諏訪Aホームページ
 

今日は皆様のお手元にコアラのホームページカタログを参考のためにお配りしています。私とホームページについて少しお話をさせて下さい。

我が家にもインターネットがやってきました。あっちこっちうれしくてネットサーフィンなるものをしました。そして私たちも発信したくなりましてホームページを作ろうと思いました。

主人と編集会議を開きました。

インターネットっていうのは、世界中を結んでいるものだよね。英語も必要だよね、英訳は僕がするからね。と主人。
何を発信したいのか、その内容が大事よね。
ホームページを作るからには、見てもらいたい、何度も見てもらいたいね、次々と更新していかなくっちゃ。
ホームページを見たよってメールくれた人へはすぐに返事を書きましょう。

この4つが大事だということになりました。
その次の問題は、では何を発信するか、ということでした。

日本の大分の主婦が発信するっていうことにどんな意味があるんだろうってことを二人で考えました。私たちの日常の暮し、何を大切に暮らしているか、そのことを発信しようということになりました。私は絵を描くことが好きでした。パソコンでも絵が描ける、マウスを使って絵を描いてみよう、日本には四季があり、大分は自然がいっぱいある、その自然を知らせよう、編集会議はすぐに終わりました。

しかし、問題はホームページ作成です。雑誌を見たり、本を見たり、首をひねっての作業でした。でも我が家がパソコンを買う前から、コアラではホームページ作成勉強会をして下さっていました。興味半分、参加していましたがその時は全くのチンプンカンプンでした。

まだまだパソコンをさわること自体、恐くて、人がマウスを扱っているのを遠巻きにして眺めている状態でした。ちょっとだけさわらせてもらって感激をしていました。でも実際に本と首っ引きでハイパーテキストを書いていくと、その時の勉強会がいかに素晴らしいものであったかが分かりました。あのこわごわの時間があって始めてホームページが私たちにも作れたのだと思いました。あの時、先生をして下さった方は、今も、コアラのサポートをしてくれている会社の方でボランテイアだったのですね。

出来上がったホームページをインターネットに上げるのがまた大変でした、ウインドウズお助け隊にSOSを発信してFTPの使い方を懇切丁寧に教えて頂きました。1995年5月、こうして我が家のホームページはインターネットに載りました。うれしかったですね。今思うとたった1ページの英語と日本語が交互に書かれたホームページ。それでも大感激でした。

少しずつ私の絵も載せられるようになりました。我が家に今、咲いている花の絵を描きました。我が家の庭には今、こんな花が咲いていますよ、って大分の今を知らせたかった。

がて、夏が近づき、私たち夫婦がボランテイアで関わっている「ゆふいん音楽祭」の準備が始まり出しました。そうだ、この音楽祭ももっと世界の人に知って頂きたいってホームページに載せようと思いました。音楽祭の事務局長に許可をもらってホームページに載せました。

早速、反響がありました。
「弦楽を中心にした音楽祭、素敵でしょうね、緑陰で聞くモーツアルトは素敵ですね。こちらでもセントラルパークでも時々音楽会があります。」わーー、ニューヨークからだって興奮しました。もうニューヨークで25年以上も仕事をしている日本人の方でした。

でも、そこにはこう書いてありました。
「素敵なホームページですが、英語の中に文字化けが並んでいるのは見るのが辛いです。英語版と日本語版に分けるといいと思います」びっくりしました。外国から見ると日本語はただの文字化けになる、これは困りました。早速、英語のページと日本語のページに分けました。

「早速、2本だてになりましたね。随分見やすくなりましたよ。」とまたすぐに先ほどの方からメールが来ました。メールの威力を感じ始めました。反応の速さにびっくりします。普通の航空便だったら、書いて、封筒に入れて、郵便局に行って、計ってもらって切手を買って、そして投函、往復、2週間はすぐにたってしまいます。それがEメールは夜出せば朝にはもう返事が来ている、これは凄いものだと思いました。

ホームページを見ましたよっていうメールが少しずつ増えてきました、我が家のホームページも少しずつ内容充実、増えていきました、私の好きなお菓子の作り方を絵に描いて載せたり、カバーページは我が家から見える由布岳、鶴見岳の絵、紅葉の由布岳、雪が積もった由布岳、新緑の由布岳、もっとこういうソフトを遣うと素敵な絵が描けるのでは?とソフトを送って下さったり、英文をチェックして下さったり、今では我が家のHPの英文は、オーストラリア、アリゾナ、ニューヨーク、ミシガンなどの方々がチェックして下さっています。

