[GOWの部屋][今日の一言]


 

6209.「歌謡曲」と「J-POP」(8)について(2017/10/24

ポップスの本場アメリカに日本人が行って「J-POP」をやっても、おそらくアメリカ人は誰もそれを認めないし、受け入れもしない。なぜならそれは「猿まね」だからである。同じポップスを聴くなら、同じアメリカ人のそれを聴いた方が良い。外国人のポップスを聴く必要は無い。…アタシはそう考えています。だからドリカムにせよ久保田利伸にせよ、アメリカ進出は成功しなかったワケで。

 

一方、AKB48などのアイドルが外国公演をやるとそれなりに客が集まります。それは彼女たちが歌っているものがポップスに回収されない、そこからはみ出す物だからに他なりません。アイドルはある意味日本独自のものであり、外国にはほとんど存在しない異物です。ですからゴッホが浮世絵にハマったように、外国人はある種のオリエンタリズムをもってアイドルを受け入れられるのでしょう。

 

そんな中でもAKB4848グループが歌っているのは「歌謡曲」なので、そもそも外国には存在しません。珍しい「アイドル」が珍しい「歌謡曲」を歌っているのですから、外国人の食い付きはハンパないでしょう。それに比べるとモー娘。やももクロが歌っているのは「J-POP」ですから、そこまでの珍しさは伴いません。ただ彼女たちの場合は、本業ミュージシャンであるつんくやヒャダインが「今まで誰も聴いたことがないメロディー」を作ろうとするため、ポップスに回収され得ないはみ出した部分を持つんですね。そしてそれが認められ、受け入れられているのです。

 

基本的には中田ヤスタカのパフュームやきゃりーぱみゅぱみゅもモー娘。やももクロと同じだと思われ。「日本から来た若くて可愛らしい女の子が、耳慣れないポップスをやっている」という受容のされ方は、モー娘。やももクロの場合とほとんど同じでしょう。パフュームがアイドルか否かについて日本国内では諸説あるでしょうが(笑)、それを受け入れている外国人にとっては間違いなく日本独自の「アイドル」だと思います。かしこ。

 

 

 

6208.「歌謡曲」と「J-POP」(7)について(2017/10/23

ちょっと前のNHKSONGS』にドリームズ・カム・トゥルーが出演していました。毎度お馴染みニューヨークレコーディングの様子を伝えていましたが、この番組を見たのも「歌謡曲とJ-POP」ネタで『一言』書いたろと思ったひとつのキッカケです(笑)。アタシは『あなたに会いたくて』MVをローカル天気予報のバックで見て以来のドリカムファンですが、昔のドリカムが歌っていたのは間違いなく「歌謡曲」だったと思うんですよ。

 

吉田美和の作詞、彼女が紡ぎ出す透明でキラキラ輝く言葉に何度も泣いたものです。初期のドリカムは吉田美和の作る(本人は度々「降りて来る」と表現していた)詞が全てのイニシアティブを握っていて、それを引き立てることこそが他のメンバー2人の役割だったと思うんですね。だからこの時期にドリカムがやっていたのは間違いなく「歌謡曲」だったと思います。そしてアタシが好きだったのはまさにこの時期のドリカムなんですよ。

 

しかしその後のドリカムでは、吉田美和の作る詞よりも、中村正人の作るサウンドの方が主導権を握って来たような気がするんですよね。そして何よりも吉田美和自身もまた作曲により力を入れるようになった気がする。作詞はそのままで、作曲のレベルだけが上がったというか、そのレベルを上げることがドリカムの目的になって来たというか。そうしてドリカムは「J-POP」へ転進しました。アメリカ進出を図ったのは自分たちの「J-POP」がポップスの本場で十分受け入れられるという読みがあったからでしょう。

 

ただアメリカ進出は結局失敗してしまいました(笑)。以前にも『一言』しましたが、アメリカ人やメディアは、自分たちと同じポップスをやる外国人を受け入れません。認めないと言った方が正確かも知れませんね。アメリカ人にとってそれは単なる「猿まね」でしかないからです。ドリカム以外にも自分たちの「J-POP」が通用すると思ってアメリカ進出した日本人は少なからずいますが、彼らのやっている音楽が「J-POP」である限り、おそらくは成功しないでしょう。それは日本に来た外国人が演歌を歌うのと同じだと思います。かしこ。

