[GOWの部屋][今日の一言]


 

6443.AKB48選抜総選挙』(93)について(2018/07/19

例えばアタシら「旧世代」は、「明日重要な仕事がある」となるとその前の日はゆっくり休んで英気を養ったりしがちですよね。今日の疲れを明日に残さないように務めるというか。でも「新世代」は違うと思うんですよ。「明日重要な仕事がある」からといって、今日遊ぶことをやめたりしない。だから明日になると案の定疲れが出てしまい、体調が悪くて休みますとか、身内に不幸があって休みますとか、そう言って重要な仕事も平気で休んでしまえるという(笑)。

 

これは一見すると「責任感の欠如」のようにも見えますが、おそらくその根本にあるのはやはり「今日を楽しむ」という刹那だと思うんですよね。旧世代とは違い、新世代の「今日」は「明日」とつながってはいません。あくまでも「今日」は今日であって、「明日」は明日。そこではもはや「明日のために何かをする(あるいはしない)」という選択肢はなく、後先考えない(それゆえに無責任だと見なされがちなのですが)享楽が全ての行動原理になるワケです。

 

最近の若者は昔と違って車に乗らなくなったと言われますが、これも同じ理由だと思うんですよ。つまり今日「車が必要」だと感じても、明日もそう感じるかどうかは誰にも分からない。旧世代にとって車は、「持っていれば何かの役に立つ」という、デパートの紙袋とほぼほぼ同じものだったのですが(笑)、新世代はそういうのを持っておかないのです。そういう「持っていれば何かの役に立つ」を最初から信じていないというか。

 

だから今どきの若者に「転ばぬ先の杖」なんて必要ありません。転んだ後のことは転んでから考えれば良い。今夜大雨に流されて死ぬかもしれないのに、なぜ不確定な「明日」へ備えなければならないのでしょうか?「今日」はもはや昔ほど明確には「明日」とつながっていないのです。AKB4848グループを卒業した後のことは卒業してから考えれば良い。そういう状況では、卒業後「芸能界」で活動するために今何をすべきか?と考えること自体、もはや意味を持たないのですよ。かしこ。

 

 

 

6442.AKB48選抜総選挙』(92)について(2018/07/18

昔は「昨日/今日/明日」、「過去/現在/未来」はひと続きのものだと思われてきました。昨日よりも今日、今日よりも明日がより良い日になるよう、「旧世代」は頑張って来たのです。だからこそ坂本九の時代には『あしたがあるさ』と歌えたんですね。今日上手く行かなくても、一晩寝て明日になればきっと上手く行くに違いない。誰もがそう信じていられたワケです。

 

しかし今どきの若者はおそらくそうは信じていません。昨日は昨日、今日は今日、明日は明日。全ては分断され、ひと続きにはつながっていないのかも知れない。そうした認識が全ての基本にあるのではないかと。今回の西日本豪雨で亡くなった人たちは、「明日死ぬ」と分かって昨日を生きていたワケではありません。それは突然やって来たのです。「明日」は「今日」とはつながっておらず、その裂け目に飲み込まれるようにして人間が消えて行く。それが「現代」というものなんですよ。

 

そうした認識が根幹にある以上、「あしたがあるさ」とはもう信じられません。「明日」は「あるかも知れないしないかも知れない」不確定なものに成り果ててしまいました。「今日」が必ずしも「明日」とつながっていないように、「努力」は「評価」とはつながっていません。「今日」いくら努力しても「明日」評価されるとは限らない。もしそうなら、それでもなお努力しなければならない、その理由は一体どこにあるのでしょうか?

 

アタシはこれまで「AKB4848グループを見れば今という時代が分かる」と考えて来ましたが、そうした不確定性の中に放り出されたのが「現代」であり、AKB4848グループであると思うんですよ。「今日」が「明日」につながっていないのなら、もう「明日」のことなど考えずにただただ「今日」をおもしろおかしく過ごした方が良いのではないか?おそらく「いまどきの若者」は昔よりもずっと刹那的で、享楽的になっている。アタシはそのように感じています。かしこ。

 

 

 

6441.AKB48選抜総選挙』(91)について(2018/07/17

さて『W杯』も終わったのでそろそろ新しいネタに移ろうかとも思うのですが(笑)、あともう少しだけ『総選挙』関連?のお話を。前回までの『一言』で、「最近の若手メンバー」は(こういう言い方自体、自分がオッサン臭くなってイヤなんだけれど)AKB4848グループを「卒業」した後も「芸能界」で活動したいとはそれほど思っていないと書きました。そもそもAKB4848グループは「芸能人予備校」みたいなものだったはずなんですけど、いつの間にか予備校だけで満足してしまうというか、「その先」へ進みたいと思わない生徒が増えてしまったワケです。

 

アタシはそういう子たちのことをここで批判しているのですが、実は彼女たちの気持ちも分からないではないんですよ(笑)。秋元康など「旧世代」は、「もっと計画的に生きろ」と言います。AKB4848グループとしての活動を「無駄にするな」と。その間の活動を踏み台にしてステップアップし、今後も芸能界で活動して欲しい。つまりAKB4848グループと芸能界はひと続きであって、一歩一歩着実に夢へ向かって進んで行けと。そのように思考しがちなんです。大学受験のための予備校を出たら、大学へ進学するのが当たり前だろと。

 

しかし「最近の若者」はそうは考えないんですよ。有体に言えば「今」は今、「未来」は未来。それは必ずしもひと続きのものではなく、今が未来につながるか、未来が今よりつながっているのかは誰にも分からない。それが「最近の若者」の思考なのです。「旧世代」にとっては自明のことだったはずのことが、「新世代」にとっては必ずしもそうは言いきれないという、そういう状況に陥っているんですね。

 

例えば西日本で広域の被害を出した今回の大雨ですが、誰がこのような規模の災害を予測できたでしょうか?『東日本大震災』は?原発事故は?つまり「未来」は「今」とつながっているかのように見えて、実はもの凄く大きくて深い裂け目で分断されているのかも知れない。人間はその裂け目を絶えず縫い合わせながらそれでもなお「未来」へと渡り歩いて行かねばならないのだけれど、それはそこに縫い合わされるべき裂け目があるということを前提にしているワケで、そんなものはなく、今と未来は必ずひと続きにつながっているものなのだという旧世代の言辞はもはや信用できなくなっているのです。かしこ。

 

 

 


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