平成19年12月 第4回定例県議会 一般質問

 33番県民クラブの梶原九州男です。本日最後の質問です、お疲れとは存じますがしばらくお付き合いを宜しくお願いいたします。

 質問に入ります前に、一言ご報告をさせていただきます。私は先月カンボジアを訪問し、シェムリアップ州のチクレン郡に中学校を寄贈してまいりました。詳細は割愛させていただきますが、世界各地で紛争が絶えない中、カンボジアもポルポト派による、国の破壊は想像を絶するものがあります。今ようやく復興に向かってはおりますが、まだまだインフラの整備は、大きく遅れております。そんな中、教育という立場で少しでも役に立てば、との思いから取組を致しました。子供たちの笑顔は、忘れられない光景の一つです。屈託のない笑顔が取り戻せる環境を、私たちの地域でも復活させたいものであります。

それでは、質問に入ります。

はじめに、時代認識と格差問題について

格差問題については、平成18年第1回定例会でも質問を致しました。それに続いて第2弾であります。頑張っても格差は開くばかりという、現代の社会に対する考えを伺いたいと思います。

この15年間で日本は変わり、世界は変わったといわれております。所得格差は、県民の間では生活実感として、感じている人が確実に増えております。ここに一つのデータがあります。1970年代、所得階層の上位20%の人の総所得と下位20%のそれを比較したとき、その差は10倍に過ぎませんでした。ところが1980年代の後半にはそれが20倍になり、2000年代はどうかというと、168倍にもなっているそうです。1億円以上の資産を持つ日本の富裕層は141万人で、世界の富裕層の16.2%を占めているといわれており、一方では、かつて中流の暮らしを楽しんでいた家族は中流から脱落し、ぎりぎりの生活をしている状態です。

 どうしてこのようなことになってしまったのでありましょうか。

 10年前、15年前に比べて、正社員で働く人が減ったからであり、その代わりに増えたのが、アルバイトや派遣で働いている人たちです。10年前全雇用者の2割、1,000万人ほどであった非正規雇用者は、2003年には3割を超え、昨年は1,677万人となっています。一方で、10年前全国で3,800万人の正規雇用者が働いていたのが、昨年には3,411万人まで減少しています。この10年間で約400万人減少したことになります。

 「労働力調査」などをもとにした民間の調査によると、平均年収は、正規雇用者454万円に対して、契約・嘱託250万円、派遣社員204万円、パート・アルバイト110万円と大きな開きがあります。これは、単位労働時間あたりの賃金にとどまりません。年を重ねてもアルバイトや派遣労働者には賃金の上昇はほとんどなく、厚生年金や各種保険などあらゆる労働条件でハンディがあります。30年前であれば、公立の小学校で父親の職業を聞けば、自営業を除けばほぼ全員が会社員だったと思います。ローンを返しながら家族と家庭を守るお父さんでした。しかし、今は違います。失業中であったり、厳しい条件の派遣労働であったり、子どもが就学援助を受けている家庭が多くなっています。2004年10月、ついに生活保護世帯が100万世帯を超えました。他方では、よく「中学受験」に関しての記事が、雑誌などに掲載されております。私立中学校の場合、年間の授業料は100万円、大手民間企業が出資して「エリート養成」をうたって鳴り物入りで開校した、私立の中高一貫校の場合、寮費込みで年間300万円かかるといわれております。これらの記事は実は多くの家庭には無縁のことであります。このことは、結果の平等だけでなく、機会の平等も今日の私たちは失っていることになります。こんな階層構造の中で教育を受け、社会に出て行く若者は、どのような職を得ているのでしょうか。正社員を希望しながら、やむをえずフリーターをしている若者が7割を超えているといわれております。その総数(内閣府調査)は、1991年の182万人から、2001年には417万人に膨れ上がっています。学校を卒業しても、正社員になれない時代がやってきたということになります。新規高校卒業者で正社員になれる割合は、1994年当時の86%から、2004年には64%にまで落ち込んでいます。

