1月1日 元旦
〜わが輩はジュンである〜


本堂内で終日
厄払いが修法されています

除夜の鐘
厄除け開運の祈りを込められて
平成13年は世界中を震撼させた
大事件がアメリカでありましたが、
ともかくも暮れてゆきました。
そして平成14年の新春を迎えました。


まずは
「皆様新年明けましておめでとうございます」

今年も勇気と希望を奮い立たせて
頑張りたいと思います。
よろしくお願いします。



ピーターフランクルさんが言いました。
3つの「ゆ」があれば道が開けると・・・・
勇気と夢と友情です。
俺様達も「3つのゆ」を大事にしながら
頑張るゼ

僕に似て大きな頭

仲良しはいいことダ

僕と相性のよい
慎太郎坊ちゃんダ

坊ちゃんと散歩に行くのダ
軽トラで途中まで
今年も銀行利子は無いに等しく、
リストラの嵐が吹きすさぶ、
不景気が続くだろう。
こんな時こそ「小欲知足」の足ることを知る
感謝の心を大切にしながら、
心を豊かに持つことで明るい暮らしを
心掛けようとポチ兄と話した。

干支の置物
人間共は欲が深く、
愚痴っぽくてすぐ腹を立てる。
今年は午年ウマくいっても
ウマく行かなくても
ウマくやってゆくしかない。
何事もゆったりした気持ちで
ウマくやってゆこうゼ。
正月早々手羽ちゃんに
赤ちゃんが生まれた
ピヨピヨと平成14年の
新春を謳歌している。
ひよこちゃんを眺めていると
お菓子の「ひよ子」を思い出す。


今から100年も前のこと。
福岡県の飯塚や田川、
直方一帯の筑邦地方は
炭坑景気で空前の活気に沸いていた。
この地方から採れる石炭が
日本の近代化を進め、
世界の列強国と肩を並べる為の
一大エネルギーとして最重要視されていた。
この炭鉱景気で沸く筑豊で
この可愛いお菓子が生まれた。


この形は創業者の石坂 茂さん(故人)の
夢に現れたもので、大正元年のこと。
飯塚には、養鶏所が多かったので
こんな夢を見たのかもしれません

愛らしく天を向く形が
荒くれの抗夫たちからも愛されて育てられ
全国的な知名度を得た。

初期のひよ子の木型。
職人が一人に一つずつ持っていて、
毎日使い終わったら丁寧に洗い上げていたそうです

ヒヨ子ちゃんは可愛いナ

水の器が大きくて
オボレそう
創業当初は
職人さんたちが一個ずつ木型で抜いて、
焼いた金具で目を入れていたそうです。
それが今ではすべてオートメーションとなって
最大で毎日18万個も作られるという。
あどけなく天を向くひよこの形が
万人の心を掴むのでしょう。
疲れた時には甘いものが欲しくなる。
炭鉱の町で肉体労働に汗を流す
抗夫たちも、炭で汚れた節くれだった手で
センベイや甘いお菓子をよく食べていたの
でしょう。
この様な中で石坂さんは
沢山あるお菓子のなかから
何とか売上をあげる為、
そして皆に愛されるお菓子が
出来ないものかと、日夜思案していた。
そしてひらめいたのが「ひよ子」


大切なことは
「何とかしたい」という夢をもち
踏み出す勇気
そして協力してくれる人の和 友情
の三つの「ゆ」です。

平成14年 俺様も4歳
人間共の歳から言えば25歳位?
青春まっただ中
恋に 仕事に頑張るゼ

み仏様に祈りをささげている
ボクの姿ダ。