太郎通信17号(99年2月)より
皆様のご支援により、無事新年を迎えることができました。お礼申し上げます。様々な問題、課題を抱えてはおりますが、今後とも動物たちの幸せを第一に取り組んでまいります。私共の至らない点多々ございますが、どうぞ引き続きご協力よろしくお願いいたします。
1999/2/8
たまかあさん、ズックが他界いたしました
たまかあさんが高齢のため亡くなりました。12月28日のことでした。15歳ぐらいになっていたかと思います。
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たまかあさんは会の活動の始まった平成3年には会のもとにおりました。立入り禁止区域で保護された猫でした。当時からすでに歳を重ねた落ち着きを持ち、捨てられた可哀想な仔猫を何匹も面倒を看てきたため“かあさん”と呼ばれていました。
たまかあさん、本当にやさしいみんなのお母さんたまかあさんはおとなしく優しい性格で他の猫と問題を起こしたことは一度もありませんでした。歳をとってからは隠居をしたおばあちゃんのようにのんぴりとしていました。
食事は他の猫に先に食べられてしまわないように一人で入り口の二重扉の中でしておりました。そのため落ち着けることもあってたまかあさんのお気に入りの場所でした。食事時間でもないのに二重扉に入りたがっていました。
午後の陽の光を浴びて日向ぼっこをしている姿は幸福そうに見えました。必ずしも広い遊び場ではありませんでしたが、静かに一生を終えられましたこと感謝申し上げます。
ズックが1月22日、他界いたしました。心臓が弱くなり肝臓を患って亡くなりました。
ズックは平成5年に会に預けられ、私たちといっしょに6年を過ごし、すでに14歳になっておりました。ここ2、3ケ月めっきり年老いた印象を持っておりました。しかし、まだまだ数年はがんばってくれるものと思っておりましたが、亡くなる一週間ほど前から散歩中以前のようには走らなくなっておりました。
犬舎に暖房をつけたりして2日ほど様子を看ましたが、よくなる気配がなく獣医さんで診察し投薬を始めました。しかし翌日はさらに衰弱しておりましたので、もう一度獣医さんに行き点滴を開始いたしました。
部屋に連れてきて治療を行っておりましたが3日後に他界してしまいました。回復するものと思っておりましたので残念です。もう少し治療が早ければと悔やんでおります。申し訳ありません。
火砕流の危険が強まった下折橋から預かった時には、今回ご緒介するチビ、モモ、コロといっしょでした。頻い主さんはたいへん愛想がよかったものの、二度ほど面会に来られてその後は音沙汰なしとなっておりました。身体は汚れ、ここに来るまで散歩をしていなかったということでした。その後は毎日規則正しく散歩もでき、以前よりははるかに幸せだったと思います。
チビ、モモ、コロとも楽しい毎日を過ごしておりました。2年程前に高齢のチビが亡くなり、年齢も近く絆の強かったズックは淋しかったにちがいありません。ズックはオスらしく気性のはげしいところもありましたが、私たちにはひときわ甘えるかわいいおじいちやんでした。
高齢の動物たちに新しい広い遊び場を確保できないまま死なせてしまったのが残念です。しかしみなさまの温かいご援助により幸せに暮らしておりました。感謝申し上げます。
昨日7日“太郎の友”の名称の由来ともなった犬の太郎が高齢のため亡くなりました。18歳となっておりました。次回の太郎通信でお伝えいたします。
アイムス・ジャパン(株)様ご援助ありがとうございました
アイムス・ジャパン様より10月29日493kg、11月250kg、12月9日321kg、12月26日442kg、1月11日181kg、2月5日356kg、ドライフードをご援助いただきました。いつもながら大量にご援助いたたき、お礼申し上げます。高品質のため病気の動物にも安心して与えられ、感謝いたしております。
被災地での被災動物捕獲終了
平成3年の大火砕流以来7年半続けてまいりました被災地での被災動物の捕獲を昨年10月をもって終了いたしました。みなさまには永い間、この捕獲活動を支ぇていただきまして、誠にありがとうございました。
今はすべて埋め立てられた3年前の被災地
