるものではなく、常に灰色の部分があることを学びました。私は最近第二次世界大戦の歴史について大変興味を持つようになりました。私は原爆投下決定の経緯やそれに対する反対論について非常にたくさんの文献を読み始めました。

今夜、私は故寺尾先生のメモのサイトに出会いました。今までは私にとっては原爆がどういうものであるかを実感として感ずることはなく、単に次の歴史の試験のためにその日付を暗記しておくだけの統計資料の一つに過ぎませんでした。以前、「シンドラーのリスト」を読んでナチスドイツによるユダヤ人大虐殺の実態を知ったように、寺尾メモを読んで初めてこの恐ろしい出来事が私の心の中で現実のものとなりました。私は今、学校の討論会でアメリカの原爆投下を熱心に支持してきたことや、小さいころから日本人は悪魔の民族であると信じ込まされてきたことを後悔しています。私はいま、私が言ったこと、考えてきたことを振り返っています。そしていま初めて原爆犠牲者の実態が頭の中に刻み込まれ、私の心は呵責の念と悔悟の思いで一杯です。

原爆投下や第二次世界大戦やすべての戦争のことはたとえ忘れてしまいたいと思っても、これを世界中の若者に教育し続けなければなりません。その際にはいまの教科書のようなあまりにも回りくどいやりかたではなくもっとよい方法を考え出さなければなりません。
もしそうしなければ次の世代はこの恐ろしい出来事を単なる試験勉強の一資料としてしか考えず、人類は再度これらの最も馬鹿げた過ちを繰り返すことになるでしょう。

今まで何も知らなかった私たちを教育する労を取っていただき感謝しております。

ホ・イン・ファン
中国系アメリカ人(16歳)



土屋 育子 大阪府 97/07/27

 インターネットを始めて間もない初心者の土屋育子と言います。

 私は大阪府立千里高校の1年です。実は夏休みの宿題に、“戦後52年をめぐる この夏の動きについて”というテーマで、資料を集め、自分の考えをまとめるとい うものがあり、《原子爆弾》について調べていたところでこのホームページを見つ けました。

   私は今まで“戦争”についての本や記事から、目をそむけていたように思います 。あまりにも悲惨で、はっきり言って見たくなかった。でも寺尾さんの体験記を読 んで、忘れたいのにどうしても忘れられない人もいるんだと、実感しました。

   今でも世界のどこかで戦争をしている国があるのかと思うと、本当に悲しいです 。過ちを二度と繰り返さないためにも、(私も含めた)“戦争から目をそむけてい る人たち”が戦争、原爆の恐ろしさをもっと知っていく必要があると思うんです。

 もうすぐ8月6日がやってきますね・・・。この夏、“戦争”関係の本を1冊読 んでみるつもりです。

                 土屋育子



西川 裕子 大分県 大分市 97/07/31

寺尾武治先生が、戦争についてのお話をされていたことを、 昨日(7/30)の新聞で知りました。

寺尾先生が書かれたお話を読んでの感想ですが、実のところ どのように感想を書いてよいのか分かりません。 言葉使いの変なところもあると思いますが、お許しください。

私は、戦争を体験したことがありません。戦争についての話を聞くのは、学校で行われる平和授業の時ぐらいでした。平和授業をしてくださる先生方は戦争を体験したという方は少なく、 本当の声を聞くことができませんでした。授業の合間に見せる映像もあまりにも残酷なところはあまり見せていなかったように思います。
今回、このホームページに書かれてあることを見て初めて本当の声に触れたような気がします。寺尾先生が、体験された悲しく辛い出来事をパソコン通信上に公開されるということは、すごく勇気がいることと思います。勇気がいることをしてくださった寺尾先生に感謝致します。
寺尾先生のお話が私たち戦争を体験したことのないものにとって戦争について知る良い教材になりました。

オーイーシーコンピュータサービス
  技術支援課 西川 裕子



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