 

 

 

6207.「歌謡曲」と「J-POP」(6)について(2017/10/22

知り合いの女の子が「大分のクラブに中田ヤスタカが来るって!」と異様に盛り上がっていましたが(本当か?)、中田ヤスタカは完全に「作曲家」であり、ゆえに彼の作る楽曲は「J-POP」だと思います。もしかするとその経歴の中で作詞をやったことがあるかも知れませんが、ほぼほぼ作曲家にカテゴライズして間違いないでしょう。そういう意味では少なくとも秋元康やつんくとは全然違う立ち位置だと言えますね。

 

どちらかと言えばヒャダインこと前山田健一に立ち位置は近いのかなと思うのですが(ただヒャダインは作詞をやっていたような気がするし、自分で時々歌っているのでこれまた完全には一致しない)、中田ヤスタカはアタシの知る限り自分では歌っていなかったと思います。彼は自分の作った楽曲をパフュームやきゃりーぱみゅぱみゅに「歌わせている」。中田ヤスタカの楽曲には女性アイドル(彼女たちはむしろアーティストだと思っているかも?)という歌い手、あるいは器が別に必要だということ。

 

パフュームやきゃりーぱみゅぱみゅも海外で公演をやれば大勢の客を呼べますね。つまり中田ヤスタカの作る楽曲も基本的には世界共通の「ダンスミュージック=J-POP」なので、外国人にも十分理解可能なワケです。ただその楽曲がピコピコ音で出来ている点が目新しいだけ(笑)。既存の「J-POP」の中で新しいサウンドを作ろうとしているのであって、そこに「歌謡曲」としての要素はほとんど無いような気がします。つまり「J-POP」の範疇であって、全然違うものではないということ。

 

その点つんくの作る楽曲には(彼自身がシンガーソングライターであるがゆえに)「歌謡曲」らしさも含まれるワケで、同じ「J-POP」として海外で受け入れられたとしても、そこには外国人にはおそらく理解できない、彼らの許容範囲を超える何か(それを「日本らしさ」と呼んでも良い)があるワケです。でもパフュームやきゃりーぱみゅぱみゅは十分理解可能な範囲内であり、同じように外国人が海外公演に大勢来たとしても、モー娘。のそれとは根本的な部分でやはり違いがあると思うんですよね。かしこ。

 

 

 

6206.「歌謡曲」と「J-POP」(5)について(2017/10/21

秋元康は作曲家が作って来たメロディーの中から好みの物を選んでそれに歌詞を乗せます。この作業によって「作詞家」としてだけでなく「疑似作曲家」としても機能しているため、作曲家の領分たる「J-POP」全盛期にもしぶとく生き残れていると思うんですよ。あるいは「自らは歌わないシンガーソングライター」とでも言うか(笑)。もしくは作詞家、作曲家、編曲家を統合してチーム秋元化(あるいはチーム48化?)することで、時代の変化に対応したとも言えますかね。

 

つんくは基本「シンガーソングライター」なので、作詞家の領分である「歌謡曲」と作曲家の領分である「J-POP」の両方に顔が効きます。残念ながらガンの手術を受けて以降は「歌えないシンガーソングライター」になってしまいましたが、結果的には「歌わないシンガーソングライター」秋元康に接近しており(笑)、今後のプロデュース次第では再びモー娘。が盛り上がって来る可能性も出て来たんじゃないかと思われ。良くも悪くもプロデュースに集中できる環境が秋元康と同じ程度に出来てきたということですね。

 

ヒャダインも一応は歌詞を書いていたような気がしますが、彼の場合は自分でも歌っているため、文字通りの「シンガーソングライター」ということになりましょうか。もしそうなら彼もまた「歌謡曲」「J-POP」の両刀使いということになりますね。ただこちらは現時点でももクロとはほとんど縁が切れた状態にあるため(笑)、今後の動きに注目したいところ。ももクロファンの間では今もヒャダイン待望論が根強いようですが、ここは有名作曲家とコラボしたりして、むしろ「J-POP」の方向へ好んで進んで行っているような気がします。

