ドストエフスキーの言葉

「死せる生」から
「生ける生(ジヴアヤ・ジーズニ)

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「今すべての人はできるだけ自分を切り放そうと努め、自分自身の中に生の充実を味わおうと欲しています。 ところで、彼らのあらゆる努力の結果はどうかというと、生の充実どころか、まるで自殺にひとしい状態がおそうて来るのです。なぜと言うに、彼らは自分の本質を十分にきわめようとして、かえって極度な孤独におちいっているからです。現代の人はすべて個々の分子に分かれてしまって、だれもかれも自分の穴の中に隠れています。だれもかれもお互いに遠く隔てて、姿を隠しあっています。持ち物をかくしあっています。そして、けっきょく、自分で自分を他人から切りはなし、自分で自分から他人を切りはなすのがおちです。ひとりひそかに富をたくわえながら、おれは今こんなに強くなった、こんなに物質上の保証を得たなどと考えていますが、富をたくわえればたくわえるほど、自殺的無力に沈んでゆくことには、愚かにも気づかないでいるのです。なぜと言うに、われひとりをたのむことになれて、一個の分子として全を離れ、他の扶助も人間も人類も、何ものも信じないように、おのれの心に教えこんで、ただただおのれの金やおのれの獲得した権利を失いはせぬかと、戦々兢々(きょうきょう)としているからです。真の生活の保障は決して個々の人間の努力でなく、人類全体の結合に存するものですが、今どこの国でも人間の理性はこの事実を一笑に付して、理解しまいとする傾向を示しています。しかし、この恐ろしい孤独もそのうちに終わりを告げて、すべての人が互いに乖離(かいり)するということが、いかに不自然であるかを理解する、そういった時期が必ず到来するに相違ありません。そういった時代風潮が生じて、人々はいかに長いあいだ闇の中にすわったまま、光を見ずにいたかを思って、一驚を喫(きっ)するに相違ありません。 ( ― 以下、略― ) 
(
『カラマーゾフの兄弟』のゾシマ長老の言葉。第6編の(D)。新潮文庫の中巻のp80。米川正夫訳。)

     
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