我輩はジュンである

 くもり
= 先月の続き =


仕事に魂(こん)をこめたので疲れた。
目を休める為に外に出て景色を
眺めた。暇をもてあましている臨子も居た。

臨子が何を思ったか
急にボクの尻をかぎに来た




ただそれだけの
日曜日の昼下がり
     
ボクも臨子の尻をかいでみた
ちょっと臭かった


臨子と別れて再び和尚さんの部屋で
「住職のあっちこっち」の日誌の整理をした。

3月9日(月)晴~13日(金)晴 中国福州から抗州へ
福岡空港出発。 仏像製作所へ



レストランの入口に「福」の字が逆さまに。
これが縁起がよいそうです。

福州ホテルロビーで社長と
今年のエトウの丑様と記念撮影。


3月29日(月)晴 豊後高田夷の霊仙寺に春季法要お説法に行く。

4月 4日(土)晴 宮崎、萬福寺副住職永井義観さんの結婚式に出席。


4月18日(土)晴~19日(日)
於 横浜 弟輝応の一周忌
自宅で兄弟姉妹集って法事
その後 新設の墓に納骨。
4月23日(木)晴
平成19年秋からお寺で黙々と
修業を積んでいた良順さんが比叡山へ。
坊さんになる最初の関門「四度加行」と
いう「行(ギョウ)」を2ヶ月間する為に出発。無事満行を祈る。

アヤメを眺める良順さん。
比叡山に登る前のしばし憩のひと時。
5月3日(日)晴~7日(木) 於 タイ国バンコク
第6回国連ウェーサク式典参加


左 マハチュラロンコン大学学長
中 松本 ITRI 代表
右 叡南毘沙門堂門跡

 世界70数カ国・地域から1300人、タイ国内から2000人以上が参加して第6回国連ウェーサクも祝祭が4日から6日までバンコク市内の3会場で開かれた。最終日はアビシット首相臨席のもと国際会議センターで記念式典が営まれ、各国の代表がスピーチした。日本からは世界連邦日本仏教徒協議会(叡南覚範会長・毘沙門堂門跡門主)やITRI日本センター(浅川重美会長)が出席した。

 今回は「世界危機への仏教徒の対応」をテーマに諸会議を開催。分科会では環境・経済・政治の危機への仏教的アプローチを模索したほか、ワークショップでは共通仏教テキストなどについて話し合われた。

 6日の式典では、会場を提供している国連アジア太平洋経済社会委員会(UNSCAP)の持田繁事務局長の祝辞に続いてアビシット首相が挨拶した。主催団体であるマハチュラロンコン仏教大学(MCU)に謝意を表明。そして著しい科学技術の発展の一方で自然災害や経済危機が惹起していることを列挙し、「世界で色々な問題が起きているが、今こそお釈迦さまのみ教えに従って中道を歩みましょう」と主張した。

 式典では各国各団体代表20人近くがスピーチ。日本からは叡南氏が「すべての核兵器の廃絶と軍備縮小」を提案。浅川氏はウェーサクへの協力を表明し、立正大学の三友健容教授は五戒を再認識するよう訴えた。

 最後にMCUのプラ・ダマコサジャン学長が09年バンコク宣言を読み上げた。▽世界の経済・環境・政治の危機を認識し解決に努力する、▽今日の社会はつながり(縁)の結果と受けとめ行動に責任を持つ、▽より多くの人々に仏教を敷衍するには共通テキストを作成する必要がある、▽来年のウェーサクはバンコクで行い、タイと日本が共同主催となる  など8項目が掲げられた。

(平成二十一年五月十四日 中外日報記事より転載)



浅川 ITRI 日本センター会長

日本から参加の三迷僧





タイですれ違ったきれいな女

―「あなたの笑顔が、いちばんです。」―
『源氏物語』に
  「女はやわらかに心うつくしきなんよき」という言葉がある。
  女性は柔順で優しい心の持ち主であれというこの言葉は
  今も通用するのでしょうか。


