インターネットによって広がる生活、          大分市   永野 美惠子

今日はお招き下さいましてありがとうございます。私は大分の主婦の永野と申します。このよ
うな集まりでお話をさせて頂きますことをとてもうれしく思いますと共に大変緊張しています。
どうぞよろしくお願い致します。

今日は「インターネットによって広がる生活」、という題でお話をさせて頂きますが、家庭の
主婦がどんなきっかけでインターネットを始めて、どんな風に生活が変わっていったか、、そん
なことがお伝え出来たらと思います。

私たち夫婦は今から7年前、主人の会社の先輩にすすめられてパソコン通信を始めました。その
年長の方が、パソコン通信でたくさん友達を作ってとても充実した生活をなさっていたからです。
その方と同じ大分のコアラに入会しましたが年齢も性別も職業も違う人々とのフランクなお付き
合いそれに実名主義ということが大変気に入りました。

たくさん友達が出来、オンライン、オフラインで楽しい出来事が次から次へとありました。私は
パソコン通信を始めると、部屋の中で一人静かに機械に向かって当時は我が家はワープロでしたが
「ネクラ」になるのではないかと思っていましたら、とんでもない、忙しくて仕方なくなりました。

オンラインで知り合いになると、いつのまにか会いたくなるのですね。そして本当にいつのまにか
出かけて行って会っている。以前にも増して、夫婦で出かけることが多くなりました。コアラをし
ていないと、そういう楽しい情報に遅れます。何かないかな?無かったら作ろうということでまた
ワープロに向かいます。

コアラの例会や、いろんな機会に、新しい情報を聞くことが出来ました。そんな中で、インターネッ
トの話も聞くようになりました。今から4年ぐらい前のことです。文字だけではなくて、絵も写真も
出てくるんだって、ホワイトハウスやルーブル美術館も見られるんだって、何だか理屈はよく分か
らないけれど面白そう、、

すぐインターネットのIDをもらって、ワープロで繋ぎました、でも文字だけで画像の所は見えません。
パソコンがどうしても欲しくなりました。今から丁度3年前、主人の誕生祝いということで、パソコン
を購入しました。

やっと我が家にパソコンがやってきました。コアラの若い友達が入れ替わり立ち代わり来て下さって、
使い方を教えて下さいました。それから、3年、パソコンは4代目になりました。念願のノートパソ
コンも主人の還暦祝いに買うことが出来ました。今は、デスクトップとノートパソコンを使ってい
ます。
ノートの方はつい先日のことですから、まだ使いこなせなくて少々イライラしています。絵を描く
のが好きなので、我が家はデジタルカメラは要らないと思っていましたが、それでも興味が出て来て
購入して1年がたちました。もっとシャープに写るのが欲しいとこの度はフラッシュ、ズーム付に買
い換えました。

そのノートパソコンとデジタルカメラを持って海外旅行に出かけ、そこで、見聞きしたことをホーム
ページや、マルチメデイア会議室にその場でアップしたいなと思っています。今、ローミングサービ
スの使い方を勉強している所です。


私たちは転勤で大分に住むようになりました。私は専業主婦でたまに頼まれて、レストランのお
料理やお菓子を考えたりする仕事をしたことがあるくらいです。一人息子は中学から東京の学校に
行きまして、そのまま就職、先月ようやく結婚を致しました。主人はサラリーマン、今月末に退職を
迎えます。
そうしたら本当にそうやってアメリカに行こうと今、その計画で忙しくしている所です。

我が家の朝の最初の仕事は、パソコンの電源を入れて、メールの確認をすることです。大抵、2-3通、
国内や外国からきています。小さなメーリングリストにも3つ入っていますので、1日のメール数は
15通位でしょうか。返事を書くのは10通くらい、そんなEメール友達は、70人くらいのアドレスが入
っています。

