2016年10月5-6日:鹿児島友の家竣工式
  10月5日、

台風18号が今朝から九州北部へ来ています。今日の昼前から鹿児島へ行くようにしていた私は、jRなどが台風の影響を受けて運休遅延となると本当に困るので、朝早くに家を出て、とにかく来た列車に乗って、行けるところまで行こうと大分駅へ行きました。 
しかし、思ったほどには大分には影響が少なく、何とか少し遅れて、特急列車は走っています。乗れる列車に乗りました。

福岡県へ入ると、台風の雨風は少し激しくなってきました。 
博多の手前からは、徐行運転になりましたが、何とか無事に着きました。すぐに新幹線乗り場へ行ってみました。 台風18号の影響による列車状況が張り出されていましたが、思ったほどでは無いようです。
今が一番影響を受けている様子、予定通りの午後の新幹線に乗ることに決めて、一度、博多駅を出ました。
博多駅ビルを見上げると、青空も広がり始めました。しかし、風は相変わらず強く吹いています。 
  
どこかで時間つぶしをと博多駅前にある韓国観光公社に久しぶりに来てみました。
変わらず、韓国の民芸品、国宝などのレプリカで韓国の案内をしていました。
少し早い目に新幹線乗り場に来てみました。乗車予定のさくら号が車内清掃のために停まっています。清掃時間は運転席のライトが消えています。 
予定通りにさくら号に乗車することが出来ました。とても美しい車両です。乗った方が、カメラを向けています。 
  
何かと思ったら、桜島の絵が掲げられていました。扉も使って三分割されているのが面白いです。
動き出しました。黒い雲が大きく天を覆い、動き出します。台風も西へ動いていくようです。大した被害が無くて、本当に良かったです。
しかし、また新幹線が徐行し始めました。何かと思ったら、熊本に近づき、地震の影響で今も徐行運転をしているようです。窓外にはブルーシートを被った家、工事中の家など、まだまだ地震の影響かと思える光景が広がっています。本当に大変だと思います。 
しかし、私は何とか予定通りに鹿児島に行けそうで、ホッと安堵。コーヒーのケーキセットを買って、少し落ち着きました。 
JR九州の車両の好きな所は、こんなこだわり、つばめ型車両というのでしょうか?出入り口の壁は、全面、燕模様が飛んでいます。芸が細かいです。 
鹿児島中央駅へ無事に着きました。車外へ出て、驚いたこの暑さ、ムッと暑さに押し戻される感じ。まだまだ南国鹿児島は夏でした。
コンコースの壁画が、雄大な桜島、本当に素晴らしかったです。 
鹿児島中央駅はビルの上にのぞく観覧車が見事です。観覧車乗り場に近づいて、見上げて見たら、なお迫力がありました。上からの下界の景色はきっと凄いでしょうね。一人では乗るのもつまらない、、、、暫く見上げてお仕舞です。 
駅を出ました。何とも真夏の暑さです。寒いことを心配してきたのが失敗失敗という感じ。駅前でいつも気になるのがこの「若き薩摩の群像」の塔です。 『文久3年(1863年)薩英戦争で西欧文明の偉大さを痛感させられた薩摩藩は、慶応元年(1865年)、15名の留学生と4名の使節団を英国に派遣しました。』『ロンドン大学に留学した彼らは帰国後、外交、文教、産業等の分野で活躍し、日本の歴史を大きく転換させ、新生日本を建設する原動力となりました。』
こちらを参考にさせて頂きました。ありがとうございます。
今夜のホテルは歩いても行ける場所ですが、路面電車に乗りたくて、電停で待ちました。路面電車は子どもがまだ3歳ごろ、大分へ転勤してきた時には、別大道路を走っていたのに乗ったことがあります。またその後、北九州市に住んでいた時は車の運転ではとても悩まされた思い出があります。
鹿児島市の路面電車は、芝生が敷かれとても美しいです。いろいろなスタイルの電車がすれ違います。運転手の後ろに立って前を見るのが愉快でした。 
鹿児島一の繁華街として有名な天文館に着きました。ここで降ります。そして、暫く交差点で電車を見ていました。 
ホテルの近くの歩道には、画家の彫像が立っていました。背広姿の付添さんに絵の道具を持たせた立派な画家の像です。 桜島の噴火の絵を描きに出かける(1914大正3年)黒田清輝と書かれています。
 傍には「洋画家黒田清輝生誕地」と書いた石碑が立っていました。法律を学びに渡仏した1884(明治17)が後に絵に転向して10年後画家になって帰国したという経歴、詳しい絵の解説がこちらにあります。お借りします。ありがとうございます。
 
