太郎通信15号(98年6月)より抜粋


 2ケ月以上「太郎通信」が途絶えておりました。申し訳ありません。そのため今週は通常の4倍のご報告となりましたが、よろしくお願いいたします。

 今回も残念なご報告からお伝えすることになりました。‘みやちやん’‘くろべえ’‘かかり’と相次いで亡くなりました。私どもの力不足でたいへん申し訳ありません。



‘かかり’‘くろぺえ’‘みやちゃん’が他界いたしました

 猫の‘みやちやんが4月19日家をでたきり帰宅せず、何回かの捜索にもかかわらず発見できませんでした。猫エイズを患っていたため、どこかにうずくまったまま死亡してしまったものと思います。

 みやちやんは平成4年6月、生後一ケ月で会に来ました。島原城の電話ボックスの中にビニール袋に入れて棄ててありました。いっしょに入っていた2匹はまもなく亡くなりました。

 当時、会は島原市の狭い敷地にあり、宿直できる場所もなく、借家に連れて帰って育ててきました。あかちやんの時から家でいっしょに生活してきましたが、どこか野生的なところがあり、私たちに抱かれるのも好きではありませんでした。

 有家に移り、ようやく自然の中で生活できるようになり、家の屋根で眠っていたり、木の上で休んでいたりと気ままな生活を楽しんでおりました。お腹が空いた時、気が向いた時に帰ってきておりました。

 しだいに犬も増え、外での生活も心配になってきたため、家から出さないことを決めた時期もありました。新しい土地が見つかり、広い遊び場が確保できるまでの辛抱だと考えたためでした。

 しかし、なかなか土地も見つからず、これ以上自由を奪うことが忍びなくなってきたため、再び外に出すようになりました。

 昨年10月頃から猫エイズの症状が出始め、口を痛がるようになりました。治療にはたいへん痛い注射が用いられ可哀想ではありましたが、私たちの経験では最も効き目があるものでした。

飲み薬も同じ効果だと獣医さんからは聞いていましたが、実際にはその羞は歴然としていました。皮膚が壊死してしまうぐらいでしたので、できるかぎり治療の間隔を開けていました。

 除々に治療の間隔が狭まり、4月には一週間ごとの治療になってきました。外に出してもいいかどうか迷うことが多くなり、『無事に帰ってこいよ』と願いながら送り出していました。

 19日は特に迷ったため治療をしてからにしようと思いましたが、『出して欲しい』との懇願に抗し切れませんでした。『昨日も何食わぬ顔で帰ってきてたから、今日どうこうなるとは考えなくてもいいんじやないか』と考えたのでした。

 当日の夜帰ってくることはありませんでした。いままで2、3日帰ってこないこともありましたが、今回は『これは危ない』と感じたため、翌日から捜索に入りました。何日か続けましたが、とうとう帰ってくることはありませんでした。

 最後は埋葬のため亡骸だけでも見つけたいとしらみつぶしに探しましたが見つかりませんでした。最後の死に場所を、自然の好きだったみやちゃんは野生の中に見つけたのだと今は考える以外ありません。(写真は見つけられませんでした。)


 猫のかかりが5月11日他界いたしました。原因不明の病気で、3週間にもおよぶ点滴の末のことでした。

 カカリはおとなになってから飼い主のもとを離れ転々としたのち、獣医さんに預けられていました。しばらく獣医さんのところで生活し「会」にやってきました。

 名前の由来は、最初“課長”であったのが“係長”に格下げになったためと聞きました。

 眉毛のない鋭いニヤン相であったため他のオス猫との折り合いを心配しましたが、睨み合いの中でカカリが迷惑そうにしていましたので宿舎へ連れてきました。しかしそこでもストレスがあるようで、外で遊ばせると元の猫舎へ帰っていました。このままでは家出をしてしまう可能性があったため、猫舎に入れておりました。孤独な優しい心持ちの猫でした。

