「文学」についての
古今東西の人の言葉

(17/06/17
更新)

現在、以下の113を掲載。

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1.
文学と科学は、パンと水のようなものである。
(
トルストイ『芸術とは何か』より。)

※、
食事中、水(=飲み物)がのど通りをよくし食事に味や潤いを与えるように、文学は、科学のようにはパン(=物質的な豊かさや腹の足し)の提供にはあまり貢献できないが、我々の精神生活に楽しみや心の潤いを与えてくれる、ということでしょう。


2.
よい文学があれば、世界は救われるであろう。
(
マラルメ(フランス詩人)が知人に語ったとされる言葉。)


詩人マラルメの言った言葉として、言葉で巧みに表現されることによる、現実の個々の物やこの世界の真面目(しんめんもく)の再認識(再発見)、という文学の役割も込めて言っているように思います。


3.
予が(=私の)風雅(=俳句)は、夏炉冬扇(=夏の炉端や冬の扇。季節はずれのもので生活に役立
たない物)のごとし。衆(=民衆の実益)にさかひて(=背いて)(もちい)る所なし。
(
松尾芭蕉。弟子の許六(きょりく)に与えた文章の中の言葉。)


私が作る俳諧は民衆の実生活には無用だろうが、私など文学を愛する者には、俳諧は、少なくとも、価値ある大切なものである、という思いも込めているのでしょう。


4.
文学―言葉の芸術(言葉を媒介にした芸術)
(某国語辞典)


5.
やまと歌は人の心を種(たね)として、よろづの言の葉(ことのは。=ことば)とぞなれりける(=となったことよ)
(紀貫之。『古今集』の仮名序より。)


6.
文体とは、その人そのものである(=文は人なり)
(
ビュッフォン)


7.
物語は、世の中の物のあはれ(もののあわれ)のかぎりをかき集めて、読む人を深く感ぜしめんと(=感動させようとして)作れる物なり(=作った物である)
(紫式部。『源氏物語』より。)


・物のあはれ=(哀切な)物事に触れて、心にしみじみと感じる深い感動。
本居宣長(江戸時代中期の国学者)は、『源氏物語』に多用される「あはれなり」「物のあはれ」という表現に注目し、「物のあはれ」を、『源氏物語』ひいては日本の文学の理念であるとした。


8.
文学の面白さは、慰みもののそれ(=面白さ)とは異なり、人生的な面白さである。
(
桑原武夫。『文学入門』(岩波新書)p25)


9.
事実は小説より奇なり。
(
諺?)


10.
芸術は社会を模倣する。社会は芸術を模倣する。
(
)
「芸術」を「小説」と置き換えても、あてはまるでしょう。


11.
文学は私のユートピアである。
(
ケラー(スイスのドイツ系作家)の『自叙伝』より。)


12.
文学は、なくてもすませる精神のアクセサリーではない。文学は精神の最も強力な機能の一つである。
(
ヘッセ)


13.
文学は、言語のユートピアである。
(
ロラン・バルト。『エクリチュールの零度』の末部の言葉。)



14.
[以下は、のちに、追加掲載します。]



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