し ょ う じ ん
精進

彼岸の心−人間らしい心

此岸(迷の世界・苦悩多き生活)から、
彼岸(悟りの世界・心やすらぐ生活)へと渡る
六波羅密の修行のうち、布施、持戒、忍辱と
お話してまいりましたが、
今週は第4番目の「精進」についてのお話をしましょう。



仏様は、「布施も持戒も忍辱も その教えがわかり、
そして実行しても、その実行が二、三日で終わっては
何の成果もあがりませんヨ。」と、おっしゃっておられる。
途中どの様な障害が起こっても、続ける事が大切で、
これを「精進」というと、教えておられます。


どんなに良いことを知り、そして実行しても、
継続が伴いませんと、力となりません。
 スイタイ   ミ
「水滯 微なりといえども
                             
              ようやく大器に盈つ」

                                        しずく
ポタリ ポタリとたれるほどの、わずかな滴でも
長い間には、大きな容器に一杯になるほどたまってしまう。
継続は力なりです。


遺教経に
「小水常に流るるときは、即
                             うが
          よく石を穿つが如し」
 とあります。

たえず流れていれば、たとえ少ない水でも いつの間にか
石を穿ち山を切り崩す力となると、教えております。



私たちは、日常生活の中で、いつも
「これっぽっち」 「ほんのわずか」 「これくらいでは」
といった考え方をしていますが、
この「ほんのわずか」こそが、やがて膨大な量と
なってゆくことを忘れてはなりません。

これらの言葉が、私たちに教えようとしていることは、
なにも物質的・経済的なことだけでなく、
もっと精神的、実践的なことなのです。


例えば、何か悩みを持っていたとしますと、
それを何とか解決しておかない限り、
次から次へと悩みが増加していって、
いつか人生そのものにも
絶望してしまうことになりかねません。
この反対にほんのちょっとした喜びを持って
生き続けてゆくと、徐々にその喜びが増えていって、
毎日の人生を心から喜んで過ごせるようになるのです。


朝起きたときに、元気に
「おはようございます」
と挨拶された相手から、同じように元気で明るい
「おはようございます」
という声が返ってきた日は、そのことがきっかけとなって、
なにをしても心から喜べるようになるでしょうし、
そのように過ごした一日の積み重ねがその人の人生を
意味あるものにしてくれるでしょう。

「おはよう」というたった一声に違いありませんが、
それこそがまさに一滴の水となって
次から次へと一滴が増加してゆき、
ついには明るい人生へと発展していくのです。


修行や学問も同じで一日に10時間勉強しても
一日で終わればほとんど意味がない。
一日たとえ1時間ずつでも続ければ
一年経てば365時間、十年経てば3650時間も
したことになり所期の目的をいつの間にか達成できる。


古歌 「なせばなる なさねばならぬ 何事も
            ならぬは人の なさぬなりけり」


積み重ねの努力こそが大切です。

「精神到 何事か成らざらん」 という諺がありますが、
せっかく人間として生まれてきた以上、
一生の間に「これ」と決めた目標を持って、
その達成のために努力しなければ、
生きている甲斐がないのではないでしょうか。


どんなに努力してみたところで、
よい条件が揃ってくれない限り、なかなか目的達成と
まではいかないかもしれませんが
はじめから あきらめてしまったのでは、
絶対に出来ないことになってしまいます。


一生懸命
というのは、文字通りに、現在自分のやっている
その一箇所に命を懸けるということですし、
それを一生やり通す覚悟を持ったときに一生懸命
ということになりますが、どうも私たちは
ろくろく努力もせずになんとなくこの言葉を用いて
「一生懸命やってみたけど、結局駄目だったヨ」
などと簡単にあきらめてしまいます。


強い意志をもって継続させることが大切です。
私たちの親や、祖父母達は,
山に杉や檜を一本一本植えながら
「私の代では使えないが、子や孫の代には大樹に育って
役に立つだろう」といった願いをもったもののようです。
こういった考え方こそが、
次の生に及んでもやり通すといった
意志につながるのではないでしょうか。


九州旅客鉄道株式会社が発行している
Beetleという冊子に載っていた記事からです。


釜山沿岸埠頭から船を乗り継ぎ1時間15分。
そこには陽射しの中で輝きながら、
青い海の中に緑の楽園がゆったりと浮かんでいる。
そこは「外島(ウエド)」。
心優しい夫婦が30年近くの月日をかけて、
造りあげた夢の島です。

