2001年福岡国際マラソン結果
選手 国籍(所属) 記録 1G・アベラ エチオピア 2:09:25 2清水康次 NTT中国 2:09:28 3高岡寿成 カネボウ 2:09:41 4カギカ ケニヤ 2:10:24 5D・カピトノフ ロシア 2:11:20 6小島忠幸 旭化成 2:11:45 7間野 敏男 八番麺屋 2:11:52 8小島 宗幸 旭化成 2:12:15 9S・ビウォット ケニア 2:12:47 10磯松 大輔 カネボウ 2:12:48 11佐藤 敦之 中国電力 2:14:41 12山本 泰明 三井住友海上RC 2:15:35 13大崎 悟史 NTT西日本大阪 2:16:08 14渡辺 共則 旭化成 2:18:00 15A・カピトノフ ロシア 2:18:00 16酒見 晃 九電工 2:18:16 17D・ジェンガ ヤクルト 2:20:58 18千葉 信彦 大塚製薬 2:21:01 19堂道 誠 平塚市役所 2:21:34 20砂田 貴裕 積水化学 2:21:40テレビの速報ですので、変更があるかもしれません。
2001年福岡国際マラソン・レース
快晴、日差しが強い。風は2m弱といいのだが気温が15.9度と高い中,12時5分号砲。
5km:15:07
ジェジュス、キンタヌラ、チプがペーサーとしてレースを引っ張る。先頭集団は25人程度で招待選手は全員そろっている。
10km:30:13(15:06) 先頭集団は25人。酒見、砂田が遅れる。
15km:45:20(15:07) 先頭集団は22人。直後の給水ポイントでペーサーが(無意味な)ペースアップ。 19kmあたりで山本、チプが遅れる。
20km:1:00:16(14:56)
この5kmでようやくペースが14分台に入る。2人のペーサーに続き、高岡、アベラが前の方で好調。ペーサーに続いてビオット、高岡、カギカ、小島(忠)、アベラ、清水(庚)、家谷、間野、佐藤(敦)、小島(宗)、渡邉、千葉と続く。これから磯松、カピタノフがやや遅れるが、ペースがあがらず中間点付近で再び、追いつく。
中間点:1:03:35 23.8km
期待の家谷遅れる。 小島(忠)調子がよさそうだが、渡邉は終始最後尾あたりでやや不安である。
25km:1:15:31(15:15)
ペースが落ちる。 この直後ペーサーであったジェジュス、キンタヌラがレースを中止、とともに カギガがトップに立ち、たちまち後続を20m引き離す。 27kmで第一の勝負ポイントが訪れる。カギガをまず小島(忠)、続いてアベラが追いかけるが、ペースあがらず、清水、高岡、小島(忠)楽につく、渡邉も反応良し。 トップと第二集団の差は50mに広がる。26kmで千葉遅れ、さらに磯松、間野が遅れる。 そう早い展開ではないのに、この第二集団はたちまちばらけ、アベラ、高岡、小島(忠)、清水がカギガを追い、ここからビオット遅れ加減。小島(宗)もやや苦しい。27kmすぎで磯松遅れる。 50m離れるのに対し小島(忠)反応、いやアベラが後続のペースを上げる。これに 一方小島(宗)ややきついか?
30km:カギガが1:30:50(15:19)
第二集団はこれより15秒遅れている。汗をかいている選手が目立ち、気温が相当効いている様子。 カギガに続き清水、高岡、アベラ、小島(忠)、小島(宗)、渡邉 折り返し地点:カギガがトップ。13秒差で清水、高岡、アベラ、小島(忠)と続き、このあたりで小島(宗)、佐藤、渡邉が大きく差を付けられる。調子の良い清水が第二集団を引っ張るかたちで33。6kmにはカギガに60mまで迫る。ここでついに小島(忠)が遅れ始める。1:43:16で34kmを通 過時には第二集団は清水、高岡、アベラの3人へ。
35km:1:46:24(15:34)
ペースがまったくあがらず、テレビの映像とは裏腹に耐久レースのペース、しかし一方実際には3人がカビガに次第に迫り最後の勝負が非常におもしろくなってきた。36kmやや高岡に疲れが・・・ 36.1kmすぎの給水ポイントでカギガが追いつかれ、あっという間に抜かれる、がしかし、カギガも粘り4位 で必死に食いついている(初マラソンとは思えない粘りである)。 清水、高岡、アベラ、カギガの4人に優勝争いは絞られる。清水の表情には余裕が、高岡には疲労が、アベラには不気味さがただよう。5位 の小島(忠)は27秒差。 37.2kmあと5km地点をほぼ1:53:25で通過。優勝タイムは2時間9分台前半か? 清水がリードしゆっくり目のロングスパートをかけている様子。 38.45kmついに高岡、カギガ遅れる。トップは清水、アベラ。
40km:2:02:23(15:59)
