[GOWの部屋][哲学の部屋]


ここでは私の好きな思想家、最近気になっている哲学などについて語らせていただきます。


 

033.アメリカ大統領選について考える(20161114

 

01.はじめに

 

先ごろアメリカで行なわれた大統領選挙で、共和党ドナルド・トランプ候補が民主党ヒラリー・クリントン候補を破り、次の大統領に就任することが決まりました。

今回の選挙は「よりマシな方を選ぶ」という、実に低レベルな戦いだったんですけど、それでも最後はアメリカの「良心と良識」が発揮され、民主党のクリントン候補が勝つものと思っていたんですよ。あるいは「勝って欲しい」と願っていたと言うか。

ではなぜ実際の選挙ではトランプ候補が勝利したのでしょう?

今回の『哲学の部屋』ではそのあたりのことについて徒然「考えてみたい1」と思います。

例によって資料的価値は一切ありませんので(笑)、そこのところは差し引いてお読みくださいませ。

 

1)  中には「アメリカ大統領選挙について考えること」と「哲学」とは別物ではないか?と考える向きもあるかもしれない(笑)。しかし筆者は「プラトンは〜」「カントは〜」「フーコーは〜」と、既存の「哲学」について考えることだけが「哲学」だとは思っていない。どんな問題にせよ、それについて考えたその軌跡こそが筆者自身の「哲学」になるのだ(言い訳)。

 

 

 

02.経済的下層階級

 

有体に言えば、これまで一貫して「共和党」は金持ちに支持され、「民主党」は貧乏人に支持されてきました。経済的に困窮している黒人やヒスパニックなどは、過去の大統領選挙ではこぞって民主党候補に投票して来たはずです。

しかし今回はそうではありませんでした。そこには「経済的下層階級の保守化」があったと思います。

安い賃金で働かされている黒人やヒスパニックにとって、さらに安い賃金で働く(働かざるを得ない)「新しい(合法的であれ非合法的であれ)移民」が入って来ることは、脅威以外の何物でもありません。それは安い労働力を有するアジア等への工場移転も同じですが、失業すれば直ちに今の生活をも失うワケですから、彼らにとってトランプのように移民や工場流出を制限すると公言する候補は、大統領(あるいは自分たちの守護者)としてそれだけ相応しいと思われたのでしょう。

そこにあるのは「先にやってきた移民」が「後からやってくる移民」を恐れ、自分たちの既得権益を守ろうとする、下卑た保守主義でしかありません1。本来なら守るべき財産など持ち合わせていなかった貧しい黒人やヒスパニックが、今回は仕事や生活を守るために、保守化したのです。

経済的下層階級は自分たちを守ってくれない民主党のクリントンよりも、守ってくれそうな共和党のトランプを選んだということ。

民主党はここで支持基盤のひとつを失っていたワケです2

 

1)  トランプやその妻もまた、実は移民やその子孫なのである(アメリカ国民の全てがそうだとも言えるのだが)。しかし「先に来た移民」が「後から来る移民」を恐れて攻撃する動きはアメリカだけに見られるものではない。日本でも「先に来た移民」が「後から来る移民」を攻撃する動きが見られる。『在日特権を許さない市民の会』の指導者層が実は在日朝鮮人だったと噂されている点に注意。

2)  そうは言っても経済的下層階級の大部分はやはりクリントンを支持したに違いない。だが最貧民層を中心にしてかなりの部分がトランプ支持に流れたと思われる。この階級でクリントンがかなりの票を失ったことは間違いないだろう。

 

 

 

03.経済的上層階級

 

経済的上層階級、つまり金持ちは、最初から共和党支持者ですから、今回もトランプ候補に投票したと思われます。もっとも彼らアッパークラスからすれば、候補がクリントンだろうがトランプだろうが関係なかったんですけどね。とにかく彼らはオバマ大統領が実施して来た民主党政治が嫌い。だから今回は候補が誰であろうとも、彼らはこぞって共和党の候補に投票したはずです。

経済的上層階級は、自分たちのお金が自分たちのために使われず、「怠け者で自堕落な」貧乏人のために使われることが我慢なりません1。オバマ民主党政権が目指した富の再配分は愚行以外の何物でもないのです。だから次は共和党政権がそれらを否定し、作り直す番。オバマ政権の政策を引き継ぐと公言するクリントン候補に投票するなど最初からあり得なかったでしょう。

確かにトランプにはいろいろな問題があります。「脱税疑惑」はその最たるものですが、経済的上層階級はその何が悪いのか理解できません。なぜなら彼らもまた脱税(トランプも含めて彼らは節税と呼ぶが)をしているからです。タックスヘイブンなどを駆使して、出来るだけ税金が少なくなるように工夫しているのはトランプ候補だけではないんですね。

ですから彼ら経済的上層階級は、「脱税疑惑」ごときで共和党やトランプ候補への支持を撤回することは無いワケです2。クリントン候補にとって、この階級からの得票はほとんど期待できなかったのではないでしょうか?

