2016年10月29日:秋の久住ポケットパーク
午後、用事があって、一人で久住へと車を走らせました。友人の家の手前に、何か公園のようなものがあることはずっと知っていましたが、車を止めたことがありませんでした。
今日は子ども友の会以来の久しぶりの久住、久住山や紅葉が気になり写真を写したくて車をとめてみました。 
ここは「久住ポケットパーク」とのこと、 昔、ここは熊本から大分市鶴崎までの参勤交代道としての肥後街道にあたるので、それを記念しての公園になっていました。公園の大分側入り口は豊後街道、熊本側には肥後街道と書いた石柱が立ち、肥後藩主の泊まる宿場町にちなんだ石碑が立っている。私は野津原宿から久住宿まで40分ほどかけて車で走ったが、昔の大名行列は熊本から鶴崎まで124キロ5日間かかったそうです。(鶴崎は熊本藩の飛び地になっていました。ここから船に乗って、参勤交代に行ったそうです)

下の地図が豊後(肥後)街道です。ここは丁度、四角に囲まれた久住宿になります。この道は幕末嘉永6年(1853年)にはロシア艦隊の長崎入港を知って吉田松陰が鶴崎から長崎へ、また分級4年(1864年)には幕府からの特命を受けた勝海舟が佐賀関に上陸長崎へ坂本龍馬と共に向かった道だとか。
 今日、行った久住の友人宅も肥後街道に面していますし、見事な松並木が残っていたり、野津原宿の隣は今市宿があり、今も岡藩宿場跡として見事な石畳の道が残っています。
久住のポケットパークは、山茶花がとてもきれいに咲いていました。また紅葉も既に色づいていました。 
久住の友人宅へ行きました。本道から杉林の中の小道の奥に友人の家はあります。紫式部がきれいに咲いていましたが、葉は、先日の阿蘇山の噴火型噴煙の灰を一杯浴びたので、可哀そうな姿でした。 
 
お暇する時に見た久住連山です。
うっそうとした杉林の小道を走って本道へ出る時、青い空がパッと開けてまぶしいくらいでした。
友人のご主人が椎茸を取りに行こうと裏庭の椎茸原木の並んだ所へ連れていて下さった。しばらくお天気が悪かったというので物凄く大きく育った椎茸がたくさんありました。帰りは椎茸の香りと一緒に帰ってきました。
頂いて来た大きな椎茸、私のガラ系携帯よりうんと大きいです。 
ご主人がこのような大きな椎茸は刻んで干して干し椎茸にしてあったのをたくさんおみやげにと下さった。カラカラに乾燥しているのでびんに詰めました。そして、私も真似をして大きな椎茸は刻みました。まるく太った椎茸は焼いてカボスで食べました。とってもおいしかったです。
丹精の椎茸をたくさんありがとうございました。