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人は何故、焼物に魅せられるのか。 大地の一握の土から器を造り出し、芸だ、美だ、と「知」に働くことなく造り出されたにもかかわらず古陶と呼ばれる物の多くに心を動かされるのは私だけではありますまい。 両の手で岩間の清流の水をすくい口にした時、掌は器でした。人類が唇に感じる原初の心地よい器です。自然との営みの中で木をよび、土をよび、火をよび、焼物も造り出されました。 自然と密着していた時、唇も手も、そして目も、それらのものを心地よいものとして感じていたはずです。 花、鳥、風、大地・・・、すべてが自然の中で心地よい旋律をはなちながら息づき、静かに存在しています。良い物、良い器に出会う時、私はそれらの物に同じ旋律の風を感じます。 心をときめかせ、人の詩精神の扉をたたく豊かさは、いつも「感じる」世界にだけ存在し、「知」や「量る」世界には存在していない様に思えてなりません。 |
「感じる」事が飛び去らぬ様、糸の先にしっかりくくりつけ、自分のまわりを浮遊させながら、この時代のものづくりとして仕事をしてゆこう、己の分を「気配」として発酵できる様、仕事してゆきたいと願っています。 |
野 村 淳 二
佐賀県藤津郡嬉野町丹生川
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