 

1)  「怠け者で自堕落」というのは、金持ちが抱く貧乏人に対する共通認識であって、筆者の認識ではない。実際はそれ以外にも様々な要因があって彼らは困窮しているのだが、経済的上層階級にはそれが分からないのだ。

2)  今回の選挙では、高学歴層を中心に、経済的上層階級からもクリントン支持者が出たと思う。コテコテの共和党員の間から早々にトランプ不支持とクリントン支持を表明する者が現れたように。しかしこの階級の圧倒的大部分は相変わらず共和党とトランプ候補を支持したものと思われる。経済的な豊かさと知性の豊かさとはおそらく比例しない。

 

 

 

04. 経済的中層階級

 

これまで最大勢力だったのがこの経済的中層階級、いわゆる中産階級なのですが、「良心や良識に基づいた判断」が下せるのもまたこの階級だけだったんですね。

経済的上層階級は自分たちも似たようなことをやっているため、トランプ候補の「脱税疑惑」も大して気にしません。また経済的下層階級は脱税こそ無縁でしょうが1、ひとたび暴動が起きればテレビなどを商店から盗んでも平気でいられるという意味で、やはり「良心や良識」とは無縁だと言えるでしょう。そんなものに構っていては生きて行けない。「良心や良識」で腹は満たされないのです。だからこそ今回はまさしく背に腹で、彼らは保守化せざるを得ず、財産とはとても呼べないような仕事や日々の暮らしを守ろうとしたワケで。

ですから「良心や良識に基づいて行動できる」のはこの経済的中層階級だけなんですね。

民主党とクリントン候補は、おそらく10月まではこのミドルクラスで最高の支持を得ていたと思うんですよ。経済的中層階級は、トランプ候補の説く政策が単に「先にきた移民」が「後からくる移民」を恐れて締め出しているだけだということを理解していました。そうした排他主義はアメリカの本来性とは別物であり、新しいものを取り入れることでアメリカが発展し続けてきたことを彼らはちゃんと心得ていたのです。

ですから10月中に選挙があれば、次の大統領にはほぼ間違いなくクリントンが就任していたと思うんですよ。

しかし11月に入って情勢は一変しました。FBIがクリントン候補について「新しい疑惑」を持ち出して来たのです。

経済的中層階級にはもともと強い「良心と良識」とがありますから2、解決されていない「新しい疑惑」が出てくれば、他ならぬその「良心と良識」とがクリントンへの新たな疑念を生み出すワケです。FBIによるこの「爆弾」が見事な効果を上げ、経済的中層階級内でのクリントン支持はこのわずか10日ほどで瞬く間に失われて行きました。

 

1)  経済的下層階級にはそもそも財産など無いのだから脱税しようがない。むしろわずかな税金や公共料金さえ支払えず、結果として脱税のような行為をせざるを得なくなっているのが実情だろう。「納めたくない」から税金などを納めない上層階級と、「納められない」から納めない下層階級は、だから「良心と良識」とをやがて失って行く。結果としてそれを持ち合わせていられるのは中層階級だけなのだ。

2)  経済的中層階級にとっては「良心と良識」のみが守るべき唯一の財産なのである。上層階級に属するような金銭的財産は最初から無い。しかし「良心と良識」さえ失ってしまえば直ちに下層階級へと落ちてしまうのだから、彼らは必死に「良心と良識」にしがみ付こうとする。何事もこの価値観に照らし合わせ、合致させて行動することで自分がまだ中層階級に属していることを確認して安心するのである。

 

 

 

05. FBIの落とした「爆弾」

 

FBIは投票直前になって「訴追するほどの新たな問題は出て来なかった」と説明し、クリントン候補への疑惑を取り下げました。しかしトランプ候補は「膨大な量のメールをこの短期間で調べられるはずが無い!」と指摘。確かにその通りなワケで、おそらくアメリカ国民(主に経済的中層階級)の多くは「オバマ民主党政権とクリントン陣営がFBIに圧力をかけたのだろう」と考えたはずです。

大統領からの圧力あるいは指図でFBIが訴追を諦めた可能性は確かにありますね。しかしここにはもうひとつ可能性があって、それはクリントン候補について「新しい疑惑」など最初から無かった可能性です。そもそも「新しい疑惑」など無かったとすれば、短期間で捜査が終了しても何ら不思議はありません。

