第1章 イグアナは可愛い

 私は爬虫類が好きです。
 ことに、我が家で飼われているイグアナの可愛いことといったら、ほんとうにいくら眺
めていても飽きません。
 我が家のイグアナは、リヴィング・ルームの一角に置かれた、高さ一メートルもある檻
の中に住んでいます。この檻というのが、もともとは猫の檻として売られていたものに金
網を張ったものなのですが、すでに体長1メートルに達したイグアナには、けして大き過
ぎることはありません。
 息子の付けたぺっちゃんという名前を持つこのイグアナは、チンゲンサイが大好物です

 チンゲンサイを器に入れてやると、ピンクの舌をのぞかせながら、シャクシャクと食べ
始めます。
 じっと眺めていると、うろんそうにこちらを流し目で見ることもありますが、金色の縁
のあるその目がこちらを向くと、また妙に表情を感じさせます。
 見事に生えそろってきた頭から胴体にかけてのトゲトゲ、さらさらとして綺麗な緑色の
肌、首のあたりにある丸いライト・グリーンの大きな鱗、それからいかにもイグアナらし
い、体長の三分の二はあろうかという長大なしっぽ――じつに、麗しい眺めではあります

 それが、黙々とシャクシャクをやっているのです。
 黙々とシャクシャクをしている時は、けして流線形の姿から想像されるような優雅なも
のとはいえません。あちこちにチンゲンサイの葉をばらまきながら、食料を取り込んでい
るんだぞという印象の食べ方です。
 しかし、そのドタドタとしたところが、また愛敬といえるでしょう。
 ふだんは、ただじっとうずくまって人の事を横目で眺めているだけのぺっちゃんですが
、時として運動を始めることがあります。
 我が家のリヴィング・ルームは食堂と隣接していて、べつにドアで仕切られているわけ
でもないので、食堂にいるとこの運動の物音が聞こえてきます。
 突然、ドタリという音がした時は、ぺっちゃんが転落した物音です。あとは、ガサガサ
と鋭い爪で金網や中に入れてある木を攀じ登ったりしているわけです。
 その様子を観察していると、ほんとうに優雅ではないなあと思いつつ、そのドタドタと
した動きに見とれてしまいます。
 まず、四本の足の動かし方からしてドタドタ感をいやましていると言えるでしょう。
 四肢を左右に大きく開くようにして、のっしのっしと動かすのですが、もうちょっと小
さな動きにしたほうが、見た目にはスムーズに見えると思います。
 しかし、くどいようですがその大抑な動きが愛敬なのです。
 もっとも、私たち家族が食事をしているときに、突然ミもフタもない音がする時には、
さすがに愛敬とはいっていられません。
 どういうものか、イグアナは便をするときに、かなり大きな音を立てるのです。最初は
、なにかブリブリというような音が聞こえた時にはなにごとかと思いましたが、なんのこ
とはない、ただ便をしていたのです。
 なにしろ、リヴィング・ルームに置かれているとはいっても、食堂のすぐわきのところ
です、食事中にすぐそばで食欲を減退させるような音を立てられるのには閉口です。
 しかも、横になった状態で便をするのならばまだ良いのですが、金網に取りついた状態
でとなると、問題はさらに大きくなってしまいます。
 つまり、金網に取りついているということは、ぺっちゃんの肛門は当然外側に向いてい
ます。ふだんはなめらかな鱗に覆われた肌の下に隠れた肛門は、いざという時に姿を現し
、かなりの勢で便を排出します。それが、檻の外側を向いているのですから、鳥などと同
じ大便と小便の混合した便はカーペットに向かって発射されるわけです。
 我が家の食事は、私の口から言うのもなんですが、かなり高いレベルにあると思います
。私の奥さんは作家であるだけでなく、料理がうまくて、テレビの料理番組などにも時々
出ているくらいです。
 以前、私がニューオリンズへ行ったおりに食べたガンボという煮込み料理なども、いま
では我が家の名物料理ではあるのですが、ドロドロ・グチャグチャとしたその煮込みを楽
しんでいる時などにも、ミもフタもない音が轟き、奥さんと私が顔を見合せます。そして
ふと立ちあがって見ると金網からカーペットにかけて濃緑色にところどころ純白のものが
混じった便があるのを見るというのは、けして楽しいこととはいえません。
 私はかなり無神経なほうで、食事中でもそうした話題を口にされてなんともないのです
が、さすがに現物となるとちょっとこたえます。
 とはいえ、爬虫類に遠慮を期待するのは無理です。犬や猫ならばシツケをするというこ
ともあるでしょうが、爬虫類たちには、シツケをされるほどの知能はありません。勝手に
人間の近くに飼っておきながら、礼儀を要求するというのも無法というものですから、や
