< スタヴローギン > (『悪霊』)
       
 1.
吉村善夫の言葉。
    〔吉村善夫著『ドストエフスキイ ― 近代精神超克の記録』(新教出版社1965年初版。1987年に復刊。)より。p247p248。〕

(=スタブローギン)はキリーロフに人神論を教唆(きょうさ。=それとなく教えさとすこと。)するほどの知性を具(そな)えているとともに、無比の意力を具(そな)えていた。彼の特徴はむしろその意力にある。彼はみずから「無限」と感ずるほどの意力をもち、「自分のものにしろ、他のものにしろ、生命を犠牲にすることなどなんとも思っていない」ほどの「恐れを知らぬ人間」であった。ドストエフスキイは彼において人間の最高の意力が人間に何をなしうるかを測量し、意力においても人間はその救いをかちうることはできず、救いはただ神にのみあることを闡明(せんめい。=明らかにすること。)しようとしたのである。なぜなら、スタブローギンはその無限とも見える意力にもかかわらず、それがあくまで人間内在の立場に終始(しゅうし)するゆえに、それは意志と行為の内在的論理たる律法主義に従って功業主義的行為となり、その内包する偽神人論性と人神論性との相剋(そうこく。=対立するものの相争い。)のために自滅せざるをえなかった。それは善と悪との両極に相殺(そうさい。=プラスマイナスをお互いに消し合うこと。)されて無力化する。そして「人の義とせらるるは(=されるのは)律法の行為によらず、信仰に由()るなり(=よるのである)(ローマ三章)という聖書の根本信条を実証するのである。
しかし人間が人間であるかぎり、人間内在の立場を超()えることはできない。したがって、スタブローギン的人神論は人間の最も完全な自覚にほかならない。またしたがってスタブローギンの運命は人間そのものの運命である。ドストエフスキイはスタブローギンにおいて特殊な一人間を描いたのではなく、人間の本質そのものを描いたのである。それを拡大し闡明(せんめい)したのである。それゆえに、『悪霊』の読者がスタブローギンをスタブローギンとしてこれを嫌忌(けんき。=嫌い、避けること。)したり憎悪(ぞうお)したり審判したりするのは、己れを知らぬ者と言わなければならない。それは自分たちのチャンピオンが悪戦苦闘に傷つき、疲れ、苦しみ、息も絶えだえになっているのを、観客席から指さしあざける人々に似ている。彼らの優越感はもっぱらその劣等性に拠()っている。彼らがスタブローギンを高見から批評するのは、彼らがスタブローギンのように人間的可能性をその限界にまで探究する能力を欠いているからに過ぎない。己を知る者はスタブローギンとともに苦しみ悩むであろう。むしろある意味では――あくまで「ある意味では」であるが――尊敬さえするであろう。

       吉村善夫氏は、元信州大学教育学部教授。一貫してプロテスタント神学とその信仰者の立場から、ドストエフスキー文学に現
         れているキリスト教思想を論じ、上書『ドストエフスキイ―近代精神超克の記録』における作品論・登場人物論は、
         ドストエフスキー論史上にユニークな視点を提示しています。吉村氏は、上書で、「カトリック主義 ― スタブローギン」
         と題して、スタブローギンを、律法主義(功業主義、信仰によらない内在主義)によって自己の贖罪(しょくざい)
         目指すカトリック主義を体現した人物として捉えて、論じています。
    

   2. 廣岡正久の言葉。〔『ロシアを読み解く』(講談社現代新書。1995年初版。)p80。〕

ドストエフスキーは『悪霊』にスタヴローギンという「悪魔的」な人物を登場させた。彼は神も、自分自身も信ずることができないスタヴローギンは、言葉の厳密な意味における「ニヒリスト」である

       廣岡正久氏(1928〜。)は、京都産業大学法学部教授。
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   3. 椎名麟三の言葉。〔『私のドストエフスキー体験』(教文館1967年刊)p63p69。〕