この10kmは31分33秒と最近にないスローペース。 40.3kmで高岡、カギガを抜き3位 へ。 40.7kmでアベラ、スパート。清水との差が広がる。 41.03k清水、脅威の粘りでアベラを抜き返す。二人はこのまま最後の坂を上り、競技場内へ突入。 第二コーナーまで清水がわずかにリード。しかし歴戦の強者アベラが第3コーナーでついに伝家の宝刀を抜き、そのままゴール。清水3秒遅れの2位 。また高岡は初マラソンで2時間9分41秒の好記録を計時した。
| ■海外招待選手 | ||||||
| NO. | 氏名 | 所属 | 年齢 | 身長/体重 | 最高記録 | |
| 1 | ゲザハン・アベラ | エチオピア | 23 | 170/58 | 2時間7分54秒 | 99.12.5 福岡国際 優勝 |
| 2 | サイモン・ビウォット | ケニア | 31 | 180/62 | 2時間7分41秒 | 99.4.18 ロッテルダム 4位 |
| 3 | デービット・モリス | アメリカ | 31 | 172/59 | 2時間9分31秒 | 99.10.24 シカゴ 4位 |
| 4 | ドミトリー・カピトノフ | ロシア | 33 | 186/71 | 2時間9分32秒 | 99.10.10 アイントホーヘン2位 |
| 5 | ピオトル・グラドキ | ポーランド | 29 | 178/63 | 2時間11分06秒 | 00.4.16ハンブルグ優勝 |
| 6 | ジョサイア・ベンベ | 南アフリカ | 27 | 185/63 | 2時間11分49秒 | 01.3.18 東亜 優勝 |
| ■国内招待選手 | ||||||
| 21 | 小島宗幸 | 宮崎・旭化成 | 26 | 178/65 | 2時間8分43秒 | 98.3.1 びわ湖毎日 優勝 |
| 22 | 清水康次 | 広島・NTT西日本 | 32 | 176/52 | 2時間9分00秒 | 99.2.14 東京国際 3位 |
| 23 | 小島忠幸 | 宮崎・旭化成 | 25 | 174/59 | 2時間9分10秒 | 98.12.6 福岡国際 3位 |
| 24 | 渡辺共則 | 宮崎・旭化成 | 25 | 160/46 | 2時間9分40秒 | 99.12.9 防府読売 優勝 |
| 25 | 佐藤敦之 | 広島・中国電力 | 23 | 170/55 | 2時間9分50秒 | 0.3.5 びわ湖毎日 4位 |
| 26 | 砂田貴裕 | 滋賀・積水化学 | 28 | 168/54 | 2時間10分08秒 | 00.9.10 ベルリン 4位 |
| 27 | 松田和宏 | 京都・佐川急便 | 27 | 177/62 | 2時間10分24秒 | 00.3.5 びわ湖毎日 5位 |
| 28 | 山本泰明 | 東京・三井住友海上 | 29 | 170/55 | 2時間10分44秒 | 00.3.5 びわ湖毎日 6位 |
| 29 | ダニエル・ジェンガ | 東京・ヤクルト | 25 | 176/61 | 2時間11分49秒 | 99.12.5 福岡国際 10位 |
| 30 | 家谷和男 | 兵庫・山陽特殊製鋼 | 24 | 166/53 | 2時間12分37秒 | 01.2.18 東京国際 6位 |
| 31 | 高岡寿成 | 山口・カネボウ | 31 | 186/64 | 初マラソン | 1時間29分23秒(30km) |
サイモン・ビオット
2:12:14 5 Roma 1998.3.29
2:07:41 4 Rotterdam 1999.4.18
2.11.25 8 New York 1999.11.7
2:07:42 1 Berlin 2000.9.10
2:09:00 1 Milano 2000.12.3
2:09:40 1 Paris 2001.4.8
2:12:43 2 Edmonton 2001.8. 42001年エドモントン世界陸上でアベラと激しいデッドヒートの後最後に一秒差で2位になったレースは、希にみる好レースであった。このビオットは2000年ベルリンで優勝して以来その名前が有名になったが、その後ミラノ、パリと3連勝でつなぎその勢いのままエドモントンに臨んだことになり、エドモントンの2位は決してフロックではないのである。彼のベストは99年ロッテルダムにおける2:07:41(4位)である。
このレース後のRW誌のインタビューによると、ビオットは1995年25才の頃、ポールテルガトにあこがれて、本格的に長距離を始めたそうである。最初の頃はクロスカントリー。このころ既に共に走るポールテルガトと自分があまり変わらないと自覚していたそうである(たいした自信!)。1997年にRosa博士に見いだされ、Filaチームに入る。1998年にメキシコで行われた2つのマラソンで優勝。記録が向上したのは同年ローマ・マラソンで、2:12:14。1999年にはマラリアにかかり、ロッテルダムレース前は絶好調とはいえなかったが、なんとか持ち直し自己最高を5分近く更新し2:07:41で4位に入る。(このレース、スペインのフリオ・レイが薬物疑惑により記録を抹消されたので、記録の上では3位であることを書き添えておく)
