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説明: http://www.coara.or.jp/~dost/m-3.gif ドストエフスキーにおける宗教思想(キリスト教)、ドストエフスキーは信仰の人であったかどうか
( 18/06/09更新 )


ドストエフスキーの文学に表されているキリスト教的な「思想・精神」の性格を正しく理解するためには、
まず、
ロシアの
ロシア正教(ギリシャ正教)、ロシアの異端信仰(分離派など)や土着民間信仰(大地信仰など)、『聖書』に関する知識や理解が必要だ。

『聖書』に関しては、旧約聖書の「ヨブ記」、新約聖書の「ヨハネによる福音書」「ヨハネの黙示録」などの知識や理解が必要だ。

ドストエフスキーが唱えたキリスト教を、
ヨハネ(ヨハネ伝・ヨハネ黙示録の作者)の唱えたキリスト教、 黙示録的なキリスト教とみなすキリスト教側の指摘もある。

旧約聖書の「ヨブ記」は、この世における苦難に対するドストエフスキーの見方を深めたようだ。
ドストエフスキーの小説の内容を、ドストエフスキーが生涯熟読した『聖書』の内容の文脈の中で捉えていく作業(彼の小説や登場人物を、『聖書』の内容と『聖書』に現れる人物の、注釈書・パロディー として捉える見方など)も要求される。

カール‐バルトとともに「危機神学」の確立に尽くした
トゥルナイゼン氏などは、
ドストエフスキーの文学は新約の光の下に見たヨブ記の注釈である
という見方を述べている。

ドストエフスキーの晩年におけるキリスト教精神の内容は、
『カラマーゾフの兄弟』におけるゾシマ長老やその兄マルケールやアリョーシャの教説の中に最終的に示されているが、「神・キリスト」への信仰に基づいた隣人愛(友愛的結合)の唱道とともに、ロシア正教の根本思想の一つであり初期スラブ派の思想家たちによって理論体系化 された、お互いへの自己の罪を自覚し合い、神・人間による相互のゆるし合いによって築かれる罪の共同体(ソボールノスチ、霊的共同性、共同的直接的一体感)という思想を唱えていることが、ドストエフスキーのキリスト教思想の独自な点になっている。

また、
『聖書』に盛られている福音(信仰内容)としての、

・終末思想(終末観、黙示録的世界観、キリストの再臨)

(聖書で言う、死者の)復活、新しき生、新しき世界(新しきエルサレム)への信仰(信仰による要請)

さらに、

・不死(霊魂の不滅)の要請(ドストエフスキーの言)
 
・あの世や異界への関心

といった面も、ドストエフスキーの宗教思想の一部として、もっと注目されるべき事柄だ。

ドストエフスキーは、現在のこの世界というのは、未来の「
新しき世界(新しい生)」へ向けて過渡期にある不完全な世界であり、この世はやがて終末及びキリストの再臨を迎え、その新しき世界や新しい生へと移り、その新しき世界や新しい生が現前していくという考え(予感)を持っていたようで、そういう点で、ドストエフスキーの思想の内にある「終末観(黙示録的世界観)も見逃せない。

また、ドストエフスキーは、当時のロシア社会で流行していた
「降霊術」に対しては、科学の目を向けつつも、 関心を示し、霊界旅行記で知られるスウェーデンボルグの本にも親しんでいて、あの世のキリストや死後の世界に関して、いろいろ想像をたくましくしていたことが知られている。28歳の時の銃殺刑 の未遂の際、処刑場で、隣りに並んでいた同志に、ドストエフスキーは、「自分はこれから、キリストのもとに行くんだ。」とつぶやいた、との証言も残されている。ドストエフスキーは、持病のてんかんに見舞われるごとに、あるいは、日常において、しばしば仮死・臨死の体験をしていたのであり、自らは証言は残していないが、光明・暗黒にわかれる死後の世界をかいまみていた可能性もある。

ドストエフスキーは実際、生涯、「信仰の人」であったのかどうか(ドストエフスキーは生涯において「神やキリストやロシア正教」を全面的に信じていたのかどうか)に関しては、現在でも、ドストエフスキー研究家たちによって盛んに議論されており、ドストエフスキーの信仰の構造の特異性も含めて、いまだ確かな定説がない

西欧の近代科学や科学的精神がロシアに入ってきていた当時の時代背景のもと、ドストエフスキーのうちには、 謙虚な宗教心と同時に、科学的実証主義精神(懐疑的批判精神)も大いにあったとして、 ドストエフスキーは生涯、宗教への信と不信(宗教「科学)の間で揺れ動いて苦しんだ(ある いは、ドストエフスキーはむしろ「懐疑・不信の人」だった)とみなすドストエフスキー論者も少なくはない。