の終わりのことです。「音楽が好きです、日本も好きです。日本語を勉強しています。もうすぐ日本へ旅行します。」という日本語交じりのメールが来ました。

今では「アメリカの息子」と私たちが呼んでいるDonさんからの最初のメールでした。そして本当に大分にやってきました。そんないきさつをコアラの電子会議の中で話ていたら、地元のNHKテレビがインターネットから実際にアメリカ人が来るのですか、取材をさせて下さい。

丁度2年前の今ごろです。当時はそんな感じで皆さんもびっくりする出来事だったのですね。さあ困りました。何しろ私は英語が話せません。主人はその日は会社が休めない。コアラでまたまたSOS,そうしましたら、若い高校の先生が通訳を引き受けて下さった。私は髭を生やして黒いカバンを持っていきますというメールを便りに約束の大分駅でテレビカメラを担いだ人たちと、通訳を引き受けてくれたコアラの友達と一緒に待ちました。

どんな人が現れるのか不安でしたが、やってきたのは鼻の下に少しだけ髭をはやし、ヒョロヒョロとした白いワイシャツの青年でした。「こんにちわ」こうして出会って彼はもう3度も我が家にやってきてまた年末にもやって来るそうです。彼はベジタリアンですから、彼の居る数日は私たちもベジタリアンに変身します。その度に音楽好きのコアラの人たちが集まって歓迎パーテイーをして下さいます。事務局も訪問してお話をしたり、彼もたくさん友達を作っています。

ームページをインターネット上に出していて、楽しいなと思う例をお話しましょう。ゆふいん音楽祭のページを作っていますが、カリホルニアからメールがきました。「とっても興味があります。私もコーラスをしています。主に教会音楽です。」いろいろやりとりがありまして、「音楽祭に行きたいな、、」ということで昨年の音楽祭には本当にカリホルニアからやってきました。5日間のプログラムを聞き、我が家にも泊って帰りました。

彼のことは私の音楽祭のページでリンクを張って紹介していますのでちょっと見てみます。カリホルニア大学のアービン校の教授でオレンジカウンテイーの米日協会の理事もしている大の日本好きです。湯布院に来たことをいろいろ書いています。Jimさんのページでは大分でコアラメンバーに歓迎された時のことも書いています。このレポートはコアラの事務局員さんが書いたものですが、こんな風にコアラ会員が自由に集まって歓迎をして下さいます。

そして彼のページにはその他にも日本での友達のHPのリンクが張ってあるのですが、ここに岡本さんのページがあります。そしてびっくりしたのですが、この岡本さんのページは私のゆふいんのページからもリンクを貼っている所なんですね。

この広い地球上でJimさんと岡本さんと私たちと、偶然同じ趣味を持つ友達だったのですね。本当に世界も狭いんだなと感動をしました。でも私は同じ日本に住んでいるのに、岡本さんとは会ったこともありません。でも、アメリカに住むJimさんはもう何度も岡本さんの家に泊っているのです。インターネットの結びつきって本当に距離は関係なくしてしまうんだなと楽しくなってしまいます。彼も暮れにはまた我が家にくるそうです。こんな風にHP上でJimさん、岡本さん、私たち、Jimさんと地球を一回りすることが出来てしまう。楽しいです。

う少し、ホームページのお話しをしていいでしょうか。

ここに私の好きなお菓子作りのページがあります。これはニューヨークから来たマイケルハウベンさんにもらった本の中から作ったチーズケーキです。ちょっと作り方を見て下さい。

この本をおみやげに下さったハウベンさんはインターネットの中では有名な方です。インターネットを使って新しい体験を重ねていく人、そしてその経験の中から、新しい価値観を発見していく人、さっきのJimさんの所で感じたように、また、私たちが大分の外はアメリカだったり、フランスだったり、諏訪だったり、東京だったり、そんな風に自由に距離を克服できる、。私は今回、こちらへ参りますのに、大分から最初にどこへ行ったと思われますか。なんと東京からこちらに来ました、その方が早くて便利なのですね。びっくりしました。大分という地方から諏訪という地方へ現実に行くのは大変不便な訳です。でもインターネットの世界では、大分から諏訪はすぐです。アメリカもすぐです。そんな風に感じた人は、一極集中という今の日本の現状もきっと違った目で見られるようになると思います。そしてインターネットをしている人をサポートしてもっと活用できる手助けも気軽にする人たち、そんな人をネットワークシチズン・ネチズン、と彼はよびました。当時はまだ22才の大学生でした。

