−禅定の講義について−

〜わが輩はジュンである〜


彼岸が巡りきて秋満開。
果物が好きな人は、最高の季節だが
僕には忍肉の季節ダ。


「禅定」のコムズカシイ話に
あくびが出たが、僕なりの解釈を・・・・・。


 「禅定」のはなしはこちら



京都で 陶芸に打ち込んでいる
田中 大さん
「禅定」とは、精神を集中させて
ことに臨むということ。
座禅をするのも一つの方法。
田中さんは陶芸に禅定している。

雑念があると、手元が狂う。
一途に打ち込むことが大切。

僕の大好物なのだが
めったに喰わしてもらえないケーキ。
これを造るのも、小麦粉に
卵に砂糖・・・・・・いろいろ適量の
配合があって、一向一心にならぬと
うまくゆかぬ。
ここにも禅定の心がある。

僕 こんなのに目がないんダ
まぐろの中トロ部分を使って、
赤ワインでじっくり煮込んだ角煮。
料理も真心こめて
専心してつくらねば
いいものが出来ないのダ。

料理するときには、
料理に打ち込んですることが大切。

会館のそばの石垣に
僕のひとみにも似て、
つぶらな花が咲いている。
こんな花を眺めていると
ザワザワした心が落ち着いてくる。
シバシ「明鏡止水」の境地。

ジュンちゃん 好きネエ〜
うまい物を喰うと
ムラムラしてくるんだ。
僕はれっきとした男児だもの。
色欲の妄想も、自然の摂理ダ。
けれども 執着してはいけないんダ
物事にこだわらない、
とらわれないのが般若心経の空の心ダ。
これがまた禅定となるのである。


禅定の勉強すれば
ストーカーにならないですむヨ。
「お兄ちゃんも 
禅定について少しは考えろヨ」
と言ったら、
「俺は善情のかたまりだ」
といって、いつもの様に
車の下にもぐり込んでしまった。
「・・・・・・・迷狂止酔ダ」

鐘楼門入り口の水鉢
水は入れられる器の形に
あるがままに身を任せて
いつも静かに収まっている。

人生には避けることの出来ない
苦しみや悲しみが少なくありません。

この様な時に、この水のように
形にとらわれないしなやかな心を
持つことが出来たら、
人生はもっと楽になるはずです。

−水の心は禅定の心。

ジュンちゃん すてき 
世の中には、楽天的に明るく過ごす人と、
悲観的に暗い毎日を過ごす人がいる。

同じ出来事も、こちらの心の有り様、
受け止め方で変わってくる。

「上見れば 数限りないほしだらけ
下見て暮らせ ほしはないはず」

「足らぬ足らぬは、心が足らぬからだ」
とらわれない、かたよらない心をもって
いつも明るく、健康的に生きてゆくことが
禅定の心。
毎日、顔の化粧に気を遣うように、
心にも 磨きをかけようゼ。
俺様なんぞは、外見にとらわれずだから
どこででも ぐっすり眠れるんダ

スヤスヤと眠りにつけることも
心が「明鏡止水」にあればこそ。
俺様のこの寝姿を笑うなかれ
禅的姿なのダ。

禅的心で明日も頑張ろう。

                おわり