 しばらくしてカカリにも遠隔地の里親様が決まりました。写真はまだ元気なころのカカリが親がわりの原様に抱いてもらっているところです。今年の冬から少しづつ痩せてきたので獣医さんで血液検査などをしてもらいましたが病名も判りませんでした。

 猫舎で夜知らない間に死んでしまうと可哀相なので、少々狭く可哀想でしたが、いつも日の届く宿舎のロフトに連れてきました。

 しかし治療も効果がなく、手を替え、品を替え食事を与えましたが、食欲は衰えていきました。4月には急激に衰弱したため点滴を実施しました。

 佐賀の原様もお見舞いに来ていただきました。そのころには最初の半分の大きさになっておりました。3週間も点滴を続けておりましたが、私たちの心の準備ができるまでカカリはお別れを延ばしているようでした。

 渡部が時間の許す限りつきっきりで看病し、カカリも今まで甘えられなかった分甘えているようでした。点滴は右手から左手、右足と移り最後の左足に変えて3日日で息を引き取りました。7才ほどの短い命でした。

 雨の中カカリのお墓に原様が花を供えて下さいました。ありがとうございました。


 犬の‘くろべえが5月19日他界いたしました。前日までたいへん元気にしており、なにが原因で亡くなってしまったのかわかりません。外傷もありませんでした。

病気ひとつせず、非常に健康で毛艶もよく、毎日の散歩では力いっぱい走っておりました。いつもは18坪ぐらいの遊び場で、同じハスキーのメス‘花ちやん’と楽しくじやれあっておりました。

 ‘くろべえ,が会にやってきたのは1年半前のお正月でした。近所の酒屋さんが『近くをうろうろして、こどもが怖がるので連れてきました』と置いていってしまった犬が‘くろべえ’でした。自分は車に乗って、放したまま誘導してきたもので、私が他の犬とけんかをしないように捕まえている間に、『お願いします』と帰っていってしまいました。

 どしやぶりと雷の中、ラルフさんと三重県の坂本さんのおかげで、夕方にはフェンスをめぐらし終え、‘くろべえ’の部屋がなんとかできあがりました。

 それまでひとりで淋しそうにしていた‘花ちやん’がたいへん喜び、相性もこれ以上望めないほどよく、‘くろべえ’のおかげでやっと幸せになることができました。

 りっぱなハスキーなのにあどけない顔立ちで、素直な性格をしておりました。年も若くこれからという時に本当に残念です。

体が大きな‘くろべえ’には散歩も物足りなかったことでしょう。移転後の広々とした場所で走り回らせてやりたかったと思っております。

 いまではひとり残された花ちやんがさぴしそうにしております。くろべえが亡くなった夜は遠吠えを繰り返しておりました。


アイムス・ジャパン様よりご援助


 アイムス・ジャパン様より、5月中旬280kg、5月末260kg、6月中旬220kg、7月中旬320kg、犬猫のフードご援助いただきました。いつも誠にありがとうございます。動物ともどもスタッフ一同感謝申し上げます。


土地探しの状況

 懸案となっておりました耶馬渓の土地は微生物処理なども考えましたが、近すぎるということで、やはり近隣集落の理解は得られないとの判断から断念いたしました。

 同時に不動産屋さんからも『集落の方が東京の地主さんに連賂し、売らないように働きかけたため、地主さんも売らないようになった』とのことでした。

 その後これまでで最も条件のよい土地の紹介がありました。玖珠町の山奥で、集落から1km以上離れ、湧水があり、獣医さんも30分で4件あり、6ヘクタールの広さでありながら、杉伐採跡のため550万円と割安で、地形的にもやや平坦地が少ないものの、遊ぶ動物がすべて見渡せる好条件の物件でした。

 「ここなら誰にも迷惑は掛けない」と、予想できない事態への一抹の不安は残るものの、何年ぶりかで安堵感を抱いておりました。

 しかし不動産屋さんが最初間違って土地を私たちに紹介したため、土地の人の知るところとなり、翌日には自治会で反対となり、地主さんも売らないことになってしまいました。説得の余地はありませんでした。

