アントニオ・ピント(Antonio Pinto)
ポルトガル
本拠地:ポルト(
Porto) アディダス後援
1966年3月22日生まれ(34才)
身長:166cm、体重:58kg

自己記録
5000m:13:02(ポルトガル最高)
10000m:27:12(ポルトガル最高)
ハーフマラソン: 59:43(ポルトガル最高)
マラソン: 2:06:36 (ポルトガル最高)

実力ナンバーワンのシドニーオリンピックマラソン優勝候補
アントニオ・ピントはこれまでの実績(94年以降7年連続サブテンを出し続けている)、98年以降自己記録を次々と更新している(マラソン、ハーフマラソン、10000m、5000m)ことなどからシドニーオリンピック男子マラソン優勝の最右翼であると予想されている。
今年の(2000年)春のロンドンマラソンは特に素晴らしい走りを見せ、その実力が一段飛び抜けていることを示した。そのロンドンの走りを再現してみよう。

2000年ロンドンマラソン
10km地点をピントは20人の先頭集団とともに30分14秒で通過した。ペースの上下は多少あったが次の20km地点もほぼ同様のスピードで推移し先頭集団の数もほとんど変わっていない。
次の10kmでピントはペースを上げ30kmを1時間30分36秒で通過し、この時点で前年度優勝者ムアジーズ、キプラガト、タイスなどを引き離した。ハヌーシは7秒後方、チュグワネは10秒遅れた。
ピントのアップ・ペースはその後も変わらず、特に20マイルから21マイル(32km〜33.6km)は4分32秒(5km換算で14分05秒!!)という驚異的なペースで 快走しゴールまで駆け抜けたのである。 30kmから40kmの10kmは29分28秒(5km換算で14分44秒)であった。2位 のムアジーズも自己最高(2時間7分33秒)を出しており、その10kmごとのスプリットは30:14, 30:15, 30:09, 30:09と素晴らしいレースを展開したのだったが、ピントのゴールタイムはそれを1分近く上回るものであり、いかにピントのスピードがぬ きんでていたがわかるのである。

主なレース
1992 ロンドン・マラソン、優勝(2:10:02)
1994 パリ・マラソン、2位(2:10:58)
1994 ベルリン・マラソン、優勝 (2:08:32)
1995 ロンドン・マラソン、3位(2:08:48)
1995 ベルリン・マラソン, 3位(2:08:56)
1996 東京国際マラソン,2位(2:08:38)
1996 リスボン・ハーフマラソン, 2位
1997 リスボン・ハーフマラソン,3位
1997 ロンドン・マラソン、優勝 (2:07:55)
1998 リスボン・ハーフマラソン、優勝(59:43) PR, CR & NR
1998 ヨーロッパカップ 10,000m, 2位(27:15.76)
1998 ロンドン・マラソン、3位(2:08.13)
1998 チューリッヒ・ IAAF ゴールデンリーグ 5000m,9位 (13:02.86) NR, PR
1998 ヨーロッパ選手権10000m、優勝
1999 ロンドン・マラソン、2位(2:09:00)
1999 ストックホルム IAAF グランプリ 10000m, 3位(27:12.47) NR, PR
1999 チューリッヒ IAAF グランプリ 5000m, 6位(13:05)
1999 セビリア世界陸上選手権 10000m, 5位
2000 ロンドン・マラソン、優勝 (2:06:36) PR, CR, NR & ER