諏訪Bニューコアラとは

 

我が家のホームページを一杯見て頂きましたがありがとうございました。私が加入しています、コアラ、ニューコアラとは何でしょうか。私もそこの一会員ですから詳しくはお話できないかもわかりませんが、お手元にお配りしていますレジメを元に少しお話をさせて頂きます。

 

コアラを語る時には事務局長の尾野さんのことをお話しなくては説明が出来ませんので、先ずは尾野さんの若い頃のお話から致しましょう。

 

福岡の大学を出て東京で就職をした尾野さんは都会の忙しいゆとりの無い生活に失望をして大分へ帰ってこられた、でも都会の生活に失望した筈だのに、大分の生活にはもっと失望をしたと言われています。そんな時に平松知事と会われる。何事も前向きに捉える知事の姿に自分達にも何か出来るのではないかと思われたそうです。

 

平松知事は一村一品運動をすすめられた、地方の小さな町もこれは!という生産品を作って自信を持とうということですね。それでは大分の町に住む者も何かこれはということを始めて見ようということで、丁度その時に中小企業庁から話のあった、コンピューターネットワークの話を聞いて何かできそうとだと若い二世の事業主30人が集まって、まず自分の会社のデーターベース作りを始めた、しかし、ちっともおもしろくない、困った、そして小さな町の広報誌を載せたらもっと面白くない、本当に困ってしまった。

 

ある時、それをおとりよりに見せる機会があった。その中で一番良いといって読んでくれたのが広報誌の中にのっていた小学生の書いた作文だった、それには自分の町を愛する素直な気持ちが書いてあって読んでいてとっても楽しい。とのこと。

 

そのことが引き金で、コンピューターネットワークというのは、企業紹介とか、データーベースという事ではなく、人の気持ちのやりとりをするコミュニケーションに向いている、そういうことに使おうということで、「コアラ」という愛称で尾野さんを中心にパソコン通信が始まった、今から12年前のことでした。

 

いろいろな話のグループが会議室という名前で生まれました。誰もがはじめに自己紹介会議室で自己紹介をします。コアラは実名主義です。そして「ネアカ、前向き、ハキハキ」ということを大切にそれは今も変わりません。

 

1994年7月、大分のコアラにインターネッがやってきました。何か楽しいことを始めよう、一人一人がメールボックスを持とう、一人一人がホームページを持とう、例会の度にそんな話が活発におこり、その様子はオンラインレポートとしてパソコン通信の中でも報告されて、例会に参加できなかった人もその様子をすぐ知ることが出来ます。

 

インターネットがもっともっと張り巡らされた時には今の社会はもっと違ったものになっているのではないか、そのためにはどんなことが必要か、どうあったらいいか、私たちはネットワークを使ってどんな楽しいことをしているか、そんなことを報告しあって意見を交わしているのが別府湾会議です。そしてそのことを研究し続けるためにハイパーネットワーク社会研究所が出来ました。

 

県の第3セクターの施設の中の新しい部屋にハイパーネットワーク社会研究所が入りました。そこへコアラの事務局もコアラのテクニカルサポート、コンテンツ作りをする民間会社も一緒に入りました。つまり、その部屋自体が、官、学、民、共同体になった訳です。コアラがいつも主張している市民主導型の共同体そのものです。そこには私たちも自由に使えるインターネットに繋がったパソコンも数台おいてあります。

 

そんな時、NTTさんのマルチメデイア実験がありました。事務局や、別府のコンベンションホールや、大分の商店街に光ファイバーが引かれました。また、128キロ専用線を大分に引いて下さいました。我が家にも128キロ専用線がやってきました。専用線ですからいつも我が家のパソコンはインターネットに繋がっています。そして高速ですからとても快適にインターネットが動きました。情報コンセントが我が家に出来た訳です。電器のコンセントと同じように、インターネットの情報が流れて来るコンセントです。

 

この実験を契機にコアラも新しい取り組みがいろいろなされました。

 

以前からコアラはラジオ番組を一つ持っていました。事務局長の尾野さんとコアラ会員の若い女性2人がパーソナリテイとして1時間番組を持っていました。今度は部屋の中にスタジオもできまして、そこで、インターネットライブ放送を始めました。今も毎週月曜日の夜7時半から8時まで、インターネットで放送しています。スツリームワークスとリアルビデオいうソフトで見ることが出来ます。

