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2000年4月18-22日、雨のアリス・スプリングス滞在・トッドモール、 by Mie
1871年アデレードとダーウインを結ぶオーストラリア大陸を縦断する電信網が敷設された、その中継点が置かれたこの地を工事責任者チャールズ・トッドの妻の名前をとってアリス・スプリングスと名付けられた。

その町の中心地は面積が約600uここに観光局、郵便局、銀行など集中している、その最も賑わう通りがトッドモール。遊歩道沿いにショップやレストランが並んでいます。

普通だと木陰のベンチで休んだり、道行く人を見ながらテラスでお茶を飲んだり出来る所ですが、雨でどこもビショビショです。


この町はアボリジニの方がたくさん住んでいます。町の中をいつも連れ立って歩いています。雨が降っても傘も殆どの人はささず、裸足の人もたくさんいます。何をしているのかもよくわかりません。しかし、アボリジニの人の中には、伝統の絵を描いたり、工芸品を作ったりする人も多く、アボリジナル・アートのお店が数多くあります。その作品は独特の色彩で大変素晴らしいものです。
砂漠の入り口アリス・スプリングスは寒暖の差が激しいとは聞いていましたので、それなりの服も準備していましたが、ウインドブレーカーを着て傘をさして歩いていても寒くて仕方ありません。とうとう、おみやげのお店で厚手のトレーナーを買いました。

息子たちにはアボリジナル・アートの模様のTシャツとブーメランを買いました。
二日目はトッドモールの中心部にあるアデレード・ハウスを見学しました。

ここは1926年、ジョン・フリン師によって中央オーストラリアに初めて作られた医療施設です。建物には暑さを防ぐ工夫がされていて建築学的にも貴重なものだそうです。
ボランテイアのお年寄りが観光客のお世話をしています。「壁の地図の貴方の住んでいる所に印をつけて下さい」と言われて、九州の大分に最初のピンを打ちました。
  
病院開設と共に始まったのが、フリン師とアルフ・トリーガー氏による世界初のトランシーバーによるラジオ送信です。その設備がアデレード・ハウスに隣接したラジオ小屋と呼ばれる所に保存されています。左はその足踏み式のトランシ―バ―、右の写真の黒い木箱はバッテリーです。
この機械のペダルを机の下で自転車をこぐように踏んで交信をします。今からたった75年前のことですが、隔世の感があります。

この機械が出来たころからアリス・スプリングスと中央オーストラリアの経済的発展が始まり社会的に大きな変化を遂げることになる、アデレード・ハウスはそんな大きな役割を果たしていました。
さて、アリススプリングスに入って今日で三日目です。私たちが来る前日から雨が降り続いているそうです。十何年振りかのストームが居座っているとか、もうこうなったら雨を楽しむしかありません。

ガイドブックでトッドモールの中にシアタ―を見つけました。たずねてみましたら、アボリジニの楽器、デジェリドオズの演奏を聞かせてくれる所でした。ただの木の管のようなデジェリドオズですが、上から口をつけて吹くと何ともいえない素朴ないい音色が響きます。

今夜の演奏会のチケットを購入しました。中を見せてくれるというので入ってステージを見せて頂きました。様々な太さ、長さのデジェリドオズが並んでいてこれらを使い分けて演奏をするそうです。
こちらはアフリカの楽器だそうですが、叩き方を教えてもらいました。

アボリジニの住んでいたブッシュをイメージしたステージになっています。
デジェリドオズ奏者のアンドリュウ・ラングフォードさんがいろいろ楽器を触らせてくれます。
白木のままのデジェリドオズもあります。これはある特殊なアリがこの木の中味だけを食べるそうです。そしてその空洞の木を利用して楽器にしたものだそうです。
アンドリュウさんは一番素晴らしいデジェリドオズを抱いて一緒に写真に写ってくれました。根元が太くてアボリジナル工芸が見事に施されています。長いものは高音が、短いものは低音が出るそうです。

今夜の演奏が本当に楽しみです。
夜、簡単に夕食を済ませて演奏を聞きに行きました。アウトバック(中央オーストラリアの荒涼とした大地)の素晴らしい自然をスクリーンに映し出しながら、いろいろなデジェリドオズを吹いての演奏でした。「このところ、毎日雨だけれど、今夜はここで星がきれいだよ」と笑わせてくれたりして楽しいステージでした。
 
演奏終了後、色々楽器を触らせてくれました。夫はいくら試みても音が出ません、ほかの人も殆ど出せません。唇を震わせながらの息の出し方が難しく自分で扱ってみていかに今夜の演奏が素晴らしかったか、なお良く分かりました。