自己紹介
変な顔
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Oh My My
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PowerBook

SE/30 SE/30(オブジェ)
 小生のMac購入1台目。(まだPowerBookという機種はこのときなかった)
 改造はいろいろやっていて、256階調のグレースケール化、外づけビデオ出力、ハードディスク入れ替え…等々。
 (Macはこの時代からデュアルディスプレイ出力ができたのである。

 ところが散々改造しまくって使っていた後、画面に縦縞のゼブラ模様が出て、黙り込むようになった。
 日によって違うのだが、40分も待てば思い出したように起動音がして、あとは異常なくノタノタ動く。(今は置き物、インテリア状態。)

Duo270c Duo270c (親父に譲ったあと不調)
 どこでも仕事をしてしまうので、2台目はパワーブックにした。
 さぁ買うぞ!と注文したら、現品が届いたその日にそのショップがつぶれて、別の店に再注文。
 このマシンの改造はなし。システムも当初インストールされている漢字Talk7.1である。
 (フレームはマグネシウム合金。当時のPowerBookは丈夫だった。)
 でも金もなかったので、外づけのフロッピードライブは買えなかった。だからプログラムのインストールはSE/30とAppleTalkで接続して行った。
 以後、550c、2400cと導入したため、これはいらないだろうというファイルを削除して、親父に譲った。
 「画面が小さかったら、でかいやつ買ったら。」と言ったら、「これでいい」と満足してくれていた。
 (その昔のお下がり、9801UV2よりずっとマシだということらしい。)
 ところが1998年4月になって「印刷がでけん!」と愚痴をこぼし始めた。よくよく見てみると、システムを壊してしまっていた。
 「今度こそ、新品買ったら。」と勧めることになってしまい、本人も一念発起。PowerMacintosh 5500を買わせてしまった。(memoly:96MB HDD:4GB)動きを見ていたら、ヨダレが出たのを覚えている。


550C 550c (スリープ状態)
 このホームページはこのマシンで作成開始。
 画面がVGAなので、小生のホームページは縦長レイアウトだ。(それも中央に表示されるようにしてある。)
 メモリーは32M。増設した直後に売価が暴落した。あげくのはてに下がりきったときに納品書と請求書が同時にやってきた。(差額のウン万円は実にバカらしかった。)
 システムは当初インストールされている漢字Talk7.5。最近はPowerMacintoshでないと動作しないソフトがインターネットでもちらほら。
 もうそろそろ次が欲しいと待っていたら、次がでた。その関係で現役引退。今は部屋の片隅でスリープ状態。また動作させることがこれからあるかどうか…。

2400c 2400c(また逝っちまった!)
 1997.7.13以降のホームページはこのマシンで作成。
 このマシンのデザインは“愚の骨頂”だと断言する。
 機能的なことも考えていない。こいつにホレ込んでいるユーザーがいるようだが、小生はイヤで嫌でしょうがない。
“タッパー”と言われているスリープインジケーターが光る液晶画面上部のとめ具のデザイン、“ヒゲボタン”と呼ばれているクリックボタン、日本IBMとこいつを考えたデザイナーは何を考えているんだ!(使用中にネジがはずれるだとぉ!ばかにするのもいい加減にしろ!)…と怒っていたら、ある朝持ち上げるとカラカラと音がした。心配していた“ネジがハズれた”のである。
 (これからは何が起こるかわからない。恐くなったので、即座にAppleCareに加入した。)当初、メモリーが80M。HDDが1.3GBでスタートした2400cも、ソフトをバージョンアップしたり。最終的にはHD6GB、Memory96MB、OS8.6に。
 ロジックボード関係の総入れ替えは3回。一番最後に笑えるのは某市NCRの修理ミスで液晶までイカれて、そいつが予期せず新しくなったこと。再修理に持ち込んだ福岡NCRの担当が恐縮していた。(AppleCareに加入していたのは大正解だった)。
 ところが喜んでいたのもつかの間。その液晶のバックライトがある日突然、つかなくなった。インバーターなのかパネル本体なのか、点検をしてもらったところ蛍光灯だけ交換することで復活できた。(福岡のMacCareさんに感謝感激雨霰!)
 起動させれば、のたのた動きだし、802.11bでインターネットにアクセスできる状態となり、常駐場所を食卓に移してテレビを見ながら放送中に出る
URLを表示させるという役目をさせていたのだが、またある日、スリープから復帰しなくなった!!

