この至福の季節を

マラソンの歴史上、世界最高が5回も更新された年があり、これは1909年のことである。マラソンの黎明期であり この年記録は2時間55分から2時間40分へ一気に15分も縮まった。
4年後30分台に突入した記録は、1925年に20分台へ。
そして10年後、あの「黄金の1935年」を迎える。

この年日本最高は3回塗り替えられたが、そのいずれもが世界最高記録だったのである。

  1. まず3月31日 日大学生であった「鈴木房重」は神宮で2時間27分49秒を出す。
  2. 次いで4月3日に同じく神宮で行われた五輪選考会で東洋大学の「池中康雄」が 2時間26分44秒とほぼ一分の記録短縮。
  3. 同年11月3日、今度は、養正商高(現韓国)の「孫基禎」が同じく神宮の日本選手権優勝を 2時間26分42秒で飾る。 つまり孫選手は世界最高記録ホルダーとして翌年のベルリンに臨み、そして優勝したわけである。

    ところで次の日本最高だが、実はこれには20年かかっている。 (1955年。廣島庫夫の2時間26分32秒、ちなみに世界最高は12年後の1947年、 2時間25分39秒)

    いかに1935年が素晴らしい年であったかがおわかりいただけるであろうか。

    記録というのはコンスタントには決して生まれない。当たり年とというものがあるようだ。
    あるいは 「ある一定の季節」というものがあるようである。事実、60年代9回も更新された記録であったが、70年代には一回の更新もないのである。

    さて、今の私たちは幸運なことに、どうやらその「季節」に巡り会っているようである。
    ハヌーシもロルーペも高橋尚子もヌデレバもその世紀の移り変わりの主人公たちである。

    今はその季節のまっただ中。さあ、君も乗り遅れるな! そこの君「自分は関係ない」なんて顔をするんじゃないよ。次の主人公は、そう君なのだ。
    マラソン・ファンとして、またマラソン選手としてこの至福の季節を大いに楽しもうではないか!

    女子マラソンが男子の60年代の再来であることを願いたいが、しかしそんなにこの季節は長くは続かないかもしれないのだ。
    黄昏は急に訪れる。風は突然やんでしまうのだ。 残念ながら黄昏の瞬間は誰にも気づけるものではない。2年たち、3年たち、5年たつと 「なんか淋しくなったなぁ」と感ずるようになるものなのだ。

    私も何回か経験した。そして思い出すのだ、70年代が寂寥の時代であったことを。90年代前半もそうであった。どのレースもそれなりに楽しんだが、記録へのスリリングな興奮はおよそ期待できなかった。

    もう一度繰り返す。
    「この至福の季節を大いに楽しもう!めったに訪れるものではないんだから」

    高橋尚子選手の世界最高記録は1週間しか続かなかった。これはこれでしょうがない。
    我々が、今まさに季節のまっただ中にいる幸運をむしろ喜ぶべきであろう。

     

    あとがき:シカゴの後、一番短期間の 世界最高記録が昔あったはずだと思いだし、記録をめくっていたらありました。 1935年鈴木選手が世界最高を出した、その3日後に池中選手が記録を更新していたんです。そのことに思いを寄せていると、 いろいろな思いが浮かび、つれずれに書きつづってみました)
    あとがき2:あとがきを書いたあと、色々な方からご指摘を頂いた。

    1. 2:25:29 Grete Waitz NOR 53-10-01 1 London 1983.4.17
    2. 2:22:43 Joan Benoit USA 57-05-16 1 Boston 1983.4.18
    たった一日しか保たなかった世界最高記録です。忘れていたわけではありません。全く意識していなかった。
    (正直な話、これでは話になりませんな)こういう凡ミスを良くやるんだ。もうしわけありません。

(鈴木房重選手の記録は現在、日本陸連の記録からはずされているようですが、 世界の主だった記録集には必ず登場しますので、あえて載せています)

2001年10月11日 by MOMA