 一般の人々にとっては〈きたないゴミの処分場〉が近くに来るという感覚なのでしょう。実際みんなが棄てた誰も引き取りたがらないやっかいな物なのです。ダイオキシンの代わりが糞尿であったり、咬傷の不安であったりします。

 人間がここまで〈動物への責任〉に不理解で、いったい移転地が見つかるのかどうか疑問に感じてきました。とはいえ移転を実現しなければ15年で確実に7000万円の余分な養育費が必要となってきます。恐慌でも起これば、全頭安楽死の事態を迎えないともかぎりません。

 今後は条件が整った土地であれば、周辺の承諾を経ずに進めて行きたいと考えております。その後の問題に関しては断固戦う決意です。


熊本県阿蘇野生猿の問題について


 本年2月熊本県阿蘇都久木野村で発覚した野生猿密猟の問題に関して「会」として取り組んでおりますこと、事後となりましたがご報告いたします。

 久木野村前村長(その後選挙違反で辞職)が猿捕獲業者に依頼し、24頭の野生猿を違法に捕獲しました。捕獲された猿は、現在、熊本県鳥獣保護センターに収容されておりますが、材木もなく、土もなく10畳ほどの檻の中に入れられております。

 密猟動物は本来生息地に放獣されるべきものでした。しかし私どもが事件を知ったのは2ケ月後と遅く、別の群50頭全頭捕獲のニュースを調べるうちに判明し、適切な処置を取ることができませんでした。すでに6頭が衰弱死し、残りの猿18頭の生命も危ぶまれます。

 県はセンター猿の処置を動物園等への譲渡を考ぇ、同時に実験動物や殺処分も視野に入れ、処置は公開しないとのことです。

 鳥獣保護センターの視察とともに、久木野村経済課と話し合いの場を持ちました。

 農作物被害が原因となっているものの、有効な猿害対策が明らかになっているにも拘らず、県はここ10年間なにも対策を講じなかったことから、県自然保護課へ6月1日、一回日の要望書を提出し、猿害対策とセンターの猿の善処を求めました。

 6月23日、センター猿の具体案を盛り込んだ要望書を6団体(足立動物愛護支援の会〈東京〉、オオカミの仲間たち〈埼玉〉、ストレート・フオー〈福岡〉、生命の輪〈埼玉〉、ティーア・フロインデ〈大分〉)の連名で提出し、7月1日鳥獣保護センターでの「自然環境に近い飼育法」の提案を提出いたしました。

 しかし状況の変化は見られなかったことから、7月13日、大分のティーア・フロインデ代表酒井様と県庁へ赴き、県知事と県サル対策検討委員会へ公開の要望書を6団体連名で提出いたしました。地元テレビ、新聞も取り上げましたが、県はまったく方針を変えておりません。

 現在センター猿はただ死を待つ身となっており、今後の運動の拡がりが不可欠となっています。ご協力いただける方を募っております。(なお、野生猿保護活動に係わる費用は活動者の個人負担となっております。またできるだけ被災動物保護活動に支障を来たさないよう、活動は休日と休憩時間を当てています。)

 関心のある方は要望書コピー等の資料を用意しておりますので、今井までお問い合わせください。

*一般からの“小さな声”が収容猿たちのカになります。熊本県への抗議は熊本県庁(代表096−383−1111)広報部広聴班、または自然保護課へお願いいたします。


追伸―迷い犬続報―

 迷い犬のミカちゃんが見つかりました。

 ご心配をおかけしましたが、4月25日ミカちゃんを無事保護いたしました。捕獲した被災地まで10キロを帰っていました。3週間ぶりの再会でした。

 被災地が恋しかったミカちゃんに、早くここが自分の家だとわかってもらえるよう、がんばりたいと思います。

 ありがとうございました。

      今井 真


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