名前 国名・所属
年齢
自己最高 備考  
海外招待選手          
ゲザヘンゲ・アベラ エチオピア
22
2:07:54 99福岡優勝 00シドニー五輪優勝
ロナウド・ダコスタ ブラジル
30
2:06:05 98ベルリン優勝 前世界最高記録
ゲルト・タイス 南アフリカ
29
2:06:33 99東京優勝  
フレッド・キプロプ ケニア
30
2:06:47 99アムステルダム優勝
李 鳳柱 韓国
30
2:07:20 00東京国際2位 アトランタ五輪銀、96福岡優勝
アブデラ・ベハル フランス
37
2:09:13 00パリ3位
エデル・モレノ・フィアリョ ブラジル
27
2:09:36 99シカゴ6位 99別大優勝
パベル・コキン ロシア
26
2:10:29 00クリーブランド優勝
サイモン・チェモイウォ ケニア
32
2:10:35 00プラハ優勝
マホソンケ・フィカ 南アフリカ
28
2:10:39 99パリ8位
国内招待選手          
森下 由輝 旭化成
29
2:09:36 99福岡6位
五十嵐 範暁 中国電力
28
2:09:38 98福岡4位
藤田 敦史 富士通
24
2:10:07 99びわ湖2位 99世界選手権代表
砂田 貴裕 積水化学
27
2:10:08 00ベルリン6位 ワールド杯銀
国近 友昭 エスビー食品
27
2:10:10 99福岡6位
徳永 大輔 鐘紡
35
2:10:56 96ロッテルダム2位 95世界選手権代表
小林 誠治 三菱重工長崎
23
2:12:07 99延岡西日本優勝
千葉 信彦 雪印
29
2:12:14 99福岡11位
堀尾 典臣 積水化学
28
2:12:21 96防府優勝
児玉 秀樹 中国電力
29
2:12:34 99防府3位
小栗 康良 富士通
25
2:13:44 99埼玉優勝
菅野 邦彰 富士通
25
2:13:53 99別大9位
綱崎 真二 九電工
27
2:14:25 別大6位 00北海道3位
間野 敏男 八番麺屋
28
2:14:27 99福岡20位  

フレッド・キプロプ

2:06:47 1 Amsterdam 1999.10.17
2:08:19 2 Chicago 1997.10.19
2:08:23 5 Chicago 2000.10.22
2:08:44 4 Paris 1999.4.4

キプロプの名前を初めて意識したのは、97年シカゴのレースであった。レース後半で3人のケニヤ選手がトップを争って誰が優勝するだろうかと思っていたのだが、このとき後方から無名のランナーがひたひたと彼らを追いかけ、そして最後に逆転し、優勝してしまったのである。ハヌーシのデビューであった。このとき三人が三人ともハヌーシの事を知っており、「ロードレースでの実力を知っていただけに、ハヌーシの追走がこわかった」といっていたのを聞いて、ハヌーシの存在を非常に強く意識した覚えがある。その後パリで4位となりまあまあ頑張っているな...と思いはしたが、その年のアムステルダムでの優勝には驚いた。97年シカゴのレースと併せて考え、実力は相当のものだったと再認識した。
さて、福岡であるが一ヶ月前にシカゴを走っていることを考えるとやや無理があるのではと思うのだが......

李 鳳柱

2:07:20 2 Tokyo 2000.2.13
2:07:44 2 Rotterdam 1998.4.19
2:08:26 2 Gyeongju 1996.3.24
2:09:57 11 Boston 1994.4.18
2:10:27 1 Kwangju 1993.10.16

イ・ボンジュの実力は、生半可ではなかったはずなのであるが、シドニーでの転倒などやや不運がつきまとう。転倒、強風にも係わらず最後まで走り抜いたことで、ダメージがどれほど残っているか?
今年の秋のレースはいずれも天候不順であるが、福岡のコンディションはイ・ボンジュの走りに大きく影響しそうである。

エデル・モレノ・フィアリョ

2:09:36 6 Chicago 1999.10.24
2:09:48 6 Chicago 1998.10.11
2:09:54 1 Beppu-Oita 1999.2.7
2:10:14 5 Tokyo 1998.2.8

ブラジルの中堅。最近はコンスタントに10分以内で走っている。99年に別大で優勝したことが、記憶に残る。

 

 

ゲザヘンゲ・アベラ

2:07:54 1 Fukuoka 1999.12.5
2:09:47 2 Boston 2000.4.17
2:10:11 1 Sydney 2000.10.1

シドニーオリンピック優勝者。あの壮絶なサバイバルレースを勝ち抜いた実力は生半可なものではない。恐るべき22歳。昨年、福岡で一般参加として7分54秒で優勝し、一躍世界のトップに躍り出た。福岡以前のアベラの自己最高記録は同年のロサンゼルス・マラソン(2:13:59)4位 であり「無名」のランナーであったわけだが、なんといっても6分の記録向上は大変なものである。
 2000年春のボストン・マラソンはケニヤのオリンピック選考会を兼ねていて多くのケニヤランナーが出場したが、アベラは優勝したラガトと同タイム(2:09:50)で2位 に入り、福岡の記録がフロックではなかったことを示している。そしてその勢いをシドニーにつなげた、20世紀最後のシンデレラ・ボーイ(?)
げんのいい福岡でいかなるレースを見せるか?ちなみにアトランタ優勝のチュグワネはその年の福岡では実力を発揮できなかった。
チュグワネが福岡のコースレコード(2:07:28)をうち立てるのは、その翌年97年のことであった。

ロナウド・ダコスタ

2:06:05 1 Berlin 1998.9.20
2:09:07 5 Berlin 1997.9.28

98年ベルリンで10年ぶりに世界最高を塗り替えた優勝は記憶に新しいが、その後ブラジルでの生活が一変したようで、ギャングに襲われるは、誘拐事件に巻き込まれるはで、走るどころではなかった模様。その後のマラソンは残念ながらしりすぼみの一方である。結局シドニー参加もままならなかった。米国ボルダーへの移住などの話も出ていたようだが、さて今回福岡で起死回生のレースが出来るであろうか?

ゲルト・タイス

2:06:33 1 Tokyo 1999.2.14
2:07:45 3 Chicago 1998.10.11
2:07:52 3 Boston 1998.4.20
2:08:30 1 Beppu-Oita 1996.2.4
2:09:31 2 Fukuoka 1993.12.5

93年、今を去ること7年前に福岡で2位になり頭角を現したことを覚えておられるだろうか?その3年後別大マラソンで優勝し別大のコースレコードをうち立てた。このランナーは日本で実績を積み重ねていったランナーといっていい。その後の活躍は素晴らしいものであり、特に98年〜99年には連続3レースで8分を切る。特に99年の東京ではほとんどイーブン・ペースで終始走りきり、東京のコースレコード(2:06:33)をうち立てた。シドニー・オリンピックの最有力候補の一人であると思われたのだが、2000年のロンドンでは惨敗、シドニー出場権を逸してしまう。また2000年シカゴでは途中まで好位置を確保しながら、棄権した模様。一部の報道で血液疾患(貧血のこと?)と伝えられているが、タイス復活が待ち望まれることである。タイスはコーチや所属チームを持たず、全て自分一人でやっていると伝えられているが、大変なことだろうと想像される。