 このような社会になった原因はいくつか考えられますが、経済評論家内橋克人氏は、政策の変化を上げております。一つは、規制緩和で、これまで規制下にあった産業を自由化する。二つ目は、累進課税をやめることで、所得の多き者の税金を軽くする。三つ目は、貿易の自由化で、関税による自国の産業を守ることを緩和する。の三つです。いずれもアメリカの経済学者のアルフレッド・カーン氏の提唱によるものだそうです。カーン氏は、アメリカにおいて規制緩和の必要性を主張し、70年代から80年代にかけて規制緩和の流れを作った経済学者の一人であります。

カーン氏は、内橋氏らの問いに対して「アメリカの終身雇用が終わりを告げたことに、70年代末からの規制緩和が大きな役割を果たしたことは間違いありません。(中略)大事なのはそれが規制緩和による国内的な競争であれ、国際的な競争であれ、競争のあるところでは労働力の移動の柔軟性は不可欠なことだったのです。つまり、規制緩和と終身雇用制は両立しない二つの概念です」と答えております。同時に規制緩和に関わった、ポール・デンプシーという方は、「もし、あなたが日本で規制緩和をしようと言うのなら、こう理解しておけばいい。要するに規制緩和とは、ほんの一握りの非情でしかも貪欲な人間に、とてつもなく金持ちになる素晴らしい機会を与えることなのだと。一般の労働者にとっては、生活の安定、仕事の安定、こういったものすべてを窓の外に投げ捨ててしまうことなのだ」といわれたと述べております。デンプシー氏は、規制緩和による自由化は、労働者の生活を著しく切り下げ、安全も脅かすと考え80年代には反対に転じた学者であります。

規制緩和後のアメリカの社会を検証してみますと、1959年アメリカの上位所得者4%の総収入は、下位所得者の下から35%の総収入と同じでありましたが、規制緩和後の1991年には、トップ4%の総収入は下から51%の人々の総収入と等しくなったといわれております。一部の富裕層とそれ以外という2極分化が進み、上へ行くのはわずかで下へ下へと吐き出されていっています。

「要するに規制緩和とは、これまで公平なアンパイアのいたゲームからアンパイアを除いてしまったということだったのです。ゲームは混乱し、何でもありの世界になりました。ところが多くの人々は『規制緩和』という言葉を経済学者が振りまいた時、ルールが変わってしまうということに無自覚でした。皆がなんとなく良くなるという錯覚を持ったのです。結局そうした人々はゲームからはじき出され、得をしたのは権力の中枢にいてルールブックが変わることをよく自覚していた一握りの人々でした」とアメリカの報道記者ドナルド・バーレットは述べたといわれております。

いま、日本も規制緩和の流れが定着し、終身雇用は企業経営の敵みたいに捉えられ、労働も市場原理に任され、大競争時代に突入し、勤労者のみならず、多くの国民、県民が将来不安に陥っての生活を余儀なくされています。

一方、地方自治体に対する、規制緩和の影響はどうでしょうか、一例ですが、今、地方自治体の債務残高は約200兆円に上っております。これらを返済すべく、行財政改革を行いながら懸命の努力をしています。しかしこの借金は、すべて地方の裁量で行ったものでしょうか、バブルが崩壊し景気対策として、国の保証の元に「ふるさと創生」「地域づくり推進事業」「ふるさとづくり事業」など、さらには、アメリカの要請で内需拡大の一環として、公共工事を行うために、国の指導で、国の借金を肩代わりする形で、地方自治体は借金を重ねて、現在に至っております。これはもともと、返済時期には国が交付税措置をするとの約束でありました。しかし、国の財政悪化もありましょうが、地方交付税の見直しの中で、地方交付税総額を削減されるにいたっては、国にだまされたと言っても過言ではないと考えます。さらには、竹中元総務大臣が規制緩和の一環として、提唱したのが、地方債の発行を自由化して、国の保証をなくすという考えであります。地方分権・地方の自立であります。聞こえは良いのですが、財政力の弱い地方自治体では、国の保証なしで借金が出来るほど、甘いものではありません。しかも、地方自治体破綻法をも視野に入れての取組であります。繰り返します。国の指導の下で地方が借金を重ねてきたものを、国の財政事情が悪いから、また地方分権の名の下に地方にすべて押し付けようとしているやり方、これも規制緩和の弊害だと考えます。

