京 石
(安心院町指定=史跡)
米神山西南麓、対が二対、一本立が三本、倒伏二本、
計九本が、環状に林立する、ストンサークル<環状列石群>である。
代表的な一対を測ると、円柱形の方は、高さ263cm、周197cm、
少し平たい方は、高さ281cm、周225cm、米神山の中腹にある自然の
石柱群と相対し、太古祭祀の遺跡ではあるまいかと推定され、神社の起源とか、
鳥居の原始の姿とか、南天遙かに由布山の霊峰を望む位置である。
仏教関係では、写経などを埋めた印の経石か、ストンサークルは人工的配石遺構で
、縄文人が、何のために造ったかは解明されていないが、明らかに、古代の巨石記念物
であろう。定説はまだない。原始宗教に関する好個の資料として、学者の研究が
期待されている。
<地元にある案内図の一部>
仁王伝説・山蔵神社
石段下にある。 文政十年西原鉄右衛門の奉納で、左右二体、優秀な作である。
左方の、やや小さい方が日本の仁王様で、ある時支那に力比べに出かけたところ、
支那の仁王様の家来が大火鉢を軽々と持ってきた。試みに動かしたが、重くて
動かすことができぬ。これは敵わぬと逃げ帰った。すると支那の仁王様が追いかけてきた
・・・と、無稽極まる口碑がある。
又内川野にありしもの、山蔵神社まで運んでくると俄に重くなり、動かせぬ。
ここに神意ありとて祀ったという。
背銘により家畜安全を祈念したもの。