つまりスタヴローギンは知性が考え得るすべてを考えたが、結局は何もなかったのである。つまり生きる意味を見いだすことができなかったのである。とどのつまりの虚無。そういうわけなのだ。だが、虚無に投げ込まれた人間は、あらゆ可能性であると同時にあらゆる不可能性なのである。いいかえれば何でもできるのであるが、同時に何もできないということなのである。たとえ何かができても、意味のないくだらないことだけなのだ。 ―途中、略― 虚無は、ついに彼を食い荒(あら)してしまった。彼は、死ぬより救われる道はないだろう。しかし死は救いであろうか。彼にとってはもはや死さえも無意味であるはずだ。それにもかかわらず彼は自殺した。しかしえらい批評家たちの説に反して申訳(もうしわけ)ないが、彼は死を遊んだだけなのだ。しかも無意味である故に、その遊びは退屈な遊びに過ぎなかったのである。

       椎名麟三氏(19111973)は、小説家。ドストエフスキーの影響を強く受けた日本の作家のお一人。  http://www.coara.or.jp/~dost/BT-2.gif
     
        
   
4.山路龍天の言葉。( 『悪霊』について )
     〔山路龍天・筆「『悪霊』ノート ――スタヴローギンをめぐる図像論的分析の試み」(『ドストエフスキーの
      現在』(江川卓・亀山郁夫共編。JCA出版1985年初版。)に所収。p28。〕

(=スタヴローギン)の究極的な不毛性(ふもうせい。=効果や成果がないさま。)を思うとき、キェルケゴールの「人間の意識の度()は絶望という羃(べき。=累乗(るいじょう))の指数(しすう)だ」という箴言(しんげん。=格言。)は支えきれぬほどに重い。<知>のための知にかられ、意識の倨傲(きょごう。=自分の偉いと思って他を見くだすさま。)を野放図(のほうず)(=勝手気ままに。)(つの)らせるスタヴローギンを、いかなる人の愛も、いまとここに――この生に繋(つな)ぎとめえない。愛こそが生命の糧(かて)、善と幸福の証(あかし)だというのに。アダムの原罪において示された人間の<知>に対する呪(のろ)いは、スタヴローギンの形象(けいしょう。=造形された姿。)において、かくして(=このようにして。)極限の姿をとった。
『悪霊』は、人間の精神にとっての、意識の倨傲
(きょごう)に対する絶望の黙示録(もくしろく)なのである。

         
・キェルケゴール=デンマークの哲学者・神学者。18131855

       ※、山路龍天(やまじ・1940〜。)は、フランス文学の研究家。現在、同志社大学言語文化教育研究センター教授。  
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  < キリーロフ > ( 『悪霊』 )