 ここまで、内橋克人氏の書籍を参考にもろもろ述べてまいりました。そこで、行き過ぎた規制緩和に伴う現代社会の認識と所得格差社会に対する御所見を伺います。

 次に農林業の振興と集落維持について伺います。

限界集落という言葉が最近よく使われるようになりました。国土交通省の調べによると、全国で10年以内に消滅する恐れのある集落は、422、先行き消滅する可能性がある集落も含めると、2,643にも上るといわれております。つまり限界集落であります。限界集落の定義は19戸以下で65歳以上の高齢化率が50%以上の集落をいい、さらに9戸以下で高齢化率が70%以上の集落を「危機的集落」というそうであります。

 限界集落の形成過程については、小田切徳美・明治大学教授によると、限界化の初期は世帯や人口が急激に減少するが、集落機能の低下はまだ緩やか、しかし、限界点を越すと機能は急速に低下し、どんな対策をとっても再生は難しい。といわれています。つまり、集落の維持は、限界点までが勝負で、「限界点である、世帯の数が集落の役の数を下回ったとき」から活動が急激に低下するというわけであります。

そこで国は来年度予算で限界集落対策を盛り込む検討を始めたと聞いています。中山間地域等直接支払制度の活用などでありますが、集落そのものが維持できない地域では、集落協定が出来ない。そこで隣の集落が手助けをするという制度など、耕作放棄地を維持管理する方策についてであります。

 「国の過疎対策により、これまで70兆円の公的資金を投入してきたが、限界集落は増えるばかりでむしろ事態は悪化している」と大野晃・長野大学教授は述べております。林道や農道など従来型の公共事業に金をつぎ込むやり方では事態は改善しそうにも無い。ビジネス活動を通じた森林・農地保全管理に限界があるなら、バラマキでない公的支援を考える必要がありそうです。

「全国各地で頻繁に発生する土石流などの災害を見ると、集落の限界化が国土の弱体化に繋がっているようだ。このままではゴミや産廃の不法投棄や鳥獣被害も各地に広がりかねない。いずれも市場経済の中では解決できない問題を引き起こすことが考えられます。

一方では集落で森林や農地の保全が出来なくなったら、自然に帰せばいいという議論がありますが、そうはいかない。森林や農地には人の手が入っており、自然のままではない。放置すれば災害など支障が生じる。従来のようなバラマキではなく、資源を保全管理するメンテナンス型の公共事業を考える必要があるだろう」と小田切教授も述べております。

 これからの農業や林業には、儲かる農林業も大切ではありますが、一方では、集落を維持していく、そのための方策・支援が必要と考えます。産業としての農林業だけでなく、環境面から捉えた農林業、伝統や文化を育む農林業、人々の心を癒す農林業の再生が必要と考えます。

 そこでお尋ねします。

先ず、限界集落の認識について

本県の限界集落については、本年第2回定例会代表質問において、我が会派の久原議員が質問を致しました。その答えは国が実施した調査から65歳以上が半数を超える集落は1割程度と推計するだけでありました。10月に発表された「第3回の合併影響調査」でも触れられていません。集落維持に向けた対策を講じるに当たり、まずは、実態の把握が必要という認識のもと、どのように取り組んでいくのかお聞かせください。

(2)農業について

本県の農業予算において、ほ場整備や農道整備など、いわゆる農業土木に関する予算は6割程度と考えられ、かなりの予算がつぎ込まれています。しかし、こうしたハード整備だけでは農地の保全管理が成り立たない状況になっています。ついては、農村や集落維持のための基盤整備に対し、どのような考えで取り組んでいるのかお聞かせください。

 また、集落では農地保全も互いに助け合い努力してきていますが、それも困難になってきており、さらには、自作農地すら維持できない状況であります。ついては、集落を守り環境を保全するために、従来型の施策では支援の適わない集落への支援金等も必要と思いますがお考えをお聞かせください。

(3)遊休農地について   

減反政策、農業就業者の高齢化に伴い、遊休農地等が増える一方だと感じています。ついては、本県において遊休農地はどのくらいになり、それは全農地の何割にあたるのか。

 また、農地を維持していくには、新規就農者や異業種から農業への参入を促進するために、例えば「遊休農地情報バンク」や「遊休農地の共同貸付のシステム」を作ったらどうかと考えますが、こうした遊休農地の活用についてのお考えをお聞かせください。

