府内戦紙マーク 「府内戦紙」




〜府内戦紙の由来〜

「府内」とは大分市の古称、「パッチン」は「メンコ」の大分方言です 12年前、大分大分商工会議所青年部の皆さんが、まちおこしの一環として、電照をしつらえた大ミコシを大分七夕祭りの市民ミコシの一台として登場させ、
当時の市長が思わず「パッチン」のようだと行った事が命名となりました。 今では、総勢20機を超える参加が有り、大分夏の風物詩として市民の楽しみのひとつとなっています。