重要なのは、クリントン候補について「新しい疑惑」が出て来たこと、そしてその捜査・調査が驚くほど短期間で終了したことで「さらなる疑惑」が生じたこと、これです。

この二重の疑惑は、「良心と良識」を持った人々にほど強く働きかけ、彼らに他ならぬその「良心と良識」とに照らし合わされた「新しい判断」を下すよう促しました。

こうしてFBIの落とした「爆弾」は絶大な威力を発揮したんですね。

クリントン優勢の空気は完全に吹き飛び、トランプ候補には思いがけぬ?援軍となったワケです1

 

1)  経済的上層階級と下層階級のほとんどを失っても、まだクリントン候補は経済的中層階級の多くから支持されており、その時点では優勢に立てていたと考えられる。上層階級と下層階級は実数として中層階級よりずっと少ないからである。しかし今回のFBIによる「爆弾」は中層階級の「良心と良識」の中央で炸裂し、ミドルクラスにおけるクリントン支持を吹き飛ばしてしまった。この時点でおそらく共和党内で明確な「トランプ支持」が定まったのではないかと思われ。外交や軍事といった重要分野については共和党の指示を尊重すること、共和党が指名する専門家を重用すること、といった条件をトランプ候補側が受け入れたのかも知れない。そう考えると共和党側のFBIコミー長官が「爆弾」を落としたことも理解できるだろう。

 

 

 

06.「濁った悪」と「透きとおった悪」

 

ですから以前は「クリントンが大統領になるだろう」と思っていた私も、11月に入ってからは「ダメかも知れない」と考えるようになりました。ただそれでも接戦の末、やはり最後に勝つのはクリントンだろうと思っていたんですけどね。そう願っていた、と言うか1

経済的中層階級の「良心と良識」は、確かにクリントン候補の「メール疑惑」を厳しくジャッジしました。しかし同じようにトランプ候補の「脱税疑惑」をも厳しくジャッジするはず。彼らの「良心と良識」は一切の不公平や依怙贔屓を許さないからです。

では最終的にどちらの「疑惑」の方が、端的に言えばどちらの「悪」の方がより重い罪にふされるのでしょうか?

それはクリントン候補の方でした。「メール疑惑」は見まごうことなき「政治問題」なんです。まさに彼女が国務長官時代に行なっていた行為が問題になっているのですから。

一方トランプ候補の「脱税疑惑」は所詮「非政治問題」なんですよ。刑法とか民法とかいう話ではなく、一民間人が犯した罪に過ぎない。これは政治とは無関係であり、その点、彼がこれまで政治的に素人だったことが幸いしたと言えるでしょう。

政治的に汚れている「濁った」クリントン候補に、果たして今後の政治を委ねて良いのか?

経済的中層階級はそう考えたはずです。そして彼らは政治的には汚れていない「透きとおった」トランプ候補を選んだのでした2

 

1)  実際「獲得票数」ではクリントン候補の方が勝っていたらしい。しかし「獲得選挙人数」ではトランプ候補の方に軍配が上がった。「選挙制度」問題は日本だけでなくアメリカにもあるということ。「1票の格差」というアレだ。そのため選挙後には多くの(過半数の)アメリカ国民がトランプ候補の当選を認めず、「彼は我々の大統領ではない!」と主張しているようである。だが投票前にオバマ大統領やマスコミがさんざん指摘していたように(その時の相手はトランプ候補だったのだけれど)気に入らないからといって選挙結果を受け入れないというのは民主主義のルールに反する。「獲得票数」と「獲得選挙人数」が逆転した今回の事態について、連邦最高裁などはどのような判断を示すのだろうか?民主主義のルールが民主主義を破壊するようなことがあって良いとは思えないのだが。

2)  ジャン・ボードリヤールはかつて『透きとおった悪』という本を書き、それが人々に見えない形で世の中に浸透して行く様を描いた。アメリカ国民は「濁った悪」よりも「透きとおった悪」の方を今回はよりマシだと選んだワケだが、透きとおったものを必要以上にありがたがる風潮は90年代から現在に至るまでずっと流行したままである(スケルトンやスカル=髑髏の流行もその一部だろう)。もっとも今後まだ他の「政治的スキャンダル」が出て来るかも知れない濁りを残すクリントン候補は、そういう意味では大統領候補として最初から問題外だったのかも知れないのだが。

 

 

 

07.奇妙な符合

 

今回はFBIの「爆弾」で勝負が決したと言って良い大統領選挙ですが、これと全く同じ光景を私たちは過去に見たことがあります。

それは日本の鳩山首相がその座から引きずり降ろされた時でした。

沖縄の米軍基地問題でこれから日米協議が始まるというまさにその段階で、日本の東京地検特捜部が鳩山首相の「金銭疑惑」を指摘。テレビや週刊誌は連日この件を糾弾し、それを鵜呑みにした沖縄県民は鳩山首相を「嘘つき」と呼んで石を投げました。また鳩山民主党政権にあって対米強硬派と目された小沢一郎にも同様に「土地売買疑惑」が指摘され、こちらも鳩山首相と同様、政治的に無力化されたのです。

