ゆふいん音楽祭2004秋の演奏会 −室内楽の夕べ−
●W.A.モーツァルト /ヴァイオリンソナタ第40番変ロ長調K.454

 当時最高のヴァイオリン教師だった父から直接習うこともなく、文字通りの「門前の小僧」でヴァイオリンを操って神童ぶりを世に示したモーツァルト(1756-91)だが、この頃のヴァイオリンと鍵盤楽器用の合奏曲はロマン派以降のヴァイオリン・ソナタとはちょっと違う。円熟期のこの逸品ですらも、「オブリガートするヴァイオリン声部付き鍵盤楽器のソナタ」と譜面に書かれる。主人公はあくまでも鍵盤。ヴァイオリンが名人芸を発揮していれば済むものではなかった。小林と岡山という室内楽を知り抜いた両賢人ならではの選曲だ。
 この二重奏は、神童時代を終えヴィーンに移り住んで仕事も創作も絶好調だった1784年春に、皇帝臨席で初演されている。当時大忙しの作者は、ヴァイオリン譜だけは仕上げたもののピアノ譜を書く暇がなく、暗譜で本番に臨んだとのこと。女流名人ストリナザッキとの御前演奏を意識してか、当時としてはヴァイオリン・パートが極めて雄弁だ。デュオ楽器が壮大に鳴り響くラルゴの序奏に始まる第1楽章、アレグロ。展開部での両楽器の掛け合いが見事なソナタ形式。第2楽章、変ホ長調のアンダンテ。ピアノもヴァイオリンも甘美に歌う。第3楽章はアレグレットのロンド。思いついたように挿まれる挿入部分にも魅力的な楽想を惜しげもなく用いる。
●J.S.バッハ /無伴奏チェロ組曲 第5番 ハ短調BMV1011

 ヨハン・セバスチャン・バッハ(1685-1750)全6曲の無伴奏チェロ組曲で、演奏上の問題は調弦である。最初の4つの組曲は、低いハ音から5度づつ調弦された通常の四弦楽器の為に作曲されている。ところがこの第5番だけは、バッハには珍しく、バロック時代に使用されたスコルダトゥーラという特殊調弦法の為に書かれており、一番高い弦が1度低く調弦されるのだ。弦を引く力の弱かったバロックチェロでは可能な作業だったが、ピッチを高くするための様々な改良が成された現代チェロではそんな調弦は困難。現在では通常の調弦で演奏されることが殆どで、その結果として演奏不可能な和音が出現したりもする難曲となる。この作品は内面的で全6曲でも最も好き、という山崎は、音楽的な充実と技術的な困難さをどうバランスしてくれるだろうか。
 重厚な調性ハ短調で、バランスを逸する程の巨大でロマン派風のパトスが横溢するフランス序曲風前奏曲に始まる。前奏曲が長大な疑似フーガによって閉じられると、和音が強調される第2曲アルマンド。第3曲のクーラントに続き、第4曲サラバンドは分散和音が横に進むだけの線的な流れで、表現は極めて難しい。全曲の息抜きともなる筈の第5曲ガヴォットも、ハ短調の暗さから離れない。終曲のジーグは、リズムだけのような音楽であっけないほど。
●F.シューベルト /ピアノ三重奏曲 第1番 変ロ長調D.898

 19世紀初頭、日進月歩で改良されたピアノは、独奏楽器として特権的地位を得るに至る。だが、合奏楽器としては扱いが難しくなったことも事実。中でもピアノとヴァイオリン、チェロの三重奏は、ピアノが突出するバランスの悪さから、ジャンルとして捨てられる可能性もあった。そんな状況を救ったのが、勃興する小市民層。この形態は、彼らの家庭音楽にうってつけなのである。ウィーン市民の家庭で愛奏されたシューベルト(1797-1828)の室内楽だが、延々40分以上も続くこの作者最晩年の巨大な三重奏に限れば、アマチュアの楽しみを遙かに越えている。メロディに溢れた娯楽音楽で終わることもできれば、演奏家を得れば、恐ろしいまでの広がりを持った深遠な世界にもなる。今晩の顔ぶれに乞うご期待。
 一見気楽な楽譜に、無慈悲なまでの精神的要求の高さを秘めた、ビーダーマイヤー時代が生んだ最初の浪漫派芸術としての室内楽。アレグロ・モデラートの上機嫌な旋律が延々と続き、そのまま主題となるソナタ形式第1楽章。夢のようなアンダンテ・ウン・ポコ・モッソの2楽章には歌曲作家の面目躍如。リズムが際立つスケルツォの第3楽章アレグロから、陽気なアレグロ・ヴィヴァーチェの終楽章ロンドへ。