5月10日(日)晴 於 滋賀 湖東三山金剛輪寺で
同寺旧蔵の国重要文化財・金剛界八十一尊曼荼羅
(鎌倉時代作、東京・根津美術館蔵)の復元模写図の
開眼法要が半田天台座主をお導師に厳修に参列。


5月14日(木)晴 於 博多 九州地区布教師会役員会に九州地区会長として出席

5月16日(土)晴 於 大分第一ホテル 中学同窓会「古稀のつどい」出席




5月19日(火)晴~23日(晴)
中国天台山へ
天台宗開宗1200年慶譛大法会が無事
円成した報告と御礼を兼ねて天台山へ。


5月19日(火)晴 関空10時35分出発杭州空港到着
西湖遊覧、霊隠寺参拝
5月20日(水)晴 バスで3時間天台山へ
天台山諸堂参拝。夕食は国清寺の食堂。



天台山国清寺の大雄宝殿
天台大師の遺言によって滅後4年目の601年に創建
され、隋の煬帝から国清寺の名を賜る。
現存する天台山院の中では最大の規模を持つ。

国清寺 大雄宝殿(本堂)


5月21日(木)晴 9時国清寺大雄殿(本堂)
で天台座主大導師で大法会円成奉告法要。
11時より座主の記念石碑除幕式
碑文「天台宗永永流傳」



石碑除幕式で天台座主と国清寺の可明住持


14:30 臨海・竜興寺参拝
(伝教大師が道遂和上より菩薩戒を
受戒し、五ヶ月間修業したお寺)
5月22日(金)晴 明州・寧波で伝教大師が
日本より遣唐使船に乗って上陸した三江口
を参観後、上海へ。



三江口で天台座主と記念撮影


5月23日(土) 上海東浦空港を関空に向けて発。




天台山国清講寺・大雄宝殿へ向かう日中僧侶。中央、半田座主猊下。前方に可明住持


5月26(火)晴~27日(水) 於 大分センチュリーホテル
九州東教区布教師会総会並研修会。会長として出席

5月29日(金)晴 於 東京 プリンスホテル高輪 11:30~
世界連邦日本仏教徒協議会総会に出席


5月28日(木) 於 大分信用金庫 畑中支店18:30~
大分南経済研究会で講演
6月 5日(金)晴 於 大分 吉祥院で晋山式典参列
6月13日(土)晴 於 ホテル日航熊本 木原不動尊副住結婚式
6月17日(水)晴 於 東京上野精養軒 前天台座主100歳祝賀会
             関東東北北海道から180名住職が馳せ参
             じた。

『「花嫁さんが是非一緒に」と
切望されて・・・・・。』と、和尚さん
の説明でした。
ボクは「??」と思った。

祝賀会前お控所で記念に。
左端・円満寺奥様 中・信濃善光寺の
貫主様。

「伝えたいことが一杯あるんダ
時間を延長しなさい」

猊下ご入場

参加者一同、満面に笑みを湛え
猊下益々のご健勝を記念して
「乾杯!」

花束の贈呈(若い娘じゃなくて
ゴメンナサイネ)
      
6月18日(木)晴 孝ちゃんと遊んでいたら夜遅く和尚さんが
東京から帰って来られた。前座主様の100歳のお祝いが
17日にあって今日のお昼過ぎに東京を出発。お座主様と一緒
に新幹線で京都 大分と乗り継いでのご帰坊

孝ちゃんが兄貴ぶってなかなか
オヤツをくれない。イライラするワン。




孝ちゃんのママはやさしい
ボクもすぐダッコしてくれた。
うれしかった・・・・・。

そこへ孝ちゃんのママが来た。
孝の奴、甘えてタッコしてもらった。
「ボクも」と言った




しかし、だんだん胸がしめつけられて苦しくなった。
丁度そこへ和尚さんが帰って来たので
救われましたワン。


翌日は布教師会で出かけられたので6月19日からの日誌の整理は
7月の灯籠祭りの準備で忙しいさ中、よなべ仕事でした。


6月25日(木)晴~26日(金)晴 於 神奈川県箱根
湯本富士屋ホテル
関東信越地区布教師研修会
来賓として出席
    おわり             
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