のべおか第九 曲目の解説 表紙へ 目次へ
前ページへ 次ページへ

ベートーヴェン
交響曲第9番ニ短調 作品125「合唱つき」
 もう解説の必要もないくらい古今の名曲であり、年末12月になると日本では全国各地で演奏されています。またプロ、アマチュアを問わず、このために集まり、熱心に練習をしています。第4楽章にはシラーによる「歓喜に寄せて=An Die Freude」を歌詞に、ソロ、合唱を組み込んだ雄大な音楽を作り上げています。
 1824年5月7日、ウィーンのケルントナートール劇場で、作曲者自身による指揮(といっても、形ばかりで、実質は副指揮者)で初演されました。そのころ、すでに完全に聴覚をなくしていたベートーヴェンは、演奏後、大喝采であったことを知らず、見かねたアルトソリストが、本人を客席に向かわせたところ、熊のような無骨なお辞儀をしたとの言い伝えがあります。
 ところで、作曲者という職業は、天才であればあるほど、当時の流行や大衆の嗜好に迎合できず、真の意味で優れた作品を生み出しながら、すぐには受け入れられず、当然の帰結として、なかなか収入にならないため、貧困のどん底になってしまいます。モーツァルトしかり、ベートーヴェンしかりでした。後生になってここまで受け入れられ、演奏されていますので、この2人はもっと裕福になっていたはずです。なかなか人生はうまくいかないものですね。モーツァルトやベートーヴェンは天国からどんな風に思ってみているのでしょうか?
 さて、モーツァルトの音楽は天真爛漫、優雅で自然な音楽ですね。一方、ベートーヴェンは一口でいって不器用で不格好だが、くそまじめな努力家のイメージ。彼の音楽は、生身の人間として日々暖め、感じたこと、人生への思いがいっぱいつまっています。厳格な構築感、意思のこもった強弱記号、sfの執拗なまでの多用、岩のようなごつごつした、けっして美的とはいいがたいモチーフなど、かかれている音符すべてが彼の強い意思、思いが反映しています。特に、晩年のこの第9交響曲は、彼の思いを、さらに声楽の力をもって表現したいと思った特筆すべき作品です。
 筆者は、長年オーケストラでいろんな作曲家の作品を演奏してきていますが、今さらながら、彼の作品のひとつひとつの音の重さをずしっと感じています。
 楽譜にかかれた印譜などをきわめて忠実に、きちんと、意思を込めて弾いていけば、おのずと彼の思いが出てきます。これほど明確なものはありません。おそらく、このベートーヴェンの音楽の持つ濃厚な思いが、万人の心に共鳴するので、現代にあってもなお愛され続けているのでしょう。
 なお、今回の演奏では“Barenreiter 改定版”(1998年出版)の楽譜を使用しています。
第1楽章 Allegro ma non troppo, un poco maestoso
 きわめて厳格なソナタ形式で書かれています。複付点のついた、ごつごつした第一主題を、ばらばらにしたり統合したり組み合わせたり、反復したりして、構成感のある一大宇宙を創り上げているかのようです。特に再現部は、大きな岩が今にも落ちてきそうな迫力です。
第2楽章 Molto vivace
 ベートーヴェン特有のリズミカル様式であるスケルツォ。付点を伴った強烈なリズムがこの楽章を支配しています。オクターブにチューニングされたティンパニが、さらに効果音としてこの楽章の性格を強調します。トリオは一転して牧歌的な雰囲気となります。
第3楽章 Adagio molto e cantabile
 1,2楽章とはうってかわって天上の穏やかな音楽になります。無骨なベートーヴェンが、このように美しく、かつ安らかな音楽を創造したこと、実は奇跡に近いことと思っています。煩悩や悩みや争いのまったくない、天国とはまさにこういうことをさすのでしょう。聴衆はここで眠くなるものですが、これほど幸せなものはないでしょう。
第4楽章 Presto
 おそらく、ことは1,2,3楽章があまりにもすばらしく、完結したものであったため、どのように声楽を意味あるストーリーで登場させるかで困り、考え、知恵を絞った上で、今のような導入順序にしたのではないかと考えられます。つまり低弦パートを語り手に見立て、自分で創造した1,2,3楽章を順番にことごとく否定してゆき、最後に、さらに高次の思想である、喜び「Freude」をひきだしてくるという、手の込んだことをしています。「Freude」の姿をオーケストラで十分提示したあと、ようやく、声楽が登場します。シラーの「歓喜に寄せて」の歌詞については、別にありますので、それにゆずるとして、万人の心をつなぎとめる普遍的な意味合いをもち、現代にあってもなお重要な思想が盛り込まれています。
 Deine Zauber binden wieder, was die Mode streng geteilt; alle Menschen werden Bruder, wo dein sanfter Flugel weilt.(汝の魔力によって、きびしい運命のいたずらによって離ればなれになってしまった者を再びつなぎとめ、汝の翼の上で、すべての人類は兄弟となる)
 21世紀になろうとしている現代でも、いや、混沌とした現代だからこそですが、この言葉のなんと重いことでしょう!1824年当時で、175年先を見通していたのでしょうか?ベートーヴェンの偉大さにただただ敬服するのみです。また、音楽を手がけることでこのような傑作を演奏できる機会を得たことは、大変幸せなことと思います。(延フィル代表:松江雄二)

A Horita House Production
[のべおか第九] > [Medford公演] > [プレコンサート] > [曲目の解説]
ページ最上に