6月26日 祭りの後・・ビッグアイ |
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| 6月26日。全てが終わった大分スタジアム、ビッグアイ。可動式椅子席のさらに前にある仮設席は、もうこれでなくなります。
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誰もいないスタジアム・・ 感慨深くなり思わず涙がでそうになりました。これからはJ1昇格を狙うトリニータの舞台となる。 |
ワールドカップと中津江村 これまでとこれから |


2回目の視察団でカメルーンサッカー協会関係者3名が8月に来ました。大分県の職員の方がついていました。大型バスに3人だけ乗って、途中で道を間違えたので1時に来るはずが3時になりました。来たときには3人とも非常に機嫌が悪く、施設を見て回ってもムスッとしているのです。服装もジャージー姿のラフなものでした。実は、その日の午前中に南アフリカの代表監督一行がお見えになっていたのですが、彼は大変紳士的な雰囲気できちんと話を聞くタイプでした。どちらかというとそちらの方が脈があるなと思っていたものですから、私もあまりカメルーン協会一行には愛想良くはしなかったのです。
カメルーンに行った時に、フランス大会の時のキャンプ地にも行ってきまして、ワールドカップのキャンプ地というのはこういうものだということを知りました。その当時、ワールドカップのキャンプ地というのがどういうものか、私を含めて誰も知らないわけです。私は芝を担当しますから、芝はどんな芝を作ればいいかをあるサッカー関係者に聞いたことがありました。大分スタジアムでさえ年間5,000万円くらい維持費がかかっているとききましたが、中津江村でそれだけの経費をかけることは出来ないので、どの程度の芝を作ればよいのかを聞いたわけです。すると「高額な給料の選手たちが力一杯練習が出来て、さらに怪我をしないようなグランドを作ってくれ」というよく分らない抽象的な返事でした。グランドの芝ついては、全てのキャンプ地、スタジアムのグランドキーパーたちが、求められる芝のレベルで悩みながら、どうにか最終的には全部の会場が立派なグランドにしあげたように、今度の大会でキャンプ地として一番わからなかったのは、ワールドカップキャンプ地として求められる施設とサービスのレベルでした。どの程度のレベルが求められているのかが分りませんでした。確かにお金をかければそのレベルをいくらでも上げられますが、財源的に厳しいキャンプ地は中津江村を含めて難しかったと思います。そのレベルのイメージを私なりにつかんだのがフランス大会の時のキャンプ地を見てでした。


それともう一つ感じたのは、どうしてここまでマスコミの方が中津江を取り上げたか。テレビも視聴者の要求があるからこそ報道するわけです。これだけ多くの時間を割いて報道されたことは一種の社会現象だと思います。都会の人たちが村民みんなが一緒にやっている姿を羨ましいと思ったのではないか、一つのことを仲間として一緒にやれることを羨ましく思ったのではないかと思います。それが今、日本人に欠乏している大きなものの一つではないかと思います。ですから、市町村合併をうまくやるためには、そういう地域の、みんなで一緒にやるんだというまとまりをどこかで作ってやらないと、安易に合併して地域の名前が無くなったり、吸収合併で地域の核が無くなったという道筋ではダメなんだろうと思います。やはり、そこでまとまりやすい範囲というのをうまく作り上げていくということが大切ではないかと、今回の中津江騒動を通してつくづく感じました。
ピアッツァパーティ |
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| ワールドカップの開幕戦を前回ピアッツァパーティで見てはや一ヶ月、もう3位決定戦、あすの決勝戦で終了。 |
みんなでわいわいがやがやワールドカップの思い出話を。 |
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| やはりトルコ強し。 |
・・・もうワールドカップが終わる。 もっとず〜と続いて欲しい。楽しかったです。 |
ワールドカップ最終日 |
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| 決勝戦のイベント。フィナーレですね。 |
ああ、寂しいですねぇ 感動の一ヶ月が終わった。また4年後。 |
ここからは2003年です。
あとがき |
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