諏訪@ 挨拶とパソコン通信

 

紹介に預かりました大分から参りましたニューコアラ会員の永野です。今日はお招き下さいましてありがとうございます。どうぞよろしくお願い致します。

パソコン通信で「諏訪に行きます」って書きましたら、紅葉がきれいでしょうね。。と始まって、まあそれから、いろんなお話に華が咲いて、、来年は御柱があるそうですね。HPここですよ。そして諏訪大社、から大社、神宮、お宮さんの違い、日本神話の話から出雲、大和、諏訪の関係、東洋のスイスと言われた精密機械の話、武田信玄のお墓の話とまあ、ぽんぽんと話が飛び交っていろんなことを聞いて送り出されてまいりました。

私は諏訪は始めてなんですが、そんな気がしませんでした。どうしてだろうと思っておりましたら、スマートレイクのCDを頂いてみせてもらっていたからなんですね。その中のバックの模様が素敵で、我が家のホームページの背景に使わせてもらっています。そのCDは今はもう私の手元にありません。諏訪で英語の先生をするというアメリカの友達に送ってしまったからです。この9月から諏訪のどこかの英語学校で教えていると思います。マーク先生という方に会われましたらどうぞよろしくお伝え下さい。

は普通の家庭の主婦です。こんな大勢の皆さんの前でお話をするなんて本当に不安になっています。来る前にはニューコアラの事務局長の尾野さんにも原稿の相談に乗ってもらってきました。諏訪の皆さんによろしくお伝え下さいとのことでした。コアラはユーザー参加型ということで、その中での体験を通してお話をすることに意味がある、コアラの良い点、悪い点なんでも話して良いというおすみつきをもらいましたので本日はできる限り、私どもの経験を率直にお話ししたいと思います。

一生懸命お話をしまして、明日は美しい紅葉の諏訪湖を眺めるゆとりの持てる朝を迎えたいと思っています。よろしくお願い致します。
 

は現在、主人と二人で暮らしています。主人の転勤で国内外あちこち動きましたが、大分には2度転勤で住むようになりまして今はもう10年近くになります。気に入ってましてもう大分でずっと暮らすのだと思っています。こういうのはUターンならぬ、Iターンというのだそうですね。

一人息子が中学の時から東京へ出ましたので、周りの方より随分早くに二人暮しになりました。来年は主人も定年を迎えますが、二人暮しはもう超ベテランとなっております。

朝、5時55分、起きたら先ず最初に主人がパソコンのスイッチを入れ回線につないで、「あ、、今朝はノルウェーとアメリカからメールが来ているよ、それとMLから2通」主人は朝食のコーヒーを点てながらざっと目を通します。私は主人が出勤をした後、片付けをしてから楽しみに読みます。ノルウェーの北極圏のトロモスという町に住むクラウスさんは、「もうあたりはすっかり白くなりました」という便り。アメリカのウエストバージニアのジョアンさんは私と同じ年くらいの女性で学校の先生をしている奥さん、この春に長男を結婚させて、我が家の息子も結婚したい女性を連れて帰ってきたよってメールに書き、ホームページにも載せたら早速見てくれて、「結婚式はいつ??花嫁さんは伝統的な和服を着るの?」と国は違っても女性の関心は私たちとおんなじだと楽しくなる。

メールの返事の内容を考えながら、掃除や洗濯をすませてそれからが私のゴールデンタイムです。週の半分くらいは出かけますが、家にいる日はパソコンタイムです。メールを書いたり、コアラをしたり、、これはちょっと特殊な言い方かもしれませんが、私たちはニューコアラの電子会議でお話をすることを「コアラする」と呼んでいます。

ンターネットの時代になってもこの「コアラする」時間はやっぱり楽しい時間です。文字だけの世界で大分は勿論、福岡や東京、そして6つの地域ネットを結んでいる会議室もあって、これは広島、名古屋、仙台、富山、札幌、大分と相互乗り入れをしています。そこを通じて北海道の友達とも話したり、オフラインの相談をしたり、楽しい時間です。

おばあさんの代に大分から北海道に移住したという若い女性が、コアラをすると先祖の血が騒ぐ、私のルーツを探したい、とこんなことを書いてきました。オンラインで早速、彼女のルーツ探しのお手伝いの相談がまとまりました。空港に出迎える、宿をするのは私、歓迎会の幹事さん、ルーツ探しのお手伝いの係り、とたちまち話がまとまり、今年のお正月明けに彼女はやってきました。