5月の時点であと一匹5ケ月ほどの小犬が残っていましたが、その後捕獲器設置場所は埋め立てられ、ダンプカーやブルドーザーが行き交い工事現場と化してしまいました。餌場を少し移動し餌やりを続けていましたが、その後その犬を見かけることはありませんでした。
しかし10月末、餌場で見かけた二匹の犬のうち一匹は以前見かけた小犬によく似ていました。成犬となり首には二匹とも飼い犬の首輪をつけていました。人間を見つけた時の警戒の仕方も以前の犬に似たものでした。一抹の不安は残るものの飼い犬であったと判断し、餌やりと捕獲を終了いたしました。
被災地放浪動物の捕獲は私共の最も重要な活動のひとつとして最後までやり抜く決意で臨んでおりましたが、私たちの能力に応じた課題の範囲に限り、当初からの予定通りほぼ実行できたのてはないかと感じております。
私どもの力不足で火砕流、土石流で命を落とし助けられなかった動物、放浪中、命を落とした動物、行政に捕獲され殺処分されてしまった多くの動物たちの冥福を祈ります。
今後は現在保護している動物たちの余生を、責任を持って看ていくつもりでおります。どうぞよろしくお願い致します。
被災動物保護・捕獲の経緯被災直後、住民が姿を消した被災地では、数多くの動物たちが取り残されておりました。これらの動物たちを保護し元の飼い主さんの手に返したいと捕獲活動は始まりました。
当初は素手で保護できる動物も多く、保護そのものはそれほど難しいものではありませんでした。しかし元の飼い主さんが引き取ることがてきなかったり、引取りの拒否がほとんどすべてであったため、行政での一時預かりを拒否された後は、その動物たちを東京へ移動せざるを得ませんでした。
一方、これらの経緯を新聞が『窃盗の疑いあり』と動物保護団体の理事の言葉を引用し大きく掲載していました。そして『放置された動物はほとんどいない』という行政発表が一人歩きしていきました。
これまでの活動を振り返って残念に思うことは、どれほど明白な事実であっても、社会の中ではそれが正しく伝わらず、適切な判断よりもむしろ多くの人たちにとって都合のよい利己的な判断が公然とまかり通ることです。
一方私たちは里親探しと収容施設の準備に追われ、放浪している動物たちには給餌により飢えを凌いでもらうことしかできませんでした。当初は警戒区域内に20ケ所ほど餌場を設け、毎日餌やりと水変えを続けていました。
被災地は[立入り禁止]であったため、行政への保護のお願いもしましたが聞き入れられませんでした。そのためこれ以上行政には係わらないことを決め、立入り禁止区域の放浪動物を中心に保護活動を続けていきました。
そうこうしているうちに放浪動物たちは群を形成するようになり、自宅の様子を見に帰った住民から追われはじめ、人間を警戒するようになりました。この頃から捕獲が難しくなっていきました。
里親希望者の審査と動物の送り届け、保護動物の日常の散歩や世話、運営費の逼迫、様々な中傷など問題の大きさに比べて現地スタッフはあまりにも少なく、早期解決への道はしだいに閉ざされていきました。
被災タヌキを発生源とするジステンバーの流行で、せっかく保護した動物たちも十頭ほどか苦しんで亡くなり、当時原因が判らなかったため管理を批判されるなど孤立感と無力感に陥りました。
その間にも放浪動物たちは餓死したり病死したり、そして行政に捕らえられ殺処分されていきました。また放浪動物の被災地での二世三世の出産は、私たちの気持ちを更に陰鬱なものにしていきました。このままでは終りのない活動になってしまうと考え、捕獲器での捕獲に踏み切りました。
しかし島原市、保健所ともに『通常の業務のため捕獲器は貸し出せない』ということでしたので、離れた町に出向きようやく設置することができました。しかし捕獲器での捕獲も思ったようには効果がありませんでした。仕掛けた餌だけを食べて逃げたり、警戒して入らなかったり、いずれも無人で小さいことが原因でした。
一年半が経過し、有家の広い土地に移転しました。この頃には活動も長引き、協力団体も離れていきました。その後は大きな捕獲器を自分たちで作り遠くから監視しながら実施しました。
しかしある程度捕獲すると、今度は保護施設での保護場所がなくなってしまったため、施設の拡張から始めなければなりませんでした。依然として様々な課題に追われ捕獲を集中して行うことができませんでした。万全の方法を見つけ出すため捕獲器の改良を含め多くの時間が経過していきました。