 

こうして見て来ると「作詞家」「作曲家」として明確に区別することが難しくなるのですが(笑)、こうなると根本的な部分で「ミュージシャンかどうか」という違いがより大きくなって来ますね。つんくやヒャダインは間違いなく「ミュージシャン」ですが、秋元康はそうではありません。そういう意味でアタシはつんくやヒャダインを「作曲家」の方にカテゴライズしているのです。かしこ。

 

 

 

6205.「歌謡曲」と「J-POP」(4)について(2017/10/20

アタシの定義では「歌謡曲」は作詞家の領分で、「J-POP」は作曲家の領分ということになります。いわゆるシンガーソングライターはその両方にまたがっているので、「歌謡曲」が廃れたあと、「J-POP」の時代になっても彼らの多くは延命できました。「J-POP」にそのまま対応できたワケです。しかし職業作詞家の多くは仕事を失って行ったと思いますよ。それは阿久悠にしてもなかにし礼にしても同じで、彼ら職業作詞家はやがて作家業などに転身して行きました。

 

それはおそらく秋元康も同じだったと思うんですよ。彼の場合はもうひとつ放送作家という肩書きがありましたから、作詞家で食えなくなってもテレビの仕事でそれなりに食いつなげたでしょう。しかし作詞家としては鳴かず飛ばずで、結果として作家業に転進するかのように思えた時期もあったのではないかと。ただ彼の場合は「プロデューサー」というポジションを見つけて来たため、作詞家であると同時に作曲家であるようにも振る舞うことが出来た。それが作詞家秋元康を延命させたような気がします。

 

つまり秋元康は自分では曲を作らないものの(噂では過去に1曲だけ作曲もしたとか?)、作曲家の作って来たメロディーの中から使う楽曲を選択することで、結果として作曲家的な仕事もこなしたんですね。実際AKB4848グループの楽曲でも作曲家に対して何度も修正を求めているらしい。作曲家からすれば「そんなに言うならお前が曲を書いてみろよ!」てな感じでしょうが(笑)、秋元康は「選ぶ」ことで「作る」ことを代替しているというか、そうして作曲家として「J-POP」全盛時代も食いつないで来たワケです。

 

阿久さんやなかにしさんもプロデューサー的な立場を手に入れようとはしたかもですが、結果として成功しなかっただけでしょう。そして秋元康はそれがたまたま成功しただけ。実際AKB48が売れるまでは失敗の連続でしたし、そのAKB48CDが売れなさすぎて所属レーベルであるソニーから契約を打ち切られたりしましたからね(笑)。秋元康の場合は「成功するまでやる」というしつこさを備えていたのが大きかったような気がします。もちろん成功するまで何度でも手を貸してくれたパトロン=資金援助者がいたのも大きかったんでしょうけども。かしこ。

 

 

 

6204.「歌謡曲」と「J-POP」(3)について(2017/10/19

極論すれば「歌詞を持たない(意味のある歌詞は持たないという意味)」J-POPは、ダンスという世界共通語によって韓国K-POP、イギリスBRIT-POP、アメリカUS-POP(こちらは本家という意味で普通は単にPOPと呼ばれる)と繋がりやすくなっています。J-POPの参照源はもはや世界中のPOPSに広がっているため、「世界のどこかで聴いたことがある」メロディーと似ている場合がとても多いんですね。それゆえにJ-POPには既知感が常に付きまとうということ。

 

その点歌謡曲は日本語の「歌詞」を持つため、なかなか世界化はしません。ところがこれが逆にローカルな魅力となり、世界中から「日本の音楽」として注目されたりもします(演歌を歌う外国人の増加に注意せよ)。その最たるものが「アイドル」であり、だから日本のアイドルが世界各地でイベントをすると、その国に住む地元民(日本人からすれば外国人)が集まって来るんですね。おそらくJ-POPのミュージシャンが世界に進出しても上手く行きません。同じPOPSを聴くなら別に日本人の演奏を聴かなくても良いからです。