色々な色や形の路面電車、見ていて飽きないです。
  10月6日、

天文館通りを通り抜けて、ザビエル公園まで散歩しました。
鹿児島に来たら、必ず行く公園です。通勤の人が時折、忙しそうに通るまだ朝の静かな公園です。 
 道路を挟んでザビエル教会があります。内部は壁面一杯のシンプルなステンドグラスがきれいです。外からも朝日を受けて、真っ赤に輝いています。今日は素晴らしい秋晴れになりそうです。
四つ辻の角には、こんな所がありました。桜島の灰を集める場所です。朝、桜島の灰を見て、日付の変わった真夜中、阿蘇山が噴火して灰を降らせました。ちょっとびっくりです。
ホテルのサービスの朝食です。ふかしイモに、ポテトサラダまでさつま芋、というのが面白い、そして、とってもおいしいさつま芋です。
ホテルの壁にかかっていた桜島の絵、結局今回は桜島はバスの窓からチラリ見ただけで、絵でみた桜島が記憶に残りました。

この後、チェックアウトして、バスで鹿児島友の家に行きました。鹿児島友の会の中島さんが、私の乗るバスに昨日は自身で乗車して心配しないでバスに乗って来て下さい、と親切にお電話を下さいました。おかげで無事にバスで辿りつくことが出来ました。
 
友の家の前で迎えて下さっている中島さんです。ありがとうございます。そして、立派な友の家が出来ておめでとうございます、と、挨拶をしました。 
玄関もホールもお祝の人たちで賑やかでした。11時から鹿児島友の家竣工式が開かれます。式次第が書かれています。   
  牧師先生の礼拝、建設委員長・中島さんの経過報告、そして、全国友の会われらの公共費からのお祝い金贈呈、九州部平澤さんの祝辞、建設して下さった建築士からの祝辞、そして、永野から祝辞を述べさせて頂きました。 
 鹿児島友の会総リーダーの「お礼の言葉」で竣工式は終わり、「祝会」になりました。鹿児島の皆さんが手分けして作られたお弁当を頂きました。次々と、参列の皆さんからの祝辞が続きます。
   礼拝をして下さった加治屋町教会の松本敏之牧師がお祝いの余興だと言って腹話術です。幼稚園などで喜ばれるそうで、お人形二体と腹話術で笑わせて下さいました。
ご高齢になられて京都の娘さんの近くへ引っ越された御領さんが、お元気にお祝いの言葉を話されました。お元気でうれしいびっくりです。94才とおっしゃいました。
右は宮崎友の会からお祝いに来られた古川さん、 
  集会室のホールの隣は調理室です。式のあと、見せて頂きました。二台の調理台が並び、清潔で明るくて気持の良いお部屋になっていました。
祝会の後片付けを多くの方が楽しそうにされていました。 
鹿児島の若い会員の方の車で鹿児島中央駅まで送って頂きました。ありがとうございました。駅で夫にさつま揚げのおみやげを買って、家に帰りました。早速、一つ二つ二人でさつま揚げを食べました。とてもおいしかったです。
昨日の台風騒ぎから真夏のような鹿児島へ、疲れましたが、念願の友の家が出来上がった竣工式にお招きをうけて本当に良い時間を過ごすことが出来ました。
鹿児島友の家竣工式 
2016年10月6日(木)11時
《竣工式》
礼拝 日本キリスト教団 加治屋町教会牧師
                     松本敏之
讃美歌 194 「さかえにみちたる」
祈祷
聖書ルカによる福音書10章38〜42節
説教
祈祷
讃美歌 391 「ナルドのつぼ」
祝祷
建設経過報告  建設委員 中島紘子
お祝い 全国友の会「われらの公共費」より
 九州部中央委員 平澤幸子(目録贈呈)
お祝いの言葉 
 九州部中央委員  平澤幸子
 吉永詠子設計事務所長 吉永詠子
 大分友の会員    永野美恵子
お礼の言葉 鹿児島友の会総リーダー
                   堂園慶子

《祝会》
食前のお祈り、乾杯、粛然について
お祝の言葉、野の花の姿閉会の言葉

記念撮影