パソコン通信時代からの友達、また、コアラの事務局関係の友達もいますが、殆どは我が家のホーム
ページを見たよってメールを下さったことがきっかけでお付き合いの始まった方々です。
今朝もニューヨークから、メールがきていました。「ニューヨークの郊外のこんな宿はどうでしょう、
ここを足場にあちこちドライブに行くと結構いろんな所に行けますよ」我が家のホームページを見て
メールを下さった友達、もう3年のお付き合いになります。今はもうすぐ出かける旅行の相談に乗っ
て下さっています。

そんな親身に相談に乗って下さる友達が出来たきっかけになった我が家のホームページを私たち夫婦が
持つようになって丁度、3年になろうとしています。

インターネットが出来るようになった時、ネットサーフインだけでは受け身で面白くない、ワンパー
ソン、ワンホームページ、ワンメールボックスと事務局が呼びかけてくれて、私もホームページを
持って発信したくなりました。
どんなホームページにしようかと主人と編集会議を開きました。

何を発信したいのか、その内容が大事よね。

インターネットっていうのは、世界中を結んでいるものだよね。英語も必要だよね、英訳は僕がする
からね。と主人。

ホームページを作るからには、見てもらいたい、何度も見てもらいたいね、次々と更新していかな
くっちゃ。

ホームページを見たよってメールくれた人へはすぐに返事を書きましょう。

この4つが大事だということになりました。

そして次に何を発信するか、ということを考えました。

日本の大分に住む主婦が発信するっていうことにどんな意味があるんだろうってことを二人で考
えました。
私たちの日常の暮し、何を大切に暮らしているか、そのことを発信しようということになりました。
私は絵を描くことが好きでした。パソコンでも絵が描ける、マウスを使って絵を描いてみよう、
日本には四季があり、大分は自然がいっぱいある、その自然を知らせよう、編集会議はすぐに終
わりました。

しかし、最初はたった1ページでした。自然一杯の大分から世界へ!そんな思いで我が家の庭に
咲いている花を紹介しました。
技術的なこともあんまり分からなくて、本と首っ引きで作りました。95年の5月のことでした。

やがて、夏が近づき、私たち夫婦がボランテイアで関わっている「ゆふいん音楽祭」の準備が始
まり出しました。そうだ、この音楽祭ももっと世界の人に知って頂きたいホームページに載せよ
うと思いました。音楽祭の事務局長に許可をもらってホームページに載せました。

早速、反響がありました。
「弦楽を中心にした音楽祭、素敵でしょうね、緑陰で聞くモーツアルトは素敵ですね。こちらでも
セントラルパークで時々音楽会があります。」
わーー、ニューヨークからだって興奮しました。もうニューヨークで25年以上も仕事をしている
日本人の方でした。

でも、そこにはこう書いてありました。
「素敵なホームページですが、英語の中に文字化けが並んでいるのは見るのが辛いです。英語版と
日本語版に分けるといいと思います」びっくりしました。
外国から見ると日本語はただの文字化けになる、これは困りました。
早速、英語のページと日本語のページに分けました。

「早速、2本だてになりましたね。随分見やすくなりましたよ。」とまたすぐに先ほどの方からメ
ールが来ました。メールの威力を感じ始めました。反応の速さにびっくりします。普通の航空便
だったら、往復、2週間はすぐにたってしまいます。それがEメールは夜出せば朝にはもう返事が
来ている、これは凄いものだと思いました。

それから、ちょっとしたスペルの間違い、また「こういう風に書いた方が、気持ちがもっと通じ
る英語になります、良かったら、これから英文をいつも見せてもらっていいですか」という本当に
有り難いメール。それ以来、我が家のホームページの英文をいつもチェックして下さっています。

そんな申し出をして下さっている友達がオーストラリアにもアメリカはアリゾナ、ミシガンにも
いて下さって、時々、アメリカ英語、イギリス英語でアドバイスが違っていて、さあどちらを立
てるか、真剣に悩む時もあったりで、本当に有り難いことだと思っています。

そんなお友達がたくさん出来て、メール交換だけでは飽き足らず、次第に会いたいなと思うように
なりました。そんな気持ちは先方でも同じらしく、いろんな人が我が家に来て下さるようになりま
した。