〜わが輩はジュンである〜
今日は朝から 雨  

梅雨にいろいろな呼び名がある
五月雨(さみだれ)、田植え雨、
青梅雨。
空(カラ)梅雨に菜種梅雨
激しく降ってさっとやむのが男梅雨
長くしとしと降り続くのが女梅雨

空梅雨も困るが、
長雨はシトシト ジメジメ
外で遊べないので 僕は嫌いダ。

紫陽花もきれいだが
雨に濡れて
そっと咲いてる小さな花
謙虚なよそおいが、
僕に似て好きだ。
昨日のお昼頃
西田造園の社長さんから
「明日最後の石を運び込みます」
とお寺に電話がかかった
雨が降るので
中止日延べかと思っていたら
トラックに積まれて、
クレーンと共にやって来たという。 
和尚さんに似て
思いたったら即実行
気ぜわしい社長さんだ
比叡山の伝教大師様が
「山家学生式」というご文の中に
「能く行い 能く言うは 国の宝なり」
と おっしゃっている。
西田社長さんは
よく働き、まっすぐなことを
よく言うので、僕と同じ国の宝だ
ちなみに
「能く言い、
  行うことをしない人を国の師
 能く行い、
  言うことをしない人を国の用
 行うことも言うことも
  しない人を国の賊」
とおっしゃったそうだ。
今日は早朝より
いろいろと私用があって
気ぜわしく動き廻ったので
9時すぎに定位置でちょっと休憩してた。

延暦7年平安の昔 伝教大師様
御歳22歳の時
比叡山に根本中堂を建立された。
鎮護国家の道場である。

この工事を起こすにあたって、
伝教大師様は
三世の諸仏様に、
御加護をお祈りになられた。
その時の御歌が
「阿耨多羅三藐三菩提
(アノクタラサンミャクサボダイ)の仏たち
我が立つ杣(ソマ)に
冥加あらせ給え」だ。

深山幽谷で独り
静かに祈り続けられる
お祖師のありし日のお姿を
しのんでいる僕ダ。

決して惰眠しているわけではないのダ
その証拠に、駐車場のいつもとは違う音と動きを、僕は敏感に察知する。              
「和尚さ〜ん
和尚さんテバー
駐車場で何かしているヨ
大きな車のエンジンの音や
大きな声が聞こえるんだけどモ」

ここのお寺の和尚さんの悪い癖で
僕がやさしくいっても聞こえないふりをするんだ
まだ耳が遠くなる歳ではないのに・・・
やっぱり僕を軽くみているんダ
「差別」ということを日常の生活から撤廃させねば・・・・。
和尚さんの顔をそっとみていたら
くやしくて、腹立たしくて・・・・
このお寺の内にも差別があるのかと思うと、悲しくなって、泣きたくなった。
「クシュン」
僕のただならぬ気配を察して
和尚さんが僕の処に来て
「ジュンちゃんヨ
西田のオジサンが
石を運び込んだんだヨ。
雨が降ってるだろう。
天気になったら
一緒に見に行こうナ」
とやさしく言ってくれた。
和尚さんの暖かさを感じた。
                   
で、早速 軒下のベンチで雨宿りしているお兄ちゃんの処に行った
「お兄ちゃん 今日は雨が降ってるんで、駄目だって」
「そんな事あたりまえだろうが・・・」
                   
「偉そうに・・・知ったかぶりして・・・」
「昔の人が言った
『ひとは人によって生かされ
ひとは人の為に生きる』
という言葉がある。
俺に言わせれば
『ジュンは和尚さんによって生かされ
ジュンは和尚さんの為に生きる』というような関係になれヨ。
和尚さんにあんまり迷惑かけるナヨ。」
「高い処に居れば
偉そうな事を言えるように
なるんだナアー」と思った。
僕も上にあがりたかった。
ちょっと足の寸法がたりなくて、
上にあがるのはあきらめて
お兄ちゃんと
雨が上がらないかなアーと
空を眺めた。
ショボ ショボ・・・・・
シト シト・・・・
雲がわれて雨があがりそうになっては降りつづく。
あ〜雨はいやだ 
工事が終わった知らせが、
届いたのでしょう
和尚さんが傘をさして出かけた
お兄ちゃんが「黙って見送るんだヨ」とドスの利いた声で言うので
素直に後姿を見送った。
すえられた大石を前に
社長さんと
記念写真を撮ったとのこと
僕の姿が無いのが残念。
境内の一隅に「腹んキヨ」と
呼ばれる実がたわわになり
雨の中、熟れはじめた。
僕は好きじゃないが、近所の人は
よく もいでうまそうに食べている。
人間て 不思議な生き物だ。
雨は降り止まず
下には降りられず
あきらめてお家に帰る
お盆の灯ろう祭りの準備を
皆でしているので、
僕も加勢をしようかと
考えたけども、
なんだか心が虚しくて
僕の定位置でちょっと一服。
僕の悪い癖で、つい晩飯まで
寝過ごしてしまった。
あア〜 今日は仕事が
手につかなかった
明日は 頑張ろう。
         おわり