臨済寺の歴史について

江戸時代、尼ヶ瀬村にあって「大法院」と呼ばれる

修験寺であった。

學京法師を始祖として10代目の大法院権大僧都秀圓法師の

後継者
として秀教和尚が現在地に移築。

比叡山延暦寺に帰属し、金龍山臨済寺
と改称。

秀教上人を以て臨済寺の開祖とあおぐ。
 

 
 

秀教上人感得の地蔵菩薩を御本尊として法脈を保つも,

中興第二世
順應大僧正、夢告によって大法院時代より

古く修験道の御本尊として普く
行者に信仰されてきた

「不動明王」をご本尊と改める。

しかる後、稀端の霊験は「厄よけ不動尊」の愛称で信仰され

祈願者が毎日
遠近より訪れる。
 
 

 臨済寺百周年を平成2年に迎えた折り、現住職順照和尚の

懇請によって
京都の出口翠豊佛師が一刀三礼、

精魂込めて大不動尊像を謹刻。

平成2年4月29日、比叡山より、叡南覚範大僧正、

光永澄道大行満大阿
闍梨ら高僧に引導されて御入山。

秘佛「不動明王」を平成の大不動尊の
胎内に奉納して

新旧不動尊一体一如として本堂・威怒殿におまつりして

今日に至っている。

 
現在、臨済寺は九州36不動霊場第10番の札所として

御威徳を世に
高めており、殊に新春1月28日の星祭りは

有名で、天台修験の秘法である採燈護摩が厳修される。

この後厄よけ、厄おとしを祈念する

善男善女の火渡りがあり当日は九州各地から信者が訪れる。

更に人々の祈願は日常に及び、厄よけ開運・水子供養・

交通安全・病気平癒などにあらたかな功徳を授けるなど、

「厄よけ寺」として普く親しまれ信仰される不動霊場である。

 

         
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