   1.
勝田吉太郎の言葉。〔勝田吉太郎著『ドストエフスキー』 (潮出版社1968年初版。潮新書43)p133p136より。〕

キリーロフの悲劇は、人格の主権と価値を無限に高めるべく神の観念と決闘することにある。自殺は、神からの人間の独立の確認行為なのである。彼の人神思想の核心は、自殺を決行する直前にピョートル・ヴェルホーヴェンスキーと交(かわ)した対話のうちに要約される。彼はいう、
「神は必要であり、したがって存在せねばならない――しかしぼくは神が存在しないこと、かつ存在しえないことを知っている。……もし神がないならば、その時ぼくが神なのだ。……もし神があるならば、神の意志がすべてである。そして神の意志から、ぼくは一歩も出られないのだ。ところがもし神がないとすれぱ、すべてはぼくの意志のみである。そしてぼくは、我意を主張しなければならない。……ぼくの我意のもっとも完全なものは、ほかでもない、自分で自分を殺すことにある。」 (3部第6章の第2。新潮文庫では、下巻のp434p436)
ここに、彼の哲学の核心がある。「ぼくは一生神に苦しめられてきた」 (1部第3章の第8。新潮文庫では、上巻のp181)と、キリーロフはかつて告白した。彼はいまや、彼独自の無神論に到達して、自分自身に対してのみならず、全人類のために神からの人間の独立と最高の自由を確保しようとする。もしも神があるならば、すべては神の意志の支配下にあり、神の意志から人間は一歩も出られない。そこでキリーロフは、人類のために神を征服しようと試みる。人間はいまやすべての虚偽と迷妄(めいもう。=迷い。)の根本である神の観念を打破し、これまで人間を支配してきた宗教的・倫理的隷従の枷(かせ。=行動の自由を妨げるもの。)を投げすてなければならない。  ―途中、略―
キリーロフの哲学の誤謬(ごびゅう。=誤り。)は、どこに求められるであろうか。無制限の自由、一切の境界線を踏み越えた自由は、人間に許容されえないものであり、人間は何らの限界のない自由の空虚のうちに堪()えることができないであろう――キリーロフは、このことを悟りえなかったのである。「もしも神があるならば、すべては神の意志である。……もしも神がなければ、すべてが私の意志である」という定式――すべてが神の意志か、それとも一切が私の意志か、神的意志の全能か、我意の全能かという悲劇的な二者択一は、キリーロフをぎりぎりの限界へと導く。「すべてが神の意志である」という摂理主義の宿命論を、彼は承服できず、したがって我意の専制の途(みち)を――つまり完全な非決定論を採()ったのである。彼の破滅は、そこにあったのだ。キリーロフの不幸は、神の宗教的理念と人間の倫理的自由と自主性とが並存しうる途(みち)を見出しえず、神的意志の観念と人間の自由な意志とを和解しえなかったことにある。この間題は、いうまでもなく、哲学的には自由と必然性の間題にほかならない。キリーロフは、自由と必然性とを、和解しうるような解決法を求めえなかった。彼は我意の自由の途(みち)を最後まで徹底し、そこで「新しい恐るべき自由」の深淵(しんえん。=深いふち。)に逢着(ほうちゃく)して(=たどり着いて)破滅した。彼にとって、恐怖と苦痛の源泉である神から解放された自由な人間の実存は、死の自由を意味するほかはなかった。ドストエフスキーは、キリーロフの人神思想のうちに、自我の絶対肯定から出発して結局はその否定に終(おわ)る無神論の宿命的ななりゆきを示唆(しさ。=それとなく示すこと。)したのである。形而上学(けいじじょうがく)において、絶対的自由の容認は、絶対的必然性の容認と同様に、ともに人間を生かす途(みち)ではなく、ついに人格を滅亡の淵(ふち)においやるであろう。――キリーロフの悲劇は、このことを暗示する。

        勝田吉太郎氏(1928〜。)は、政治思想学者(専攻は、ロシア政治思想史)。元京都大法学部教授。
         上書の『ドストエフスキー』 は、専門の政治社会学の見識に立って、『罪と罰』『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』の
         「大審問官の章」などに対する鋭い分析が随所に見られる名著。勝田氏は、若くからドストエフスキー文学に親しみ、
         「ドストエフスキーは私にとってことのほか忘れることのできない小説家であり、思想家である。私に文学開眼をさ
          せたのは、ほかならぬドストエフスキーであった。」「大学の法学部に入学し、法律の勉強をするようになってか
          らも、私の情熱は、あの無味乾燥な六法全書よりはるかに多くドストエフスキーの文学理解に注がれていた。こう
          してドストエフスキーは、私の人格形成にあたって消し去ることのできない刻印を刻みつけたと思う。」
          と上書の「あとがき」で語っています。
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  < シガリョフ > ( 『悪霊』 )

   1.
内村剛介の言葉。〔『ドストエフスキー』(「人類の知的遺産 51」。講談社1978年初版。)p249。〕

(
小説『悪霊』の登場人物として、)このほかに独断的革命理論家シガリョフがおり、彼によれば、革命が与える自由は全体的専制政治を導き出すためのものであるということになる。この理論がすぐれて(=とりわけ)予言的であることは今では私たちにも分(わか)っている。

   内村剛介氏(19202009)は、 評論家・ロシア文学者。元、北海道大学・上智大学教授。
     上の文章は、作中でシガリョフが言った有名な命題「無限の自由は無限の専制でもって終わる」
     というテーゼなどを踏まえて言ったもの。
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