2015年10月8日:宗麟時代の南蛮音楽・・・芸短大講義
通りのあちこちから金木犀の香りが漂ってきます。今年ももうそんな季節になったのかと、深まりゆく秋を感じるひと時です。 大分市情報学習センター の門を入った所の金木犀です。
今日は大分市情報学習センター に来ています。少し前までは「大分市視聴覚センター」と呼ばれていました。
この建物は大分生まれの偉大な建築家の磯崎新さんによって建てられました。入口の階段の傍にこんなプレートが埋め込まれています。
1979年に大分市視聴覚センターとして建てられたのですね。もう、36年も前のことです。 
正面建物を入って行くと1階への入り口があります。外階段は非常口だとか。今日は左の2階へのスロープを登って行ってみました。赤い飾りが素敵です。
赤い天井を見ながら歩いて行ったら、黄色のロビーに出ました。この切り替えが面白いです。 
廊下に面したお部屋も黄色、情報学習センターの名前の通りにパソコンがずらりと並んでいます。
今日は、ここの1階マルチメディアルームで、大分県立芸術文化短期大学の小川伊作教授の講義があるというので聞きに来ました。
以前に演奏会で古楽器の演奏をお聞きしたことがありますが、今日の講義も古楽器が全盛だった時代のお話です。 
「大分の音楽〜西洋音楽伝来の地・おおいた」〜宗麟時代の南蛮音楽〜という講座です。

大友宗麟の時代に豊後の国で奏でられていたであろう音楽はどんな楽器で演奏されどんな歴史があるのか、興味深いテーマです。

そのルーツはスペインの宣教師ザビエルの日本上陸でもたらされました。1549年鹿児島へ、そして、豊後府内へザビエルが現れたのは1551年のことでした。
先ず宗教音楽として伝わった音楽はここに至るまでにはザビエルの国ではレコンキスタと呼ばれる800年もの時代がありました。 イスラム人に占領されたイベリア半島を、キリスト教徒が奪回しようとした戦い。
711年のイスラム侵入後すぐ開始され、1492年グラナダ占領で完了。上の絵に描かれた王様は13世紀の「賢王」と呼ばれた王様、「聖母マリア頌歌集」が王の保護のもと、まとめられた。現在2冊の手稿本が伝えられている。
小川先生の収集の歌「第100番聖母マリア 真昼の星よ」をパソコンから聞かせてくださる。
その後、スペインの黄金時代「大航海時代」に入る。宣教師たちが宗教音楽を携えて海外布教に出かけた。東へと出た人たちは中国、日本へ、しかし日本ではその後キリスト教弾圧の時代があり、伝えられたものは殆ど残っていない。しかし、中南米では伝えられた楽譜が今も残り、楽器も受け継がれている。
大航海時代のスペイン音楽、つまりは豊後府内でも聞かれたであろう音楽を当時の楽器で小川先生が演奏して下さった。
上の絵、左はビウエラ、ギターの原型のような楽器、右はリュート、これはイスラムの楽器から発展した物で日本に渡って琵琶となった。
リュートを紹介して下さる。本当に裏面は琵琶そっくりです。 16世紀のイタリアの曲や、イギリスのグリーンリーブスを演奏して下さる。
上の写真をクリックして見て下さい。リュートが大きく見えます。
次にご紹介して下さったのは、ビウエラです。この楽器はなんと、小川先生自作です。スペインの工房でビウエラを作るという研修があり、2週間かけて完成された楽器だそうです。
 ギターの原型とは言いつつ、厚味が薄いですとのこと。スペインの思い出としてアルハンブラ宮殿へ行かれて、レコンキスタの時代に思いを馳せて来られたとか。イスラム教は偶像崇拝が禁じられているので、建物の装飾は幾何学紋様やコーランの聖句などが使われていると話して下さる。 
「牛を見張って」という曲を演奏して下さった。

私も 10年前に、アルハンブラ宮殿に行って、その美しさと、数奇な運命の中、今も健在な宮殿の様子にとても感銘を受けましたが、ビウエラの響きがほろびゆくモーロ人の心の震えのようでした。 
では日本の状況はどうだったでしょうか。本国に布教の様子を知らせる報告書が毎年書かれました。豊後の国では毎日ミサが挙げられ、少年たちはドチリナ(教理)を暗誦し、イルマンは日本語の学習や写本、土曜日はヴィオラダガンバで歌を歌い、主日ミサが護られていた、と書かれている。天正遣欧少年使節の偉業は目を見張る。

 
上は日本地図、九州が描かれているが、豊後という文字が大きく書かれている。日本と豊後が同格のような扱いになっている。右は1641年頃という有名な画家ヴァン・ダイクの描いた「宗麟に拝謁するザビエルの絵」は、まるで宗麟(右の赤い服)が西洋の王様のような風貌と衣装で描かれている。  
中南米に渡った宗教音楽はフォルクローレの楽器となり、アジア、インドネシアに渡った音楽はクロンチョンという日本の演歌のような存在になった、一番日本人に有名なのは「ブンガワンソロ」1940年頃、ジャワに侵攻した日本兵に好まれ、日本で大ヒットしたのだとか。
日本では、「天草コレジョ館」に天正遣欧使節の聞いた音楽などの継承、また隠れキリシタンのおらしょ「ぐるりよーざ」など貴重な研究がある。私も1998年のゆふいん音楽祭に手伝いに来たカリフォルニア大学の宗教音楽の合唱団の中心的な存在だったジムさんと一緒に生月島に行ったことが思い出される。
ゆふいん音楽祭には、いつも西洋音楽探訪というプログラムがあり、宮崎大学の竹井先生のお話と演奏を聴くのが楽しみでした。   
今日は小川先生からスケールの大きなそれこそ、大航海時代の産物というような地球規模のお話が伺えて、本当にうれしかったです。ありがとうございました。もっと時間が欲しかったです。また機会があればと思います。