 

それだけ「日本らしさ」というものが「歌謡曲」の中に今も受け継がれているワケですが、同じ「アイドル」でもやっていることはやはり同じではありません。「作詞家」秋元康がプロデュースするAKB4848グループ(坂道グループも含めるべきかもしれないがいかんせんその楽曲をほとんど知らないので良く分からない)は「歌謡曲」を色濃く残していますが(秋元康自身、歌謡曲に対する偏愛を常々語っている)、つんくのモー娘。やヒャダインの(最近はもうそうでもないんだけれど)ももクロになるとそれは「作曲家」の領分なので「歌謡曲」からはやや離れてしまいます。

 

ただつんくやヒャダインの作る楽曲は既存の「歌謡曲らしさ」からはやや離れるものの、「アイドルソング」としてはやはり日本オリジナルのものなんですよ。おそらくは世界中のどこにもモー娘。やももクロの歌は存在しない。だから「歌謡曲」を経由しない形で「日本らしさ」を十分感じられるので、海外公演をすれば多くのファンが集まって来るのです。モー娘。やももクロは「作曲家」プロデュースという意味で明らかに「J-POP」寄りなのですが、楽曲の特異性によってその中心からは大きく外れていると思う。それゆえに彼女たちの楽曲は韓国にもイギリスにもアメリカにも接近し得ないワケです。かしこ。

 

 

 

6203.「歌謡曲」と「J-POP」(2)について(2017/10/18

かく言うアタシは、これまで正直「歌謡曲」にはほとんど興味が無かったんですよ。高校生の頃から聴くのはほぼほぼ洋楽で、邦楽そのものを聴かないという状況が続きましたからね。例外はサザンオールスターズと久保田利伸、米米CLUBや渡辺美里くらいでした。だからその間、日本の音楽番組もほとんど見たことがありません。長い歴史を誇るテレビ朝日『ミュージックステーション』を今みたいに見るようになったのは間違いなくAKB48にハマってからです。

 

基本的にそれは今も変わっておらず、邦楽はほとんど聴かないですねぇ。特に「J-POP」にはほとんど興味がなくて、ぶっちゃけて言えば、どれもこれも同じに聴こえちゃうワケです(笑)。エグザイル系の楽曲なんてどれも同じだとしか思えません。まぁバラードになればさすがに違いも分かりますけど、ダンサブルなナンバーだと「これ、前にも聴いたことあるぞ?」という既知感をどうしても感じてしまうワケで。

 

でもそれはエグザイルが特に悪いとか酷いとかいう話ではなく、そもそも「J-POP」というジャンルそのものが「前にもどこかで聴いたことあるぞ?」なワケです。歌詞は日本語というローカルなものでも(「J-POP」の歌詞には英文が頻出するけれど)、曲はダンスミュージックというグローバルなもの。言わば「J-POP」はダンスという世界共通語で出来ていますから、アメリカやイギリス、韓国などに持って行ってもそのまま通用するワケです。でもそれを逆に言えば、そうした海外から持って来た曲と大差ないということにもなるんですね。

 

だから日本国内で昔聴いたことがある、というレベルにとどまらず、アメリカで、イギリスで、韓国で聴いたことがあるということになりかねない。ここまで範囲が広がると、どこかで聴いたことがあると思われても仕方ありません。ダンスのステップに限りがあるように(組み合わせで増えるけど基本となるステップが無限にあるワケではない)、ダンスミュージックにも限りがあるワケです。そのエリアの中でやっている限り、どこかで聴いたことがあるぞ感を感じるのは定義上当然だと言えるでしょう。かしこ。

 

 

 

6202.「歌謡曲」と「J-POP」について(2017/10/17

先週放送されたテレ朝『ミュージックステーション』で21世紀の「J-POP」を振り返るという企画をやっていました。それを見てつくづく思ったんですけど、やはり「J-POP」は「歌謡曲」とは全くの別物なんだなと。その定義は人それぞれなのかも知れませんけど、アタシ的には「歌謡曲」は作詞家の作品で、「J-POP」は作曲家の作品だと思っています。小室哲哉以降、つんくにせよヒャダインにせよ、作曲家が作っているのはやはり「J-POP」だと思うんですよ。