ただ、ドストエフスキーの信仰においては、
この世に存する悲惨な現実ゆえに氏が常にその存否を問い続けた「神」よりも、神の意志の体現者としてこの世に厳として出現した(受肉した)完全で美しい人「イエス・キリスト」 への信仰(敬愛)の方が大きな比重を占めていたということは言えるようだ。
(
「神」に関しては、欧州とロシアの動向を論じた「作家の日記」の中の文章中で、ドストエフスキーは、
世界を支配しているのは神と神の掟である。という信念(信仰)を述べている。〔『作家の日記』(187756月号)より。小沼文彦訳。ちくま文庫「作家の日記4」のp471

また、

ドストエフスキーの日常における信仰の程度

ドストエフスキーの小説の各登場人物(特に神に反抗する登場人物)から判断されるドストエフスキーの信仰の程度

の二つは、性質(次元)のやや異なるものとして、区別して考える必要がある。
前者の生涯の各時期におけるドストエフスキーの日常の信仰ぶりに関しては、 家族や友人・知人など、同時代人の証言も残されている。( ドストエフスキー自らの肉声としての信仰の言葉はこちら)
 
ドストエフスキーは、
ビザンチンを経てロシアに伝えら、ロシアで維持されてきた
東方キリスト教(ロシア正教)を、

西欧化されずに、イエスの原初の姿や教えをそのまま伝える教え

古来、ロシアの民衆の貴重な精神的・宗教的土壌となってきたもの

として捉え、
ロシア正教を高く評価し、欧州のキリスト教界には批判的でしたが、そういったロシア正教を体現しているとされてきたドストエフスキーの思想も、
当時多分に形式化(儀礼化)していた
ロシア正教の教えの枠組みではくくり得ないものもある
とする当時のロシア正教の僧正たちによる指摘もなされている。
 
なお、ドストエフスキーは、
ローマカトリック(カトリック主義)にはたいそう批判的だったが、ドストエフスキーのローマカトリック批判には偏見も多いという指摘もある。
ちなみに、ドストエフスキーは、プロテスタント派に対しても批判的だった。プロテスタント神学の立場からドストエフスキーの主要作品をとらえなおした
吉村義夫『ドストエフスキイ』(新教出版社1965年初版、1987年に同社より復刊)では、
ドストエフスキーの後期の大作群を
カトリック主義批判の書
として捉えて論じている。

ドストエフスキーは、正教側から異端とされたロシア内の「分離派」「去勢派」「鞭身派」「逃亡派」などに関心を示し、小説の登場人物にそれらの信仰を配したことは周知の通りだ。

結局、ドストエフスキーは、
 
・『聖書』の熟読と聖書に登場するキリストへの敬愛

・キリストやロシア正教を素朴に信仰しているロシアの民衆(流刑犯罪人、ナロード)との接触

・自己の内の「肉と霊、悪なるものと善なるもの」との長年の争闘や生涯の数々の苦難におけるキリストへの信仰の力やその効果(心の安らぎを与えられるなど)の自覚
 
を通して、
形骸化・反キリスト化していると氏がみなしていた
既成の西欧のキリスト教の教えの枠組みを突き抜けて、
 
・既存のキリスト教の中で見失われてきた本来のキリスト教の精神(いのち)
 
・その精神や神の意図を体現している「人間たち(ロシアの民衆)やこの私たちの世界というもの(黙示録的世界)

を新たに見い出し(掘り出し)、深めていった思想家(新時代の預言者)であったと言えるのかもしれない。
 
ドストエフスキーの作品に表れているそういったキリスト教の思想や精神の独自性に関しては、『西欧の没落』の著者で知られる歴史学者
シュペングラー氏も、
「ドストエフスキーのキリスト教は、来たるべき一千年のためのものだ。」
と述べている。


※、 ドストエフスキーの信仰の問題を論じているドストエフスキー論書としては、
 
『ドストエフスキーの信仰』
(A‐ボイス‐ギブソン著。小沼文彦・広瀬良一共訳。ヨルダン社1979年初版。)

『ドストエフスキーの信仰』
(
松本昌子著。八千代出版1984年初版。) 

『ドストエフスキイ』
(ピエール‐パスカル著、川端香男里訳。ヨルダン社1975年初版。)

『ドストエフスキー ― 無神論の克服』
(冷牟田幸子著。近代文芸社1988年初版。)

『ドストエフスキー ― 生涯・文学・思想・神学』
(藤原藤男著。キリスト新聞社1982年初版。)

『ドストエフスキーとキリスト教 〔イエス主義・大地信仰・社会主義〕』
(清 眞人著。藤原書店20169刊。)

などが参考になる。


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