(4)林業について

災害防止といった山林の機能性からも、間伐などによって山林の手入れが必要であります。ついては、間伐が必要な山林はどれくらいあり、どのようにして間伐を推進しているのかお聞かせください。

 また、最近では、伐採後の植林が出来ずに、そのまま放置した山林を多く見かけます。こうした山林への植林に対する補助金もあるようですが、植林が追いついていないのが現状ではないでしょうか。ついては、植林の推進に向けた考えをお聞かせください。

 次に道州制について質問します。

 県は、「道州制研究会」を発足させ、その研究に着手しました。私は、県議会の一般質問でこれまで何度となく、道州制の問題について取り上げ、知事と議論を重ねてきたところであります。「道州制研究会」発足に当たって知事は、「研究会は大分県として道州制をどう受け止めるべきなのかを議論するためのもの。市町村合併に積極的に取り組んだ経験を踏まえ、導入による住民生活や地域経済への影響、基礎的自治体である市町村のあり方について自由に意見を」と述べられたと報道されていました。

国の地方制度調査会は、昨年「国と地方の役割を再構築する具体策として導入が適当」と答申しています。それを受けて経済団体などで議論が盛んになっています。

 少し視点を変えますが、合同会社フォーティーR&C代表の水津陽子さんは、「道州制導入のデンマークに見る」というリポートの中で、「地域再生に繋がる道州制を」として、「デンマークには『参加型民主主義』があることに気づく。国が地方のあり方を決めるのではなく、国民と地域の声が国のあり方を変えていくという発想は、日本の道州制議論やふるさと納税などの議論には見当たらない。地方の自立と持続可能性を実現することは、国の持続可能性を左右する。地方分権は財源を含む権限の移譲と、それに伴う責任がセットになっている。しかし国は出来ないから地方にやらせないのではなく、地方を自立させる戦略を持ち必要な移行期間と資金、ノウハウの提供を政策として行っていくべきだ。もっとも必要なのは制度ではなく、この国の将来の明確なビジョンとそれを実現する戦略やプロセスだろう」と述べております。

(1)道州制について

 私も、道州制は地方分権であると同時に、この国のあり方を決める重要な制度改正であると考えております。そこで、国の出方を待つのではなく、大分県の将来を見据えて、どのような大分県を創造するのかの、議論が必要と考えます。

そこで、これまで県はどのように道州制に取り組んできたのか、さらには、道州制研究会の発足を受け、道州制について、どのようなスタンスで臨むのかお考えをお尋ね致します。

(2)市町村への権限移譲について

 道州制の議論に向けては、道州制のみならず市町村合併の功罪、さらには基礎自治体の役割と、その適正規模などの議論も、県として行う必要があると考えます。

市町村への権限移譲も進められておりますが、基礎自治体の今後のあり方を考え、将来の道州制への移行をも視野に入れつつ、権限移譲をしていく必要があると考えますが、お考えをお尋ねいたします。

4 大分市内の交通対策について

(1)自転車道の設置について

 最後に、大分市内の交通対策について伺います。

 始めは、自転車道の設置についてであります。私は、平成16年第1回定例会でも質問を致しましたが、渋滞対策と合わせ、環境対策、健康増進にとっても、自転車道を整備し、自動車の通行を抑制することは、今の時代の要請であり、これからの施策として大切なことであると考えます。国土交通省は全国100箇所のモデル地区を選び、車道と歩道の間に自転車専用道路を整備する方針を出しております。そこで本県の自転車道の設置に対する基本的な考えについて、さらには、これからの施策の中でどのように捉えていくのか伺います。

(2)大野川大橋有料道路の無料化について

 次は、大野川大橋有料道路についてであります。このことについては、多くの皆さんから、取り上げられ当局も真剣に取り組んでいただいているところであります。しかし最近私のところに、大野川大橋有料道路の無料開放の要請文がまいりました。

 キヤノン大分工場のフル操業との関連もあり早急な改善が必要であります。最後は、知事の政治的決断にかかっていると考えます。ついては、無料化に向けたお考えをお願いします。

 

以上で質問を終わります。ご清聴ありがとうございました

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