2000年に入り足の故障のため6ヶ月悩む。そのため
9月のベルリンにはペースメーカーとして契約した。Km3分のペースを言い渡され、ハーフを1:03:10 で通過したあとも余りに調子が良いため、当初30Km でやめる予定を変更し、そのまま最後まで走り抜き2:07:42で優勝したのである。いまでこそペースメーカーの優勝は珍しくない(2001ベルリン:ヌゴレプス、2001シカゴ:キモンジュ)が、2000年ベルリン当時は例外的であり、大いに話題になる(1994ロサンゼルスマラソンで ペースメーカーPaul Pilkington が優勝したことくらいが知られている)。病気や足の故障など、決して順調とは言えないながらも、ここ最近の充実度は素晴らしい。アベラへの雪辱なるか?ちなみに昨年福岡国際マラソン開催日にビオットは何をしていたか?・・・実はミラノ・マラソンに出場しており、そのレースで優勝しているのである。
ピオトル・グラドキ
1972年8月2日生まれで29歳。シドニーオリンピックマラソン、ポーランド唯一の代表選手である(しかし、どうやら欠場している模様)。2000年春のハンブルグ・マラソン(2:11:06)で優勝している。
主なレース:
98年:ポーランド選手権(ワルシャワ;6月29-28日)
5000m:優勝(13:46.69)
10000m,:2位( 28:52.62)2000年:
ハンブルグマラソン(4月16日):優勝(2:11:06)
フランクフルト:(10月)4位(2:14:05)
ゲザハン・アベラ
2:13:59 4 Los Angels 1999.3.14
2:07:54 1 Fukuoka 1999.12.5
2:09:47 2 Boston 2000.4.17
2:10:11 1 Sydney 2000.10.1
2:09:45 5 Fukuoka 2000.12.3
2:17:04 16 Boston 2001.4.16
2:12:42 1 Edmonton 2001.8. 4
シドニーオリンピック優勝者。そして2001年エドモントン世界陸上優勝。あの壮絶なサバイバルレースを勝ち抜いた実力は生半可なものではない。
1999年、福岡で一般参加として2時間7分54秒で優勝し、一躍世界のトップに躍り出た。
福岡以前のアベラの自己最高記録は同年のロサンゼルス・マラソン(2:13:59)4位 であり「無名」のランナーであったわけだが、6分の記録向上は大変なものである。
2000年春のボストン・マラソンはケニヤのオリンピック選考会を兼ねていて多くのケニヤランナーが出場したが、アベラは優勝したラガトと同タイム(2:09:50)で2位 に入り、福岡の記録がフロックではなかったことを示し、その勢いをシドニーにつなげたのである。
その年の暮れにアベラは再び福岡に登場し、5位(2:09:45)。日本最高記録を更新した、藤田敦史と併走したシーンは記憶に残る。
2001年春のボストンは大いに期待された。32kmまで先頭集団にいたアベラであったが、結局16位に終わり夏のエドモントンへ一抹の不安を残したレースであった。しかしアベラ、ただでは終わらないのである。
エドモントン世界陸上ではS・ビオットと競技場内での空前のデッドヒートを繰り広げ、1秒差で優勝 と大レースでは無敵の強さを発揮する恐るべき23才である。
3年連続の福岡出場。去年はシドニーから2ヶ月で疲労がまだ抜けていない時期での5位であったのに対し、今年はエドモントンから4ヶ月と、おそらく調子を上げてきていることであろう。
げんのいい福岡でいかなるレースを見せるか?またビオットと再びエドモントンの再現を見せてくれるか、興味は尽きない。
ドミトリー・カピトノフ
2.11.31 1 Bordeaux 1997.4.27
2.12.08 1 Enschede 1997.6.8
2.13.37 3 Enschede 1998.6.7
2.12.42 2 Eindhoven 1998.10.11
2.10.10 2 Roma 1999.3.21
2.11.24 2 Prague 1999.5.23
2.09.32 2 Eindhoven 1999.10.10
2.12.14 8 Roma 2000.1.1
2.14.38 38 Sydney 2000.10,1
2.11.09 3 Tokyo 2001.2.18
今年の東京でジファールについで3位。
今回が21回目のマラソンということである。
ジョサイア・ベンベ
2.14.46 7 Cape Town 2000.3.4
2:11.49 1 東亜 2001.3.18
今年の東亜でマラソン初優勝。
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