Pismo PowerBook G3
(バックアップマシン)
 2000年3月にインターネット経由、AppleStoreで購入した。私の住む延岡では、Macを店頭で見ることがない。それだから、「なぜMac?」と職場では問いかけられる。
 そしてたいがい「これ何MHz?」と聞いてくる。いかにもWindows的発想だ。
 そういう者には「512M…」と答えてやっている。「へぇ〜CPUが512MHz。」「なに言ってんの?Memoryが512MB!、それでバッテリー駆動時間が10時間。」「…」たいがいこれでWintelノートユーザーは次を聞いてこない。(今は512MBが768MBになっている。…後述)
 ノートはこうあるきと信念を持っている。(まずバッテリー、HD容量とメモリー、最後にCPUスピード)ハードの内容を「CPU→HD→Memory→バッテリー」の順に宣伝するWintel業界、それに踊らされる消費者の状況はいかがなものなんだろう?
天災は忘れた頃にやってくる
 ある日、メールをEudraで受信していたらフリーズ。HDからは“カリカリ…カリカリ…”と規則正しい音が連続するばかり。再起動するもダメ!(これが世間で言うHDのクラッシュなのか)ついに来るべきときがきた!
 CD-ROMからシステムを起動させ、内部HDが認識されることを確認。大事なファイルを外付けHDに待避させ、イチからシステムのインストールとなった。(元の環境復旧までマル1日

 その日のうちに20GBのHDを2つ(ひとつは内蔵HD交換用、もうひとつはバッテリーベイに入れるバルク品のHDケース用に)注文して今後に備えることにした。
 なにが一番大事って、そりゃ「自分が作り出したデータである」ことを再認識。
メモリーを768MBに増強(2001.5.21)
 PowerBookG4やNew iBookが出てくると、このPismoは市場から消えていく。老兵は消え去る運命なのだろうが、周辺機器は業者が本体の消えてしまう前に売り切ろうとしているのか、市場価格が下落する。
 そのいい例がメモリー。なんと1枚が512MBで3万円ちょっとになっていた。まるで「買ってください」と言わぬばかりである。
 さっそく調達して自分で増設作業をしたが、静電気でお釈迦にしないかと手が震える作業だった。まず256MBのメモリーを取り外し、そこに512MBの倍の容量(大きさも倍だった)を装着。緊張の作業後、起動するとメモリーは768MB認識されて正常動作している。

PowerBook G4
 2003年6月にインターネット経由、AppleStoreで購入した。持ち運びはとにかく大きいこともあって、館林製作所のアルミケースに入れて持ち歩いている。
 Memoryは1GB、HDは60GB。当初、OSは10.2だったが、10.3にアップした。そのはずみかどうかはわからないが、モデムポートの認識をしなくなり、Apple Call Centerにお世話になった。(修理が速い!:年末、御用納めの翌日に集荷してもらい、大晦日に届けられた迅速さにはびっくりした。)
 購入と同時にほかに買ったものはACアダプターぐらい。持ち歩くにはやっと現実的な大きさになったACアダプターなのだが、あるときそれを鞄に入れずに遠出してしまった。乾電池で動くわけでもないので、地元の大型量販店でさらにもう1個買うはめになった。…他社のようにノートごとにACアダプターが違うわけでもないので…ま、いいか…と思っている。
 1年以上使っていると、バッテリーの持ちはどうなのかな?と思ってしまう。そんなに短くなっているように思えないのだが、懐具合のいいときに予備を購入した。このバッテリーの交換、マシンをスリープ状態で行えるって知ってますか?(やるときはドキドキもんですけどね。)

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