インターネットの今と未来を考える別府湾会議というのが2年に1回開かれます。国内や海外の専門家の皆さんが200人くらい集まっての会議です。そんな立派な会議にもコアラ会員である私達もちゃんと一人前に参加できるのです。そして意見もちゃんと言えるのです。

そして1昨年の会議にはこのハウベンがゲストスピーカーとして招待されることになりました。そのことを知った私たち夫婦はハウベンに歓迎のメールをおくりました。彼は「日本から最初に来た歓迎のメールありがとう」という返事をくれました。そうして別府であえるのを楽しみにしました。

会議当日になりました。アメリカ人にしては大層華奢な青年がハウベンでした。彼は最初に歓迎メールをくれた人ということで、私にお菓子の本をおみやげに持ってきてくれました。ちゃんと私のHPを見てお菓子作りがすきだってことを知ってくれていたのですね。

新聞社も彼に取材をしましたがその通訳のお手伝いを主人がしたり、会議の終了後には彼を含むゲストの方々を歓待するためにコアラ会員の若い人たちがたくさん集まってきて、カラオケをしたりして楽しい夜を過ごしました。そんなことも彼のHPに書いています。こういうホスピタリテイがとっても彼の心に残ったのか、それから今に至るも彼とメールの交流が続いています。

その彼が今年の夏、本を出版してニューヨークで出版記念会を開くということをある日言ってきました。誰か出席してくれる人はいませんか。というのです。本当は私が行けるものなら行きたいくらいですがそうもいきませんので、ニューヨークのお友達を紹介しましたら行ってくれて、パーテイーの会場で大分や私の話が出来たと双方から喜ばれました。その友達も東京出張の時に、休日を利用して大分の我が家に飛んで来てくれたことがあるのです。その短い大分の滞在にもコアラの事務局を訪問して事務局の皆さんに会って頂き、それがきっかけでコアラ会員にもなって下さって今は、アメリカから、あちらの珍しい景色などの写真をたくさん、コアラのマルチメデイア電子会議室にアップして私たちを楽しませて下さっています。

こんな風に、まるで関係のなかった人々が我が家のホームページを通じて次々と結ばれていく、それが本当に私たちにとってはうれしいことなのです。

昨年は季節の行事、今年は日本の子供の遊びを季節の色を添えて描いています。今はあまり見られなくなった自然の中での行事や遊び、そんな絵と短い文章から日本の良さを再認識して下さる日本人、また自分の国と比べてコメントを下さる外国の方、と言う風に我が家のHPの話しをきっかけに友達の輪が広がっていきます。

つだけ気に入っているページを見て下さいね。

友達が昨年亡くなられた自分の恩師のHPを作りました。この方は広島で被爆された方で、長い間そのことは沈黙のまま過ごされていましたが、5年位前にパソコン通信の中で始めてその生々しい体験を話されました。読んだ私たちは本当にショックでした。温厚なお顔の奥にそんな辛い思いを秘めてらしたのかと思い夫々にレスポンスを書きました。その記録が埋もれてしまうのは勿体無いと言って教え子の一人がインターネット上に出したのです。私たちも相談を受けて、私がカバーの絵を描き、主人がその英訳をすることになりました。

そのページは次々と静かな波紋を起こし、海外からもたくさんメールがきました。今回、インターネットをしていないけれどそのことを知りたいと言われる声に押されて本にまとめました。この本ですが、、CDにもなりました。出版された本をインターネットで紹介するという例はたくさんありますが、インターネットから本が出来たということは珍しいのではないかと思います。こんなこともをっかけにインターネットをして下さる人が増えるのもいいことかと思っています。

在、コアラ会員は6000人くらいでしょうか。そのうち半分くらいは大分に住む会員、あとは福岡、東京、日本各地に散らばっています。福岡の会員もずいぶん多くなったようです。今はコアラの事務局も福岡に事務所を持つべく専任を一人、派遣しています。これからは大分福岡を結ぶ線、別府、湯布院、日田を通って福岡へ、そして海を越えてシンガポール、マレーシアと目はアジアへと向いています。