 

過去の番組もオンデイマンドで見ることが出来ます。放送はスタジオの中と外をいつも結んでオープンな感じで進められています。スタジオにお客様を招いたり、イベントがある時にはデジタルビデオで録画をして流したり、私も事務局からデジタルビデオを貸与されていまして、取材をほんの少し手伝っています。コアラ特派員第1号だそうで、今回のスマートレイク収穫祭も是非、取材をして帰ろうと思っていますので、どうぞ皆さんご協力をお願い致します。

 

また、コミュニケーションを一番大事にしているコアラです。文字だけではなく、写真や声や動画がつけられたらもっとわかりやすいのではないかしら、ということでマルチメデイア電子会議室「百聞一見」が開発されました。

 

誰かの発言にたいして、すぐにレスポンスがつけられます。こんなもの見たよ、、と言って写真を載せて説明をすることが出きます。私はすっかりこれが気に入っています。どこかへ行ったら必ずデジタルカメラで写真を写してきて載せています。私のニューヨークのお友達も、いろいろ珍しい写真を写しては載せてくれています。

 

このマルチメデイア会議室がものすごい威力を発揮した出来事がありました。このお話はもう少し先でまたさせて頂きます。

 

このマルチメデイア実験を経てコアラは急成長をするようになりました。会員も急激に増えました。そしてそういう活動が認められて、ニューコアラはサントリー地域文化賞を頂くことが出来ました。インターネットによるコミュニケーションが文化として認められた画期的なことでした。それは私たちにとっても本当にうれしいことでした。コアラの会員が集まってお祝いのパーテイーをしました。

 

平松知事さんもお呼びして皆でお祝いをしよう、くすだま割りをしよう、紙吹雪を散らそう、といろいろ考えあって毎晩会員有志が事務局に集まって準備をしました。パーテイーの当日は前の日からの台風、誰がガーデンパーテイがいいなんて言ったのでしょう、。出来るのか、するのか、尾野事務局長は決断を迫られて本当に辛そうでしたが、ナント開始2時間前にゴーサイン、それからホテルのコックさんたちはご馳走の準備、くすだまを吊るし、バンドは音出しを始める。でも、くすだまを知事さんと一緒に割った時には、紙吹雪が舞い、見上げる空には大きな虹が立ち、それは印象的なパーテイーでした。

 

インターネットで変わる社会、産業を興すということで、ハイパーネット社会研究所が中心になって市民向けのハイパーセミナーが95年から2ヶ月に1回開かれてきました。そこには官庁、企業、市民といろんな方が出席して事例報告や新しい動きなどを学びます。今年春、事務局長の尾野さんがアメリカ政府の招きで1ヶ月間、アメリカのインターネットの動きを視察されてきた報告がとても楽しかったです。時にはアメリカから来られた情報省の方の話だったり、アジアの現状報告をマレーシアからの視察団の人々と一緒に聞いたり、別府や湯布院のホテルや旅館のインターネットとの取り組みの話を聞いたり、コアラのバーチャルショップの話を聞いたり、富山県山田村や大分県大山町の事例を聞いたり、と確実にインターネットによって社会が動き始めているという実感の持てるセミナーが続いています。こういう集まりに無料で参加できる私たちは本当に幸せです。

 

まず人々が元気になり、楽しくなり、そして自然にそこには実益が生まれる。コアラにはバーチャルショップがあります。今ではオンライン上に大分の企業、他の町の企業合わせて300 店が出店しています。カード決済が出来ますが近いうちに電子マネーの流通も始まるでしょう。今はまだ儲かってということにはなっていないようですが、今は宣伝の時、やがて、情報コンセントが持てるようになったら、各家庭でインターネットが出来るようになり、きっと商売として成り立っていくことでしょう。出店料は1店舗、1000円です、そして誰でも出せるのです。私もお菓子のお店を出そうかと思ったこともありましたが、今は、作っても自分ですぐ食べてしまうので商売にはなりません。

 

 

マルチメデイア実験は終わりましたが、ニューコアラの活動は続いています。さらに地域社会に情報コンセントが一日も早く引かれますように、ネットワークを更にアジアまで広げるようにと活動を続けています。