まず役場へ行って戸籍を確かめ、小さな町へ行っていろんな人に聞いたり、お寺に行って過去帳を調べてもらったり、そしてお墓に行くと何と彼女のおばあさんが建てたというお墓が見つかりました。

お盆にはまた友達ときて、一緒にお墓参りをして、生家跡を確認することが出来ました。「かにさんのルーツ探し」と言って随分長く電子会議を賑わしたものです。来年のお正月明けにはまた遊びに来ると言ってます。
 

たち夫婦は今から6年前、主人の会社の先輩にすすめられてコアラに入会しました。年齢も性別も職業も越えた人々とのフランクなお付き合いにすっかりコアラの虜になりました。実名主義ということも気に入りました。たくさん友達が出来、オンライン、オフラインで楽しい出来事もたくさんありました。私はパソコン通信を始めると、部屋の中で一人静かに機械に向かって当時は我が家はワープロでしたが「ネクラ」になるのではないかと思っていましたら、とんでもない、忙しくて仕方なくなりました。

オンラインで知り合いになると、いつのまにか会いたくなるのですね。そして本当にいつのまにか出かけて行って会っている。以前にも増して、夫婦で出かけることが多くなりました。コアラをしていないと、そういう楽しい情報に遅れます。何かないかな?無かったら作ろうということでまたワープロに向かいます。

私はその地域が元気になるということは、そこに住む人が一人一人が元気なこと、そして動きがあることだと思っています。人が来たり出ていったり、また戻ってきたり、絶えず動いている地域、。人とともに新しい情報が飛び交います。そんなところは活気がある所だと思います。この指止まれ!という感じで大勢であちこちへ出かけました。その度に新しい友達が出来、新しい発見があります。そしてそんなことの出来る町をいつのまにか大好きになっています。

そんな時、インターネットをしたいね、って声が上がってきました。

アラでは毎月、最終の金曜日が例会になっています。ロの字型に並べられたテーブルについて出席者全員が「1ヶ月の報告」と言ってお話をします。いくら出席者が多くてもします。これだけで、予定の時間がほぼ終わってしまうってこともあります。でも、「コアラは一人一人が主役」なんですね。

残った時間でって申しましたら、事務局長に叱られそうですが、事務局からのお知らせ、相談、提案といったことが話されます。それで事務局長の尾野さんは早口になられたのではないかと私は思っています。しかし、この時間は私には大変楽しみな時間です。事務局の、尾野さんの前を向いた新しい考えを聞かせて頂ける時間だからです。そこでインターネットという言葉を聞き出したのはもう、4年くらい前のことになるのではないでしょうか?

こんな感じで例会で聞いたことがテレビや新聞紙上を賑わすようになるのは大抵、半年、もっともかかっていると思います。その位、早い話が聞けるのです。
 

そうしたら、1994年7月、本当にインターネットが大分にやってきました。こういう言い方をしたらおかしいのかもしれませんが、私にはそんな感じがしました。いろいろご苦労があったのでしょうが、私たちはインターネットがやってきた、、さあ、私たちもインターネットが出来るよ、今なら思い通りのIDがもらえるよっていうので、競争のように申し込みました。私は何番目だって?でもパソコン通信のIDはナンバーですが、インターネットの方はナンバーは着かないと聞いて、あれーーって気が抜けたって言った友達もありました。

うして私もIDを頂きました。でも肝心のパソコンがありません。主人はパソコン通信でパソコンは何がいいかという議論を延々続けています。私はいろんな人に聞いたり調べたりしてワープロでインターネットに繋いでいました。

絵が写真が見えるというインターネットだというのに、文字しか出てこなく、早くパソコンが欲しいと思いました。ようやく主人のというより、コアラの友達の結論がまとまって、95年3月、主人の56才の誕生祝いということでパソコンが我が家に来ました。友達も次々ときました。そしてパソコンをいろいろいじってくれて、私たちにあれこれ教えて下さって、インターネットに繋がりました。

絵や写真が出てきた時の感激は忘れることができません。当時は14400ボーのモデムですからジワーと絵が出てくるのですがうれしかったですね。こうして我が家のインターネット時代は明るく始まりました。

わからないことがあるとパソコン通信で質問をする、よっしゃと言って我が家に飛んできてくれる友達、いつしか、パソコンを背にビールのジョッキを傾けている。たくさんの若い人に助けられました。それは今も変わっていません。そんな中から、コアラお助け隊というのが出来ました。「ウインドウズお助け隊」と「マックお助け隊」が自然に出来て、本当に気持ち良く気軽に分からない人に応えて下さっています。