 

だからこうも言えると思います。「歌謡曲」は頭と心で聴くもので、「J-POP」は体で聴くものだと。メロディーよりも歌詞が重要な「歌謡曲」は、それゆえに聴く者の胸を打つのでしょう。先日は阿久悠のドキュメンタリーをNHK-Eテレでやっていましたが(いきものがかりの人が曲を付けた阿久作品をNMB48山本彩が歌うという内容)、阿久さんがバリバリ詞を書いていた頃がまさに「歌謡曲」の絶頂期だったんでしょうね。

 

その後阿久さんは作詞する機会をどんどん失って行ったらしいのですが、その頃から作曲家の時代=J-POPの時代が始まったのでしょう。そして詞=言葉はその力を失って行き、音楽はただのBGMに成り果てた。もはや音楽は傾聴するものではなくなり、何となく耳に入って来る心地よいサウンドになってしまったワケです。人々はもはや歌詞に関心を持たなくなり、メロディーだけが注目されるようになりました。現代とは日本の流行歌が戦わなくなり、それを一部の詩人が言葉のボクシングという形で継承するようになった時代です。

 

そんな中にあって、「作詞家」秋元康が手掛けるAKB4848グループはやはりちょっと異様ですね。どう見ても「作曲家」が牽引しているはずのJ-POP隆盛時代にあって、今なおしぶとく歌謡曲を歌い続けているのがAKB4848グループ。そのAKB48が「握手券」や「投票券」を付けた上でとは言えども、21世紀に入って5000万枚のCDを売り続けているというのも考えてみれば愉快な話ですよ。AKB4848グループ経由歌謡曲行きのルートがもっと盛り上がれば良いなと思いました。かしこ。

 

 

 

6201.NMB48矢倉楓子の卒業について(2017/10/16

以前から「近々卒業するのではないか?」と噂されて来たNMB48矢倉楓子ですが、やはり卒業すると発表されました。卒業時期はまだまだ先のようですが(来春?)、NMB48を担ってきた名物人気メンバーがまたひとりいなくなるということで、とても寂しく感じています。まぁそうやって新陳代謝して行ってこそのNMB4848グループなんでしょうが、矢倉さんは卒業後はどうやら芸能界からも引退するみたいなんですよね。

 

アタシ自身詳しくは知りませんが、矢倉さんは以前から「売れて有名になりたい!」と強く思っていた子らしい。進路としては「女優」を目指していたらしいのですが、それが今回の卒業発表に際しては一切語られず。「ファンのみなさんとはもう会うこともないでしょうが」と言って、まるで芸能界そのものから引退するかのように語ったらしいんですよ。それで彼女のファンが「何かあったのではないか?」とザワついていたワケで。

 

本当か嘘かは分かりませんが、矢倉さんの実家はとても貧乏だったらしい。それでもめげずに日々頑張る矢倉さんは「ふぅちゃん」と呼ばれて多くのファンに愛されて来たのですが、だからこそ芸能界を引退してしまっては今後矢倉家の人々はどうやって食って行くんだ?と心配する声多数。一部では吉本興業の「2年縛り(卒業後は2年しないと他事務所へ移籍できないという闇ルール)」が終わるまでは息を潜めて過ごし、それから他事務所へ移籍して女優を本格的に目指すのだろうとも言われています。

 

ただ矢倉さんについては、先日まで『一言』でも書いていましたが、過日行なわれた『じゃんけん大会』で指原たち「サンコン」に勝っちゃったとうことで、もしかすると秋元康/運営にめちゃくちゃ怒られたのではないか?と。それが原因で「辞めます」「もう芸能界に未練はありません」的に啖呵を切っちゃったのではないでしょうか?…これまたアタシの勝手な妄想ですが(笑)、一時の感情で将来を棒に振るようなことはくれぐれもしないで欲しいですね。かしこ。

 

 

 


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