はりそこは人間のほうで我慢するほかないでしょう。
 しかし、そうした些細な欠点があるにしろ、やはりイグアナは可愛いのです。
 我が家にはこのほかに、ヒキガエルが三匹、アカアシガメ、アカスジガメ、アカミミガ
メ、スッポン、ヤモリ、ナイル・モニターが各一匹、ドジョウ数匹(砂の中にもぐってい
ることが多いので、面倒なので確認していません)、フナ大小合せて二匹、タナゴ一匹、
ザリガニ二匹(片方は我が家で誕生したもので、もう一匹は息子が川で取ってきたもので
す)、それに大洗の海岸で捕まえた魚三匹にカニが二匹――一九九二年七月二六日現在―
―棲息しています。そうそう、そればかりではなく、餌用のコーロギも大量にいます。
 しかし、これだけいるとどれも同じように可愛いというわけにはいきませんし、やはり
このイグアナの可愛さというのは群を抜いています。
 なぜそこまで可愛いかというと、これまで書いたような魅力のほかにも、いろいろと理
由はあります。
 まず草食性ということで、どこか平和でクリーンな生物という印象があります。肉食獣
にしてもけして魅力がないわけではありませんが、その場合には精悍さとか鋭さといった
魅力になるでしょう。
 そして、これは爬虫類いっぱんに言えることですが、飼い主の意向などまったく意に介
さず、いつも我関せずという顔をしているところがまた、さっぱりとして気持のよいもの
です。
 たしかに、駆け寄ってきてじゃれつく犬が可愛くないとはいいませんが、しかし人間と
のコミュニケーションだけでも手一杯なのに、なんで犬猫の御機嫌までとらなきゃいけな
いんだという気分になることもあります。
 ところが、爬虫類は飼い主が来ようが猫が来ようが、自分の敵ならばそれなりに対処す
るし、そうでなければまったく無視するだけです。
 ヘビなども、慣れると大人しく人間に持たれたりしていますが、あれは人間そのものに
慣れているというわけではなくて、ただ暖かい物が自分を取り囲んでいるのが気持いいと
いうことだけのようです。
 もっとも、我が家のぺっちゃんに関していえばイグアナや爬虫類そのものの可愛さばか
りではなく、初めて我が家にやってきた本格的な爬虫類ということもあるでしょう。
 爬虫類に本格も変格もあるものかという気がしないでもありませんが、そこはやはり近
所の空き地で拾ってきたヒキガエルと、はるばる南米からやってきたという、動物園でも
ちゃんと飼育されているイグアナを一緒にするわけにもいきません。
 ちなみに、我が家に最初にやってきた爬虫類のペットは、ふつうミドリガメと呼ばれて
いるミシシッピー・アカミミガメでしたが、これもどうも本格というにはあまりにもあり
ふれています。しかも、このミシシッピー・アカミミガメに関していえば、スーパーの食
料品売場で売られていたのです。
 もっとも、スーパーといっても、明治屋でしたから高級店ではあるとはいえるでしょう
。また、食料品売場の野菜の間に、ルイジアナ産ミドリガメとれいれいしく書かれてもい
ました。だからと言ってミドリガメ=ミシシッピー・アカミミガメまでが高級だというこ
とはできません。
 ルイジアナ産ということなのでルイジアナA、ルイジアナBと名付けられた二匹のカメ
は、かわそうに冬を越すことができずに死んでしまいました。いまから考えると、なんと
無法な飼育をしていたものかと思えるような乱暴なやり方をしていました。やはりペット
についての最低限の知識は持つべきでしょう。
 いろいろと、イグアナの魅力について書いてみましたが、忘れてはならないのはイグア
ナが恐龍を連想させるということでしょう。
 グリーンの鱗に覆われた肌、背中のトゲトゲ、そして日本のトカゲの常識を遥かに越え
たサイズ――それは、太古の地球を闊歩していた恐龍を思わせます。
 子供の頃、図鑑などに描かれていた恐龍たちの想像図を眺めていると、実際にこの目に
したいという気も狂わんばかりの思いにとらわれました。見上げるような巨大なダイノサ
ウルスに躍りかかるティラノサウルス、奇妙な背鰭を付けたステゴサウルス、サイのよう
な姿のトリケラトプス――ペッチャンを見ていると、けして見ることのできないそうした
恐龍たちの世界を、ふと垣間見させてくれるような気がします。
 実際、世界で最初に発見された恐龍の化石は、イグアナにちなんでイグアノドンと命名
されたということです。
 もっとも、イグアナそのものは、爬虫類の中でもわりと新しい種類で、もちろん恐龍と
はまったく関係がないということですが。

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