しかしそのどちらの疑惑についても、その後訴追されることは一切ありませんでした。民主党政権内部からは対米強硬派の鳩山・小沢両氏が排除され、以降はアメリカと、その言いなりになった日本の官僚のさらに言いなりになる都合の良い(政治的には最初から無力な)首相と民主党内閣がいくつか誕生しました。

つまり我々は今回のFBIの「爆弾」を、既に東京地検特捜部のそれで見て来たワケです。ある対象者を政治的に無力化するために、国家権力が「疑惑」を持ち出してマスコミを焚き付ける。そして国民を躍らせ、さんざん盛り上がったところで「訴追するような証拠は出なかった」と中途半端な形での幕引き。この2つは全く同じ手法だったと言えるでしょう。

日本とアメリカで、こうして全く同じ手法が採られたのは、果たして偶然なのでしょうか?

おそらく偶然ではありません。FBIと東京地検特捜部は、深いところで繋がっているとみて間違いないと思います。

 

 

 

08.おわりに

 

私はトランプ候補の思想信条が全く好きではありません。また企業経営と国家経営とを混同するべきではないとも思っています1。ですから今回の選挙結果は確かに意外ではありましたが、一方でそれほど衝撃的ではなかったんですよ。

なぜならトランプ候補のような「劣化右翼2」が政権を獲るところを、私は既にこの国で見て来ているからです。

今回のアメリカ大統領選挙結果を受けて、多くの日本人が「日本への悪影響」を想像して心配していました。しかし私からすれば全く滑稽な話ですよ。多くの日本人はアメリカに「劣化右翼政権」が誕生して驚き、不安に感じていますが、既に日本にはそれが誕生しているではありませんか。今回の大統領選挙結果は、アメリカでも日本と同じことが起きたというだけの話。

最近では安倍首相やトランプ候補のような「劣化右翼」がどこの国でも「力」を得て来ていますね。移民を警戒し、恐れて国境を閉ざす「内向き国家」が増大し3、自分たちの国さえ良ければ他はどうなっても構わないという、古臭い「帝国主義」が復活しているようでとても憂鬱です。

今回トランプ候補が勝利する様をテレビで見ている時、私は過日この国で行なわれた国政選挙で自公政権が圧勝した様を思い出していました。世界は確実に悪い方向へ進んでいて、それは日本もアメリカも全く同じ。イギリス国民がEU脱退を決めて後悔したように、アメリカ国民もまた自分たちの選択を後悔する日が来るかも知れませんね4

 

1)  日本でも企業経営者が「そのノウハウを国政に活かす!」と言って国会議員になったりしている。しかし全てが合理的に進められるべき企業経営と、合理性だけでは処理できないしまたするべきではない様々な事案を含む国家経営とは、本来似て非なるものなのだ。国家経営はそろばん勘定だけで成り立ってはいけない。巨額の税金を納めてくれる上客ばかり優遇し、大した利益をもたらさない貧乏人は適当にあしらうような国政が行なわれてはならないのである。

2)  右翼的な思想信条が全ての言動を統制する本物の骨のある「右翼」に対して、ビジネス上の利益(ゆすりたかり)や選挙戦を有利に戦うための方便として右翼的な思想信条を掲げる軟弱な「右翼」のことを「劣化右翼」と呼ぶ。前者は右翼だと指摘されても「右翼だが何か?」と動じないが、後者は顔色を変えて「心外だ!」と反論するだろう。「私は右翼ではなく愛国者だ!」という風に。

3)  安倍自公政権は一見すると内向的ではないように見えるかも知れない。TPPについてもアメリカに先駆けて行動しているし。しかしその実情をよく観察すると、TPPの中にも保護主義的な基礎部分がハッキリと見える。また国境を警備する人々に対して国会で拍手を贈った件も記憶に新しい。安倍自公政権がいかに国境警備を「強化」し、それを「閉ざしたがっている」のかは自ずと明らかだろう。

4)  だからといってトランプ大統領が史上最悪の大統領になる…とも言い切れないのだ。彼が共和党と「協力」し、プロフェッショナルな政治を行なえれば、なかなか良い大統領になるかも知れないのである。だが同じくらいの確率で(あるいはそれ以上の確率で)共和党から派遣された有能スタッフを「お前はクビだ!」と追い出すことも考えられる(笑)。先ずはお手並み拝見といったところか。少なくとも今の日本国民が安倍自公政権下でまだどん底には至っていないように、アメリカ国民がどん底に至るのも今すぐというワケではないだろうから。

 

 

 


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