試行錯誤の後 4m四方の大きな捕獲器を作り、ビデオによる遠方からの監視方法を採用しました。この方法は、時間は掛かるものの大きな成果を生みました。ようやく解決への道が見えてきた時には、すでに5年の歳月が流れていました。
私たちの餌やりで生き永らえていた被災地での放浪動物のほとんどすべての捕獲に成功し、現在施設で保護しています。まったく慣れていないため世話がたいへんですが、将来は広い土地で彼らの自由に過ごさせたいと考えています。
私たちの力不足で本当に長い道のりとなってしまいましたが、これまで見守っていただきましたみなさまのおかげを持ちまして、多くの放浪動物の命が救われましたこと、感謝申し上げます。
(以上、今井)
里子さん紹介一月に会の代表的存在だったおとうさん大のズックとの悲しい別れがありました。会に引き取られる以前からおそらく7年以上、生活を共にしてきたモモちゃん コロちゃんの紹介と、猫のオッくんの紹介をします。
コロちゃんはズック、モモと一緒に1993年春頃、会の子になりました。当時は表情が乏しく人間に対して身構えている所があり、なかよくしてくれるだろうかと不安がありました。
被災された前の飼い主さんを訪ねたところ、家族の中に折り合いの悪い人がいて、会うとたたいたり蹴ったりしていたとのことでした。そのため歯も削られていました。ボロボロだった首輪を取り替える時も、恐る恐る触ったのを覚えています。
毎日の散歩とブラシをかけたりなでてやったりする暮らしの中で、いつのまにか人に甘えることを思い出していったようです。散歩の時は女の子のわりにはグイグイ引っ張り、他の子と口喧嘩をする気の強い子でもあります。
モモちゃんは、デカモモちゃんと呼ばれています。以前も紹介しましたが、先輩にモモちゃんがもう一頭いますので、少々太めの体格からそう呼ぶようになってしまいました。
短毛ですがとても毛の多い子で、首輪をつけるときもどこが首だろうとその都度考えてしまいます。顔の表情そのままの甘えん坊で、ズックとコロに頼っているようです。
フェンス越しにロゲンカをするのが日課で、一見強そうですがいざ対面するとすごすごと逃げてくるのがとてもかわいいです。気の弱いところが幸いして、人間の近くを離れないので事情が許す時はリードなしで散歩をすることもできます。
2年程前、原因不明の血便と嘔吐が3日間続き、点滴をしたことがありました。しかし持ち前の体力と脂肪で衰弱することなく全快し、太っていてよかったね、とみんなで胸をなで下ろしたのでした。以後は健康そのもので現在20kgあります。
オッくんはおっとり猫の鏡のような子です。
呼ぶと伸びをしながらゆっくり歩いてきて愛想をしてくれます。抱っこも好きでみんなと仲良く、もめごとを起こしたことがありません。のんびりした性格のせいか、ストレスがあまりないらしく、いつも少々太めで良い毛並みを保ってくれています。
島原での仮猫舎生活の時は遊び場がなかったので他の子は不自由していましたが、オッくんだけは首輪とリードをつけて犬のょしこと並んで日向ぼっこをしていたことを、なつかしく思い出します。
見ているだけで人間の気持ちをのんぴりさせてくれるオッくん、これからもずっと健康でいてください。
お礼
前回の通信でお願いしました犬用リード、毛布がたくさんの方から送られてきました。たいへんありがとうございました。
作業の都合で複数の犬を同時に散歩に連れ出していますが、相性の良い悪いがいろいろですので、どうしても離すと喧嘩になる子同士が出会うことが避けられません。散歩コースがとても限られているのが原因です。そのため犬用リードの消耗にはとても気を使います。
金具部分が壊れかけていたものなどと取り替えて、おかげさまで、より安全に散歩をすることができるようになりました。
しばらく暖冬が続いておりましたが、最近の寒波は、動物たち、特に老犬に厳しく、たくさんの毛布を必要としました。皆さんのお心遣いにより助かっています。ありがとうございました。
(以上、渡部)
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