「なぜ椿の木を燃やしてしまうのか。
椿の木を燃やしてはいけない。」

李昌浩(イ・チャンホ) 崔浩淑(チェ・ホスク)夫婦の
三十余年の外島の歴史は、そんな言葉から始まった。
李氏は 当時ソウルで繊維工場を営んでいた。
釣りが趣味で、ある時外島(ウエド)という島に釣りに行った。
そこで目にした光景は、島民が生活のために
椿の木を燃やして火をおこしているというものだった。

李氏は、これを見て見過ごすことが出来ず、
ついに島を買い取ることを決意した。
島民との難交渉の末、1969年ついに買い取りに成功。
それから李氏は島の活用法を考えた。

始めはミカンの木を栽培したがうまくゆかず、
続いて家畜を飼ってみたが、これも駄目。
試行錯誤の上、夫人と話し合い
「外島を植物の楽園にしたい。
そして 皆に見に来てもらおう。」
こんな決意を固めて、様々な本を読み、
日本を始め、アメリカ、イギリスへと視察と研究の旅もした。

外国の地で植物を買い求めても
税関を通れなかったことも何度もあった。
たとえ持ち帰ったとしても、うまく育たないこともあった。
植物は種から育てねばという結論にたどり着き
外島の大庭園は文字通り一粒の種から出発した。

外島の植物は少しずつ、しかし確実に増えていった。
四季折々の花が咲き競い、そこに花の一大楽園が作られて
現在 沢山の観光客が心の癒しに訪れている。
冬、椿が咲く頃に訪れると一面椿の花に囲まれる。
李氏が守った椿が毎年花を咲かせ、椿を巡って争った日から
すでに30余年の歳月が流れている。

この間「不思議と途中であきらめることはなかった。」
一人の人間が決心し、夫婦が力を合わせて
幾多の挫折にめげず
強い意志のもとに姿を変えた夢の島「外島(ウエド)」。


会社社長でお金があったから出来たんだ、
と思うことはやめましょう。
椿の木に、天地自然の命をみて、燃やすことの悲しさから
試行錯誤の上、一粒の種から始めた花の楽園造り。
あらゆる苦節、誘惑にうち勝っての30余年の一途の思い。
まさに一生懸命の精進の姿。

伝教大師最澄様(822年寂)は
比叡山に19歳で入山した折り、願文に曰く。
「得難くして移り易きは人身なり、発し難くして
               忘れ易きは これ善心なり」


−人生は得難く、寿命は移ろいやすい
            善心は発し難く忘れ易い− と。

さればこそ 毎日の自己を大切に育て、
日々の自己の成長を誓うのです。

最澄様の、この言葉を 私たちの心中に銘記して
悪を断ち 善いことを継続して行う
「精進」の行を実践しましょう。
伝教大師 最澄様の御廟(お墓)

「一寸の陰 半寸の暇を惜しむべし」
−最澄様のお言葉
ほんのわずかな時間も無駄に
することなく、生涯をかけて
仏道修行に精進された。




天台密教を完成させた慈覚大師様

伝教大師によって興された比叡山 天台宗は
慈覚大師円仁と志しが受け継がれ
平成の今日に至るまで、法燈が
守られている。そして明日に向かって
精進の修行が続く。




比叡山の四季講堂

第18代の天台座主・元三慈恵大師様を
おまつりしてある。一生懸命 六度の修行
に励み、衆生済度されたお座主様。
その一つに「おみくじ」を始められた。




歴代の天台座主様の墓地(慈眼堂)

比叡山を統率し、各宗のお祖師様方を
お育てになり、仏法のともしびを守ることに
生涯をかけられた歴代の天台座主様の墓地。



千日回峰行者の根拠地

12年間 籠山して回峰行を修め
世の為 人の為に働く行者の霊地
1000日も一日の積み重ね。




御修法出仕の天台座主様

天皇陛下の御衣を加持して、
天下泰平、万民豊楽、玉体安穏を
お祈りする法要で
今日も続けられている。




御修法法要

根本中堂の内陣で
毎年4月4日から11日までの
一週間厳修される。
精進潔斎して1200年間
続けられている。




根本中堂内陣の護摩壇

毎朝1200余年 絶えることなく
お護摩が焚かれて、天下安穏が
ご祈修されている。
厳冬の積雪に耐えて精進の行が
続けられている。