原子爆弾による被爆の話(続2)


@レスポンス (00739/寺尾 武治 /自由人 )91/08/08 15:51

あまりの反響の大きさに驚いています。

でも、少しでも実情を知っていただけ、今ではやはり書き込んで良かったなあと思うと共に、46年の歳月、自分の勇気のなさが情け無く感じられました。
どうしたものか、何度か広島にも行きましたが、平和公園も原爆資料館も原爆ド−ムもテレビで見るだけで、全く足が向きません。思い出すのが嫌なのです。

原爆では多くの友人を亡くしました。
一昨年仲の良かった、友達が白血病で亡くなりました。被爆二世、三世の話しも聞きますし、現に年二度の被爆者定期検診は受けていますが、未だに不安は消えません。
死ぬまでおつきあいのようです。
しかし、このことを考えていても仕方がありません。生きている生かされている現実を見詰め前向きに夢を求め理想を描き、世のため人のため社会のお役にたつよう頑張ろうと考えています。

その後RESをいただいた方々、渡良瀬NETの方々、真剣に読んでくれている皆さん有難うございます。

再び叫びます「こんなことが二度とあってはなりません」

今後とも よろしくお願いいたします。 739 寺尾

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寺尾先生が生前1度も足を運ぶことの無かった現在の広島平和記念資料館。1996年6月30日撮影


@レスポンス 浦塚政子 91/08/08 21:29

 松村さん 今晩は

 寺尾先生や私達の青春時代の日本の姿を、解ろうと一生懸命になって下さっている あなた方に感謝致します。どうぞ、渡良瀬NETの保谷さんに、*「私の戦争」も届けて あげて下さい。

 あれから約半世紀、今更ながら、「よくぞここまで・・・」と思われてなりません。そして、こんな幸せな世の中に生き長らえさせてもらえ、年を取れば取るほどに、ただただ、あの時、命を失なってしまった多くの人達の事です。

 私にはどうしても、「平和」とは、その尊い犠牲者の贈物であるとしか思えません。

   8月8日                      浦塚 政子

*注 1990年に浦塚さんがCOARAに発表なさいました戦争体験談のタイトル



aki3.jpg @レスポンス  後藤 明子    91/08/09 00:16

「おじいちゃんは身長が足りんかったけん、兵隊さんにならんでよかったんで」

と、戦争のことを聞くと、祖母は言います。
しみじみと、何かを考え考え、私が分かるように話し出します。
そこでは、決して「死」という言葉は出ません。

兵隊さんにならんでよかった、、、

兵隊を出すことのできなかった家。
苦労も多かった。

祖母の話す「戦争」は、どう表現して良いか分からないけれど、
冷たく、痛い、、、。

人間の暖かみを、感じたくなります。

平和授業は、何事もなく終わりました。
黙祷のサイレンに気がついたのは、少人数でした。

祖母のこぼした涙は忘れません



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現在の広島平和公園 1996年6月30日


渡良瀬ネットより転載

レスポンス 保谷真知子( 渡良瀬ネット) 91/08/09 11:42

 松村さん、転送ありがとうございます。コミュニケーションの阻害などと、とんでもない。遠く大分と桐生をつないでのコミュニケーションは、パソコン通信の本来の姿であればこそ、他の物を阻害するはずもありません。私としては、書き込みの多い雑記帳なので、この話が埋もれてしまう事の方が心配なくらいです。

 私が昔大分に住んでいたことは、たしか前にも話したと思います。もし私があのまま大分にいたとしても、このようなお話を聞く機会に恵まれたかどうか、疑問です。寺尾さん、浦塚さん、松村さんのどなたとも、一生出会えないまま終わったに違いないと思うのです。人生とはなんと不思議で皮肉なものでしょう。近くにいても出会えずにいるのに、遠くに来て、初めて少しでも心を通わせる事ができるようになるなんて。

 浦塚さんへわざわざお願いいただいて、申し訳なく思っております。「私の戦争を届けてあげて」、なんてすてきで悲しい言葉でしょう! でも私としては少しでも多くの方々に読んでいただくためには、ボードへの転載をお願いしたいのですが。この地は比較的被災も少なく、遠方のため広島の見学などした方も少ないと思います。聞けばそちらでは修学旅行や平和授業など、体験の機会が多いようです。機会に恵まれない私達の ために、かなうものならボードへの転載をお願い致します。雑記帳で埋もれてしまう心配もありますので、ちょうど(といってもなんですが)討論の部屋がしばらく書き込みがないようです。あちらではいかがでしょうか? 前のテーマが原発ですし、そうかけ離れた話題でもないと思うのですが。



@レスポンス  桂木健次 91/08/11 13:50

学生からの反応がありました。

富大の学生からレスポンスです(CSA-NET)

私は戦争も原爆も全然知らない若者です。

寺尾先生のお話には、聞く者に恐怖感を与える迫力があると思います。この、恐怖と感じるということは、我々を取り巻く状況がこれらの再現の可能性を含んでいる証拠ではないか、と思っています。全く縁の無い話ならば、これほど万人の心に訴えることはできないでしょう。

 人は、常に自分だけ気にしているものだと思います。核の恐怖を体験した人や体験している人は核を危険だと主張しますが、その危険と遠く離れた人々にはそれが分かりません。

つい先日も湾岸戦争の報道が実況中継のように生々しく行われましたが、平和な日本に住む若者は、これを見て戦争の悲惨さを学ぶことができたでしょうか。私は、戦場とは遠く離れた日本でそれを学ぶ事はできなかった、と思います。中には、学んだ人もいるでしょうが、社会全体が動き出す程ではありませんでしたから、(不謹慎ですが)それほど有意義だったとは思えません。

 戦争や核の悲惨さを知るためには、体験してみるのが一番です。しかし、この方法では払う犠牲が大きすぎます。そこで、体験者の体験談が次善の方法として重要だと思うのです。

 寺尾先生は「書き込むのもこれが精一杯」とおっしゃいますが、寺尾先生が体験して感じた事はこれで全てなのでしょうか。これで全てなら、若者はこれを何度となく読んで、何かを学ばなければならないのでしょうね。

 私は、戦争も核も体験したことの無い若者です。まだまだ、戦争や核の悲惨さを知るには至っていません。もっといろいろな話を聞きたいものです。

だらだらとした意味のない文章になってしまいました。この辺で終わりたいと思います。

                        金衣公子



渡良瀬ネットより転載

レスポンス 高草木 誠 (渡良瀬ネット) 91/08/13 00:05

終戦記念日までもうあとわずかの今、改めて戦争の話しを残しておきたい、いう要請がありましたのでコアラの寺尾さん、浦塚さん、松村さんたちの記事を中心に討論室に転載いたしました。
討論という形にとらわれる事無く未来の子供達に日本人が永久に忘れてはならない出来事を電子の文字で記録しておきませんか?
勿論、戦争を知らない子供達の感想も歓迎です。
コアラとWANの共同作業で何が残せるかやってみましょう。


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